干し柿を喜ぶ子どもたち。
この時点で何か引っ掛かりますが、ともかく先へ進んで、ここは敦賀・金ヶ崎。
「いざ、走れい!」
掛け声で一斉に走り出す子どもたち。
一人の少女が素早く前に出ると、少年に邪魔されます。
「女のくせに! ざまみろ!」
干し柿!と願う少女は、後の阿月です。
ゲストキャラの回想シーンをやたらと挟むワンパターンな作風が、今週も始まりました。
あらすじ:おじさんえっちな構文バージョン
おほお~w
これは楽しみ金ヶ崎!
小豆袋の逸話を知っているインテリならば、阿月という女中の時点でわかっちゃう♪ドキドキだよwww
そしてお市の思いを知り、家康も揺れ始め…!?
トキメキ戦国ストーリーが始まる予感~!
BLもあるよwwww
愛しい白兎!おはよー!……チュッ(笑)
もう、わしと白兎は既に運命共同体となっておりますので、どうか撤退戦までお付き合いください(笑)
撤退できたら抱っこして、腕枕して寝てあげるからね
白兎!わしにもチュッは?(笑)
まだ退いてないかな?一緒に帰ろう! 今度ね!って…もうわしと白兎は、何でもありでしょ?(笑)
また血の池に浸かって、ちょっと恥ずかしそうな顔のかわいい白兎を見せてね! チュッ!
阿月ちゃんの苦しむ顔萌え〜〜若い娘は死んでこそ! ニュルニュル~、なかなか言えないから、ここに本音を放出! ばっかぁ~っ!
私は、なんでこんなことを書いているんでしょうか……。
どうする駆けっ子
今回は冒頭から頭が混乱してしまいました。
・景品は干し柿
和菓子の元祖は干し柿と言われます。
食卓に満足な甘味がない中で、干し柿こそ気軽に食べられる庶民のおやつだったからです。
そういうものを山盛りにして「景品、ドヤ!」と言われたところで説得力が感じられません。
コンフェイトの扱いに続き、今度は干し柿が何かおかしい。
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・駆けっ子競争
あんな長距離を子どもに走らせますかね。
体力を競うような競争で活躍したという話は歴史に割と出てきます。
しかしそれは相撲や力自慢が定番では?
例えば『八重の桜』に出てきた「女だてらに、米俵を持ち歩き周囲を驚かせた」というエピソードがあります。
あれは実際にあったこと。本作では、そういう基となる話がないから、どうにも白々しい。
「あれはナンバ走法だった!」という意見もあったようですが、
◆お市のために走り抜く阿月を熱演した伊東蒼、松本潤が演じる家康に思わずしたこととは?(→link)
どうしても本作お得意の「史実も取り入れますよ感」が先にくると申しましょうか。
体力描写をしたいなら、そんな難易度の高いことに挑戦せず、相撲や米俵担ぎをやったらいいのになぁと思います。
なぜなら現代と当時でフォームに差がなく、一方で、陸上競技は扱いが難しいものの代表格だからです。
・そもそも走ることそのものが今よりずっと危険
足の裏に何か刺さり、泥でも入ったら破傷風で死ぬ可能性もある。
昔の人はそういうことを経験則で学び、避ける工夫がありました。
子ども同士ならまだしも、大人があんな危険なことをさせるとは思えません。
作り手に時代劇のインプットが少ないため、彼らの小学生時代が焼き直されたように見えてくるのです。
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どうする蟹と宴会芸
蟹の宴会シーンは「スタッフがおいしくいただきました♪」をしたいとしか思えません。
『西郷どん』でも、薩摩とさして関係ない鰻をやたらと食べていて、もしかしてスタッフが食べたいのか? 趣味なのか? と邪推してしまいましたが、ストーリー上、本当に必要あったのでしょうか?
あの宴会芸を見て、クスッとできる人がある意味うらやましい。
もう何度目のエビすくいでしょう。
まんま居酒屋で目にしてしまった痛々しい上司接待であり、笑うどころか、見ているのが恥ずかしくて俯くしかありませんでした。
飲みニケーションなんて昭和の遺物であり、コロナで一掃されましたよね。
今どき昭和あるあるネタで笑う人も激減しているでしょうから、ここまで視聴率が低迷しているのではないでしょうか。
◆NHK大河「どうする家康」第14話視聴率は11・4% 2週ぶり放送で2ケタ台キープ(→link)
読売に「2ケタ台キープ」と言われるってことは、おおよその民意として「ギリギリ2ケタを保ったー!」ということでは?
記事タイトルに本音が漏れているように感じてしまいます。
どうする「阿月」
小豆袋とかけた「阿月」という女性名は、果たして適切でしょうか?
女性名の「阿」とは、中国語と共通点があります。
中国では女性や子どもの愛称に「阿」をつけました。有名なところでは、『三国志』の呂蒙でも。
呂蒙は無学で知られていました。それが主君の孫権から「もっと勉強しなよ」と言われ、熱心に学びます。
そして披露した策が見事だったことから、魯粛が驚いてこう言いました。
「もう呉の阿蒙なんて呼べないねえ」
阿蒙とは、「蒙ちゃん」という意味です。それを日本に当てはめてみましょう。
梅という女性を「お梅」と呼ぶ。このとき漢字表記にすると「阿梅」となるわけです。「お=阿」となると。
となると「阿月」と書いたら「おつき」か? というと、語感的におかしい。
要するに、この名前、なんか変なんですよ。
浅井長政正室が、そのへんの村娘を侍女にする。そこまではいい。
しかし、名前をもうちょっとどうにかできなかったのか。
絶対ありえないとまでは言い切れないにせよ、決定的にセンスが欠けているように感じます。
どうする漢籍教養
さんざん「明を無視するこのドラマは何?」と突っ込んできたら、やっと「明国」と出てきました。
それを「唐」と言ってしまう家康を笑いものにする信長と秀吉。
恥ずかしいのはむしろこんな雑な中国史を描いてくる本作のスタッフだ!
そんなわけで突っ込みますよ。
◆日本では江戸時代まで中国を「唐(から)」と呼んでいたので「明国w」と嘲笑うのはおかしい。
→今で例えるなら「台湾? は? 中華民国でしょw」と言うようなもの。そんなのあげつらう方がおかしいでしょう。
◆太原雪斎という、当時トップクラスの漢籍教養の持ち主から学んでいる家康が、中国知識がないってどういうことですか?
→一例を挙げると家康は『貞観政要』の愛読者でした。
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家康も泰時も一条天皇も愛読していた『貞観政要』には一体何が書かれているのか
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・秀吉がニタニタ家康をコケにしていたけれど、漢籍教養は家康の方が圧倒的に上。
→出自によって武将の教養に差が出るのは当然でしょう。しかし、そうした状況がまるで反映されていない。『麒麟がくる』において秀吉が手にしていた書物は『徒然草』でした。
・地理感覚が流石におかしすぎる。
→金ヶ崎から中国の港が見えるというウソに引っかかる、そんな感覚があまりに稚拙ではありませんか。そんな冗談に引っかかるんでは?と思っていることがあまりに幼い。
本作は、日本史における漢籍の理解があまりにも疎かで辛くなってきます。
日本では漢籍教養を知らないと、それだけでダメだしをされる時代が長く続きました。
あの平賀源内ですら、漢籍が疎いばかりに「教養不足です、もっと勉強しなさい」とダメ出しをされていたほどです。
そんな江戸時代までの伝統を踏まえると、今年は無教養大河といってもよいほど。
近年ですと
・『太平御覧』が一冊にまとまっていた『平清盛』
・飲み会で懐から『論語』を取り出す『青天を衝け』
という漢籍の扱いが雑な大河があり、今年はそこに並びそうですね……そんな惨状は見たくなかった。
ただし、NHK全てが悪いわけではありません。
ドラマ10『大奥』ではプロットにまで漢籍を取り入れていました。
あるいは朝の連続テレビ小説『らんまん』でも、明・李時珍『本草綱目』が出てきます。
植物にしか興味を持てない主人公が、本草学(植物を扱う学問)のテキストを見せられ、解読のために学び始めるという流れです。
貴重な本であるため、高価であること、塾があった大阪から取り寄せていること、巻数が多いこと、といった特性がきっちり反映されています。
『論語』のようなメジャーなものとは異なり、一から作る手間がかかり、かつ再現するだけでも大変。それでもスタッフはこなしています。
漢籍に詳しい担当者はそういったドラマに投入され、『どうする家康』では最初から切り捨てていたのか、それとも必要としなかったのか。
いずれにせよ本作の制作サイドからは漢籍が軽視されているスタンスが伝わってきます。
どうする知略の差
『麒麟がくる』の逆張りがお得意の本作。
こんなニュースもありますが、
◆怪演で「麒麟がくる」を完全上書き、クセ強・明智光秀と足利義昭に震撼【どうする家康】(→link)
本作は、見た目が奇抜だとか、わかりやすく意地が悪いとか、あくまで表層的なものにすぎない。
金ヶ崎でハッキリしたことがあります。
本作の武将たちは、『信長の野望』でいうところの知略ステータスが全員平均でマイナス30くらいしている。
『麒麟がくる』では、洞察力の鋭い松永久秀と徳川家康が、金ヶ崎における朝倉軍の異変を察知します。
「あまりに楽に勝てすぎている。何かおかしい。抵抗せず、むしろ誘い出しているのではないか?」
と、二人が戦場での臭いを察知するところから、裏切りへの気付きが始まりました。
それが本作だと、こうだもんな。
「浅井長政さんて真面目そうだしぃ。大丈夫じゃね?」
このドラマって印象論でしか人物を判断しませんよね。
常時、狡猾さをニタニタスマイルで出してくる光秀。
同じく、常時ゲスを極めている秀吉。
それに対して浅井長政はいい人っぽいから裏切らないと決めつける。
そうかと思えば家康が「義の人だからこそ裏切る」とか、雰囲気トークで無理に押し切ろうとしている感じがしますが、判断材料となるソースはそれしかないのでしょうか。
もう指摘しすぎて嫌になってきますが、『孫子』あたりを読んで欲しいものです。
かまどからあがる煙の量で敵勢を把握するとか、旗指物の動かし方で士気を察知するとか、そういう状況判断の大切さを『孫子』では記されているじゃないですか。
それが本作では、秀吉が殿軍を指揮して、信長も光秀も家康も助かることはわかっている――そんな結果ありきで話を組み立てているから、場面場面が弛緩しているのでは?と思います。
もしも自分が戦場にいて、命を狙われる危険性があれば、「いい人だから裏切らない」なんて結論は簡単に出せないはず。
『麒麟がくる』で、久秀や家康が「朝倉軍が弱すぎて誘い込まれているのでは?」と不安になるほうが現実的であり、そうした不安定な状況の中で少しでも勝利に近づくため『孫子』はあるはずです。
武経七書を全部読めとは言いません。せめて『孫子』ぐらいは踏まえて話を展開して欲しい。
どうする昭和ラブコメ女
お市も阿月も、無意味なニタニタが多くないですか。
あんな営業スマイルを無意味に浮かべ続ける人って、なんなんでしょう。
お市が裏切りを教える理由が、家康への恋愛感情で、それを阿月に全て話すセンスが理解できません。
回想シーンの場面やらなにやら、戦国時代の感覚ではなく、昭和の漫画に出てきた少女で辛いものがあります。
お市が自分で乳を出しているようなセリフもありました。乳母はどうしたのでしょう?
人類を含め、哺乳類は授乳中、妊娠できません。
それを昔でも経験則で知っているから、乳母を雇うことは必須でした。お市は男子が少ないから、なおのこと。
それなのに、未婚の阿月が赤ん坊を抱いている意味がわかりません。
「やっぱりカワイイ女の子は、自分で乳をあげたいんだよな〜」だって? もしも、そんな風に脚本が作られていたら、気持ち悪いなぁ。
どうする長距離走
『鬼滅の刃』の新シーズンが始まりました。
少年漫画の方がよほど時代考証がしっかりしています。
阿月はかけっこが得意だから彼女から家康に知らせよう♪ って、そんなこと『鬼滅の刃』ではまずやらないでしょう。
あの作品では炭治郎を交代で送り届ける描写がありました。
一人で走り抜けるなんて無理だと想定して、交代要員も考えるはず。
それを本作では、小豆袋と重ねてドヤ顔って意味がわかりません。
どうするワイン
ドヤ顔でワインを飲む信長。
昭和じみた古臭さの極みのようなシーンでした。
誰か止める人はいなかったのか?と、本気で心配しております。
織田信長は下戸説もありますが、それはさておき、マントやらワインやら、わかりやすい南蛮かぶれで目を覆いたくなります。
ジョニー・ウォーカー黒ラベルを「ジョニ黒」と呼んでいた昭和のおじさまが、自己投影した姿と言いましょうか。
どうするオリキャラ女
『麒麟がくる』でもありえねー駒とかいうのがうろうろしていたし♪ もっといいオリキャラ女出せるっしょwとでも言いたげな阿月がただただ、悲惨でした。
駒は別にあり得ない設定でもない。中世女性は権限があるものの、それが史料に残りにくいから「いなかった」と認定される。
明国由来の最新医療を持つ女性医師が、将軍の側にいてもそこまでおかしくありません。
女医の地位が決定的に貶められたのは、明治維新です。江戸時代まではそれなりにいて、駒はありえる範囲でした。
しかし阿月は一から十まで嘘で塗り固めてられいる。列挙してみましょう。
・阿月の家は結構広い。このドラマはセットを使い回し、背景CGだけ使い回しているからわけがわかりません
・阿月が女ならではの仕草をするように躾けられているけれども、そういう躾をするとすれば、どこぞに奉公でもさせるつもりだったのでしょうか?
・そういう奉公させたいような女子ならば、危険な徒競走参加をさせたとも思えない
・結構裕福な家庭に思えたのに、唐突に娘を売り飛ばして、わけがわからない
・素性不明の女をホイホイ侍女にして、自ら面倒を見るお市ってセキュリティ意識が雑過ぎませんか?
・自分の侍女にするなら、まず名前をあげましょう
・なぜ未婚の素性不明の女を姫の乳母にしますか?
・走破距離は40キロ。舗装されていない山道を、あんな少女が一晩で走り抜けるって……そりゃ死ぬわ
どこかで見聞きした女性の苦労話を雑に全部ぶち込んだみたいな展開なんですよね。
それでも「女性の苦労を描いた」とかなんとか持ち上げる人はいるのでしょう。何もかもが嘘で塗り固められていて、かえって不愉快です。
「私たちは女性を応援しています」と、おじさんがずらっと並んでポーズを決めているポスターを思い出します。
ジェンダーについて大して学ぶ気もないのに、ファッション感覚で取り入れられているような印象と申しましょうか。
そもそも小豆袋の逸話は、江戸時代の創作でしょう。
こういうニュースもあり、
◆NHK「どうする家康」あずき袋の史実を再現 伊東蒼、古沢良太氏から説明された〝阿月〟の役割明かす(→link)
公式ツイッターでも史実プッシュしている(→link)ので、多くの方が勘違いされそうです。
どうする脚の露出
このドラマって女性が苦しそうにする顔を、アップでやたらと映しますよね。
こんなことする意味がありますか?
おまけに阿月はなんでわざとらしく脚をああも露出するのか。脚をやたらと舐めるように撮る場面が多くてウンザリしました。
女子中学生の陸上部員を、舐め回すように撮影する。そういうセンスを感じます……。
若い女性はこうやって執着するくせに、今川家を動かしていた寿桂尼は名前すらほとんど出さない。
一体私たちは何を見せられているのでしょう。
どうするチンピラ語彙力
『麒麟がくる』について、池端俊策さんのインタビューを読み返しました。
コロナもあり、大規模なロケができず、スタジオ撮影中心になってしまったが、かえって心理劇にできて面白かったとのこと。
そんな『麒麟がくる』を見た後に、本作の信長から「俺に逆らうとかそういうことだ!」とかいうアホなセリフを聞いていると、落差に愕然とするばかりです。
何のリアリティもない台詞と申しましょうか。
AIでセリフを考えているんじゃないかと思うほど、ただただ空虚です。
「あほ」だの「たわけ」だの、罵詈雑言を怒鳴り散らすだけで、怖くもなんともない。そもそも聡明さに欠け、隙だらけなので、何を言われても迫力がないんですよね。
駅で高校生同士が喧嘩しているところをたまたま見かけた、その程度の気分です。
それがファンダムにも反映されていて
◆「どうする家康」次回予告 家康ついに秀吉をクズ呼ばわり!ネット期待「金ヶ崎の退き口」4・16放送再開(→link)
こんな意見がピックアップされています。
SNS上には「ついに家康が秀吉をクズ認定」「次回は金ヶ崎の撤退戦。家康目線でどう描かれるか楽しみ」「次回は不気味ピエロ感の凄いムロ秀吉の狂いっぷりが存分に見られるんですかね」などと期待の声も。
人をクズ呼ばわりすることに期待するって、なんなんでしょう。
どうする公共放送日英格差
こんな映像が公開されました。
◆NHK大河『どうする家康』関ヶ原合戦シーンが公開?! 壮大なスケール映像にSNS興奮「映画みたい」「やばい鳥肌」(→link)
私は鳥肌よりも失笑が漏れました。
予想が当たりです。案の定、BBC『ウォリアーズ』以下の関ヶ原ですね。
ともかく予算がないことが伝わってくる、お粗末なカメラワーク。やる気を感じさせないエキストラの所作。
VFXで誤魔化しているものの、その技術センスが10年前の『八重の桜』にすら及んでいない。
デジタル数字をわざとらしく被せるセンスも、一体いつの時代なのでしょう。この関ヶ原に何を期待できますか?
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英国人から見た家康と関ヶ原の戦い!BBC版『ウォリアーズ』は一見の価値あり
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どうせ関ヶ原でも、酒井忠次から受け継いだ「えびすくい」でもやるんでしょうね。期待しています。
しかし、作る側は自信満々なのがどうしようもない。
◆松本潤主演『どうする家康』第2章突入へ 制作統括は「圧倒的なスケール感」をアピール(→link)
イギリス人にならって私ならこう言いますね。
「Rubbish!」
意味は各自お調べください。
どうする勝手なリベンジ
どうして阿月が雑にこうも推されたのか?
こんな記事もありますが、
◆伊東蒼、世界の命運を背負うキーパーソンに 『どうする家康』など重要な役を担う理由(→link)
私の推察は別です。
彼女は『平清盛』に出ています。
なるべくスタッフが一致するあのドラマ要素を入れて、それでヒットを飛ばし、手前勝手なリベンジをしたいとしか思えません。
『いだてん』のリベンジも狙っているのでしょうか。こんな記事もありました。
◆【どうする家康】疾走死「阿月」が一夜明けてもネットで話題「いだてん」連想する声多数(→link)
『平清盛』と『いだてん』は、視聴率が低迷したにもかかわらず、“ネット”では大河通を自認する層が声高に「傑作だ!」と語る傾向があります。
しかし、そういうノイジーマイノリティの拡散力を頼り過ぎることは、ファンダムの断絶を招く。
そうなれば「史実でなく『いだてん』のファン狙いであの無駄な描写を見せられたの? ならもういいです。『麒麟がくる』でも見直しますね」といった反応になる人も出てくるでしょう。
なぜそれが予測できないのか?
この作品は『平清盛』と『いだてん』のファンに媚を売るようにして、『麒麟がくる』に対しては侮辱するかのような描写をする。
もしかしたら作り手当人たちは気づいていないのかもしれません。本当に厄介。
それはこういうニュースからも伺えます。
◆「どうする家康」中村勘九郎も登場 大河主演経験者4人!番組CP語る起用理由“松本潤サポート”も期待(→link)
SSRカードを集める感覚で、大河主演を集めているとしか思えません。
この役者さんにはこの役が似合う――そういう選び方をしているようには、とても見えない。
中村勘九郎さんを起用しながら、どうして武士の所作を発揮できる役にしないのでしょう。心から虚しくなってしまいます。
朝ドラの『らんまん』は神木隆之介さんが主演しています。
彼は主人公モデルである牧野富太郎青年期の写真と似ていて、これは彼が演じるしかない、といった説得力があります。
大河ではなぜそれができないのか。
結局、このドラマって、こういう話題性狙いばかりのキャスティングですよね。
適材適所という最も大事な要素が無視されているようで、そんな取り組みが成功するはずないでしょう。
鹿を指して馬と為す
本題に入る前に、三谷さん、おめでとうございます。
◆三谷幸喜氏が第41回(2022年度)向田邦子賞に決定!(→link)
まったくもって昨年が懐かしいですが、無い物ねだりをしていても仕方ありません。
本日はこの言葉に注目です。
鹿を指して馬と為す。『史記』
アルファアカウントが鹿に「#これは馬です」とハッシュタグをつけたら、なんかそれが真実になる現象。
このドラマの周辺には、どうしようもないドツボ現象が溢れていて、空気が澱んでいます。
とにかく本作は、作り手側の日本史への知識が低い。それが伝わってきて、こんなにも苛立つのかと、浮世絵を見ていて納得できました。
衣装写真を見るだけで不快感がジワリと募ってきます。
それはなぜか?
女性が特に顕著ですが、ペールカラーの薄い色合いの衣装が多いのです。
染料はお金がかかります。いい色の着物を着ていることは、それだけでもステータスシンボルとなる。
ゆえに大名家の女性ともなれば、鮮やかな色合いの服を着ているもの。あんなペールカラーは「ケチったの? 節約?」と言いたいぐらいで、とにかくみっともなく貧乏くさい。
布の柄も特別です。
着物の柄に季節の意匠を入れることはオシャレの基本です。それのみならず、絵画やフィクションではその人物の持つテーマや性格を模様に反映させることもあります。
それが日本の伝統なのに、このドラマの衣装はそういった要素が決定的に欠けている。
見た瞬間、ガッカリしてしまう。
衣装が派手だと叩かれた『麒麟がくる』の場合、そこまでおかしいと私は感じませんでした。
むしろ画面の色彩調整の問題であって、衣装そのものがおかしいわけではない。
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『麒麟がくる』のド派手衣装! 込められた意図は「五行相剋」で見えてくる?
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『鎌倉殿の13人』は、畠山重忠の衣装写真初めて見た瞬間、既視感がありました。
こういう色、こういう表情を見たことがある。そうだ、武者絵だ! 武者絵が動くんだな! と、ハッとさせられました。
しかし今年は見た瞬間にモヤモヤする。この違和感はなんだろう、と『鬼滅の刃』のアニメや浮世絵を見たらスッキリしました。
浮世絵は言うまでもありませんが、『鬼滅の刃』も色彩や着物の柄が伝統を再現しているのです。
そういう伝統を破壊して、本作では無理やり自分たちの世界観を必要以上に押し付けてくる。
衣装の色合いだけでなく、所作も、展開も、語彙力も……武士に備わっている魅力をバカにしているとしか思えません。
三谷幸喜さんはユーモアセンスがあるためか誤解されることがありますが、彼は幼少期から武士の魅力を叩き込まれてきたことがわかる作風です。
宮藤官九郎さんの場合、武士というより落語に出てくるような、市井の人物に魅力を感じていると伝わってきます。
そういうテーマの大河に再挑戦して欲しいものです。
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正月時代劇『いちげき』徹底レビュー!幕末の熱気を庶民目線で描いた痛快傑作だ!
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森下佳子さんも、知識をギチギチにインプットしているからこそ飛躍できる方でしょう。
池端俊策さんは、漢籍教養でも固めているからこそ出せた魅力がある。
では本作は?
そういう知識を小馬鹿にして、芸能界裏情報でマウントをとってくるような胡散臭さが漂っている。
「綺麗事言うけどさ〜。人間汚いじゃん?w それがわかる奴こそ本当の意味で賢いんだよ、わかる?」
といったノリですね。
人間の人生には限りがあって、得てきた知識も当然異なります。
中年以降になると、その蓄積の差が出てくる。するとマウントを取るために、自分の知識を大仰に見せようとしてきます。
大河ドラマを見て、自分の知識を再確認することもきっとそうなのでしょう。
「フラグ立ったw」
「ラスボスと対面したw」
SNSでそんな風に書き込めば、アピールになるという思考。
◆ほのぼの家康の上京物語、一方でラスボスとの初対面に悲鳴も【どうする家康】(→link)
◆「どうする家康」赤子の茶々を抱く家康…ネット震える「脳が悲鳴」「鬼フラグ」45年後に“悲劇”(→link)
◆「どうする家康」第13話:京の都で今後のフラグが立ちまくる(→link)
歴史を「暗記科目で過去のことだから変わらない」という認識だからそうなるのでしょう。
しかし重要なことを見落としていませんか。
なぜお市は大事な姫君を連れて上洛してくるのでしょう?
家康と茶々をあわせるという、雑なフラグを立てるためだけですよね。
そしてこういうことも。
◆【TV視てますか?】「青天を衝け」「鎌倉殿の13人」の伏線を利用する「どうする家康」 今後もどんな力業を見せるか「どきどき」(→link)
作品が別であれば「伏線」とは言えないでしょう。
そういう伏線だのフラグだの、ネットで語ることが2000年代以降の「教養」になった感はあります。
しかしそんなものは実際には教養ではなく、ただの迎合です。
みんなで言い合っていると、自分たちは個性的でセンスが良くて賢いと思えてくるから、「鹿を指して馬と為す」が起こる。
NHK作品が今後レベルアップしてゆくためには、海外の目を避けて通れません。
それなのに、日本の伝統的な魅力すら理解せぬまま、昭和感覚で雑なドラマを作る。
芸能界通を自認する人が喜びそうな、そういうワイドショー的なネタばかり積み重ねてゆく。
歴史的におかしいと言われると、どういう反応をするのか?
図書館で歴史小説を読んでいた暗い奴をいじる感覚で、こういうことを言えばいい。
◆『どうする家康』に歴史オタクがブチギレ! 明智光秀の描かれ方をめぐって発狂(→link)
“発狂”とは、すごい言葉を使うものですが、文中に出てくる週刊誌記者の言葉も凄まじく、同時に大きな勘違いをされています。
「そもそも、これって〝史実を基にしたフィクション〟じゃないですか(笑)いちいち目くじら立てる人って、何が目的なんですかね…。そりゃあ、時空が裂けてエヴァンゲリオンに乗った少年が本能寺の変を阻止し、織田信長を延命させるようなストーリーならキレるのも分かりますけど、こんなの全然許容範囲では?
大体、同作は『ステレオタイプな家康像とは違う新解釈を届ける』と明言しているわけで…。そんなに史実が大事なら、歴史ドキュメントの再現ドラマでも見てればいいでしょう。そのお門違いと来たら、そば屋に来て『パスタがない!』ってキレてるようなものですよ」(週刊誌記者)
史実通りじゃないからキレているのではありません。
つまらないから、キレているのです。
なぜ、それがわからないのでしょう。
中国には『天意 レジェンド・オブ・キングダム』という、項羽と劉邦で有名な「楚漢戦争」にSFをぶち込んだパワー溢れるバカ時代劇があります。
この作品では張良がレーザーバズーカ砲で始皇帝暗殺を企て、火鍋屋で「鴻門の会」を繰り広げられます。
そんな脳みそが蒸発しそうなバカ展開だろうが、役者は真剣です。史料を元に展開します。そして面白い。
面白いという基本的な要素が達成できていなかったら、キレる権利はありますよ。
そば屋に来て『パスタがない!』とキレているのではありません。
飲食店で生ゴミを出されたのです。
とりあえず金は払ったあとで、保健所に粛々と通報している。ネットに投稿して燃える様を待つ。そういう状況です。
まいじつさんにムキになっても仕方ありませんが……ここはとりあえず『天意 レジェンド・オブ・キングダム』は傑作だとだけ言っておきます。
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文:武者震之助(note)
【参考】
どうする家康/公式サイト














