財政難の三河なのに、年貢を払わないなんておかしい――。
確定申告のこの時期、脱税を許さない我らが神の君が、悪徳宗教と戦います!
あらすじ:おじさん構文バージョン
(^0^)/ヤッホー
オイラが頑張って大河を説明しちゃうゾ(^_-)-☆
みんな元気にしてるカナ? 三河はお金がなくてピンチ!(^_^;)家康ちゃんをタスケテ(*•ω•*)
そんな、ピンチの、時なのに、脱税している、悪党どもが、いるんダゾ!
よーし、そこから年貢を取り立てだ!(≧▽≦)
でもそしたら、怪しい一向門徒が、一揆を起こしてピンチ(~_~;)
こうなったら本気出しちゃうゾ!(·∀·)
豪華な甲冑の家康チャンは、まるでプリンスダネ!( ̄∇ ̄)
なのに、軍師がいるから勝てないンダ(ノД`)
軍師は誰だ? そのオチにびっくり!(・Д・)
なんか、ちょっと、愚痴ってイイ?( *`ω´)
史実がどうだとか、ウルサイ奴、いるじゃんo(`ω´ )o
でもドラマならアリだよね*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
それを、いうなら、将軍が、女のドラマ『大奥』トカ流してるし^^;
オイラは、春日局といえば、大原麗子さんを思い出すんダケド、スケバン刑事が春日局なんてビックリダネ!(@_@)
イケメンと、エロいことしてるから、好評なのカナ?^^;でも、イケメンなら、大河も負けないゾ˚✧₊⁎❝᷀ົཽ≀ˍ̮ ❝᷀ົཽ⁎⁺˳✧༚
はい、顔文字変換はこのへんにしまして。
どうするオープニング
先日『鎌倉殿の13人』のオープニングを聞き返して感動しました。
あの躍動感。
何かが始まる期待感。
そして今年の大河のテーマを思い出そうとしたのですが、全然浮かんでこない。
オシャレな通販カタログみたいなアニメとあいまって、全く印象に残らないのです。
どうしたものでしょうか。
今更といえばそうです。
とはいえ、この音楽に使い道があるとは思いますね。
睡眠導入に使えそう。楽しい夢が見られそうですよね。
どうする漢籍
漢籍を取り入れてウケ狙いをしたい気持ちはわかった。
しかし、なぜ、立ったまま読みますか?
書物は座って読みましょう。
もしかして二宮尊徳の銅像でも参考にしたのならお門違いです。あれは貧しくとも勉学をせねばならない、そういう環境だからこそあの像となりました。
しかし、家康はそうではありません。
『鎌倉殿の13人』でも最終回は座って読んでいました。
漢籍学習の表現にはいくつかポイントがあります。
・書見台を使いましょう
・座った者同士が互いに解釈し合う様を見せましょう
・『論語』以外も読みましょう
『大奥』はこうした要所を押さえていて、しかも孔孟から老荘へ扱う内容が移ってゆくことで、登場人物の心情まで描いていました。
それと比べ本作は、あまりの落差に驚きつつ、もしかして漢籍の考証担当者をすべて奪われてしまったのか?と心配になるレベルです。
あるいはこれも「フィクションならあり理論」かもしれませんが……。
ともかく漢籍は落ち着いて読むべきもので、イントネーションもある。
家康も義元もハキハキしすぎていて、あまつさえ叫び出すし、あまりにも無茶苦茶。
『麒麟がくる』の長谷川博己さん、『大奥』の山本耕史さんと比較すると悲しくなってきます。
徳川綱吉を演じた仲里依紗さんは時代劇が初挑戦なのに、しっかりと漢籍を読み上げていて素晴らしかったものです。
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一方、家康を前にした今川義元の、しつこく時間稼ぎのような振る舞いはどうしたものでしょうか。
「民が主」というならば、それこそ漢籍引用でピシッと〆られるはず。
君なる者は、舟なり、庶人なる者は、水なり。水は則ち舟を載せ、水は則ち舟を覆えす。『荀子』
君子は船で、民は水である。水は船を載せ、また水は船をひっくり返す。
荀子は範囲外でしょうか。
それにこの場面は今川義元でなく、太原雪斎を出した方がよかったと感じます。
今川家を舞台にしておきながら、寿桂尼と太原雪斎が出てこないのが、あまりに不自然です。
なお、大河ドラマが常に稚拙な漢籍引用になっているわけではありません。
本作や2021年『青天を衝け』の程度が低すぎるだけで、近年の大河では『麒麟がくる』は完璧でした。
チャンネル銀河で4月から放送されますので興味のある方はぜひ。
◆4月以降のおすすめ番組 │ チャンネル銀河(→link)
戦国時代の大河ドラマは、やはりいいものですよ。
どうする財政難
コメの強奪は、財政難解消のためでした。
一体この家康は、今川のもとで何を学んだのか……と頭を抱えてしまいそうです。
寺が米を蓄えているからって、無理に強奪なんてしても、所詮は一時凌ぎにしかなりません。
統治者であれば、金を生み出す仕組みに取り組むべきでしょうし、家康の目の前にいた今川義元は、財政確保のため産物の開発に力を入れていました。
逆に、そうした内政が巧みだからこそ、統治者になれるはず。
家康は天下人――そんな前提ありきで話が進むから、妙な展開になるのではありませんか。
『麒麟がくる』でも、お金儲けについては描かれていました。
貿易が大事であるとしただけでなく、松永久秀は茶器のブランド化で儲ける算段も見せていましたね。
あるいは三河のお隣を描いた『おんな城主 直虎』でも綿の栽培などがクローズアップされていました。
交易だけでなく、魅力ある産業開発で、いくらでもドラマを面白くできるはずです。
戦国時代だからといって合戦ばかりが重要でないことは、例えば『信長の野望』シリーズを一度でもプレイすればわかるでしょう。
それを面倒くさかったからなのか、「不入権」の説明をすっ飛ばすようなスタンスだから、こんな展開になってしまうのでは?
『大奥』では、今後、徳川吉宗が伝染病対策をするところが見どころになります。
吉宗は賢い。まず、支出を抑える。例えば輸入に頼っていた朝鮮人参はじめとする薬草の国内生産を促進した……といった描写が日本史の勉強にもなって、オススメです。
なぜ『どうする家康』でも同じように取り組めないのか?
以下の記事では、NHKの時代考証は、その蓄積度合いが民放にはない強みとして分析されていて、条件は変わらないはずです。
◆NHKドラマ『大奥』に民放各局のテレビ関係者が「嫉妬」し、羨ましく思う理由(→link)
せっかく環境に恵まれているのに、まるで民放ドラマのような軽いタッチで大河を作ったら失敗する――そんな事前予想通りでウンザリします。
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どうした大河予算
あるいは大河そのものが財政難なのでしょうか?
一向一揆の戦闘シーンが、全く迫力がありません。
そもそも大河の戦闘シーンについては、たしかに予算の問題があってなかなか難しいことは承知です。
しかし、今回の本證寺攻め、門に取り付けた閂(かんぬき)なんて、ホームセンターで調達してそのまんま使っているような真新しさでした。
大きな予算は取れずとも、少し手を動かすことでまかなえることはあるはず。
制作現場の士気が消沈しているのではないか、という懸念が止まりません。
以前見た、とある華流ドラマの山賊の戦いの方がはるかに見応えがあり、そこではたと気づきました。
本作で非難が集中した“CG馬”について「複数の馬を走らせる場面は危険だから」という言葉がありました。
しかし海外のドラマではそういったシーンも撮影されている。馬が転ぶような場面もある。
大河で無理なのはなぜなのか。
要するに技術や予算が不足しているということなんですかね。
バンカー号よ、安らかに。
◆大河“主演”3度の常連 撮影馬の「バンカー」20歳で死ぬ…「鎌倉殿の13人」小栗旬と名コンビ(→link)
どうする軍師
“軍師”という言葉がかなり大々的に使われました。
戦国時代の当事者が「わーい軍師だー」とはしゃいでいたのかどうか?
本作は、後世の誇張ありきなので出すとは思いましたが、それにしても「軍師がいるから強いんだ!」ってのは、ゲーム脳が悪い方向へ暴走している感が否めない
そもそも作戦を練る者なしで戦争などできません。
軍師なんてどこにでもいるといえばそうだし、きちんとした役職として無いといえば無い。
ですので、こうした描写については「軍師がいるから強いんだー!」でなく
「どうやら敵も策を用意しているな」
「孫子をわかる者がいるようだ」
ぐらいの対応ではいけませんか?
『麒麟がくる』では、朝倉浅井との戦いで、織田勢の徳川家康と松永久秀が何かがおかしいと察知しまていました。
どうにも味方がすんなり勝てる。これは自分たちが強いわけでなく、相手がわざと手を抜いておびきよせているのでは?
こういうことを察知できるのが兵法です。
「軍師がいるから強いんだー! 軍師は誰だー!」じゃないんだってば……。
戦国時代に軍師はいたのか?
当人同士が軍師連呼していたとはあまり思えません。
軍師というのは『三国志演義』や『水滸伝』を読んだ作家やライターがこう考えた結果なんですね。
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厳密に考えると、日本に軍師はいないような気もします。
本場中国の軍師像は文官です。
諸葛亮は甲冑すら身に付けないし、馬にも乗らない。ライバルの司馬懿も本来は文官。
文武が分かれていて、かつ文官上位の中国では、文官でありながら戦争も強い、そういう人物を「軍師」扱いするわけです。
となると、日本の武士はそもそもが武官なので、なんか違う気がしないでもありません。
あえて探せば……
このあたりのような気がします。
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細えこたぁいいじゃねえか!
と、言われたら、もう仕方ないんですけどね。
中国でもコーエーテクモさんのゲームは大人気ですし、戦国時代の日本型軍師も受け入れられています。
ただ、そうなるにせよ、戦国時代のコンテンツとして面白いという絶対条件付き。
今年はその点、ある意味終わっているので、中国史関連の考証もかなり雑と感じます。
どうするマニック・ピクシー・ドリーム・ガール
平岩親吉や鳥居元忠だけでなく、本多忠勝や榊原康政まで裏切りをしかけられる。
その手口がハニトラというのも頭痛がしました。
「聚楽よ〜ん♪」という往年の温泉ホテルCMみたいな感覚ですよね。「聚楽よ〜ん」で検索をかけると、このドラマのセンスが理解できる動画が見られます。
あれは令和に流すべきものなのでしょうか。
モブのお色気娘だけでなく、瀬名も妄想の具現化っぷりが痛々しいヒロインです。
人間というよりも、空想の産物。
有村架純さんはものすごく素敵な方だと思います。しかし、そのおっとりとしている点が、どうにも悪用されている気が最近してしまいます。
『おんな城主 直虎』で瀬名を演じた菜々緒さんなら、こういうキャラクターにはならなかったでしょう。『鎌倉殿の13人』の宮澤エマさんあたりでもそうです。
このドラマの瀬名は「マニック・ピクシー・ドリーム・ガール」(MPDG)のようです。
不思議ちゃん。天然。きついことは言わない。とろいように見えて実は聡明。でも、男を凹ますようなことは絶対しない。
こんなヒロイン像はもう時代遅れです。
2009年『(500)日のサマー』あたりでセンスが止まっていませんか?
◆博士、空から女の子が!~『赤ちゃん教育』と『教授と美女』における、うっかり博士とマニック・ピクシー・ドリーム・ガール(→link)
どうする宗教考証
大河ドラマの考証は作品によって様々で、年によって範囲も異なります。
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しかし宗教史は、取り扱いがナーバスな面があり、専門家が必要でしょう。
『八重の桜』では同志社大学関係者によるチェックが入りました。
例えば脚本段階で、新島襄が茶碗酒を飲んでいる場面があれば、お茶に変える。彼は厳格なプロテスタントですので、飲酒はありえませんでした。
ただ、これは良い例外とも言え、大河のみならず、日本のドラマはどうにも宗教史の考証に甘い傾向があります。
朝ドラの『花子とアン』では、ヒロインが飲酒泥酔する場面がありました。
ドラマとしては盛り上がっても、彼女のモデルは厳格なプロテスタントですから、モデルへの酷い侮辱となります。
そして今年も、宗教描写がおかしい。
考証が足りないというよりも、現在問題視されている特定の宗教に、あえて近付けたような印象すらあり、教義や実態が無茶苦茶になっています。
◆【どうする家康】家康を苦しめた「三河一向一揆」脚本家の“カルト”描写に「現代日本にも通ずる」感嘆の声(→link)
批判精神がある、ということでしょうか。
このご時世にそんなことをするのは、むしろ逆効果では?
現在、多くの宗教団体が、新興宗教との違いを説明するため労力をかけているのに、実在する寺をこんな風に描くのは無神経だと思います。
どうする中二病センス
刀を構えて総大将自ら進んでいく。あの金色の甲冑で堂々と総大将自ら進んでいく――そういうのは無双系ゲームの世界です。
このドラマは、本気で無双系ゲームでも参考にしているのかと思えるほど、リアリティがない。
確かに家康の兜に弾が当たったとは伝わります。
しかしそれは「それほどの激戦だった」ということであり、あんなノーガード戦法をされたところでどうしろというのでしょうか。
『麒麟がくる』では、信長が戦陣を突っ切っていってしまう描写が、興奮のあまり規格外のことをしてしまっている異常性として演出されておりました。
こんなセンスが古い無茶苦茶な歴史劇は、どこの国からも見向きもされませんよ。
しかも、こういう古臭いことをしておいて「これぞ“シン・大河”!」と言い出しそうなセンスが辛い。
昨今は”シン“さえつけば斬新かのような傾向がありますが、タイトルが重要なのではなく、ドラマの描き方そのものが問題でしょう。
追記:あの家康の姿は、無双ではなく『三河物語』を参照にしたとのことでした。
申し訳ありません。
◆大河『家康』一揆で揺れる家臣団に家康もショック! 真っ先に出陣した姿が運命分けた? 歴史学者が解説(→link)
ただし、そうか、今年はあの『三河物語』を信じてしまう作風なのかと思ってしまったことは確かでして。
演出の問題ですかね。ここであげた『麒麟がくる』の錯乱した信長描写は気になりませんでしたから。とはいえ、失礼しました。
どうする人格破綻
本作は、史実云々の前に、人格が破綻しているのではないかと感じます。
あの家康、ぶっちゃけ性格が悪くないですか?
「僕は三河で一番偉いんだぞ!」とプライドが高いくせに、自分では何もできない。
我が妻子だけに執着。
だから家臣や領民には無関心で「年貢を出せ!出せ!」ばかり言う。
民には苦労させるが、いずれ平和に暮らせる世の中を私が取り戻す――という趣旨の志を一度も見せたことがありません。
要は、世間知らずのバカボンで、家柄だけを頼りに振る舞っているように見えるんですね。
「おまえ、本證寺行って、寺に文句を言わさず、米と銭を取ってこいよぉ!」なんて上司や先輩に命令されたら、どう思われます?
企業だったらブラック認定される案件ではありませんか。
しかもこの後は、瀬名チャンを置いて、側室と子作り三昧となりますからね。
『青天を衝け』の渋沢と慶喜のようにゴマカシはできませんよ。
どうするミソジニー
なぜ本作は、かくもセンスが古いのか。
「ゆるい仕上がりは若者向けでしょ」といった声も聞こえてきますが、そうではないと思います。
作品とは、作り手の価値観や性格が反映されるもの。
その感覚を擦り寄せるのが難しく、三谷氏の語る言葉には重みがあります。
◆<ドラマアカデミー賞>脚本賞は「鎌倉殿の13人」三谷幸喜氏 衝撃ラストは『小栗旬さんと小池栄子さんへのお礼』(→link)
今年は、脚本家と同世代の価値観がものすごく出ていると思えます。
以下のニュースではそれが如実に表れている。
◆「どうする家康」あわや泰康…「家康」爆誕にネット沸く!嫁いびり?→瀬名の言葉から改名閃き OPも変更(→link)
嫁いびりだの、女と女の争いだの……そんなことを未だに高みの見物気取りでムフフとしている、その感覚の古さが痛いのです。
しかも、それに気づかずはしゃいでしまう。
外の世界や新たな価値観には決して触れようとしない。
だからこそ、『麒麟がくる』や『鎌倉殿の13人』が放映され、VODから移動してきた方も、再びVODで海外ドラマに戻ってしまうのではないか――大河ファンの私には、そんな懸念があります。
実際、いくつものドラマや時代劇を見ていますが、VODを見ていると、悲しい気持ちになることはありませんか?
脚本、演技、アクション、VFXにおいて、全てが完敗。
海外の時代劇を知っていると、東京オリンピックの開会式で味わったような切なさが蘇ってくる。
それが今年の大河です。
どうしたポリアンナ?
ポリアンナは、どんな些細なことでも褒める。
「ポリアンナ症候群」はネット上でもよく見られる傾向の一つですが、本作については勢いと数が減っているように感じます。
記事の本数・熱量ともに減衰傾向が見られる。
テンション高く叩いていたアンチ系の記事すら減っています。日刊ゲンダイさんですら低調。
「愛の反対は憎悪でなく無関心だ」なんて言われますが、どうにも『どうする家康』はすでに見るに値しないと判断されているのではないでしょうか。
注目度が落ちれば即座に記事が減るのがWEBメディア。
紙媒体と違ってPV(アクセス数)がダイレクトに計算できますので、アンチ記事を出しても意味がないと判断される。
まだ2月です。一体この先どうなってしまうのか。
残っているのは以下のようなトリビア系記事です。
◆今川義元は凡将なのか、「どうする家康」であっさり討ち死に…明治期編纂の桶狭間戦史でマイナス評価(→link)
ドラマそのものは見られないけれど、戦国時代の人気は高く、ポチッと押したくなるのでしょう。
ただし、FRIDAYさん、この記事はちょっと遅いですよ。
◆「反省会」立ち上がるNHK大河ドラマ『どうする家康』 巻き返しのカギは”忍び”山田孝之の存在感(→link)
反省会タグは中国語圏でも使われています。
しかし、家康の生涯を描くドラマで、後世の作り物じみた忍者が見どころだとすれば、それはそれで間違っておりませんか?
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三人成虎
『韓非子』にこんな会話があります。
「王よ、ある一人が市場に虎がいると言っていたら信じますか?」
「信じぬぞ」
「では、二人が市場に虎がいると言っていたら?」
「信じんわ」
「じゃあ、三人が市場に虎がいるぞと言っていたら?」
「信じるかな……」
「ウーズル効果」という言葉もあります。
ウーズル効果(ウーズルこうか、英: Woozle effect)とは、証拠や根拠のない事柄に関する公表物が、頻繁に引用されることにより、個人、団体、または社会一般において、証拠たり得ると誤解される現象のこと。
引用による証拠(いんようによるしょうこ、英: evidence by citation)、または単にウーズルともいわれる[1]。
この効果により、事実ではないことが都市伝説やファクトイドとなる。
Wikipediaより
大河ドラマそのものへの熱意が低くなると、歴史トリビアや考察が目立ち出します。
そういうつぶやきやそれをまとめたニュースは例年お馴染みではあるのですが、他に話題がない分、目立つようになる。
以下の記事が典型例でしょう。
望月千代女は取り扱いの難しい人物です。
フィクションや戦国ゲームでは、巫女とか、くノ一(女忍者)とされ、なかなか盛り上がる存在なのですが、史実面では怪しい。
しかし本作では、今後
「彼女の正体は千代女ですよ、びっくりした?」
と、やらかしそうで……。
知名度が高いだけに厄介で、そのまま史実として広まってしまう可能性も否めないでしょう。
架空の人物とわかる『麒麟がくる』の駒や、『鎌倉殿の13人』の刺客師弟は良心的でしたが、「千代」は「望月千代女」に名前を寄せている可能性がある。
それをこうして記事にしていくことで、ウーズル効果が発生していく。
まさに三人市虎ではありませんか。
大河ドラマが、歴史知識を磨くどころか、荒唐無稽なことばかりを植え付けることになったら、それこそ酷い話ではないでしょうか。
「フィクションだからOK」という言葉は本当に危険です。
作中の家康も、ドラマの作り手も、ウケ狙いばかり考える無責任さについては一考していただきたい、と願うばかりです。
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【参考】
どうする家康/公式サイト













