昭和48年(1973年)12月8日は「豊川信用金庫事件」の元となった“噂話”が広まり始めたとされる日です。
比較的最近の話ですし、当時をご記憶の方もおられますかね?
また、後述する諸々の理由で、若い世代でも「それ聞いたことある」と思われるかもしれません。
あらためて事件の発端と終息を見ていきましょう。
「銀行は危ないよ(強盗が来るかも)」
きっかけはごく日常の一コマでした。
とある女子高生・Aさんが豊川信用金庫への就職が決まり、友人たちに電車内でその話をしたのです。
当時は高卒で働く人もかなりの割合でいましたし、銀行となれば安定していると思われていましたから、それ自体は珍しくもなんともありません。
しかし、その友人たちが「銀行は危ないよ」と言ったことが、この事件の種となってしまいます。
友人たちにとっては【強盗が来るかもしれないから危ない】という意味の冗談だったのですが、真面目なAさんはその後、「豊川信用金庫の経営って危ないの?」と親戚に聞きました。
すると親戚もまた別の人に「あの銀行は危ないのか?」と聞き、いつしか「豊川信用金庫の経営が危ないらしい」という話にエスカレート。
大変だ!
と、ばかりに町のおっちゃんおばちゃんたちが井戸端会議で広めてしまい、「豊川信用金庫はもうすぐ潰れるから、すぐに預金を降ろさないと!」という噂が広まり、信じ込んだ人たちによって約20億円もの預金が一気に引き出されてしまいました。
当時の豊川信用金庫は預金残高約360億円でした。
そのうち引き出された約20億円は5%強ものお金になりますので、シャレになりません。
さらに噂が広まれば、銀行が潰れかねない事態でした。
当然、豊川信用金庫は「ただの噂なんでウチは大丈夫です」とコメントしますが、町の人達は「そんなの嘘に決まってる」と思い込み、
「職員の誰かが勝手に信金の金を使い込んだらしい」
「理事長が責任を感じて自殺したらしい」
といった悪質なデマまで流れ、パニックに拍車をかけることになります。
事態を重く見た日銀が動いてようやく鎮火する
一連の騒動を受けてマスコミも「デマだから大丈夫です」という報道を流しました。
しかし、ここまでいくとなかなか収まりません。
事態を重く見た日銀が豊川信用金庫に文字通り札束を積み上げ、さらに豊川信用金庫の理事長が自ら窓口で対応したことで、やっと騒ぎが収まる方向に向かったといいます。
その後、豊川信用金庫は無事に信頼を取り戻し、現在も営業を続けています。
騒ぎから二年後には預金が500億円を突破したとされていますので、まさに「人の噂も七十五日」というところでしょう。
ちなみに、1973年の事件は同行の沿革には書かれていません。そりゃ書きたくないですよね。
こういった「銀行が危ない」というデマや情報を元に、預金者が一斉に預金を引き出そうとすることを「取り付け騒ぎ」といいます。
豊川信用金庫以外でも例はありながら、この件が最も有名なのは、かなり前にバラエティ番組で再現VTRが流れたからでしょうかね。
私も見た記憶がありますし今でもYouTubeで見ることができますね。
話の流れが少々異なっていますが、全体的には変わらないので「こまけえこたあいいんだよ」ということで。
この再現VTRのクリーニング店主婦役の方が凄まじい演技力です。
豊川信用金庫事件は、当時の人の情報源の中で「ご近所同士の井戸端会議」や「噂話」がかなりの比重だったことを示す例と言えるでしょう。
また、悪い話ほど急速に広まる&大げさになる、そして「何度も同じ話を聞くと、真偽がわからなくても事実だと思いこんでしまう」例でもありますね。
そうした面から「デマが社会に与える影響」のモデルケースとして、心理学や社会学の研究対象になったことも知名度が高い理由かと。
インターネットが普及した現在、似たような経緯(デマ)が主原因となって、日本でこうした「取り付け騒ぎ」が起こることはほぼない……と言いたいところですが、「金融に関する不安が広まっていた際にデマメールが広まり、騒ぎになった」ことがあります。
それが佐賀銀行のチェーンメール事件です。
ネット社会だからこそ安心なのか危険なのか
佐賀銀行のチェーンメール事件が起きたのは2003年12月25日のこと。
とある20代の女性が配信した一通のメールがキッカケでした。
【友人からの情報だと26日に佐賀銀行が潰れる! 明日預金を全額おろします!】
そんな趣旨の文面を別の知人に送ったところ、またたく間に広がり、実に一日で180億円もの預金が引き出される事態に発展してしまいました。
いくらメールは拡散しやすいと言っても、なぜこんなコトになってしまったのか?
その背景にあったのが【ペイオフ解禁】です。
ペイオフ解禁とは「銀行が潰れた場合、普通預金は1000万円までしか保証されない」という内容であり、それを恐れた人々が預金の引き出しに走ったんですね。
同騒動の2年前にも、福島銀行で350億円もの取り付け騒ぎがありましたが、ちょっとしたキッカケで人々がパニックに陥りやすいというのがよくわかります。
というか、つい最近もありましたよね……。
二度目のトイレットペーパー買い占め騒動
新型コロナウイルスの拡大が騒ぎになっていた2020年2月から3月にかけて。
トイレットペーパーの買い占め騒動が勃発し、折からのマスク不足にも拍車をかけるように、人々がドラッグストアの前に行列をなしました。
家中トイレットペーパーだらけになった方もおられるかもしれません。
提供メーカーが「数は十分にある」とアナウンスをしても、しばらく棚から消えていた時期が続きました。
過去を遡れば、豊川信用金庫事件の起きた同年10月にもトイレットペーパー騒動(※)や洗剤パニックが起きていたのに、そうした経験があまり活きなかったといえるかもしれません。
東日本大震災のときも不要な買いだめをして、結局、食品などを無駄にしてしまった人がいたといいますし。
天災やウイルスに対して我々ができることは、まずいたずらに不安を煽らず煽られず、冷静に対処することでしょう。
人災が加わってより大きな混乱を招くことのないように、日頃から備えておきたいものです。
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(※)第四次中東戦争による原油の高騰+政府からの「紙節約のお願い」+スーパーやマスコミのアオリで全国的にトイレットペーパーの買い占めが起きた事件。収束したのは1974年春頃なので、豊川信用金庫事件のときも並行して起きていた
【参考】
関谷直也『風評被害~そのメカニズムを考える~ (光文社新書)』(→amazon)
新型コロナウイルス感染拡大と流言・トイレットペーパー買いだめ/NHK放送文化研究所
豊川信用金庫事件/wikipedia
取り付け騒ぎ/wikipedia




