蝦夷地――三浦庄司が口にした言葉に、田沼意次は怪訝な顔をします。
蝦夷地を幕府の天領にする案を出してきました。
三浦は先日「築地の梁山泊」こと工藤平助の屋敷を訪ねていたのです。
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蝦夷地とオロシャ
三浦は工藤平助の屋敷である本を目にしました。
『赤蝦夷風説考』――「赤蝦夷」はざっくりロシアと考えるようにと稲荷ナビが説明します。
この「ざっくり」というのが妥協点を踏まえたあとを感じさせまして、実は書籍タイトルそのものが諸説あるのです。
本来は『加摸西葛杜加国(カムサッカ)風説考』であったと近年の研究では見なされつつもあり、今回の大河チームは悩んだ末に、最も知名度が高く、覚えやすい名前を採用したのではないでしょうか。
三浦はその中で重大な発見をします。
ロシアが蝦夷地の側に城を築いているのは、攻め込むつもりなのか?
工藤に確認をすると、大笑いしながら「交易をしたいだけ」だと返してきました。
「オロシャは、我が国と交易をしたがっておるのか?」
俄然目が輝きだす意次。彼の中で蝦夷の優先順位もグッとあがったのか、笑みがこぼれます。
三浦は工藤殿もさしてわかっていないと前置きしつつ、さらなる情報を出してきます。
なんともざっくりした地図です。
津軽海峡の向こうに蝦夷という島があり、小ぢんまりとした松前家の城下があり、あとは蝦夷の民が住むだだっ広い蝦夷地がある。
どれだけ広いのかわからぬほど広大な土地だけでなく、数多の金銀銅山も眠っているとか。
そういえば源内もそのようなことを言っていた!と思い出す意次。

平賀源内/wikipediaより引用
蝦夷地を召し上げ天領とする――つまりは長崎のごとく開港し、交易で大儲け、金銀銅山で大儲け!
三浦のそんな話に揺さぶられたのでしょう、意次は松本秀持を呼ぶように命じます。
と、ここで意知が止めに入ります。
上知をするには理由が必要だと主張するのです。
「あとからどうにでもなる」と意次が面倒くさがるも、そのせいで秋田の銅山は返す羽目になった、急がば回れ、上知の理由に使えるようなものを調べると意知が続けます。
意知は奏者番の勤めが始まったばかりではないかと、三浦は気遣っています。
しかし、あまり忙しい役目でもないようで、意知は父に代わって動くというのでした。
歴史総合対応大河ドラマとしての新境地
それにしても……のっけから情報量が多いです!
まず工藤平助という伊達藩の人物は何者か?
彼は医者でありながら総髪にしております。江戸時代の医者は杉田玄白のように剃髪するものですが、このように髪を残した医者「俗医師」というものもいたのです。
工藤の場合、とある藩の名物俗医師である梶原平兵衛の噂を聞いた主君である伊達重村が、髪を伸ばすように命じたのでした。
医師としてではない活動をして、江戸で目立つ。すると殿は「あれは我が藩の者でしてナ」と自慢できる。
工藤の周辺は「築地の梁山泊」となったのだから、重村も鼻が高いでしょう。

伊達重村/wikipediaより引用
「梁山泊」とは特技を持つ連中が集まった活発な場所であり、『水滸伝』を由来とします。
『水滸伝』は、日本人にとって馴染みのある漢文よりも、口語に近い白話を用いています。
そのためか普及に時間がかかりましたが、それがかえって斬新であり、日本でもジワジワとブームが広まっている段階です。
「梁山泊」と口にすることで、当時の日本では「教養と最新流行に詳しいこと」がアピールできるものでした。
こうして「人が集まる場所に情報が溜まる状態」のことを、頭の隅に入れておくと良いと思われます。
以前、第5回放送で、意次と源内の開国に関する会話がありました。二人は、開国すれば戦端が開かれてしまうと気にかけていたものです。
そうした会話を受けて、今回のやりとりを見ると、『3ヶ月でマスターする江戸時代』の小江戸ちゃんの言葉を思い出します。
「知識もアップデートしなきゃ!」
まさにこれですね。
いざ現実をみると、ロシアはあくまで交易をしたいだけであり、日本に侵攻してくる意図はない。
工藤に一笑に付されてしまうわけですが……実はこれが正しい。
よく「日本は植民地化されることを防いだ!」と言われますよね。
あれはおかしいのです。そもそもどこの国も植民地にしようとしていなかったのが日本です。
戦国末期のスペインあたりにはその意図がなかったとは言い切れませんが、それ以外は交易、あるいは太平洋を航行する上での中継地としたいというのが海外からの要求です。
そういう穏健な要求を使者が携えてきたのに、外交意識が欠けている鎌倉幕府側が使者を殺したせいで大変な事態になってしまいました。
江戸中期時点でのロシアにしても、まさしく交易が目的です。
例えばロシアには毛皮のような名産品がありました。
ヨーロッパに売りつけるとなると、東をぐるりと回るルートもあり、このとき日本を寄港地とできればよい。そんな発想ですね。

伊能忠敬『大日本沿海輿地全図』の蝦夷地/wikipediaより引用
ペリーの黒船にしたって、捕鯨船が難破した際、日本に漂着した自国民が虐待されていて困っている、日本にそれを改善させたいという動機がありました。
イギリスはまんまと明治政府を手懐け、ロシアに対抗させることに成功させたといえます。
それにしたって、日本を直接植民地化するよりも同盟国家として手なづけ、背中を押す方が楽だからそうしたともいえる。
日本を植民地とするか。それとも別の手をとるか。天秤にかけると、後者が勝るんですな。
では、なぜ「植民地化を防いだ日本!」という言葉は人を酔わせるのか?
考えてみるに、それだと自国の悪い面を認識せずに済むからではないでしょうか。
江戸時代のロシアやアメリカの事情は、よくよく知れば相手側の言い分も理解できてきます。元寇は鎌倉幕府がミスをしたとしか思えません。
そんな不都合な史実から目を逸らすためには「悪い外国が侵略しようとしたからだ!」と論点をすり替えたほうが楽なのでしょう。
こういう古くて有害な歴史認識は「アップデートしなくちゃ!」という面からも、実に意義のある作品です。
二代目大文字屋市兵衛登場
そのころ蔦屋重三郎は吉原で狂歌を指導していました。
堅くなくていいし、誰かの歌を捻ってもいい、掛け言葉も使っていい――こう指導を見ていると見えてきますが、マニュアルか攻略本みてえなモンがありゃいいんじゃねえかな。
あと、こうやって指導できるところが、いかに狂歌が楽かということでもある。漢詩をパロディにする狂詩は、もっとハードルが高いんすね。
「できんした」
そう誰袖がヒラヒラと紙を振ります。
狂歌読み 蔦の兄さん儲かれば
わっちの身請けも 近づきんす
歌じゃねえな。そう蔦重も冷たく返します。
誰が袖の からまる蔦や商ひの
伸びる葉末に 黄金花咲く
そう詠みながらふら〜っと出てきたのは、カボチャの親父殿に瓜二つの大文字屋市兵衛です。

『近世商賈尽狂歌合』に描かれた大文字屋/国立国会図書館蔵
蔦重が「叱んなくていいんすか?」と呆れています。
「親父の遺言だからねえ」
そう大文字屋がいうと、例の先代が残した書き付けを誰袖はかざしてきます。
やべえことになりましたね! まさかカボチャの親父の息子が、同じ役者で出てくるなんてよぉ。江戸時代ならではの仕掛けだと思うぜ。
なんか数年前、お市と茶々が同じ役者だった大河ドラマがあった気がすっけど、よく覚えちゃいねえぜ。
でも、顔は似ていても性質が違う。
江戸の商売、ましてや忘八と考える上で重要であり、こんな有名な川柳もありますよね。
売り家と唐様で書く三代目
日本語の文法なら「家を売る」となる。それを「売り家」と書くのは漢文の教養を身につけている。だから「唐様」、中国風の気取った字になっているわけです。
初代がガツガツと働いて成り上がってできた店も、二代目や三代目となりゃァ、そのガッツが失せちまってダメだという意味ですね。
忘八となりゃあ、それが顕著といえる。
初代カボチャのように、食事代をケチってでも儲けようなんて気は起きなくても無理はありません。
実際にそういう忘八はいて、実務は使用人に任せきりにすることもあったとか。
伊藤淳史さんは演じ分けができていて、もうこの時点で「このボンボン二代目は大丈夫なのかい?」と不安になってきます。初代は、あれだけおっかなかったのによ。
『雛形若菜』のパクリは売れねえよ
蔦重が誰袖のことを毒づきながら帰ってくると、歌麿の絵が仕上がってきていました。
嬉しそうな蔦重と歌麿。ただ、何か引っ掛かりますが……。
次郎兵衛はどうして『雛形若菜』を作っているのかと聞いてきます。
若菜じゃなくて若“葉”だと、得意げに説明する蔦重。次郎兵衛はそう言われてもわからない。
蔦重はここで『雛形若菜』を倒し、西村屋を吉原から追い出す下剋上プランを語り出します。
それだけでなく、かわいい歌麿の名前を売り、耕書堂の名もあげるんだから、一石二鳥どころじゃねえぜ!
なんて幸せな計画なのでしょう。微笑む義兄弟が実に愛くるしいですねぇ。
二人が川ぞいを走っていった場面といい、この場面といい、今年の秋や冬を迎えるころ、悲しい気持ちとともに思い出すことになるんでしょうか。
しかし……年が明けると、西村屋の『雛形若菜』が大々的に売り出されているではありませんか。本家の方が色合いが綺麗に見えます。
一方、蔦重はというと『雛形若葉』が売れず、忘八からシメられておりました。
短気な忘八たちはブチギレよ。金を出した呉服屋もおかんむりで、二度と金は出さねえと言っているんだとか。
となりゃ、足が吉原の外に向いちまうかもしれんね。
「ありゃあ! 二番煎じはお呼びではなかったってことですかねぇ……」
畳み掛けるように、りつが近頃売れているという『御存商売物』(ごぞんじしょうばいもの)という青本を見せてきました。
番付一等だそうで、去年の一等と今年の一等じゃ違いますわな。
蔦重は笑みを浮かべつつ「毎年一等てのは欲張りすぎじゃ……」と返すのですが、りつは逆に声を荒げます。
「私が言いたいのは、何で政演の大当たり出んのが鶴屋なんだってことだよ!」
嗚呼、それだ……。鶴屋は恋川春町とは相性が合わないけれども、こちらはうまくいった。
あんだけべったり政演を抱えておいてどういうことか、「青本を書けると気づかなかったのかい!」と、彼女はおかんむりなわけです。
ここでマイペースな大文字屋は、しゃもじを手にしてこうだ。
飯粒の 二つ付きたるへらならん
べら棒立ちで なすすべも無し
蔦重はその言わんとするところを読み解き、褒めております……って、そういう場合かい?
駿河屋の親父殿が黙ったまま、なんだか怖い雰囲気漂わせてるぜ。
皆が静かに立ち上がると、駿河屋が無言で蔦重の襟を掴みます。
そしておなじみ、階段落ちの音が鳴り響くのでした。
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