光秀や勝家のみならず家康との直接対決も制した秀吉。
中央エリアを制したその矛先は四国征伐を経て、九州へと向いました。
対するのは、すでに九州の大エリアを制していた島津です。
四兄弟の活躍によって飛ぶ鳥を落とす勢いだった鎌倉以来の名門は、下層階級出身の秀吉を軽んじ、島津義久は「おまえみたいな成り上がりに言われてもw」と挑戦状を叩き返しました。
そこで秀吉が送り込んだのが、一説には20万を超えるとされる豊臣の超大軍。
さすがの島津もこれには厳しく……マンガ「日本史ブギウギ」第174話スタート!
戦は数だぜ
◆地元の薩摩大隅を制するため戦場に生き、その後は九州制圧のため走り回った島津四兄弟。
とりわけ次男・島津義弘の働きは凄まじきものがありましたが、それをすべて呑み込んでしまうかのようにやってきたのが豊臣の大軍でした。
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根白坂の戦い
◆豊臣と島津が激突――。
島津の危険な軍勢に対し豊臣軍内部からは戦闘回避の声も挙がりましたが、藤堂高虎らの活躍により豊臣軍は勝利を得ます。
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その結果……。
全面降伏
◆ついに島津は降伏の道を選ぶのでした。
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ここに【九州征伐】は成就とあいなりますが、国人たちの独立気風が強いエリアではそう簡単にコトが収まるわけでもなく……。
バテレン追放令
◆キリスト教に傾倒していたとされる有馬晴信は、浦上の地をイエズス会に寄進しておりました。
後に様々なトラブルに巻き込まれる晴信ですが、
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それはさておき、キリスト教の拡大を懸念した秀吉は宣教師追放を掲げます。
南蛮貿易では、日本人の奴隷(日本国内での合戦で囚えられた敵エリアの農民など)がマカオ経由で世界各地へ売られていた――という由々しき事態を重んじたともされます。
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北野大茶湯
◆戦国著名人の茶が飲める!
と称して大々的に取り組まれた北野大茶湯(北野大茶会)。
クジを引いて
1等 秀吉
2等 千 利休
3等 津田 宗及
4等 今井 宗久
上記のように引き当てた人からお茶をいただけるという内容でした。
しかし、秀吉の思うように人は集まらず、わずか一日で終了してしまいます……。
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考えようによっては「失敗したから一日で終わり!」と、非常に素早い判断ができた秀吉はさすが……という見方は苦しいですかね。
肥後国人一揆
◆【小牧・長久手の戦い】で秀吉との対立が決定的になってしまい、どうにか延命されて肥後国の統治を任されていた佐々成政。
年貢はとったらいかん――という秀吉に無茶振りをされ、すったもんだの末、地元の国衆たちに反乱を起こされてしまいました。
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秀吉の陰謀だったのでは?とも思われるこの一件。
援軍として送られてきたのが立花宗茂らの九州勢でした。
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刀狩り
◆九州制圧を果たした秀吉は天正十六年(1588年)、九州エリアで【刀狩り】を実施しました。
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このときはまだ全国規模ではなく、兵農分離の促進が目的だったのでは?とされています。
当時は農民も武器を持つのが当たり前の物騒な時代でした。
太閤検地
◆秀吉による検地は「はい、このときから始めましょう!」というのではなく、実際は新たに土地を支配する毎に行われていったとされます。
まぁ、そっちの方が理に適っていますよね。
しかも土地の面積に比例するのではなく、実際の石高(取れ高)や商業分野の収入も加味。村単位で計算されていました。
こういう数字に強いところが大軍の運営を可能にしたのでしょう。石田三成が重んじられた理由が見えてきます。
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
武将ジャパンで新感覚の戦国武将を描いた『戦国ブギウギ』を掲載!






















