青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第15回 感想あらすじレビュー「篤太夫、薩摩潜入」

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青天を衝け第15回感想あらすじレビュー
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「自称“サバ公方”の自滅ブーメラン!」

先週はショッキングなことがありました。

それは先週も突っ込みましたが、慶喜の久光罵倒です。

◆【今夜5月16日の青天を衝け】第14話 栄一&喜作 一橋家に仕官 慶喜“天下の大愚物、大悪党だ”(→link

◆ まるで幕末版「スカッとジャパン」? 青天を衝け・草彅剛の覚醒シーンに反響「痛快でした」(→link

明治維新で倒幕勢力の筆頭が、薩摩藩と長州藩であることは小学校でも習う。

倒される側が調子こいて、倒す側を罵ったら、こうなるじゃないですか。

死亡フラグ。

ブーメラン。

『鬼滅の刃』ならさしずめ調子こいたことを言った次の瞬間、切り刻まれるサイコロステーキ先輩ですな。

こういうシチュエーションは、負けることそのものよりも、調子こいた態度がバカげているので、最低最悪のやらかしとして記憶されます。

それがどういうことでしょう。大河では褒められちゃった♪

あの罵倒はあまりにも愚かすぎて、当時から「ストレスと疲労とイライラが爆発した、酒の席でのご乱心ですね」と困惑と同情で受け止められてきた。

文久3年(1863年)あたりにはすでに幕府倒壊論がささやかれていたと言います。

だから前回の栄一発言も、不思議でもなんともない。今ならSNSでバズってるみたいなもんですね。

そんなわけで、従来ならどうしてきたか?

薩摩視点であれば、薩摩側の捲土重来と幕府崩壊の予感をにおわせる。

会津視点であれば、それこそ不吉な予感と、それすら気づかない慶喜の薄情さを漂わせる。

その辺に落ち着くはず。

しかし本作では「どお? 斬新でしょ?」とでも言いたげだけど、実際はお粗末な仕上げになっている。

スマホに出てくる広告マンガみたいですね。

底の浅いキャラクターが、他の人物にガツンとやり返される。宣伝文には「スカッとした意見多数!」とか書かれているやつ。

このドラマの慶喜って「自称サバサバ公方、あだ名は二心殿と豚一」って感じですね。

自分ではサバサバして有能だと思っているけれども、調子こいて自滅する系。何をどうすればこんな人物像になるのか……。

理由は推察できます。

このドラマの作り手は流行に敏感、広告代理店的なテクニックには長けている。

慶喜や栄一が、

「尊王攘夷というのは、尊王の心でもって攘夷を成し遂げることなんですね」

という説明をしただけで「ネットは大興奮!」というコタツ記事が21時にはあがるんじゃないかと思いますよ。

 

史料批判の重要性

本作の憂鬱なところは、危うい感想があるところでしょう。

◆ 『青天を衝け』14話「ただのバカじゃない」栄一、さっそく慶喜と化学反応を起こす(→link

全体的におもしろいレビューですが、ここがおそろしい。

ちなみに、今回の仕官エピソード、渋沢栄一の自伝『雨夜譚』によると恐ろしいことにほぼ実話。

あくまで自伝なんですね。

例えば福沢諭吉の『福翁自伝』には空白期間があります。これを素直に読めばこうなります。

「福沢さんが何も書かなくて良いほど平穏だったんだね」

そんなことはない。倒幕へ突き進んだ期間が“空白”なのです。ここはこう疑ってかかりましょう。

「この時期、福沢は何か隠したい言動があったのだろう……」

そして別の史料を探してゆくと見えてくるものがあります。

福沢は外国勢力の力を借りてでも長州を叩き潰せと主張していた。そんなものを明治以降おおっぴらに出すとなると流石に危うい。

ひるがえって本作。

コチラはごまかすテクニックが抜群です。SNSではこういう声があがる。

「あんな展開が史実だなんて! すごい!」

いえいえ、そう簡単に断言できません。自伝に書いてあるから史実と認定したら、むしろ「ダメでしょソレ」と突っ込まれる。それが歴史を学ぶということです。

なにも歴史研究だけの話じゃなく、すべての事象がそうではありません?

利害関係のない第三者がそうだと認定できる。それが大切でしょう。

フィクションはむしろ想像力と推理力が大事です。

『麒麟がくる』の池端氏は研究を踏まえ、自分自身の想像力を踏まえてプロットを練っていた。

そういうことを今年はしていない。

綺麗すぎる。アリバイとして自伝を信じ切って使っている……はなから丸呑みしすぎていて、大丈夫かと不安になります。

ここでは「史料批判」という用語を使いましたが、東洋史では註釈があります。

有名なところでは『三国志』に対する裴松之の注です。

「陳寿はこう書いているけど、あれはやっぱり保身もあるし、他の史料ではこんなこともありますね。そこを踏まえて考えたいと思うわけですよ」

こういうことがいちいちつけられている。

その裴松之にしたって、立ち位置を踏まえて後世の人間が「まあ裴松之はこの人が嫌いですからね」と指摘する。

こういう研磨を繰り返すことが、歴史を学ぶということでしょう。

三国志フィクション作品による「諸葛亮 被害者の会」最も可哀相なのは陳寿

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ドラマ相手に何をムキになっているんだとは思いますけどね。『麒麟がくる』ではそういう歴史学の基本が守られていたから、どうしても本作ではモヤッとしてしまいます。

 

ヴァルハラに行けるウォーボーイズはよいものか?

キャッチーなフレーズで盛り上がり、志士の暴力的本質をごまかしてしまう。

本作にはそんな危険性があると懸念していますが、その顕著な例が以下の記事でしょう。

◆『青天を衝け』栄一も使った「おかしれぇ」SNSでも盛り上がり 慶喜は「快なり」(→link

栄一が使う「おかしれぇ」という言葉ですね。

古典的な詐欺師の手口と言ったらあれですが、露出の高いお姉さんが胸元を見せてきて、ムフフと喜んでいると、共犯者が荷物をひったくるようなもの。

そして一番危ういのが、こちらの「快なり」ですね。

「おかしれぇ」に続き「快なり」も流行ってほしい。慶喜は父の口癖を使用するのみならず、生活ぶりも引き継いでいる。栄一たちが一橋家を訪れたとき水戸と同じく「質素だなあ」と言うほどで、慶喜は確かに父の教えを受け継いでいるのだ。

一時の快感のためにしょうもない暴言を吐く。Twitterでやらかして社会的地位を失う現実で、そんなことはむしろ反面教師とすべきではありませんか?

斉昭の魂を引き継いだ結果の惨劇は「天狗党の乱」でわかるはずです。

斉昭と東湖が完成させた魂なり、志は「水戸学」というかたちで残りました。

しかしこの水戸学は皇国史観の根源である。それもあって第二次世界大戦敗北後、タブーとなりました。

そういうものをこのお方は取り込まれているとしか思えない。

肉体の死を避けようとするこのドラマだが、惜しくも亡くなった人物もいる。でもそれは無駄死にではない。志は子どもの中に生きている。たとえ肉体が死んでもそれで終わりではなく、志が続いていくことで命がつながる。

こういう思考はまさしく水戸学そのもの。

水戸学は靖国神社、英霊の根幹を為す思想とされています。

「死んでも残すならそれでいいじゃないか!」

そういうことを掲げて、軍神だのなんだの言い続けた結果を、かつての日本人は身にしみてわかった。

だからこそ水戸学なんて冗談じゃないと突っぱねてきた。

しかし、そういう毒を飲んで、自分の思考回路に毒がじっくりと回っている。そこに気づいているのでしょうか。

幕末ものは江戸幕府が滅びるという結末がわかっているためどこか暗さを感じるものが多い印象があるが、『青天を衝け』は植物が光のあるほうに向いて伸びていくようにかすかでも光差すほうを探しているように感じる。好感度の要因のひとつではないだろうか。

「光」が見えるのは、現実から目をそむけ、ヘラヘラとわざと明るい演出をしているから。

いくら演出が明るくても、当時の京都なんて毎日のように血の雨が降っているわけです。

死人がバンバン出ているのに「おかしれぇ!」だの「快なり!」だの。

まるで聖火リレーで音楽かけて走っている、どこぞの飲料水メーカートラックみたいじゃないですか。

しかもそれが「好感度の要因」と分析しちゃってる。

巧言令色鮮し仁

この言葉を思い出します。

ギラギラペカペカと、100均LED照明で照らすような演出に、私は騙されるつもりはありません。

あれだけ血を流した明治維新です。

その先には第二次世界大戦がある。

今、コロナの時代において、あの戦争と現在を比べる意見を毎日のようにみかけます。

あの戦争と明治維新の年数は、あの戦争とコロナの現在とほぼ同じ。だいたい75年です。

だからこそ、戦後は明治維新を批判的に見ることで、日本の歴史を蝕む悪を求める視点があった。

だからこそ大河一作目『花の生涯』は一方的に悪とされた井伊直弼を主役にしたのです。

それが水戸学を刷り込み、こう無邪気にはしゃぐようになるなんて……。

NHK大河はもう引き返せない地点を通過したのでは?

私は悪事に加担したくない。

水戸学という毒を飲ませる連中に手を貸したくはない。

殷鑑遠からず――。

漢籍ならばそう言うところを、E・H・カーの言葉を引いて考えたいところです。

「歴史とは現在と過去との絶え間ない対話である」

歴史というのは、現在を磨く砥石であるべきでしょう。

「おかしれぇ!」だのなんだのSNSで書き込んではしゃぐことは、歴史とは何の関係もありません。

このドラマを楽しんでいる空気は怖い。

斎藤道三の出した毒入り茶、織田信勝が出してきた毒入り水を「ありがとう!」とごくごく飲んでいる人を見るような、そんないたたまらない気持ちになる。

私は毒茶を飲まされる土岐頼純よりも、信長でありたい。そしてこう叫ぶ。

「飲め、飲め、お前が飲めぇええ!!」

毒を入れるにせよ、もう少し工夫を凝らしてください。

『あさが来た』で油断しましたか?

あのドラマは国策と噛み合った明治礼賛の一環だという指摘もあります。

朝ドラで明治礼賛できるなら、大河でその根源たる水戸学礼賛をやらかせば、きっと「おかしれぇ!」となると思われたのでしょうか。

「ぐるぐるするけどゾッとする」とは感じなかったのか。

 

覆水盆に返らず

本作はもう、引き返せません。

天狗党関連。

円四郎の暗殺背景に久光を匂わせるようなことをしている。

被害者と加害者の関係性を崩してはいけない――このドラマは歴史ものとしてしては禁忌だった、そんな一線を踏み越えました。

『麒麟がくる』では、光秀が信長を討ち果たす動機に焦点を当てた心理劇です。

しかし、黒幕説は否定していた。もちろん明智秀満が実は一人でやった、なんて無茶苦茶な改変はしていません。

天狗党に関して言えば、本作はそのくらいのルール違反をしているということ。

『あさが来た』における開拓使官有物払下げ事件も、論外としか言いようのない酷さでしたが、それを大河でもやらかすらしい。

どうしたって、私はこの作品を評価できません。

あまりに不誠実すぎる。人間としての良心、守るべき規範がないと、こうもひどいことをするのかと愕然とさせられる。

大河ドラマはもう存在意義を失ったかもしれない。そう暗い気持ちになるばかりです……。

 

『おかえりモネ』と『今ここにある危機〜』がスゴイ

朝ドラ『おかえりモネ』が始まりました。

気象予報士をめざすドラマだけに、プロットに天気のことをたっぷりと入れてきます。

予報士を演じる西島秀俊さんは、気象考証の方を褒めています。丁寧で、おもしろく説明するそうですよ。

NHKはそういうノウハウがあるから、やろうと思えばささっとできる。そんな強みを感じます。

それに西島さんといい、役者さんが豪華絢爛でして、過去大河主演、準主演クラスが序盤の時点でおります。

セットやロケ、VFXにもお金をきっちり使っているとわかる!

そして土曜ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』が攻めてます。

マジすごいっす。

このドラマは大学が舞台なので研究者がたくさん登場。そして「エビデンスを」と言い出す。

これ、今年の大河を殴っているのじゃないか?と思ってしまう。

『今ここ〜』の渡辺あやさんが脚本で、『モネ』の清原果耶さん主演で、津田梅子大河があったらよかったのに……そう妄想してしまいます。

NHKの受信料に枠があるのは理解できますけど、捨てると決めたら金を使わないとわかるのはどうかと思いますよ。気持ちはわかりますけどね。

NHK内部で何か分裂してません?

◆『今ここにある危機とぼくの好感度について』第4回(→link

※著者の関連noteはこちらから!(→link

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◆青天を衝け感想あらすじレビュー

青天を衝けキャスト

青天を衝け全視聴率

文:武者震之助note
絵:小久ヒロ

【参考】
青天を衝け/公式サイト

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