「白兎……白兎……」と秀吉が妙な表情で呟いている。
すごく意味ありげで、いかにも「重要なセリフを吐いてますよ」というアピール感が凄まじい。
しかも、あまりにスカした表情で語るため、見ているこちらが本気で恥ずかしくなってきます。
共感性羞恥で自分を殴りたくなるほどだ。
だって、あの恥ずかしいニックネームを、信長は秀吉の前でも言っていたということですよね?
家康の「秀吉を倒す!」宣言も、とにかく虚しい。
かつては信長に対してもそう断言していましたし、この後も結局は秀吉の妹・旭姫をマザーセナ以来空白だった正室にしますしね。
マザーセナを教祖として崇めているようでいながら、性的なことは別。
旭姫がその対象となるかどうか不明ですが、カルトとしての生々しさだけはリアリティのあるドラマです。
どうする秀吉への面会
秀吉に挨拶をするため、順番待ちをする人々。
僧衣やら貴族やら、なんだかそれっぽい人々が並んでいますが、天下人への挨拶を頼む場面としてはあまりにフランクすぎやしませんか。
『麒麟がくる』の場合、高位の人物に会うとなれば結構な手間暇がかかることがわかりました。
駒や東庵は名のある人物とホイホイ会えたではないか、という反論は別の話。
彼らは特殊技能持ちだからこそのルートがありました。
『鎌倉殿の13人』は、官位が重要です。北条政子の官位が飛び抜けて高いからこそ、朝廷と交渉できた。
それに引き換え、本作の面会ってなんでしょう。
人気のラーメン屋じゃないんだから、全くリアリティを感じさせず、セキュリティもザル。
髭ヅラ秀長の説明セリフもしんどい。どうしたってビッグモーターのCMイメージが先行してしまい、興が削がれます。
まぁ、こればかりは不運としか言いようがありませんね。ドラマが現実を超えられなかった。
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どうするお国言葉
このドラマは差別への意識が薄いことも欠点。
秀吉と秀長、死を目前とした明智光秀がお国言葉になります。
大河でお国言葉を使うことそのものが悪いのではありません。貶める手段として用いることが問題です。
今時この認識なのかと驚きました。
この描写だと、お国言葉を使う人間を貶めているニュアンスがあると思われかねない。
実際、昭和のテレビでは平然とそうした使われ方がありました。
しかし、2020年代にもなってこの感覚とは、愕然としてしまいます。脚本家が同じ映画『レジェンド&バタフライ』も同じようなお国言葉の使い方をしていました。
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脚本家の古臭い手癖なのかもしれませんが、実際に映像化するまでに誰か止められなかったのでしょうか。
どうする秀吉
秀吉の下劣さが止まらない。品位が何もない。
役者の問題ではなく、脚本はじめ作り手が権威や身分秩序を理解できていないせいでしょう。
『鎌倉殿の13人』はこの点高度でした。
時代劇の所作となると、歌舞伎役者は一段上であり、例えば、坂東彌十郎さんや片岡愛之助さんは、敢えてちょっと崩すような演技に見えました。
野蛮な坂東武者のようで、芯が通っているような人物像だった。
中村獅童さんは、坂東武者でも品位ある雰囲気。
尾上松也さんの高慢と気品が入り混じった風情は、もう説明するまでもありませんね。
演技指導が無茶苦茶な本作に何を言っても無駄だとは思いますが、『鎌倉殿の13人』の北条時政のように、わかっていてあえて崩しているような振る舞いにはできないものか……。
今回の秀吉は、ただただ不愉快なだけです。
どうする迫力不足
秀吉が書状を書く場面。
今回も筆の持ち方がおかしい。
そもそも秀吉は出世したのだから祐筆を使えばよいのでは?
さすがに大河スタッフが祐筆を知らないとはあり得ないでしょうが、こうした描写があるから、どうしても出世した感じが出てこない。
秀吉が信雄にグイグイ迫るところも、どうにもくだらない。
一喝するなり、睨みつけるなり、できないのでしょうか。
こんなに怖くない秀吉は前代未聞です。
秀吉の残虐さを示す信孝の死が、ナレーション処理されたら台無しでしょうよ。
本作は、豊臣秀次とその妻妾の死も簡単にすっ飛ばしそうですね。いや、若い美女を殺すことは好きなようだから、じっくり描くかもしれません。
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どうする色彩感覚
秀吉の下劣さは、どうしようもない衣装にも一因がありそうです。
この作品は全体的にカラーパレットがおかしい。
『中国の伝統色』(→link)という本には、色の説明に歴史劇の衣装で使われていたということがしばしば言及されていました。
あざやかな使い方で素晴らしいといったことが書かれている。
そういう色の意味合いや使われる意味を考える楽しみ方が今年の大河ドラマにはありません。
どうする織田信長の見識
織田信雄を愚かに描きたいことはわかった。
だからといって「ノブカツ!」と呼ぶ家康はどうかしています。むしろ、これだと家康が非常識に思えます。
家康に呼び捨てにされても怒らないほど卑屈な信雄は、どれほど鈍感なのか。こんな息子にしてしまった織田信長まで愚かで酷い親に思えてしまう。
切れ者であるから見出したはずの明智光秀も愚かでしかなかった。
自称信長の後継者お市も、結局無能。
信長って、周りを腐らせる呪いの持ち主だったのでは?
いや失礼しました。このドラマは信長周辺以外もダメな人物ばかりでした。
ダメ大河の先輩『江 〜姫たちの戦国〜』では、江の中に信長が見出されるという設定でした。
それに続く期待の新人・本作では、茶々の中に信長の幻が見えるかもしれません。そうなればギャグとして最高ですね。
どうするマザーセナ
先週よかった点。
それはマザーセナの回想がなかったことですが、結局、お市との恋愛を盛り上げるための配慮だったようで、今週はバッチリ出てきました。
しかもクレジット二番手ですよ。
◆【どうする家康】どうなる〝2番手キャスト〟 有村架純、岡田准一、北川景子ら「退場」(→link)
BBC版の関ヶ原『ウォリアーズ』では、信康を死なせたことを思い出す家康が展開の説得力になっていました。
関ヶ原に遅参したから腹を切りたいと語る我が子・秀忠を、温情で許す家康。
そういう厳しい時代は終わったと宣言し、それが泰平の世の幕開けにも思えたものです。
BBCがそういう描写をしているのに、NHKはマザーセナの教義による泰平の世にするとは……。
『麒麟がくる』の光秀は、亡き妻の爪を小さな容器に入れて振り、その音で偲んでいました。それが本作はいちゃつく回想映像を使い回すだけです。
妻への愛惜の示し方だって見せ方の一つなのに、本作にはそうした細部へのアイデアが全くありません。
脚本家にそれだけの力量や適性があるかどうか。事前にわからなかったんですかね。
どうする井伊直政と本多忠勝の説得力
井伊直政は幼く、腕も細く、所作も筋力が感じられず、
そりゃ旧武田の兵たちもついてこないよな……
と悲しくなってきます。
そもそも包帯を巻いて「稽古をつけたあとです」という説明は何事でしょうか。
汗もろくにかかず、着物もきれいで、擦りむいたような傷がポツポツとあるだけ。打撃による内出血の跡はなし。これのどこが?
本多忠勝も「細い!」と思ってしまいました。
『八重の桜』の山本覚馬、『鎌倉殿の13人』八田知家や三浦義村と比較してはいけない……そう思おうとしても、どうしてたって比べてしまいます。
これで本多忠勝と言われても、全く納得できません。槍も重たそうに見えないし、見せ方の工夫が足りません。
しかもこの忠勝には、ノースリーブで日焼けしたようなあとがあります。どういうことでしょうか?
どうする漢籍
漢籍を読む場面で、書見台すら使わぬとはどういうことなのか?
今の本と同じ持ち方だし、読み方もおかしいし、授業風景も現在の学園ドラマのようで絶句します。
このドラマは、最後までまともに漢籍を取り扱わない気のようですね。
ドラマ10『大奥』や朝ドラ『らんまん』と比較して、ひどく劣っている。
真面目にやる気がないのなら、そんなシーンなど省いてしまえばよいのに、言い訳のように入れてくるのが見苦しい。
どうする小道具
書状の色もなんだかおかしくありませんか。
そんなことはないと思いたいですし、詳しく調べないとわからないけれども、朱墨でなく、アクリル絵の具やポスターカラーを使っているようなことはありませんよね?
字体も、戦国時代にしては新しすぎる気がします。ああいうかっちりした楷書で書くものでしょうか。
『らんまん』のこういう小道具ははちゃんとしているのですが。
◆万太郎が植物標本を包む「新聞紙」にも驚きのこだわりが…朝ドラ『らんまん』の知られざる「演出の世界」(→link)
だからといってデジタルにすれば良いというものでもなく、相変わらず地図は虫がはっているようで不気味です。
どうする「香具師の口上」
本多正信はやりすぎでしょう。
知将というより、これでは香具師の口上。
あまりに軽妙な口調のため、武士というより講談師や商人では? どうしてもそう思ってしまう。
そして、これはあまり兵法に興味がない人がやりがちなミスですが、できる軍師や智将ほど、せいぜい二手先ぐらいしか見通しません。
実際の相手がどう反応するか。そのときの天候はどうなっているか。
予測不能な要素がありすぎて、先の見通しとは非常に難しいものです。
「十手先を読んでこそ軍師!」
というのはまさに俺だけ転生ものであり、本作はその典型例ですね。
まぁ、リアリティなど全無視どころか「なろう系を取り込んでこそシン・大河だ!」が本作の姿勢ですので、仕方ないんですけどね。
本多正信だけでなく、家康もわけのわからない先読みをペラペラしゃべっているので、大の大人が揃って何バカなこと言ってんだ?と悲しくなってきます。
そもそも大切な策は漏らさないことが基本中の基本でしょ?
大切な主君にだけ、こっそり語ればいい。
この正信はそれすら知らない。徳川家臣団から小銭でも巻き上げようとする香具師にしか見えません。
ガマガエルの油を売ったら、よく売れそうですよね。
どうする乱世のおさめ方
「乱世をおさめたいから秀吉に勝負を挑む!」
いったい何を言っているのか?
『麒麟がくる』では、明智光秀の内政のやり方に感銘を受けた徳川家康が、意見を聞きに行く場面がありました。
民の安定を成し遂げてこそ、乱世が終わる。そういう丁寧な描写です。
トップが妄想ぎみに「俺が乱世終わらせるし!」と勝負を挑んだって、うまくいきませんよ。
どうする誅殺
織田信雄の前で、家老が火花をきらめかせながら斬られる場面。
お祭りみたいで、心の底から「酷い!」と叫びたくなった。
制作陣の誰か、止められなかったんですか?
あんな目の前でわかりやすく殺されてたまるか!
処刑ならきっちり斬首。『鎌倉殿の13人』では藤内光澄はじめ、ちゃんとそうしていましたよね。
切腹なら白装束。『麒麟がくる』の三淵藤英がそうでした。
暗殺なら、宴会に呼び出すとか。『鎌倉殿の13人』では、一条忠頼を呼び出して坂東武者が取り囲み、きっちり始末していましたね。
あるいは入浴中や就寝中とか。
もっと人を殺す手段を真面目に考えてくださいよ。
とにかく真剣味が足りない。あんなスタイリッシュで甘っちょろい、血が一滴も飛び散らない殺し方なんて、下手すりゃ酔っ払いの宴会芸と間違われますよ。
何のために時代劇を作っているのでしょうか。
どうする「レーシックお愛」
今週もド近眼設定はまるっと無視!
マザーセナの後継者である彼女は、目の術後も良好なようですね。今後はレーシックお愛という名前で呼びましょう。
そのレーシックお愛の肩を揉み、癒しを得る場面は、作り手の趣味でしょうか。
具体的なアドバイスも何もなく、こんなくだらないシーンが挿し込まれるなんて随分と尺に余裕があるもんですね。
それでも演じる役者を配慮してか。
提灯記事は出ますが、苦しいとしか言いようがありません。
◆ 広瀬アリスは「役得」? 視聴率苦戦『どうする家康』で評価うなぎ上り&モテモテの背景(→link)
どうする発声
大事な戦の場面になっても、腹の底から声が出ていないように思えます。
発声指導はどうなっているのでしょうか。
香具師や講談師でないときの正信は、武士ではなく現代劇の探偵のよう。
家康はボソボソと暗く話すだけのことを「落ち着き」と勘違いしているよう。
戦況報告でも、勝利してもその興奮すら入らない。
そうかと思えば、下劣な口調の時だけ悪趣味なまでに強調する。
秀吉はそのせいで聞き取りにくく、字幕を出さなければ何を言っているのかわからない時すらある。
耳に辛いドラマです。
どうする変化の表現
秀吉は月代。
家康はちょび髭。
そういうメイクでごまかしていますが、人間的な変貌が全く無いから、わけがわかりません。
『鎌倉殿の13人』の北条義時はじめとする登場人物たちを思い出し、切なくなる。
『鎌倉殿の13人』では、各人物たちが毒々しくなっていくところも素晴らしかったけれど、それが抜け切るところも見事でした。
あれだけ憎々しかった頼朝なんて、死の直前には、ちょっととぼけて愛嬌のある「佐殿」にまで戻りましたからね。
どうする日本を二分
日本を二分する――こういうセリフで小手先だけのスケール感を出したいのでしょうが、かえって逆効果でしょうよ。
九州や奥羽がまだ残っているのに、気が早すぎるのでは?
しかもサブタイトルが、往年の名画を安直に真似た「史上最大の決戦!」です。だとしたら、関ヶ原の戦いや大坂の陣はどういう扱いとなるのでしょう?
どうするおにぎり推し
このドラマは、本当におにぎりを握る女が好きだな!
「勝て勝て勝て!」って言いながら握るのは何なのでしょう。
『花燃ゆ』のリベンジでもしたいのか。誰かの趣味なのか。
兵糧をあんなふうに作って見せる意味がわかりません。昭和レトロなラブコメですか。
どうするものの持ち方
『らんまん』を見ていて気づきました。
書状を手に取り、さっと振ることで広げる。そんな時代劇お馴染みの所作ができています。
そして気づきました。『どうする家康』では、そんな綺麗な所作を見たことがないことを。
そのことに気づくと、どうにも小道具の扱いもおかしくて気になって仕方ありません。
思い出したように家康の薬作りが出てきました。
趣味というわりに薬研の使い方も雑。説得力がまるでありません。
どうする太鼓の打ち方
太鼓の打ち方がおかしい。
軍勢ごとにルールがあって、もっときっちり打つもの。
やる気がないのか、そうした調子は一切感じられず、ポコポコ打つせいで迫力にも欠けている。
発声も声が裏返るので、本当に稚拙です。
大河ドラマをパロディにしたコントの類にしか見えません。
どうした脚本
今週はやっとおもしろくなった。落ち着いた。
そんな感想もありそうですが、果たしてそうでしょうか?
歴史ドラマとしてのスタートラインに立ったあたりではありませんか。
実在した女性がでしゃばって目立ったり。回想シーンまみれにしたり。いちゃいちゃする場面の比率は減りました。
そのぶんアリバイじみた描写が増えて相対的にマシに見える。それだけです。
どうにもちぐはぐで、それまであったむちゃくちゃな個性が薄くなったような気がします。
今まではおしつけがましかった。
「今までにない展開だろ?」
「俺たちってマジですげーだろ、イケてるだろ!」
「これぞシン・大河なんだよ!」
そういう自慢げな姿勢があった。それがどうにも落ち着いてきている。
それが良いのかどうか?
残ったのは歴史番組用の再現ドラマと、ラブコメじみた場面、そして説明セリフだけです。
今までは挑発的でしたよね?
「史実なんて誰も見たことないしww あなた別にその時代に生きてませんよねw 見てませんよね、だったらこういう展開がないとは言い切れないでしょwww」
「瀬名が悪役とかもう古いしw 森蘭丸でなくて森乱w 新説取り入れましたwww」
そういう思考停止の呪詛を振り翳し、どんな無茶振りで通してきた。
それがなんだかおとなしくなっちゃって。
歴史パートにせよ、戦国時代の合戦というよりも、現代劇の詐欺師ミーティングのような場面に過ぎません。
少し真面目にしたぶん、かえって基礎力が脆弱なのが露になった。それが現状でしょう。
本能寺も伊賀越えという歴史イベントも終わった。
マザーセナ、千代、女大鼠といった妄想ヒロイン大行進も終わった。
何も見どころがない。ものの見事に何も無い。きれいに中身がなくなり、積極的な不快感が薄くなった程度の話ですね。
豪華キャストと思える池田恒興と森長可が登場しても、何もワクワクは湧いてきません。
もう、盛り上がりも何もないんですね。
このドラマは脚本がみっちり詰まっていない。スカスカのものを現場で手を入れて、どうにか形にしている。
だからこそ毎週のようにアドリブで補ったと語る裏話が披露されるのでしょう。
逆に、脚本を褒める出演者の声はほとんど聞こえてこない。今となって褒めているのは磯Pくらいではありませんか。
◆松重豊、「どうする家康」石川数正のラストシーンに言及「本来書かれていなかったセリフをアドリブで言った」(→link)
どうした「提灯」
視聴率では二桁を割ったり戻したりという体たらくで、それでも提灯記事は増えるのか、増えないのか?
超絶技巧記事が出ました。
◆『どうする家康』“キャラ変更”に落胆の声「『麒麟』の感動を返して~!」。ムロツヨシ/佐々木蔵之介が同じ秀吉役だが(→link)
何が超絶技巧か?
・ノベライズ担当者だけに、シナリオそのものではなく「キャラ変更」に落ち着けようとする
・今さら『麒麟がくる』の長谷川博己さんらに目配せし、胸キュンアピールを欠かさない
・実在の人物を「キャラ」扱いし、学説なり、思想なり、歴史的な解釈の余地をここでは全く語らない
・ファンが多い役者は配慮し、決してファンダムを刺激しないようにする巧みさ
・井伊直政は若い美形が演じているだけで、結構タイプは違うと思うけれども。これだとイケメンが演じていたら良いと思えるような……でもお互いのファンへの気配りがバッチリ!
とまあ、掲載媒体カラーにバッチリあわせているんですね。
別媒体ではしっかり本作を絶賛していますから、これぞできるプロの仕事だと思います。
こんな記事は心の底からどうでもいい。だからなんなんですかね。
◆松本潤『どうする家康』の“制作スタッフと撮影打ち上げ”を主催、ムロツヨシは頻繁に参加も家康の正室・瀬名役の有村架純は「あえて誘わない」(→link)
惻隠の心は仁の端なり
惻隠の心は仁の端なり。『孟子』公孫丑章句上篇
哀れみや情けを持つことこそ、仁の基本です。
もうニュースを引用するまでもないと思いますが、先週の茶々を「ラスボス誕生!」と絶賛する記事が多かったものです。
感想では性的なネットスラングを用いたものも見かけました。
予想通りです。まったくもって嘆かわしいうえに、日本の人権意識は国連が指摘する通り、遅れているとしか言いようがありません。
どこがおかしいか?挙げていきましょう。
◆13歳の少女が色目を使うおかしさ
『鎌倉殿の13人』では、茶々と同い年くらいのトウが、善児により目の前で親を殺されました。
そこで「こいつの弟子になって、いつか寝首をかく!」と即決したらどう思われます?
おかしいですよね。
まだ思春期の子供が、親が死んだ直後にそんな冷静な判断ができますか?
あの茶々は、いわばそういう無茶苦茶さでした。
このドラマにはこんな場面もありました。
かけっこが好きで活発であった阿月が、父親から女らしさを仕込まれる場面です。
ジェンダー意識があってないようなこのドラマでも、女らしさは先天的でなく、後天的に仕込むものだという一応の認識はあるようです。
覚悟があろうが、決意があろうが、13歳の少女がそれを示すとなれば、鋭い眼光で相手を睨むといった行動になるでしょう。色気あふれる振る舞いなんて、誰からも仕込まれていなければできませんから。
『鬼滅の刃』に堕姫という鬼がでてきます。
遊女の娘として生まれた彼女は、13歳で初めて客をとったとき、相手の目を簪で突いてしまい、その報復として焼き殺されたという設定です。
後に鬼となってからは妖艶さの化身となる彼女だって、人生経験をろくに積まないまま、暴力的な兄の影響を受けていたらそうした突発的な行動に走るということです。
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一方で本作は?
13歳の少女が計算づくで流し目を作り、不敵な笑みを浮かべられる。
重ねて聞きますが、そんなことができると思いますか?
私は性犯罪者の言い訳を思い出します。犯罪者は「被害者が誘った」という。そういう事件をどうしたって連想するのです。
◆父親からの性暴力で負った「心の傷」 少女と母親が法廷で伝えた思い(→link)
被告は公判で「娘の求めに応じてしまった。わいせつな気持ちはなかった」などと主張した。弁護側は被害者の供述が信用性に欠けるなどとして、執行猶予付きの判決を求めていた。
◆どういう教育だったのか
仮に、中にはそうできる少女もいるとしましょう。
例えば『麒麟がくる』に出てきた伊呂波太夫の13歳時代がそうするのであれば納得できます。
そんな幼さから身と色を売ることを仕込まれていたら、しつけられた犬のようにそう振る舞ってもおかしくはない。
では茶々は、どこであの流し目と笑みを覚えたのでしょうか。
お市でしょうか?
将来男を手玉に取って操れと、楊貴妃の話でも読み聞かせていたのでしょうか。
いや、そんなわけがありませんよね。大名の姫として生まれた娘に仕込むべき教育とは、そんな遊女対象のものとは異なるでしょう。
私は『真田丸』の茶々に衝撃を受けました。
無邪気に笑う様子はまるで少女そのままで、お市と浅井長政に愛されて育った姫君そのものに思えました。
こんなに愛されてのびのびと育った女性が運命に巻き込まれることは、改めて悲劇的だと思ったものです。
◆歴史劇で結果がわかっているように振る舞うのはおかしい
この茶々は、最近見かけるWeb広告漫画を彷彿とさせます。
非業の死を遂げた悪女が、過去に戻って二周目をやり直すというパターンです。
だっておかしいんですよ。この時点で、茶々はこれだけ知っているかのようにふるまう。
・秀吉が天下を取る
・自分が他の側室を押し除けて寵愛を得る
・自分が男子を産む
・自分の男子が成人するまで生きている
この茶々は人生何周目ですか?
そういう茶々を描きたいなら、転生ものWeb漫画でお願いします。
結果がわかったように振る舞う歴史ものは、基礎すらできていないとみなされて、全く評価されません。
◆【どうする家康】家康へ復讐の野望に燃える「淀殿」爆誕へ(→link)
こんなニュースなんて、タイトルの時点でもうむちゃくちゃ。
茶々が「淀」と呼ばれるのは、彼女が懐妊して淀城が産所となったから。
つまり「淀殿」は妊娠しなければ爆誕も何もあったものじゃない。
この時点でこんなことをタイトルにする時点で、実在した人物の人生なんてどうでもよくて、キャラクターカード扱いしているようなものじゃないですか。
◆茶々には家康を倒す好機があるだろうに
歴史を知っていればそう思いませんか?
秀吉に耳打ちして追い詰めてもいい。
関ヶ原で秀頼を擁立して、それこそ母のように「総大将は私じゃ!」とでも訴えて、東軍を叩き潰してもいい。
このあと茶々は、大坂城に追い詰められるまでモタモタしているんですか?
あとこのドラマの悪癖ですね。自己実現のために我が子を巻き込む。マザーセナも信長もそうでした。
◆成長と変貌を描けない
2010年代に世界の歴史劇を一変させたドラマがHBO『ゲーム・オブ・スローンズ』です。
あの作品で最も人気のあるキャラクターはデナーリスといいます。
彼女は滅びた王朝の姫であり、兄によって政略結婚の駒にされました。
何も知らず、むしろおっとりとしていた彼女は、夫の死を乗り越え、女王としての自覚を取り戻してゆく。
視聴者は、その様子を応援しているわけですが、やがて残虐極まりない女王と化してゆき、衝撃的なエンディングを迎えます。
このデナーリスが登場時点から不敵な笑みを浮かべ「我こそが女王、七王国の玉座は私のもの!」と振る舞っていたら、本当につまらなかっただろうと思います。
大河ドラマにおいては『麒麟がくる』の信長や、『鎌倉殿の13人』の義時は、最初の頃は子どものように愛くるしい笑みを浮かべていました。
あれがはなから魔王だったり、黒執権モードだったら陳腐ですよね。
要するに、このドラマは変貌の過程が描けないんですよ。だから子役に無理をさせて瞬間風速だけを稼いでいる。
これで面白いわけがない。
◆ワンパターンのミソジニー
慈愛の国を築きたい、教祖マザーセナ!
女総大将・お市!
やたらとデカいビジョンを掲げるものの、男に頼らないと死ぬ。破滅する。田鶴や阿月も自己実現と引き換えに死ぬ。
ワンパターンのミソジニーを繰り返しますよね。
茶々も「天下とる!」と言いながら死ぬんでしょう?
女が高望みしたら死ぬんだ! 破滅するんだ! お姫様の自己実現なんて知らねーし。そう見られても仕方ないような描写の連続。
医学部を目指す女子受験生への脅しに使えそうなドラマですよね。
女はおとなしくしているほうが本質的に賢いとでも言いたいのか。
この作品は、自分の足で立ち上がった女性の膝を背後から蹴り、脚をへし折り、頭蓋骨に岩を叩きつけて潰すような暴力性に満ちています。
男性を必要としない自立した女性など、地獄に堕ちて当然だと思っているかのよう。
『麒麟がくる』で医師として自立したヒロイン駒のことを未だに許せないと書き込み続けている人にとって、本作は理想そのものでしょう。
自立した人間性の尊さを描く映画『バービー』にいらだった人には、今年の大河ドラマは良いセラピーになりそうです。
◆映画『バービー』レビュー──作品と“バーベンハイマー”対応に見る「創造主の地位の簒奪」(→link)
◆『レディ・バード』や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』などで知られるグレタ・ガーヴィグ監督の最新作『バービー』が、8月11日(金)に公開される。
シェイクスピア研究者でフェミニスト批評家の北村紗衣は、本作について「あまりにもリアルに現実を映し出していた」と語る。その真意とは。
◆未成年への配慮がない
前述『ゲーム・オブ・スローンズ』の女王デナーリスは、原作では13歳の設定でした。
それがドラマ化するにあたり、5歳年上の18歳にしています。
デナーリスと同世代の人物はかなり多いため、書き直すとなれば、なかなか大変なことです。
それでもドラマはそうしました。
彼女以外で未成年の結婚をする設定の人物は、削除されるか、変更されています。
あの過激なHBOでも、ここまで配慮します。
未成年が殺される場面は何度も出てくるにも関わらず、子役に性的な場面を演じさせることだけはしないのです。
これが国際基準です。
近年の海外映像作品では、子どもが性的な場面を演じるとなると、幼く見えるようにメイクをした成人俳優が演じることが通例となっています。それが常識です。
それだけ、子役を性的な目線に晒さないということが重視されています。
そういう最低限の配慮すらできないNHKと、あろうことか絶賛するメディアはどうしたことでしょうか。
あの演技を「覚悟のあらわれだ!」と褒めるのは、13歳の少女がヒモのような水着でプールサイドに立つ様子を褒めるようなものに思えます。
そうしてカメラを向け合っている仲間同士のルールではそれが“普通”なのでしょうが、果たしてそうなのでしょうか?
ジャニーズ問題がここまで取り上げられている中で、反省というものがまるでありません。
ぴんと来ない方は。エヴァ・イオネスコが監督したフランス映画『ヴィオレッタ』をお勧めします。
◆『どうする家康』成長した茶々役・白鳥玉季の底知れなさ 13歳にしてミステリアスな魅力放つ(→link)
◆ 東京、千葉は厳しいから埼玉で!? 5年間で120回 県営プールでの「水着撮影会」騒動で考える、表現の自由と児童ポルノ(→link)
◆でも、問題視する方がおかしいというのでしょう?
つらつらと列挙させていただいた問題点。
こうして取り上げていると「問題視する側がおかしい」という意見も出てきます。そして定番のリアクションがあったりする。
騒ぎ立てているのは「三角メガネでザマス言葉で話す頭の硬いPTAのおばさんだ!」
と小馬鹿にして、自身の耳には入れないようにするんですね。
私のように批判を厭わない人物を侮蔑することで、マウントによる愉悦の感情すら湧いてくる可能性もある。
これまで、そういう社会構造が作られてきたし、そこに乗るとスカッとするんですね。
茶々だけの問題でもありません。このドラマの女性像って、美女の姿でも中身はおじさんだとわかるような、そんなチグハグさがあります。
SNSにある美少女アイコン、なりきりアカウントのような不自然さがある。
そういうのが好きであれば、違和感を覚えないのかもしれませんが、私はそうではありません。
我を諂諛する者は、吾が賊なり
我を非として当たる者は吾が師なり。我を是として当たる者は吾が友なり。我を諂諛(てんゆ)する者は、吾が賊なり。『荀子』
気合いの入ったアンチは私の師匠。
私を肯定してくれる人は、私のお友達。
私に媚び諂い、「号泣」「爆笑」「神」とかやたらというやつは賊な。狙いはなんだ!
後半戦を迎えて、大河視聴率のワースト2はほぼ確定。
そろそろ敗因の解析でも始めませんか?
このドラマについては、いっそのこと
『どうする家康:夢に終わった「シン・大河」』
というドキュメンタリーでも作って、NHK自らが放送すべきだと思います。
だって稀に見る大失敗だもの。
そのほうが視聴率が狙えるかもしれません。こういう作品もあります。
◆FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー(→link)
そしてこのドキュメンタリーにより、現代社会の闇が暴かれています。
◆音楽フェスの大失敗を描く2本のドキュメンタリーが、「インターネットの病」を浮き彫りにした(→link)
以下の部分に注目です。
2本の同時公開が示すインターネットの病
しかし、いずれのドキュメンタリーも最終的には、真の悪者はインターネットによって増幅されたある心理現象だと結論づけた。
それは「FOMO」、つまり「fear of missing out(取り残されることへの不安)」である。
スマートフォンを握りしめてInstagramにとりつかれる、多くの人々の心理状況を定義づける概念だ。
それぞれの作品は、フェスの参加者たちが抱いた「ソーシャルメディアにいる大勢の美しい人々」が約束した体験に、進んで飛び込みたいと思った彼らの意欲を批判すると同時に、また別のFOMOがあることも描き出している。
それは、Fyreの破綻を見て、その不幸を喜ぶ気持ちの上に築かれるFOMOだ。
大河ドラマのファンダムも、要はこれを形成しているのでしょう。
大河ファンならこれを見て楽しもう!
日曜20時にはスマホを握りしめて待機だ!
視聴者の一部にそんな心理状況が生まれます。
これがプラスに働けば良く、それに救われたのが『平清盛』でしょう。
あのドラマは視聴率こそ低迷したものの、ファンの熱気は凄まじかった。当時はまだ新感覚であったハッシュタグが盛り上がり、ハッシュタグ付きファンアートの奉納まで行われました。
磯Pはこれを受け、信じ、反省を怠ったのではないかと思います。
『平清盛』と同じスタッフとキャストを多く起用するだけでなく、欠点も改善せずに持ち越しました。
さらには低迷大河を庇う逆張りでもしたいのか。
『いだてん』のキャストも起用し、『花燃ゆ』のおにぎり推しも継承。
低評価の大河は、まるで視聴者の見る目のなさが問題だ!と挑発しているようで……本当に必要であったのは失敗の検証と、真摯な改善ではなかったのではありませんか?
こうしたファン心理がマイナスにぶれると、「反省会」になります。
叩くことに乗り遅れたくない。もっともっと叩かなきゃ! そういうムーブが起きてしまったら危険です。
むろん対策はしたとは思います。
NHKから素材が提供されて仕上がる提灯記事は相変わらず盛況です。
ただ、時代は変わります。『平清盛』の頃と今では状況が全く異なる。
にも関わらずネットの使い方に頼りすぎた。策士が策に溺れたように思えます。
ふと頭に浮かんでくるのが、このドラマの本多正信です。
机上の空論を自己陶酔気味に語るけれども、どうにも地に足がついていない。
軍師というより香具師のようで、あんな調子では足元を掬われるのではないでしょうか。大きな話をすればよいというものではありません。
では、なぜそうなるのか?
「失敗した。反省点もある」と表明すると、ファンダムから裏切り者扱いされて叩かれかねない。
ゆえに何があろうと「これは傑作です。あなたならわかりますよね!」と強気で突っ張り続けるしかありません。
そんな方には『真田丸』の真田昌幸の切り替えでも引用しましょう。
朝令暮改の何が悪い!
より良い案が浮かんだのに、己の体面のために前の案に固執するとは愚か者のすることじゃ!
いろいろ言いたいことがある方は、以下のリンクからNHKに直接ご意見を送りましょう。
◆NHK みなさまの声(→link)
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文:武者震之助(note)
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