なぜ徳川政権はあれだけ続くことが出来たのに、その前の豊臣政権はすぐに滅びてしまったのか?
それはひとえに秀吉が一人で抱えすぎたからでしょう。
人心読みの天才ゆえ、相手の要望を的確に見抜いて褒美を与え、適材適所に配置する――。
そうして多くの味方を取り込んでいったのですが、その一方でどうにも杜撰というか甘えがあったんじゃないの?というのが身内への対応です。
加藤清正にせよ、福島正則にせよ、豊臣秀次にせよ。
血の繋がりがありながら、どこか突き放したような印象を受ける。
とくに歳を取ってからは得意の人心読みの才能にも陰りが見えていたようで……せめて三成と清正・正則たちの関係を適切に処理しておけば……と思わずにはいられない豊臣政権崩壊の序曲・マンガ「日本史ブギウギ」第179話スタート!
後継者
◆豊臣秀次は、秀吉の姉の子。
つまり甥っ子であり、秀吉とはかなり血の繋がりが濃い、貴重な親戚筋でした。
しかし……。
美少年
◆殉死した不破万作は、まだ本人の意思だからよかったのです。
問題は残された秀次の妻子でしょう。
秀吉の命令で多くが殺され、その中には「まだ秀次の顔を見たこともない」輿入れ直前の駒姫もいたのです。
最上義光の娘であり、東北一の美少女ともされたその死はあまりに理不尽で、今なお涙を誘うものであります。
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豊臣政権が崩れるのも当たり前だな!とも言いたくなってしまう一件でした。
殲滅戦
◆そして、もう一つの豊臣政権崩壊のキッカケとされるのが【文禄・慶長の役】ですね。
文禄の役に続き、慶長の役でも活躍するのが、秀吉子飼いの加藤清正公。
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今なお人気の高い熊本城の築城主としても知られますね。
帰還命令
◆足軽から天下人へ昇り詰めた天才だというのに、その最期はなぜか万人を喜ばせる。
人の頂点に立つというのも本当に難しいですね。
さらば、秀吉さん……。
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暗躍
◆目の上のたんこぶがなくなり俄然動意づくのが徳川家康。
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豊臣政権の中枢たちを取り込むべく積極的な婚姻外交に取り掛かります。
いくら前田利家が睨みつけても、時間の問題であり……。
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三成の決意
◆もはや五大老では徳川を封じること能わず――。
となれば出番となるのが豊臣五奉行でしょう。
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大谷吉継や小西行長が入ってないのが不思議ですが、実際はその働きに大きな差はなかったようで。
かくして三成は関ヶ原へと……。
直江状
◆関ヶ原の戦いは、日本を二分する戦いだけに全国規模で行われました。
その始まりとも言えるのが会津に本拠地を移動していた上杉家。
もともと【天正壬午の乱】で「上杉・北条・徳川・真田」で揉めた経緯もあり、さらには三成サイドだった上杉景勝&直江兼続のコンビを家康としても放置できません。
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なんせ会津は江戸にも近いので。
そんなすったもんだの末に兼続から家康へ送られたのが『直江状』というお手紙です。
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家康を激怒させました。
好機到来
◆総大将はあくまで毛利輝元。
毛利隆元の息子であり毛利元就の孫でもあります。
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
武将ジャパンで新感覚の戦国武将を描いた『戦国ブギウギ』を掲載!






















