月島基(ゴールデンカムイ)

月島基(ゴールデンカムイ30巻/amazonより引用)

この歴史漫画が熱い! ゴールデンカムイ

『ゴールデンカムイ』月島基を徹底考察!鶴見の右腕は鶴見に何を求めていたのか

2025/03/31

4月1日は月島基(はじめ)の誕生日です。

漫画アニメ『ゴールデンカムイ』においては、見た目の“渋い脇役”という枠を飛び越え、読者の心に強く残る存在となっていることでしょう。

鶴見中尉と鯉登少尉の間に居る地味な常識人――登場したばかりの頃はそんな印象でしたが、最終的には二人に負けず劣らず重要な立ち位置にいたとも考えられる。

月島基とは一体何者だったのか?

彼は何を求めて鶴見の右腕を担っていたのか?

その存在を考察してみましょう。

 

下士官である軍曹とは

軍曹とは?

フィクションでは「鬼軍曹」という呼び方と共に、とにかく厳しい上官として描かれがちな存在。

階級としては「下士官」にあたり、士官学校を卒業した「士官」とは異なります。

日本では明治以降の分類であり、イギリスおよび革命前のフランスなど、西洋諸国では「貴族」か「平民」かによって分かれていました。

英語圏では士官に“Sir”をつけて呼ぶことが礼儀であるのは、士官=貴族という身分制度の名残です。

ヨーロッパ貴族の場合、長男以外の男子は聖職者になるか、あるいは士官の階級を金で買っていました。

士官で最も階級が低い少尉は、現代であればまだ中学生くらいの貴族師弟であることが多く、ナポレオン戦争もの等のフィクションでは、まだ声変わり前の士官が戦場に立たされていることがお約束です。

貴族が階級を買うことが廃れたといえども、エリート、ある程度資産のある若者が士官学校を経ている。

これが近代軍隊における士官です。

日本の場合、下は鶴見のような賊軍負け組士族出身者がいたり、上は鯉登や花沢勇作のように、生きて出世すれば師団長にもなれるボンボンまで。

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尾形の場合、こうしたエリートのお約束を破るため、鶴見の力によって士官へとのしあがろうとしていました。

学校卒でもないのに士官になるルートは、極めてレアケースではありましたが、ないわけではありません。

「戦地昇進(Battlefield promotion)」です。

ただし、相当厳しいため、そこをなんとかしろと、鶴見が無理のある嘘をついたか。尾形が盲信していたのか。想像すると何とも興味深いですね。

一方で月島のような「下士官」はどうか?

彼らは士官学校に入学しておりません。

徴兵されて兵士となり、生き延び、勲功をあげ、職業軍人として生きていけるだけの証明を果たしたからこそ、下士官という地位を得ました。『ゴールデンカムイ』では、特務曹長の菊田も下士官です。

つまり士官と下士官では全く異なる――この違いの元を辿っていくと、前述のように貴族と平民という身分差が出てきます。

身分差は軍隊制度にも引き継がれました。

その一例が「士官食堂」です。

士官同士が集まって優雅に食事を摂る場所であり、ナイフとフォークを使って洋酒を口にする。

なんならピアノやバイオリンも響いているかもしれない。あるいは芸者を呼んでどんちゃん騒ぎか。

そんなエリートらしい楽しみにも、下士官は参加資格がありません。住む世界が違うのです。

そういう心理的な格差だけならばまだしも、死傷率にも影響が出てきます。

要するに、時折優雅な食事会をして栄養状態がよい士官よりも、兵士は病気になる確率が高い。そこから軍隊内における栄養学への学びも得られます。

イギリス海軍が兵士に柑橘系果汁をしぼったラム酒「グロッグ」を提供していたのは、こうした経験則による学びゆえできたのでした。

下士官とは、貴族のお屋敷で奉公する使用人とも似ています。生まれは平民だけれども、貴族らしい振る舞いを身につけねばならないのです。

兵士からすれば鬼。士官からすれば忠実な使用人。そんな特色ある立場が軍曹です。

『ゴールデンカムイ』の場合、鯉登と月島の関係性は、公式ガイドブックによれば貴族のお嬢様と侍女なのだとか。

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月島基は平民出身、白米好きの男

当時の価値観からいくと、月島は社会の最底辺層にいるともいえる。

同じ第七師団でも宇佐美の場合、幼少期に袴をつけています。貧しいながらも士族なのでしょう。

しかし月島は粗末な着物で、父親は人殺しだという悪い噂まであった。

出身地の佐渡島は幕政時代は金山を所有するため天領です。鶴見のルーツである長岡藩のように、教育熱心でプライドが高い土地とも違う。

何より、月島の好物はいごねりと白米――これがいかにも最底辺層といったところです。

いごねりはえご草ちゃんという幼馴染女性との思い出由来でもあり、かつ貧しい層でも口にできる郷土食。

そして白米というのが、実に素朴です。

日本人の主食は何か?

現代人ならば白米と即答されることでしょうが、そこまで至るには長い歴史があります。

五穀という言葉通り、米以外の穀物も食べられていました。それが江戸時代に入り、各地で農業が発展していくと、米の優位性が高まります。

米とそれ以外の穀物は価格の差がつく。

江戸時代も折り返し地点を過ぎると、高い値がつく米を優先的に育てていくようになる。それと並行して、麦や芋を食べるものは貧乏人だと蔑まされるようになっていきます。

そして米といっても、庶民は玄米です。江戸っ子だと精白した白米を食べる。

白米とは、都市部の裕福な層が食べる、憧れの主食となったのです。

明治以降の徴兵制とは、この白米が重要な役割を果たします。徴兵されれば、白米が腹一杯食べられるというのは、日本人の心を惹きつけました。

一方で、この白米は、精白したせいでビタミンを失ってしまいます。

白米ばかり食べ、副食でビタミンを補わなければ、脚気を患うという大いなる欠点がある。

しかし、明治当時は脚気の原因が特定できません。

そのうえ、ドイツか、フランスか? 帝国大か、私大か? といった医学者同士の派閥争いもあり、脚気は菌類によるものか、栄養不足によるものか、意見が分かれていました。

軍医の森鴎外は脚気菌説を信奉し、栄養不足説を却下したため、日清・日露戦争における脚気による戦病死が膨大な数になるという大失敗が起きました。

ちなみに海軍の場合、お手本としたイギリスから、栄養バランスを整えれば病人が減るという知恵を学んでいたため、こうした大損害はありません。

月島軍曹は白米が好きだ――たったこれだけの情報から、ここまで浮かび上がってくるものがあります。

彼は明治の典型的な、田舎から出てきた素朴な男。

そんな男は白米のせいで脚気になることも知らず、将校のようにおかずでそれを防ぐこともできず、生きていたのでしょう。

しかし同時に彼は極めて普通の男です。

日本の家庭にある古写真の中や、護国神社の慰霊碑に日露戦争戦死者として刻まれた名前の中に、月島基と似た顔をした男は大勢いるはず。

月島の「基」と書いて「はじめ」と読む、漢字一文字を訓読みする男性名は、幕末から明治にかけてのトレンドです。

斎藤一、芹沢鴨、山川浩、前島密などがおります。

 

鶴見にとっての“マイ・フェア・軍曹”なのか?

そんな平凡な兵士である月島に目をつけ、引き上げ、己の右腕にした人物がいます。

鶴見篤四郎です。

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鶴見の場合、月島より年長であり、ボンボンどころか苦労人です。

そんな士官が目をつけ、月島を右腕として育て上げました。

尊属殺人により死刑判決がくだっていた月島を、回りくどい工作までして右腕にする。これがなかなか手が込んでいます。

なんせ自分はロシア語ができないと嘘をついてまで、彼に叩き込むのです。

士官学校卒、ましてや鶴見のような情報将校ならばいざ知らず、ろくに教育も受けていない月島をそうしたのはなぜなのか。

鶴見なりに月島を試したかったのかもしれません。

『マイ・フェア・レディ』というミュージカルがあります。

粗野な花売り娘イライザをレディにできるか?

大佐とそんな賭けをした教授が、娘を育てていくうちに愛を育む。イギリス階級社会を背景としたラブコメディです。

鶴見はまるで、このヒギンズ教授がイライザを育てるように、月島を“教育”していったようにも思えます。

あの粗野な男がロシア語を話し、洋服を着こなして自分の隣にいる。その教育成果に愛着を覚えたとしても何ら不思議はありません。

騙し、育て上げた第一号は、鶴見にとって特別な存在でしょう。

 

あの“お嬢さん”を一緒に騙そうか

鶴見は育て上げた最愛の月島を使い、鹿児島で出会ったボンボンこと鯉登を騙すことにします。

かくして鶴見と月島は、今度はまた別の世界に突入するのです。

『ゴールデンカムイ』の魅力とは、作者である野田先生が蓄積してきた、海外を含めたフィクションの要素が感じられるところであれば、彼らが次に向かっていく世界とは何なのか。

イギリスの作家、サラ・ウォーターズ『荊(いばら)の城』に似た、耽美な騙し合いの世界です。その世界とは?

時と舞台は、19世紀半ばのロンドン。

孤児スウは、犯罪者まがいの連中と暮らしている。そんなスウに、詐欺師が計画を持ちかけてきた。

「お前にある令嬢をたぶらかして欲しい。それで俺がその令嬢と結婚する。財産をそうやって奪うってわけだ」

スウは侍女として令嬢の元へ送り込まれ、信頼を得ることとする。

しかし、その令嬢のもとに送り込まれたスウは、いつしか彼女に心惹かれてしまい――。

さあ、いかかでしょうか。

時と舞台は、20世紀初頭の北海道。

死刑囚から救われて軍曹となった月島は、犯罪者まがいの第七師団一味で苦労を重ねている。そんな月島に、鶴見が計画を持ちかけてきた。

「お前にあるボンボン少尉をたぶらかして欲しい。それで私がそのボンボンを利用する。ボンボンの父親である海軍力をそうやって奪うってわけだ」

月島は軍曹として少尉の元へ送り込まれ、信頼を得ることとする。

しかし、その少尉のもとに送り込まれた月島は、いつしかその鯉登少尉に心惹かれてしまい――。

“詐欺師”に利用され、“令嬢”をたらしこむべく、送り込まれる“平民”。そんなプロットとしては一致していることがわかります。

『ゴールデンカムイ』はこれがメインプロットではない。もちろん、これは盗作では全くのところありません。

とはいえ、近代が舞台であり、公式ブックで鯉登と月島は、お姫様とお付きのような関係と書かれていることを踏まえると、似ていることは確かです。

近代以前、身分制度がある時代は、その壁を超えた関係性がフィクションの定番でした。

そこに騙すプロットを加えて、極上のミステリとして仕上げていく。そんな定番にして至高の手法をとられた作品なのです。

この『荊の城』は、パク・チャヌク監督『お嬢さん』として映画化されております。

 

後半は原作を改変しており、侍女とお嬢様が信頼しあい、結託し、企みから脱出するプロットとなります。

月島と鯉登の場合、この『お嬢さん』に近いところも、興味深いのです。

 


作中で最も悩ましい立場にいる軍曹

ここまで読んできて、そんな二次創作ボーイズラブ解釈じみた話は勘弁して欲しいと困惑している方がいらっしゃるかもしれません。

しかし、軍隊ものにおける疑似夫婦関係は重要です。

日本ではあまり有名でないジャンルとして「近代軍隊もの」があります。

近代になり徴兵制度が導入された時代、軍人たちがどう戦ったか。その様を描くものです。

イギリスでも海軍ものは人気の定番です。

特に、伝説の大提督・ネルソンの時代が扱われます。

邦訳もあるホーンブロワー、オーブリー&マチュリンシリーズが有名で、映像化もされています。

一方で陸軍ものは少ない中、国民的人気シリーズの『シャープシリーズ』があります。尾形もきっと知っているであろう、世界初の狙撃手部隊・第95ライフル連隊を描いた作品です。

シリーズの主役は少尉のシャープ。そしてそれに付き添う軍曹として、ハーパーが登場します。

こうした士官と軍曹のコンビは、疑似夫婦のような関係性を帯びてゆきます。

たとえば少尉のシャープが、軍曹のハーパーが自分以外の人間に紅茶を淹れると機嫌が悪くなるんですね。

「アイツ、俺以外の男に茶を淹れるとは何事だ!」

まるで妻の不貞現場を見た夫のようになってしまう……と、このように少尉と軍曹は疑似夫婦とみなせるのです。

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世界初のスナイパー部隊・英軍グリーンジャケットがナポレオンを撃破する

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しかし、『ゴールデンカムイ』の場合、ご存知の通り、月島は鯉登の前に鶴見とペアになっています。

月島が妻で、鯉登が夫だと考えると、この三角関係は一体何なのか……月島と鯉登が並んだ時点で、運命が回転してゆきます。

軍隊もののお約束を知っていると、身を乗り出したくなるような、なかなかすごい状態に突っ込んでゆく。

さらには「樺太先遣隊」として、鶴見を抜きに月島と鯉登が行動してしまう。もう話がどうにも止まりません。

 

「いご草ちゃん」から遠く離れて

樺太を旅する過程で、月島と鯉登は、何かに目覚めてゆきます。

月島は、杉元たちにとっては敵として登場しました。樺太編までの月島は、第七師団では珍しい常識人です。

彼の本性があらわれてゆくのは、樺太編以降。この中で明かされるのが、月島の幼馴染である「いご草ちゃん」との関係です。

悪童と嫌われている月島を唯一「基ちゃん」と呼んでくれた彼女。

月島が日清戦争から戻ったら駆け落ちしようと約束していたものの、月島の父が我が子は戦死したと触れ回ったため、彼女は入水したとされます。

それを知った月島は、怒りのあまり父を撲殺したのでした。

しかし、彼女は生きていたのだと鶴見は語ります。

財閥に身染められた彼女に、月島とのことを諦めさせるため、父は戦死の嘘を広めた。死を偽装し、彼女は東京に向かったというのです。

しかし、新潟出身の兵士は、彼女の遺骨は月島の家の下から見つかったと語る。鶴見が月島への同情を集めるために、婚約者を殺した父親という偽装をしたともされる。

真相は謎です。

のちに金持ちご令嬢として出てきた金子花枝子の回では、癖毛の田舎娘が、彼女の兄にみそめられたと語っています。

彼女がいご草ちゃんなのか……やはり真相は不明。彼女の本名である「春見ちよ」はファンブックで明かされています。

彼女についての真相は?

ここで敢えて断言します。

どうでもいい――。

月島が彼女への思いを断ち切る場面は、二度あります。

鶴見に忠誠を誓う際、彼女の髪を捨てました。

出産直後、月島が気にしている女性の居場所を占おうかとインカラマッは言います。

月島は迷いなく断りました。このタイミングと、鶴見と鯉登への態度も重要です。

月島は、鶴見の行動の動機に亡き妻子への愛があると死ると、かなりの憤りを見せていました。

最愛の人への思いを捨てた自分に対し、鶴見は妻子への思いゆえに動いている。そのことが許せなかったとみなせます。

一方、インカラマッの出産時、月島は鯉登の言動に感服しています。

インカラマッとの子の父は、谷垣でした。第七師団を裏切った谷垣がインカラマッの元に駆けつけたことを察知した月島は、彼を殺そうとします。

そこには相手が裏切り者であるということだけでなく、嫉妬もあったのかもしれません。

そんな月島を鯉登は上官命令だとして止め、谷垣を見逃すべきだと諭したのです。

月島はこの命令に従うだけではなく、あきらかに感銘を受けた顔をしています。

鶴見には失望した。鯉登には希望を見出した。いご草ちゃんへの思いから、そこが察知できます。

鶴見に対しては、いご草ちゃんへの未練を断ち切る場面は暗い決意に満ちている。

一方、インカラマッに探さなくて良いと言い切る時はスッキリとしています。

いご草ちゃんは、月島にとって未練そのものの擬人化のような存在といえます。

彼女の抜けた穴を埋める存在があればそれでよい。鶴見はそうなりかけてできず、鯉登はできたのです。

 


鯉登と向き合い、自分自身を取り戻す

金塊争奪戦が『ゴールデンカムイ』の目標です。

しかし、第七師団トリオにとってはそうでないのかもしれない。

月島を間に挟んだ鶴見と鯉登は、どちらが月島に相応しいのか争っているようにも思えます。

鶴見は油断していたのかもしれません。

月島は律儀で常識的な性格です。鶴見はそんな月島を悪事に加担させ、まだ幼い鯉登狂言誘拐計画の実行犯としました。

月島、尾形、菊田の三人がロシア人を装い、鯉登を誘拐する。

そこに鶴見が颯爽と救出へ駆けつける。

海軍人の父を持ち、海軍へ進むはずだった鯉登は、このロマンチックな誘拐事件によって鶴見に惚れ込み、陸軍へ進むのでした。

鶴見も語っていたように、日本では陸軍は長州閥、海軍は薩摩閥、そして仲が悪い。薩摩閥のボンボンである鯉登は、両者をつなぐというお世辞も通じるといえばそうです。

とはいえ、何もかもが嘘だった。

よりにもよっていたいけな少年を騙したのだから、月島だって距離を置くだろう。いざとなれば殺せと命じておけばよいのだ――鶴見としてはそんなところでしょう。

ところが、尾形のヒントから鯉登は騙されていたことを導きだし、樺太から戻る前、月島に聞き出そうとします。

このとき月島は、鶴見劇場を最前列で見たいとキッパリと告げました。そこで鯉登は無茶苦茶な反応をしつつ、誤魔化しました。月島はあのバカなボンボンに戻ったと騙されたのかもしれません。

しかしこのすぐあと、鯉登は杉元との戦いで重傷を負います。このとき鯉登を心配すらしない鶴見に、月島は憎悪を感じています。

ビール工場で戦った際は、月島はアシㇼパ追跡よりも鯉登救出を優先してしまう。

このあとの鶴見への報告の際、鶴見相手では興奮して薩摩言葉になる鯉登は、無意識下でも冷静に報告してしまいます。

樺太で鶴見と離れてから、月島の心はスイッチを切り替えるというよりも、グラデーションのようにだんだんと鯉登へと傾いてゆくのです。

そして戸惑いの中、月島は自分自身にも向き合い、何かを取り戻してゆきます。

月島だって、鶴見が自分を騙していた可能性を無視できたわけではない。けれども自分なんて存在は、何の価値もないからしかたないと諦めていた。

そんな月島に対し、鯉登はまっすぐな目を向けてくる。

そうしてその目に見られていくうちに、月島は自分自身の価値を見出していくようにも思えます。

鯉登はそそっかしく、わけがわからない。

危険性を察知する能力も低いわ、痛覚も鈍いわ。コミュニケーションもまっとうにとれない。月島がいなければ何度死んでいたことか。

月島の価値とは、鯉登と共にいることで高まってゆく。

鶴見には月島の代替がいるけれども、鯉登はそうとも思えない。月島にとって鯉登の存在が大きくなればなるほど、彼自身の存在価値も高まるのです。

 

最後に手に入れたいものは何?

最終決戦へ向けて、さまざまな要素が積み重なってゆく『ゴールデンカムイ』。

暗号解読や、ウイルクがアシㇼパに託した謎が解かれていく中、この第七師団の三人は、ずっと付かず離れずの様相を呈しています。

そしていよいよ、金塊の隠された五稜郭にたどりついたとき、鯉登は「月寒あんぱんのひと」こと鶴見に騙されていたことを確信します。

それでも鯉登は、鶴見が自分を必要だと言えば、ついていくつもりだった。

そう突き放してくる鶴見に打ち明け、悔しそうに、悲しそうにその場を去る。このとき鯉登は、月島に呼びかけています。

鶴見はここで、月島がこれから先も自分のそばにいることを確認しています。

月島と鯉登は離れ離れになり、そして最終決戦へ向かう列車に乗り込む。

土方歳三を撃破する鯉登。

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一方で牛山をかろうじて倒した月島。

二人とも負傷するものの、月島の方が重傷です。

それでも月島は、鶴見の後についていこうとする。その月島を止める鯉登。

さあ月島の選択は?

重傷を負った月島は、鯉登の隣で気を失うほかありません。

ああも絡んできた第七師団のうち、鶴見だけが杉元たちと対峙。尾形は派手な退場を遂げ、鶴見は捨て身の杉元たちによって敗北します。

こう書いてくると、妙な気はしませんか?

鶴見は結局、最終決戦は一人だけで戦った。あれだけ人を洗脳し、たぶらかしておきながらそうなってしまう。

そして月島と鯉登は、杉元と対峙するわけでもなく、負傷退場したままでした。

こうしてみてくると、第七師団の三人は、金塊を追い求めていなかったとわかってくる。

鶴見が退場間際に見せた悲しい笑顔は、今は亡き妻子を思うものでした。全てを失ったようで、彼は愛を取り戻したように思えます。

鶴見の求めていたものは、妻子への愛だったのではないでしょうか。

 


お互いがお互いを手に入れる

月島は鶴見の遺骸を探しています。

鯉登はそんな月島に、自分の右腕になるようにと強引に告げます。

足を踏み鳴らして月島に苛立ち、相変わらずわがままな鯉登。それでも月島はどこまでもまっすぐな人だと惚れ込んでいるように思えます。

この二人の最後の場面は奇妙です。

鯉登は父を失い、軍法会議は不可避のはず。これから苦労は山ほどあるはずなのに、月島と鯉登はハッピーエンドのような佇まいをしています。この終わり方はまるで『お嬢さん』のようでもある。

歴史の流れを追えば、主人公二人は平穏に暮らせたとは到底思えません。それでもお互いがそばにいるだけで幸せだと訴えるような結末なのです。

この二人は、金塊なんてそこまで重要でもなかった。

目的は信じ合える相手を見つけることだったように思えます。

いご草ちゃんにしか求められておらず、そんな彼女を求めてきた月島。鶴見はその穴に埋まるようで実はそうでもない。

幼くして兄を失い、何かが欠けてしまった鯉登。彼にとっても鶴見は自分を騙した詐欺師でした。

詐欺、嘘、謀略。そんな汚いものに塗れていたのに、ラストの二人はあまりに爽快でした。

思えば鯉登は見抜いていました。

月島の、鶴見に対する思いは不健康である、と。その不健康さを断ち切った彼らは生き生きとした顔をしています。

さて、ここまで、一体何の話をしてきたのか。あの無茶苦茶な闇鍋状態の漫画について話しています。

そうです。やはり『ゴールデンカムイ』は闇鍋でした。

サラ・ウォルターズのような耽美な世界観がそこに入れられているなんて、まるで闇鍋に薔薇の花びらを無造作にドッサリと入れたような無茶苦茶さに思えます。

それでも成立していますからね。改めておそろしい作品です。

月島と鯉登の接近は、作風に合わせてコメディタッチであること。

そして鯉登のズレた反応と常識人である月島の受け取りのせいか、どうにもわけがわかりません。

象徴として、鯉登の鶴見写真コレクションがあります。鯉登はコレクター気質があり、同じような鶴見写真でも際限なく集めてしまう。

おまけに謎のこだわりがあり、鶴見以外の顔に自分の写真を貼り付けてしまう。

独特のこだわりと繰り返しを好む、鯉登の個性ゆえの奇行といえます。この奇行も、鯉登本人にとっては精一杯のロマンがある。

インカラマッの出産後、鯉登は鶴見の顔の上に貼り付けていた自分の写真を半分に切る。

鶴見の隣には、月島と鯉登がいる写真に変化します。

思ったことをまっとうに説明しない鯉登の性格ゆえに、月島も読者も困惑させられますが、これには深い意味があったのです。

この写真に写っていたのは、鶴見と月島です。

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月島を押し除けてでも、鶴見の隣にいたい。そう願っていた鯉登であるけれども、月島だって大事になっている。あの写真はそう示しています。

きっと本編解決後、鯉登は月島と写真館に向かい、二人の写真を撮影することでしょう。

何かの折につき写真をしつこいほどに撮り続け、アルバムでも作るのでしょう。

二人が歳をとり、白髪頭になって、温泉街で浴衣を着て写真を撮影できればいいですね。

旅館でビールでも飲みながら、しみじみと思い出を語る姿を想像すると微笑ましいですね。

月島と鯉登の思い出アルバムが分厚くなる姿を想像したくなります。

野心も、金塊もどうでもいい。そんな境地にいる彼らはきっと満たされているのでしょう。

👉️『ゴールデンカムイ』の登場人物・アイヌ文化・時代背景を史実からまとめた総合ガイド


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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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