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『三国志』一緒に飲みたくない上司ランキング! アルハラ1位は誰だ?

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孫権アルハラエピソード「溺れるまで飲めや」

ある日、長江沿いの酒宴で孫権はじめ君臣はベロベロになりました。

孫権は酔った家臣団に水をかけまくり、こう宣言します。

「ウェ〜イ、もう全員酔っ払って会場から河に落ちるまでやめねえし!」

ここで、父兄の代からの老臣であり、お目付役の張昭がしらけ切った態度を取っています。

孫権は絡みました。

「みんなで楽しみたいだけだろぉ? ジジイよぉ、なんでムカついてんだよぉ〜。ノリ悪くね? 空気読めば?」

「は〜……殷の紂王(暴君の代名詞)の酒池肉林パーティもこんな空気でしたかねぇ。あれも楽しいだけじゃんとかなんとか言って、悪いことをしているつもりはなかったそうですねぇ〜」

「ウッ」

ここでやっと孫権は恥ずかしくなって嫌味に気付いたようです。

こんなこともあったせいか、孫権は張昭の功績を認めつつ、疎ましく思っていたのです。

しつこく周瑜を引き合いに出し、

「あのとき周瑜兄貴でなくて、張昭の老いぼれの言うこと聞いて曹操に投降してたら、ヤバかったよね〜」

と嫌味を言い募っていました。

初代の丞相を任命する際も、大本命であり家臣たちが推薦していた張昭を外し、孫邵(そんしょう)を任じております。

しまいには、怒り引き篭もった張昭の家まで謝りに行き、相手が出てこないので放火するほど。

飲み会でノリが悪いくらいでしょうもない恨みをかったと思いたくはありませんが、孫権ならばありえるのだから、どうしようもないと言いますか。

 

孫権アルハラエピソード「酒飲んで殺す宣言はノーカンで」

孫権のアルハラに参っていたのか。虞翻(ぐほん)は対策を考えました。

「そうだ……酔っ払ったフリをすればいい!」

孫権が酒を勧めに来た時、つっぷして酔い潰れたフリをしたのです。

「もう飲めませーん……」

ところが孫権が通り過ぎると、こうしたわけでして。

「ふぅ、行ったか。やれやれ……」

これに孫権が気づいてしまいました。

「俺の酒が飲めねえのか! ぶっ殺す!」

孫権はここで激怒し、いきなり剣を抜いて殺そうとします。そこは乱世ですからね。

家臣団もアル中上司にパニックになる中、劉基(りゅうき)は孫権を抱きとめました。

「ダメです、酒の席で殺したら、どう言い訳してもダメですよ! その度量で賢者を受け入れることで、世間に認められているでしょ、今世間を切望させたらいけませんよ!」

「あァ〜? 曹操だって孔融(※魏の家臣、孔子の子孫)ぶっ殺してんじゃねえか、俺が虞翻を殺してもいいだろうよぉ!」

「だから、曹操がキレて賢者を殺すことは非難されまくっているでしょ! あなたは度量があるとして有名なのに、あんなクズと自分を比較する時点でダメだってば!」

「チッ……」

もう何が何やら……これぞ酔っ払い。

曹操の孔融処刑は褒められたものではありませんが、ここまでアホな理由ではありません。とはいえ、どうやら阻止は成功したのでした。

孫権は反省したのでしょうか。このあと、こんな命令を出しました。

「悪ィ。今後、俺が酒が入った上でぶっ殺す宣言した時は、真剣に受け取らなくていいから。むしろ殺すなよ、いいか、絶対だぞ!」

いや……そんな反省でよいのか。

酒量を減らせ! そう突っ込むしかないのです。

騏驎も老いては駑馬(どば)に劣る――。

若い頃は天才的でも、老人になってからは駄馬のよう。そんな老醜の酷さの典型例として扱われる孫権ですが、酒の席では壮年期からやらかしていたようです。

孫権は優れているとはいえ、酒色が本当によろしくない。くどいようですが、どれだけ遊んだのかではなく、実害の問題です。

曹操は別にこの点で真面目ではありませんが、禁酒令は一応出すし、女遊びのミスはフィクションの誇張ありきではあります。

孫権は、史書の時点で酷いので、擁護の余地がない! 色でのやらかし【二宮事件】は別の機会に振り返るとしまして。結論です。

アルハラ三国志では、呉が最悪です。これは孫権が圧倒的に悪い、そういうことで虎になってどうする!以上です。

皆さんは、孫権を反面教師にしましょう。

孫権については、いきなりダメ出しをして申し訳ないので、いつかカッコいい話で補います。

 

酒だけじゃない 魏晋南北朝・六朝は快楽を求めた時代

やたらとハイテンションになる曹操。

アル中疑惑はさておき、パワーハラスメント上司であった張飛。

「俺の酒が飲めねえのか!」と絡んでくる孫権。

どいつもこいつも最悪かもしれませんが、彼らにも言い訳はあります。厳しい時代ではあったのです。

彼らの死後、乱世がおさまらない魏晋南北朝、六朝時代、人々は「なんか快楽求めて生きてえわ〜」と思いながら生きていました。

当時のトップ知識人である「竹林の七賢」は、文学や画材にも選ばれ、仙人めいたイメージがあるかもしれません。

しかしその実態はこうです。

「仕官とかやってられねえし〜」

「それよりおしゃべり楽しいよな〜」

そうやって竹林で酒を飲み、麻薬をキメながらながら喋り散らし(「清談」=哲学談義)、楽器演奏をしていたのです。

彼らが飛び抜けておかしいわけでもなく、道ゆく人まで割と奇行にふけっていたことが『世説新語』には記されています。

・ドラッグにハマる
・メンズメイク大流行
・イケメンの推しを見ると女性が群がりプレゼントを投げる。ブサメンは罵倒しゴミを投げる
・贅沢グルメをやらかす
・コレクター魂を発揮し、日用品をやたらと集める奴が出てくる
・アブノーマル性癖にハマる奴も出てくる

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この時代の人は大丈夫なの?

そう突っ込みたくなりますが、こういう真面目に働かずに遊んでいるタイプは、長いこと理想ではありました。

ストレスのあまり、酒を飲んで暴れたり。キレたり。コレクター魂を発揮してしまう。そんな彼らははるか昔の人々ではありますが、親近感が湧いてしまうかもしれません。

くれぐれも孫権は反面教師にして、楽しい宴を楽しみましょう。

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文:小檜山青
絵:小久ヒロ

【参考文献】
満田剛『三国志 正史と小説の狭間』(→amazon
陳寿/裴松之『正史 三国志』(→amazon
三国志学会『曹操 奸雄に秘められた「時代の変革者」の実像』(→amazon
井波律子『中国人の機智 『世説新語』の世界』(→amazon
井波律子『中国の隠者』(→amazon

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