蝦夷地――三浦庄司が口にした言葉に、田沼意次は怪訝な顔をします。
蝦夷地を幕府の天領にする案を出してきました。
三浦は先日「築地の梁山泊」こと工藤平助の屋敷を訪ねていたのです。
蝦夷地とオロシャ
三浦は工藤平助の屋敷である本を目にしました。
『赤蝦夷風説考』――「赤蝦夷」はざっくりロシアと考えるようにと稲荷ナビが説明します。
この「ざっくり」というのが妥協点を踏まえたあとを感じさせまして、実は書籍タイトルそのものが諸説あるのです。
本来は『加摸西葛杜加国(カムサッカ)風説考』であったと近年の研究では見なされつつもあり、今回の大河チームは悩んだ末に、最も知名度が高く、覚えやすい名前を採用したのではないでしょうか。
三浦はその中で重大な発見をします。
ロシアが蝦夷地の側に城を築いているのは、攻め込むつもりなのか?
工藤に確認をすると、大笑いしながら「交易をしたいだけ」だと返してきました。
「オロシャは、我が国と交易をしたがっておるのか?」
俄然目が輝きだす意次。彼の中で蝦夷の優先順位もグッとあがったのか、笑みがこぼれます。
三浦は工藤殿もさしてわかっていないと前置きしつつ、さらなる情報を出してきます。
なんともざっくりした地図です。
津軽海峡の向こうに蝦夷という島があり、小ぢんまりとした松前家の城下があり、あとは蝦夷の民が住むだだっ広い蝦夷地がある。
どれだけ広いのかわからぬほど広大な土地だけでなく、数多の金銀銅山も眠っているとか。
そういえば源内もそのようなことを言っていた!と思い出す意次。

平賀源内/wikipediaより引用
蝦夷地を召し上げ天領とする――つまりは長崎のごとく開港し、交易で大儲け、金銀銅山で大儲け!
三浦のそんな話に揺さぶられたのでしょう、意次は松本秀持を呼ぶように命じます。
と、ここで意知が止めに入ります。
上知をするには理由が必要だと主張するのです。
「あとからどうにでもなる」と意次が面倒くさがるも、そのせいで秋田の銅山は返す羽目になった、急がば回れ、上知の理由に使えるようなものを調べると意知が続けます。
意知は奏者番の勤めが始まったばかりではないかと、三浦は気遣っています。
しかし、あまり忙しい役目でもないようで、意知は父に代わって動くというのでした。
歴史総合対応大河ドラマとしての新境地
それにしても……のっけから情報量が多いです!
まず工藤平助という伊達藩の人物は何者か?
彼は医者でありながら総髪にしております。江戸時代の医者は杉田玄白のように剃髪するものですが、このように髪を残した医者「俗医師」というものもいたのです。
工藤の場合、とある藩の名物俗医師である梶原平兵衛の噂を聞いた主君である伊達重村が、髪を伸ばすように命じたのでした。
医師としてではない活動をして、江戸で目立つ。すると殿は「あれは我が藩の者でしてナ」と自慢できる。
工藤の周辺は「築地の梁山泊」となったのだから、重村も鼻が高いでしょう。

伊達重村/wikipediaより引用
「梁山泊」とは特技を持つ連中が集まった活発な場所であり、『水滸伝』を由来とします。
『水滸伝』は、日本人にとって馴染みのある漢文よりも、口語に近い白話を用いています。
そのためか普及に時間がかかりましたが、それがかえって斬新であり、日本でもジワジワとブームが広まっている段階です。
「梁山泊」と口にすることで、当時の日本では「教養と最新流行に詳しいこと」がアピールできるものでした。
こうして「人が集まる場所に情報が溜まる状態」のことを、頭の隅に入れておくと良いと思われます。
以前、第5回放送で、意次と源内の開国に関する会話がありました。二人は、開国すれば戦端が開かれてしまうと気にかけていたものです。
そうした会話を受けて、今回のやりとりを見ると、『3ヶ月でマスターする江戸時代』の小江戸ちゃんの言葉を思い出します。
「知識もアップデートしなきゃ!」
まさにこれですね。
いざ現実をみると、ロシアはあくまで交易をしたいだけであり、日本に侵攻してくる意図はない。
工藤に一笑に付されてしまうわけですが……実はこれが正しい。
よく「日本は植民地化されることを防いだ!」と言われますよね。
あれはおかしいのです。そもそもどこの国も植民地にしようとしていなかったのが日本です。
戦国末期のスペインあたりにはその意図がなかったとは言い切れませんが、それ以外は交易、あるいは太平洋を航行する上での中継地としたいというのが海外からの要求です。
鎌倉時代の元寇にしたって、元々の要求は交易です。
そういう穏健な要求を使者が携えてきたのに、外交意識が欠けている鎌倉幕府側が使者を殺したせいで大変な事態になってしまいました。
江戸中期時点でのロシアにしても、まさしく交易が目的です。
例えばロシアには毛皮のような名産品がありました。
ヨーロッパに売りつけるとなると、東をぐるりと回るルートもあり、このとき日本を寄港地とできればよい。そんな発想ですね。

伊能忠敬『大日本沿海輿地全図』の蝦夷地/wikipediaより引用
ペリーの黒船にしたって、捕鯨船が難破した際、日本に漂着した自国民が虐待されていて困っている、日本にそれを改善させたいという動機がありました。
イギリスはまんまと明治政府を手懐け、ロシアに対抗させることに成功させたといえます。
それにしたって、日本を直接植民地化するよりも同盟国家として手なづけ、背中を押す方が楽だからそうしたともいえる。
日本を植民地とするか。それとも別の手をとるか。天秤にかけると、後者が勝るんですな。
では、なぜ「植民地化を防いだ日本!」という言葉は人を酔わせるのか?
考えてみるに、それだと自国の悪い面を認識せずに済むからではないでしょうか。
江戸時代のロシアやアメリカの事情は、よくよく知れば相手側の言い分も理解できてきます。元寇は鎌倉幕府がミスをしたとしか思えません。
そんな不都合な史実から目を逸らすためには「悪い外国が侵略しようとしたからだ!」と論点をすり替えたほうが楽なのでしょう。
こういう古くて有害な歴史認識は「アップデートしなくちゃ!」という面からも、実に意義のある作品です。
二代目大文字屋市兵衛登場
そのころ蔦屋重三郎は吉原で狂歌を指導していました。
堅くなくていいし、誰かの歌を捻ってもいい、掛け言葉も使っていい――こう指導を見ていると見えてきますが、マニュアルか攻略本みてえなモンがありゃいいんじゃねえかな。
あと、こうやって指導できるところが、いかに狂歌が楽かということでもある。漢詩をパロディにする狂詩は、もっとハードルが高いんすね。
「できんした」
そう誰袖がヒラヒラと紙を振ります。
狂歌読み 蔦の兄さん儲かれば
わっちの身請けも 近づきんす
歌じゃねえな。そう蔦重も冷たく返します。
誰が袖の からまる蔦や商ひの
伸びる葉末に 黄金花咲く
そう詠みながらふら〜っと出てきたのは、カボチャの親父殿に瓜二つの大文字屋市兵衛です。

『近世商賈尽狂歌合』に描かれた大文字屋/国立国会図書館蔵
蔦重が「叱んなくていいんすか?」と呆れています。
「親父の遺言だからねえ」
そう大文字屋がいうと、例の先代が残した書き付けを誰袖はかざしてきます。
やべえことになりましたね! まさかカボチャの親父の息子が、同じ役者で出てくるなんてよぉ。江戸時代ならではの仕掛けだと思うぜ。
なんか数年前、お市と茶々が同じ役者だった大河ドラマがあった気がすっけど、よく覚えちゃいねえぜ。
でも、顔は似ていても性質が違う。
江戸の商売、ましてや忘八と考える上で重要であり、こんな有名な川柳もありますよね。
売り家と唐様で書く三代目
日本語の文法なら「家を売る」となる。それを「売り家」と書くのは漢文の教養を身につけている。だから「唐様」、中国風の気取った字になっているわけです。
初代がガツガツと働いて成り上がってできた店も、二代目や三代目となりゃァ、そのガッツが失せちまってダメだという意味ですね。
忘八となりゃあ、それが顕著といえる。
初代カボチャのように、食事代をケチってでも儲けようなんて気は起きなくても無理はありません。
実際にそういう忘八はいて、実務は使用人に任せきりにすることもあったとか。
伊藤淳史さんは演じ分けができていて、もうこの時点で「このボンボン二代目は大丈夫なのかい?」と不安になってきます。初代は、あれだけおっかなかったのによ。
『雛形若菜』のパクリは売れねえよ
蔦重が誰袖のことを毒づきながら帰ってくると、歌麿の絵が仕上がってきていました。
嬉しそうな蔦重と歌麿。ただ、何か引っ掛かりますが……。
次郎兵衛はどうして『雛形若菜』を作っているのかと聞いてきます。
若菜じゃなくて若“葉”だと、得意げに説明する蔦重。次郎兵衛はそう言われてもわからない。
蔦重はここで『雛形若菜』を倒し、西村屋を吉原から追い出す下剋上プランを語り出します。
それだけでなく、かわいい歌麿の名前を売り、耕書堂の名もあげるんだから、一石二鳥どころじゃねえぜ!
なんて幸せな計画なのでしょう。微笑む義兄弟が実に愛くるしいですねぇ。
二人が川ぞいを走っていった場面といい、この場面といい、今年の秋や冬を迎えるころ、悲しい気持ちとともに思い出すことになるんでしょうか。
しかし……年が明けると、西村屋の『雛形若菜』が大々的に売り出されているではありませんか。本家の方が色合いが綺麗に見えます。
一方、蔦重はというと『雛形若葉』が売れず、忘八からシメられておりました。
短気な忘八たちはブチギレよ。金を出した呉服屋もおかんむりで、二度と金は出さねえと言っているんだとか。
となりゃ、足が吉原の外に向いちまうかもしれんね。
「ありゃあ! 二番煎じはお呼びではなかったってことですかねぇ……」
畳み掛けるように、りつが近頃売れているという『御存商売物』(ごぞんじしょうばいもの)という青本を見せてきました。
番付一等だそうで、去年の一等と今年の一等じゃ違いますわな。
蔦重は笑みを浮かべつつ「毎年一等てのは欲張りすぎじゃ……」と返すのですが、りつは逆に声を荒げます。
「私が言いたいのは、何で政演の大当たり出んのが鶴屋なんだってことだよ!」
嗚呼、それだ……。鶴屋は恋川春町とは相性が合わないけれども、こちらはうまくいった。
あんだけべったり政演を抱えておいてどういうことか、「青本を書けると気づかなかったのかい!」と、彼女はおかんむりなわけです。
ここでマイペースな大文字屋は、しゃもじを手にしてこうだ。
飯粒の 二つ付きたるへらならん
べら棒立ちで なすすべも無し
蔦重はその言わんとするところを読み解き、褒めております……って、そういう場合かい?
駿河屋の親父殿が黙ったまま、なんだか怖い雰囲気漂わせてるぜ。
皆が静かに立ち上がると、駿河屋が無言で蔦重の襟を掴みます。
そしておなじみ、階段落ちの音が鳴り響くのでした。
北尾重政、「山東京伝」として戯作者デビューをしていた
駿河屋の親父に階段落ちをさせられ怪我した蔦重を歌麿が手当てしています。
「どうしてそういうときにふざけちまうんだよ」
そう突っ込まれていますが、習い性みてえなもんだそうで、こればかりはどうにもなりません。
と、歌麿が立ち上がるときに、脚が裾からちらっと見えます。
今年の所作特殊性にして、インティマシーコーディネーターの出番はこういうところだと思えますぜ。
江戸時代、着流しで畳の上にいる男性は裾がはだけるんですよ。はだけた脚があらわになりすぎるとまずいので、そこの細かい調整はなかなか大変でないかと思うわけです。
するとそこへ、北尾重政がやってきました。背後には政演がいます。
どうやら不義理を詫びに来たようですが、政演の謝罪がひでえのなんの。
「へへへ、すいやせん! どうも一等になっちまって!」
「なんてぇ謝り方だよ!」
しかし、この政演、古川雄大さんがどれだけ美形だったかを忘れてしまうぐらい、いつもニコニコしてますよね。その上で残された山東京伝の絵を彷彿とさせるのだからすごい。

山東京伝/wikipediaより引用
蔦重は「どこで何を書こうがお前の勝手だ」と前置きして、肝心なことを付け足します。
「けど、戯作書けること黙ってるってなぁ、さすがに水くせえんじゃねえの?」
「いや、俺も書けるたぁ思ってなかったんですよ。けど鶴屋さんのいう通りやったら、何だかできちまって」
「“できちまって”って、なんだそりゃ」
「ここ足せ、ここにうがちを、ここ省けって、言われるとおりやったら、なんとなくコツがつかめるようになっちまってよぉ」
重政がこうまとめます。
「鶴屋の“指図”がうまいってことかい」
「指図?」
蔦重が何やら気にしています。
政演はニヤニヤヘラヘラと、絵師の仕事はこちらでやるとアピールを忘れず、それからささっと走り出して、花を求める蜂のように去ってゆくのでした。
「指図」ができるか、できないか?
重政があいつは随分吉原で遊ばしてもらっていると推察すると、蔦重はモテるから仕方中橋というのもあると返します。とんだ江戸前リア充ですね。
二人のやりとりをジッと聞いていた歌麿は思うところがあったようで、『雛形若菜』と『雛形若葉』を両方持ち出し、重政に見せてきます。
色の出が全然違う。
その差はどこにあるのか。
絵の具か、紙か、それとも摺り師か?
「一番はこれも“指図”の差かね。絵師と本屋が摺師にきちんと指図を出せるかどうかで、仕上がりはまったく変わっちまうんだ。これがまぁ、錦絵の西村屋って言われる所以(ゆえん)だね」
ここでハッとする蔦重。
「やっぱりすげえんですね、西村屋って」
歌麿も感じ入っていて、蔦重にしてみれば辛いですね。テメエのせいでかわいい歌の絵を売り損ねちまったんだもん。
そしてこの「指図」こそ、現状の蔦重の弱点でもありますし、実際そうだったのだろうと頷けます。
実は恋川春町や朋誠堂喜三二の次に、

朋誠堂喜三二(平沢常富)/wikipediaより引用450
町人の出である北尾政演改め、戯作者の山東京伝が出てくることは一つの事件でした。
読書をこなす武士階級から、教養面でやや劣る町人にまで、戯作者の層が広まったことを示しているといえる。
背景には、キッチリと指図を出せる敏腕編集者・鶴屋がいた。その図式が見えてきます。
ちょっと先を踏まえますと、山東京伝は蔦重のもとで作品を出します。
ただ、路線変更に失敗したこともあります。軽いノリと時事ネタを織り込んだ作品が禁じられたこともあり、日本版アレンジ『水滸伝』を書かせたのです。
しかしどうにもこれが合わないのか、結果的に売れませんでした。
山東京伝に教えを乞い、蔦重の元にも出入りした曲亭馬琴の見解を踏まえると、この理由が見えてきます。

曲亭馬琴(滝沢馬琴)/国立国会図書館蔵
馬琴は自尊心の塊で、自分以外のものは全て無教養だと切り捨てるような傾向があるのでそれを差し引くにせよ、馬琴からすれば蔦重も京伝も教養不足になります。
そんなコンビで漢籍教養が求められるアレンジ『水滸伝』なんかできるわけがないだろう。そうなるわけです。
一方で曲亭馬琴こそ、日本版アレンジ『水滸伝』最高峰である『南総里見八犬伝』でヒットを飛ばします。
馬琴は本作における恋川春町よりもずっと癖が強く独自路線を貫く。そんな頑固な作風も、自身の膨大なインプットと武家由来の教養ありきだという自負があることでしょう。
てなわけで、蔦重の教養不足、「指図」をするときの失敗傾向は、のちのちまで響く伏線になっていると思いやすぜ。
彼が主役なのに、なんでもできると描かないところがこのドラマのよいところですね。
そしてもうひとつ、浮世絵の美しく繊細な色合いにもご注目ください。
『べらぼう』の意義として、印刷当初の色を再現することもあると思います。
この時代の作品となると、どうしても色が褪せてしまっている。当初の色を見せて、当時の人の配慮を考えることで、浮世絵の魅力が再発見できます。
近頃再発見された『ポッピンを吹く女』の着物なんて、本当に愛くるしくてお洒落で繊細なのです。
土山様の花見の会にて
すると、そこへ大田南畝と朱楽菅江がやってきました。
なんでも「土山様の花見の会」に出るんだとか。
平秩東作は「花雲助」(はなのくもすけ)という男を連れてきています。どこかで見覚えがあるものの……思い出せない蔦重。
花見の会には、誰袖花魁も侍るようで、しずしずと座敷へと向かってゆく。客たちは呆気に取られながら美女を見ている。
土山は上客なのか、大文字屋が直々に挨拶しました。
「誰袖と申しんす。本日はみなさま、よろしうお頼みしんす。んふ」
かすかに首を傾けた美貌がまさに「傾国傾城」そのもの。桜の化身のようだと客はざわついている。
わかります。まるで月岡芳年の描いた小町桜の精が、画面の中に現れて動き出したかのように見えやすぜ。

月岡芳年『新形三十六怪撰 小町桜の情』/wikipediaより引用
浮世絵の美人画といっても、絵師によって色々とあります。
芳年の美人はどこか理屈っぽいとか、甘い毒を含んでいるようなくせがあります。そういう画風を思わせますなぁ。
ちなみに、小町桜の精とは、歌舞伎舞踊の『積恋雪関扉』(つもるこい ゆきの せきのと)に出てくるキャラクターです。
天明4年(1784年)に上演されたとされておりますので、当時の人に突き刺さる萌え要素が詰まっているわけですね。
土山が「花魁、会いたかったぞ」というと、大田南畝が「え!」と驚いています。
花魁は土山様の敵娼(あいかた)でした。吉原のしきたりは疑似夫婦。土山と誰袖はそういう関係であり、別の誰かに手を出したらルール違反となります。
土山は誰袖に、この前贈ったものについて尋ねます。
わすれんと かねて祈りし 紙入れの
などさささらに 人の恋しき
そう詠みあげつつ、紙入れを取り出す誰袖。
「けんど、紙入れの中がすっからかんで、寂しうありんす」
そう甘えてきます。
「ふっ、欲深なやつめ」
すると紙花を懐から出し、ささっと紙入れに詰める土山。
「さすが土山様!」と皆褒めておりますが、いいんですかい、こんなことで。長谷川平蔵の時とノリが全然違いやすが……。
しかも、このあと誰袖の目は、端正な顔をした一人の男・花雲助に留まります。
その正体は田沼意知ではないですか。
花びらのような紅唇から、真珠のような歯をのぞかせつつ、酔ったようなトロリとした目になる誰袖。
土山に「今日のお題」を聞かれてハッとします。そして「袖に寄する恋」と提案するのでした。
「せっかくですので、皆で。ぜひ、あの辺りのお方から」
さらにそう続け、花雲助の方を指すのでした。
しかし、南畝が厚かましい調子で名乗り出て詠みます。かすかに表情が曇り、どこか残念そうな誰袖。
たった今 わかれてきたの里ちかく
目にちらつける 朝顔の花
続けて、朱楽菅江も。
口外へ まだ出さねば 三寸の
我が舌にのみ 思うくるしさ
誰袖はこんな歌すら恋の焚き付けにしているようで、かすかに潤んだ目をじっと相手に向けています。
しかし、その相手は「蝦夷の桜にございます」と言いながら横に座った湊源左衛門に興味があるようで、そちらに耳を傾けている。
ふじも一首。
地にあらば 君が草履とならばやと
祈る心の たけの子かは
湊源左衛門はこう言います。
「蝦夷地を松前より召し上げてくださるのなら、どのような労も厭いませぬ。松前道廣は……あの男は、北辺にすくう鬼にございます!」
そう言い切る源左衛門。いったい鬼とは?
蝦夷地は”鬼“が治めていた
銃声が鳴り響き、直後に皿の割れる音――そんな不気味な雰囲気と共に場面が切り替わります。
夜桜の幹に女が縛り付けられ、頭上には三枚の皿。
それを的にして火縄銃を撃つという、地獄のような遊びが繰り広げられているようです。
なんでしょう。この、大河ドラマ枠で突然、往年の東映時代劇映画が始まってしまったような放送事故感は。
「暴虐!」
「無惨!」
「これが人の為すことなのか!」
毛筆でそう書かれたキャッチコピーが回転しながら迫ってくるんじゃないかと思いましたよ。
すると、えなりかずきさん扮する松前藩主・松前道廣が出てきます。
銃を構え、残酷な余興を楽しんでいたようで、なんなんでしょう。えなりさんが『衛府の七忍』作者である山口貴由若先生の作画で突如出てきたように思えてきました。

『衛府の七忍』1巻(→amazon)
「次!」
お供から新たな銃を受け取る道廣。すると家臣らしき男が訴えてきます。
「お許しくださいませ! どうか! どうか、私を妻の代わりに……粗相をしたのは私にございます!」
「何でもするゆえと許しを乞うたのはお前ではないか。その上まだ私に望むとは、欲深な夫婦(めおと)であることよ」
おどけた口調で意に介さない道廣。銃口を向けられた哀れな女は泣きじゃくるばかりです。
そして、その場には島津重豪と田沼意次、平然と食事を続ける一橋治済がおりました。暗い顔をしているのは意次だけで、彼だけがまっとうな人間に見えてきます。
女はついに力つき、首をがくり……。それを見ていた夫も、気を失って倒れてしまいました。
「ふん……仲のよい夫婦でもあることよ」
猫がネズミで遊ぶことに飽きたように、銃を手放す道廣。
すると島津重豪が声をかけます。
「しかし、見事な腕じゃのう、松前殿」
「いやいや、ハハハ!」
薩摩藩主と松前藩主がこのように語り合うところは大変重要な場面でしょう。
薩摩は奄美諸島はじめとする南西諸島。
松前は蝦夷地。
その地で換金できる品を求め、現地住民を搾取してきた南北両頭といえる。
民の苦労を切り捨てねばできない所業をしてきた藩主がこうも笑い合う場面は、実に象徴的でおそろしいのです。
なお、こうした搾取への怒りは前述した『衛府の七忍』を貫くテーマでもあります。
さらに一橋治済はこうきます。
「さすが、遅れてきた“もののふ”と言われるだけのことはある」
今さら、治済の悪行を持ち出す必要もないでしょう。このやりとりを冷めた目線で見ている意次が真人間に思えます。
彼の関心は「蝦夷錦」にも注がれています。蝦夷錦とは、蝦夷を経由して日本に到達した満洲族の衣装ですね。

蝦夷錦/wikipediaより引用
すると治済が、そんな意次に向かって「なんだか、ノリ悪くね?w」とでも言いたげにこうきました。
「田沼! 次はそなたもやってみるか?」
「それがしは武芸の嗜みも浅うございますので、ご勘弁を。的を殺めてしまうやも」
「ご心配なさらずとも、的は当家からいくらでもお出ししますゆえ」
横からそう割り込む道廣。大きな笑い声が響くのが恐ろしくてたまりませんね。
さて、この胸焼けしそうな場面ですが、私はついに大河もここまできたのかと感服いたしました。
いや、東映時代劇や山口若先生ぽいということではありませぬ。
えなりかずきさん演じる道廣のことを「サイコパス」と片付けてしまえば、先天性か、後天性か、ともあれ例外的な一個人の残忍さに落ち着くことになりましょう。
しかし、そうではありません。
他の連中も笑っているではありませんか。これぞ集団心理で、権力の恐ろしさでしょう。
彼らだって、自宅に帰れば、猫や幼い我が子に頬擦りして「よちよちよち♪」としているかもしれません。
個々人の人間性の話ではなく、問題は権力の構造なのです。
これは最初から出てきた吉原にせよそうでして、忘八たちは愛嬌や親切心もあるし、猫を愛でています。
それでも吉原そのものが持つ搾取構造はどうしたってあります。
その善悪をどうとらえるか、この作品は突きつけてくる。
さらに枠を大きくして、当時の日本社会が持つ搾取構造そのもの、その頂に立つ外様大名たちをここで見せてきました。
歴史というものの構造を、ここまで突きつけてくる大河ドラマは実に画期的ではありませんか。
例えば『西郷どん』では、薩摩の「黒糖地獄」とされる搾取構造を、西郷隆盛本人は良い人だと描くことで誤魔化しました。
あるいは『青天を衝け』で渋沢栄一が誉めていたレオポルド2世は、ここに出てきた松前道廣をさらにスケールアップしたような人物です。
-

手足切断が当たり前だった恐怖のコンゴ自由国|レオポルド2世の鬼虐待
続きを見る
そうやって権力の持つ横暴を誤魔化してきた2010年代以降の大河ドラマが、ここにきて大きく転換を図った。
やはり『べらぼう』は紛れもなく傑作であり、歴史に残る作品でしょう。
蝦夷地を天領とすれば幕府は…
将棋盤を挟み、徳川家治と田沼意次が語り合っています。
意次は先日の宴のことを告げているようで、家治も「一橋は外様と仲が良い」とは認めています。
それにしても思った以上に昵懇(じっこん)だと言葉を濁す意次。
家治は「機嫌よく遊んでおる分にはよいのではないか」と言うと、意次は本題に入ります。
「実は……蝦夷地の上知を考えております。そこで港を開き、オロシャとの交易を初めてはいかがかと。加えて蝦夷地では金が採れるという噂も。それをあわせて進めれば、幕府の御金蔵を根本から断ち直せることができるのではと」
「その企みが知れれば、松前は一橋に頼み、止めに入るということか」
「一橋様のお考えは、つかみどころがありませんが恐らくは……」
水魚の君臣たちは瞬時に理解し合います。
しかし、意次は弱気にもなる。
「やはり、よしましょう。豊千代様が西の丸に入られた今、何が起こるやも……」
「やるべきであろう。どんな者が将軍になろうと、揺るぎない幕府を作る。そのために入り用なことがあれば」
そう言われ、意次は頭を下げるしかありません。本質的に徳川家治が聡明であることも伝わってくる。
ここで2027年大河ドラマ『逆賊の幕臣』予習タイムを少々。
もしも、この場面で田沼意次が主張していた政策が実現していれば、小栗忠順たちはどれだけ助かったことか……。

小栗忠順/wikipediaより引用
ロシアはめげずに何度も何度も交易を求めてきて、それが結果的に幕府権威にヒビを入れます。
ロシアが武力行使した際、反応できぬとなれば、武威でもって世を治める武士の名目は丸つぶれ。
松前藩の規模では蝦夷地全域を守り抜くことはできませんので、ロシアの存在を察知したのであれば、交易要求を受け入れるか、跳ね除けるにせよ幕府が責任をもって防衛強化せねば、詰む状況です。
それが先延ばしにされた巨大なツケと直面するのが、田沼意次の後進にあたる小栗忠順ら幕臣たちなのです。
もうひとつ、一橋と外様の近い距離も、幕末となると小栗たちにとっては眉を顰めたくなるものでしかありません。
13代・徳川家定の跡目をめぐり、一橋慶喜を後継者とすべきだという運動が幕末に起こっています。
これは慶喜の器量が優れているという単純な話ではありません。
慶喜が将軍となれば、外様大名でも幕政に関わるチャンスを得ることができる――慶喜の父である徳川斉昭が、そうやって人参をちらつかせていた動きでもありました。
そしてこの体制は、慶喜が将軍後見職として京都に入ることで実現されるのですが、実に苦い結末を迎えることになります。
幕末の江戸っ子たちは慶喜に対して全く親近感がなく、「上様」や「公方様」ではなく、せいぜいが「一橋さん」呼び止まりでした。
そういう苦さのある一橋の要素とは、すでに治済の時点で芽生えていたのではないかと思えてきます。
“そうきたか”と言わせてこその蔦重だ
土山が開催した酒宴の翌朝、狂歌師たちが蔦重のもとへやってきました。
二日酔いどころか、迎酒ですからね。どんだけ金を使っているのやら。
歌麿がいそいそと蕎麦を運んでくるところが、実に江戸っ子らしい。
朝そばどころか昼そばだってよ。「ズズっ」と啜る所作もなかなか難しいはずで、上手にこなしています。
大田南畝は蔦重に寄りかかりながら、こんな風に詠んできました。
み心に つゆもたがはず正直に
おそばを去らず 長きよゞまで
蕎麦とかけてんのかい。うまいね。
蔦重はすかさず狂歌集出版を持ちかけます。

大田南畝(四方赤良)/国立国会図書館蔵
しかし南畝はピンとこない。以前やりたいと言ったことすら曖昧になっていて「んじゃ、ま、5年後くらいにな」となかなか人を食ったことを返してきます。
色んな本屋からオファーが舞い込んできて、大忙しなんだってよ。
なぜ一斉にそうなってんのか?と嘆いていると、元木網が「みんな頃合いを見ていたのだろう」と推察します。
でもこりゃ、金の流れなんじゃねえの?
土山みたいなでけぇスポンサーがじゃんじゃん金を出してりゃ、嗅ぎつけてくるだろうよ。
蔦重としては悔しい。己の嗅覚が優れていねえんじゃねえか、ってなりますわな。
彼は素直に、老舗の本屋との力量差を感じていると打ち明けます。奉公経験もないし、足りてないところがあるのじゃないかと悩んでいるわけです。
歌麿はそんな義兄を見つめています。
「けど、そこがいいとこじゃないか。だからこそ、ずっとやってるやつには出せねえもんが出せんじゃないか」
そう励ましの言葉を投げかけてくる南畝。せんべいのように薄い『吉原細見』に「そうきたか!」と驚いた。
菅江は俄の本である『名月余情』にグッときた。
そして元木網は『一目千本』からそう思っていたってよ。

元木網/国立国会図書館蔵
確かにあんときぁ、彼の湯屋に営業かけて喜ばれていましたもんね。
「そうそう。お前さんには“そうきたか”がお似合い」
南畝が結論づけ、蔦重は調子を取り戻します。
そして南畝に「青本」の依頼を出します。狂歌集とのタイアップで売り出すことを思いついたようですぜ。
来年は間違いなく四方赤良の年になる。そこで、耕書堂からは狂歌集ではなく、狂歌指南書を出してくれと依頼する蔦重。確かに狂歌の人口が増えれば、教科書が要り用になりますわな。
「はあ、そうきたか!」
南畝もそう納得し、歌麿も「蔦重、調子が戻ってきたんじゃねえ?」とニコニコ。
さらに何か思いついた様子の蔦重ですが……でもな、蔦重、おめえさん、諸葛亮役が要り用なんじゃねえかな。
桃園三兄弟よろしく、励ましてくる次郎兵衛と歌麿はいるけど、本家本元だって、諸葛亮を見つけねえと勝つには勝てても大勝利につながる策は出せなかったじゃねえか。
そう思えてきましたぜ。
いや、だって、北尾政演の戯作者としてのパフォーマンスを補ってデビューさせたのは、鶴屋じゃねえですか。
蔦重は企画を出すのは優れていても、ノウハウの未成熟な作家を育てることは不得手。
育て切った作家を引き抜いた方がいいんじゃないか?
それと諸葛亮の確保です。思えば瀬川はいい線いってましたが……次なるその枠の登場が待ち遠しいじゃねえか。
美人錦絵を売り出す蔦重、色の違いを学ぶ歌麿
蔦重が、忘八たちの前で作戦を発表しています。
捲土重来となる作は『青楼美人合姿鏡』のリバイバルでした。

勝川春章『青楼美人合姿鏡』/国立国会図書館蔵
本ではなく錦絵でやるそうですが、しくじりを知っている忘八は猛反対。そもそもがあれだって値段高騰で売れませんでしたもんね。
瀬川は喜んでいたけれど、それは蔦重個人の満足感って話だしなぁ。
しかし今回の蔦重は、きちんとした理屈でもって分析しています。
清長が受けている理由は、景色の中に美人を描くからだ。と、確かにそれはわかりまさぁ。江戸の景色の前に佇む美人は、伸びやかでいいもんですね。
そこを読み取り、吉原の景色の中に佇む女郎を描いてヒットを狙いに行くんだそうです。
問題は絵師でしょう。りつが「誰にすんだい?」と尋ねると、蔦重は「そんなの決まってんじゃねえですか!」と満面の笑み。
こいつもある意味進歩してんだか、してねえんだか。それこそ前回の『青楼美人合姿鏡』にしたって、瀬川の姿を是非とも絵に残したい欲求はありましたよね。
それが今回は、目の中に入れても痛くないほどかわいい、義弟の歌麿を世に出すためにそうしている。
なんて愛に溢れたヤツなんだろう。公私混同だけどさ。
場面変わって耕書堂へ。
歌麿が、ドキドキしながら摺師を見守っています。
煙管を吸っている重政も、見守る歌麿も、そして見守られる摺師・七兵衛の手つきも、何もかもが素晴らしく、当時描かれた絵が動き出したかのように見えます。
「はい、できましたぜ」
刷り上がった絵を見て歌麿は驚く。
「おお……す、すげえ! 元とは別もんだ!」
「だろ? ただ濃く擦りゃあいいってもんじゃねえ。絵の具を少なめにして板にむらなく伸ばし、しっかり摺り込んでって指示すりゃあ、そういう仕上がりになんだよ」
そうしてああいう浮世絵はできていくのですね。なんて素敵なのだろう。
蔦重が戻ってきて、嬉しそうに絵を見ている歌麿の姿を目にします。何か暗い顔に見えますが……歌麿はすかさず蔦重に絵を見せています。
「指図すりゃこうなるんだって、重政先生と七兵衛さんが教えてくれてよ!」
ここで重政が、素直に喜べない蔦重に気づいて何かあったのかと声をかけます。すかさず蔦重が謝る。
「歌麿すまねえ、此度は外れてくれ!」
なんでも忘八は、女郎の錦絵企画では歌麿には金が出せないと言い出したんだとか。
仕上がりも大事だけど、絵師のネームバリューも大事。ここが歌麿のネックで、師匠の名前など出せないわけですね。
歌麿の才能こそ最大の“そうきたか”
歌麿は納得したのか、誰に頼むんだ?と聞いてきます。
北尾政演にするのだとか。
師匠の北尾重政が「あいつは錦絵はやったことがない」と驚いていますが、それでも『岡目八目』というランキング本の「画工」で清長に次ぐ二番に入っているし、『御存商売物』の作者であるという点が評価されたのだとか。
鶴屋への対抗戦略でもあって、あちらが戯作で売り出すなら、こちらは絵師として売ろうという作戦を取るのだそうです。
歌麿は納得し「そりゃ“そうきたか”ってなるもんな」と言います。
蔦重は歌麿の素直さがますます申し訳なくなったのか、さらに謝るしかありません。
歌麿は蔦重に頭をあげてもらい、それだけの大仕事を頼むなら、忙しくなって政演ができなくなる仕事をやると言い出します。
「歌……あんがとな歌、あんがと」
「なんだよ」
そう涙ぐむ蔦重を重政がじっと見つめています。
蔦重が、七兵衛と重政を送り出します。

蕎麦を食べる江戸の町民・北尾重政作/wikipediaより引用
この七兵衛は、本職の摺師で73年のキャリアを持つ松崎啓三郎さんだそうです。お見事でした。本物の職人芸が見られるなんて、なんて贅沢なドラマなのでしょう。
重政はお礼を言われると「世話焼きは俺の性分だからよ」と明るく返しつつ、政演のことも頼み込んできます。
「……と言いつつ、俺ゃ、歌にやってほしかったけどねぇ。俺ゃ駆け出しのやつの絵は山ほど見っけど、そいつらが落ち着く先の画風も大体は読めんだよ。けど、歌はからっきし読めねえんだよなぁ」
そう言われ、改めて歌麿の可能性と未来を見つめるような顔になる蔦重。
そして決意を固めて耕書堂の中へ戻り、「歌麿の名をどんどん売る!」と宣言します。
「絵は、今のまま、人の真似でいい。人真似上手の歌麿でお前の名を売る。したらよ、世間は思うわけだ。“こいつ、どんな絵描きやがんだ”って。そこにどんとぶつけんだ。お前ならではのとんでもねえ画風の絵を」
歌麿は困惑しつつ、こう返します。
「蔦重、俺はさ、実のとこ、絵のことは気にしてねえから、名が上がるとかほんとにどうでもいいんだよ。屋根があって、飯食えて、絵描いて暮らせりゃもう十分……」
「俺がそうしてんだよ! お前は、蔦屋史上とびきりの“そうきたか”になんだ。俺がそうしてんだよ」
「……まぁ、蔦重がそう言ってくれんなら」
「おう!」
涙ぐみつつ、そう応じる歌麿。蔦重は考えがあるとも言っていました。
白天狗を騙しつつ、蝦夷地を上知とするには
田沼家では蝦夷地の上知計画を打ち合わせています。
上様の許可が降りた――。
すると、進捗を確認された意知がこう返します。
源内の片腕であった平秩東作。その東作から「蝦夷通」として紹介された土山宗次郎との接触を語ります。
意次は、土山の存在を知っていながら「蝦夷通」であったことは初耳のようです。
その仲立ちにより「湊」と密談したと意知は語ります。
湊は松前藩の元勘定奉行でした。江戸幕府の前期であれば、御家騒動になりそうなヘドロが鬱積しているようですね。まぁ、松前は成立は特殊でもあるので単純な比較はできませんが。
その湊曰く、松前道廣は北辺の地をよいことに、やりたい放題なのだとか。
家中を恐怖支配する。
蝦夷の民(アイヌ)にはひどい仕打ちをする。
とどめには「抜荷」――つまり密貿易を行っているとか。
意次も三浦もさすがに驚いているようで、松前はすでにオロシャとの抜荷で莫大な利益を得ているのだとか。これが上地の理由に使えると意知は言います。
意次はその「確かな証し」を欲したようなことを言いながら立ち上がり、そして意知の前に座ります。
「松前は、殊の外“白天狗”と昵懇であるようでな……」
白天狗とは一橋治済のことです。次の将軍の父であり、家治はそこを見越して承認したということです。
「この件のしくじりは決して許されぬ。晴れて上知をなすためには、白天狗や松前に決して気づかれぬよう事を進め、抜荷の確かな証しをやつらの鼻っ先に突きつけてやらねばならん」
そう言われると、意知は抜荷取引の場を記した絵図はどうかと提案します。
なんでも湊が松前にいたころ、漏れてはまずい絵図を探したことがあったのだとか。
すると意次が「よし、お前はここまでだ」と言い放ち、立ち上がります。

田沼意次/wikipediaより引用
困惑する意知。父と子の念頭には源内のことがあるのではないでしょうか。
父としては、獄中で亡くなった源内のように我が子を失いたくはない。
子としては、父に源内を見捨てるよう進言した負い目がある。
すると意知が「父が関わるなら同じことだ!」と強い決意で自分に任せるよう迫ります。
「ご案じなく、うまくやりますよ」
誰袖花魁は花雲助に身請けを願う
例の九郎助稲荷の前で、誰袖が祈っています。
どうやら蔦重兄さんと結ばれることではないようで。
直後に意知が、土山経由でその誰袖からの文を受け取りました。宛先は「花雲助」であるとのこと。
是非折り入って、お話したきことが。
蝦夷の桜につきんして。んふ。
あのとき盗み聞きされていたのでしょう。
意知は「誰袖が松前と繋がっていることはあるか?」と土山に確認すると、それはないと言いつつ「強(したた)か者です」と釘を刺します。
事情をかぎつければ強請ってくるかもしれないと警告するのです。
そして夜、意知は誰袖のもとへゆきます。

葛飾応為作『吉原格子先之図』/wikipediaより引用
鳥が囀るような愛くるしい声音で語り出す誰袖。
「吉原には、松前のご家中、蝦夷地の物産を取り扱う商人など、さまざまなお方が出入りいたしんす。小耳に挟んだお話ではどうも、抜荷の証し……などを探しておられるご様子。わっちはお力になれるのではと思い立ちんしてなぁ」
「なるほど。間者の褒美に金が欲しいということか」
意知はそっけなくそう言い切ります。
「金より、もっと欲しいものがありんす。花雲助さま……わっちを身請けしておくんなんし」
誰袖は艶やかな笑みを浮かべ、意知の目を覗き込んでくる。
嗚呼、誰袖……毎週背負う髑髏が増えていくような禍々しさではありませんか。
蔦重は死神を振り払い、意知が取り憑かれてしまったのか。
なにがおそろしいか?
この美女の微笑みのためならば、地獄ゆきもありだと身震いしたくなるところでしょうか。これぞまさしく傾国――国を傾けてでも愛する価値のある美女です。

月岡芳年『日進佐渡流刑 地獄太夫』/wikipediaより引用
「歌麿大明神の会」
恋川春町が悩んでいます。
自分が辞めた鶴屋で戯作を描いた北尾政演が、とんとん拍子でスターダムに登ったのですから、そりゃあこたえますわな。
蔦重は後に「歌麿大明神の会」と呼ばれるイベントを開催。
歌麿売り出しの会で、歌麿がありとあらゆる絵を即興で描く催しですな。
墨摺、錦絵、春信風、湖龍斎風、石燕風、清長風など、あらゆる絵を描き分けるイベントなんだそうで、ここでの歌麿は扇子に絵を描いていますね。
三味線も奏でられているし、それなりにお金のかかっていそうな場だ。
参加者は、戯作者、絵師、狂歌師、さらにはそれらを志すワナビーまで、誰でも出入りできる宴会なんだとか。
江戸での成功はこうしたネットワークが大事なんですね。
歌麿の名を売りつつ、狂歌集の営業をかける目的もあります。
しかし、歌麿は話しやすいのか、顔見知りの志水燕十の元にいます。何を話し込んでんだと心配しながら、もっとみんなの前に顔を売ってこいと急かします。
戯作者の唐来三和も、蔦重に気安く話しかけてきて、まぁ、盛り上がるのはいいことなんじゃねえの。
すると、まぁさんこと朋誠堂喜三二が、落ち込んでいる恋川春町先生のリカバリを頼んできます。
見るからに悪い酔い方をしているようで……彼はどうにも北尾政演が引っ掛かっています。
話題になった青本『御存商売物』が、要するに春町の『辞闘戦』(ことばたたかい)という先行作品のアイデアをブラッシュアップしたものだそうで。
そういや春町先生は、先行作のないアイデアを求めていましたもんね。
しかし、てめえの褌で相撲を取られた、要するにパクリじゃねえか!って怒っているんじゃねえか、と、めんどくせぇ……。
そんなもん気にするほうがおかしいと蔦重も困惑しています。
まぁさんは、だからこそあいつも口にできないだけで、イライラが溜まっているのだというわけですな。
しかし、政演はンな敵意を知るわけもなく、狂歌師たちの前で自身の狂名は「身軽折助」ではどうか?とはしゃいでいます。
ここでも裾がちょっとはだけて膝が見えておりますな。すっかり酔ってらぁ。
なんかこう、江戸の陽キャと陰キャの違いって気がしてきて、切ねぇ……。
「こいつぁいけねえ」
さすがの蔦重も事情を察し、春町のもとへ「お待たせ山〜」とやってきます。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用
すっかり拗ねて俺に構わなくていいと返す春町。
蔦重は「うちの大看板をほっとけるわけねえでしょう!」ともてなしますが、どうしたって政演の浮かれた声が耳に入ってきてしまう。
例の蔦重が依頼した錦絵企画で盛り上がっている話が聞こえてくるのでした。
恋川春町先生、錯乱す
さっそく春町に政演の錦絵企画について問いただされ、まぁさんと二人で「女好きだからやらせてみた」と誤魔化します。
しかし話題はよりにもよって『御存商売物』へ。
レビュアーとしても一流の大田南畝も、勝川春章も大いに褒め、しまいにゃ南畝がこう来ました。
「ほんとに『御存』はよくできておった! 『辞闘戦』と似ているが、地口の化け物という趣向を捨てることで、グッとしまったのだな」
蔦重は慌てて「地口の化け物が好きだ」とフォローしても、時既に遅し。
南畝が「下手くそ〜! 下手くそ〜!」と盛り上がっているのも危険を感じさせます。
政演の狂歌へのダメ出しのようなんですが……ついに本人がこちらへやってきてしまう。
「じゃ、次次次! 春町先生! 俺、狂歌が下手だってんですよ〜ここはひとつ、戯作者も狂歌詠めんだって目に物見せてたってくだせえよ、ねえ?」
嗚呼、こりゃもうダメだ……。
蔦重とまぁさんの静止を振り切り、突如、春町は詠み始めました。
今日出ん(京伝・政演のこと)と 女にもてぬと焦りける
人の褌 ちょいと拝借
モテモテ自慢の腐れリア充が、俺のパクリでヒット飛ばしやがって……そんな恨みが炸裂します。
「調子に乗ってんじゃねえよ! てめえはただの盗人だろうが〜!」
暴れ出す春町。
逃げて柱にしがみつく政演。
もはや誰も春町を止められない。
四方の赤 酔った目利きが品定め
岡目八目 囲碁に謝れ
四方赤良がよォォォ〜〜〜〜酔っ払って何批評してんだテメエ!
『岡目八目』(囲碁から出た言葉)ってレビューで山東京伝を評価してっけど、センスねえんだよ!
囲碁に失礼だと思わねえのかァ!
暴言狂歌を吐きながら、宴会場で暴れる春町を、どうにか喜三二が止めようとします。
と、今度はこう来た。
気散じ(喜三二)と 名乗らばまずは根詰めろ
詰めるも散らすも 吉原の閨(ねや)
気散じ(リラックスすること)とか名乗ってっけど、だったらまずは根性詰めてストレス溜めろや。
溜めるのも散らすのも、結局吉原じゃねえか!
これは腎虚で落ち込み、美女で発散した喜三二には刺さりますわな。
「俺たちは、屁だぁ〜!」という地獄絵図
「朝から晩までふざけやがって、てめえらなぁ! てめえら、てめえらなんかなぁ!」
恋川春町の怒りも頂点に達し、いよいよどうなってしまうんだ?
と緊張感が最大になったとき、部屋の中に「ブゥ~」というマヌケな音が鳴り響きます。
次郎兵衛の放屁でした。
呆れ果てる蔦重。
困惑する歌麿。
「す……すいません、すいません、へへッ!」
笑いが起き、タイミングよく南畝が絶叫。
「俺たちは、屁だぁ〜!」
かくして「屁! 屁! 屁!」コールと共に、皆踊り出し、狂歌を詠みます。
七へ八へ へをこき井手の 山吹の
みのひとつだに 出ぬぞきよけれ
四方赤良
芋を食ひ 屁をひるならぬ 夜の旅
雲間の月を すかしてぞ見る
芋の腹 こき出てみれば 大筒の
響きにまがふ 屁(兵)の勢ひ
知恵内子
嗚呼、水樹奈々さんの美声をなんてことに使うんだ……。
山里に 尻込みしつつ 入りしより
浮世のことは 屁とも思わず!
そう四方赤良が詠む中、春町は脱力し切った顔になっています。
そして懐から筆を取り出すとこう言いながら、筆をへし折り去ってゆくのでした。
「恋川春町、これにて御免」
なんてこったい!
でもま、そりゃそうなるよな。春町先生は一体どうなってしまうのやら。
MVP:松前道廣
まず松前のお殿様が大河に出るということが、画期的で素晴らしいことだと思います。
そんなものすごく珍しいお殿様が、いきなり縛りつけた女を銃で狙う乱行をぶちかます。無茶苦茶ですよ。異常です!
お殿様というのは地元の民衆からすれば、思い入れがあります。
こんなド派手なパリピバカ殿にしたら、抗議は必至かもしれない。
大河ドラマでいえば『独眼竜政宗』における最上義光という先例があります。あまりに悪どく描かれたため、山形の皆さんが怒ったという話ですね。
しかし、松前のお殿様はこのリスクが非常に低い。
全国随一ではないでしょうか。
というのも、松前藩の評判は、悪い!
なんなら当時から悪い!のです。

松前城と桜
アイヌに対する暴虐酷使ぶりは、それを目にした松前武四郎のような人物が心を痛め、人を人と思わぬ扱いだと憤りをこめて書き記してきました。
そういった人道的な視点を抜きにしても、松前藩の政治はどこか後ろ暗いところがあり、問題視されてきています。
今回は、抜荷が問題視されていましたが、情報隠匿のようなことは常習的。
そんな歴史の積み重ねがあるので、松前藩についていえば、だいたい「ともかく悪い」で終わるようなところはある。
そしてそれをフィクションで描いても、さして抗議はありません。
例えば人気作品『ゴールデンカムイ』でも、土方歳三が「松前藩の産んだよいものは永倉新八と松前漬けだけだな」と身も蓋もないことを言っておりました。
そもそも北海道のご当地ヒーローというと、松前藩がらみではなく、明治維新の前に一瞬滞在して戦死した土方歳三があげられるあたりにも、北海道の歴史とイメージの奇妙な点が見えてきます。
個人的にはもっと永倉新八を推して欲しいものです。
土方と共に戦った榎本武揚も、あまりに影が薄い。
このあたりからも、何か複雑なものを感じさせるんですね。

砲撃を受ける松前城/麦叢録附図/函館市中央図書館蔵
なぜ、松前藩を無茶苦茶に描いても許されるのか?
松前藩や歴代藩主の器量や事績もあるのですが、それ以上に道民のアイデンティティが重要かと思います。
要するに、江戸時代のお殿様と、現代の道民の間に断絶があるわけです。
道民のルーツ語りといえば「おれの先祖は◯◯藩の屯田兵だべさ」となる方が圧倒的に多い。
今はさすがにないでしょうが、かつては「あの藩の連中とはつきあってなんね!」なんて出身藩ごとの対立関係もあったとされます。
それより以前の松前藩には、ほとんど誰も思い入れがないのです。
ましてや箱館戦争で松前藩と敵対した側からすれば、なおのことなんですね。
ここまでは、あくまで和人ルーツ側の都合でして、もっと重要なアイヌのことも考えらなければなりません。
さんざんアイヌを苦しめた松前藩なんて、愛着が湧くわけもないでしょう。
アイヌの被った被害からすれば、松前道廣の火縄銃パフォーマンスなんて、子どもの遊び程度に思えます。
劇中で田沼意知が語った通り、蝦夷の民への扱いは本当に酷い。
そのことが大河ドラマで語られただけでも本当に重要であり、北海道史を考える契機も与えてくれました。
屯田兵から始まる北海道の歴史というのは、アイヌをどう定義するのか、ここに問題があります。
移住した先にいて、寒さを凌ぐ知恵を教えてくれたりしてくれる。
そういう脇役扱いをされてしまいがちですが、それでいいのか?
いい加減、北海道ご当地大河をやってほしい!
私は何度でもそう主張したいのですが、それは今ひとまず横におきまして。
日本史におけるアイヌとは何か?
それを考えるとなると、まさにこの田沼時代が重要なターニングポイントと言えるでしょう。
蝦夷地だけでなく、ロシアが出てきた、これが重要なのです。
ドラマにも出てきたように、江戸時代の蝦夷地統治については徳川家康が決めています。
この時点でアイヌは「化外の民」とされました。この言葉は中華思想に基づくものとされますが、日本史においても日本における中華思想として登場します。
要するに、アイヌとは和人とは別、統治の外にいる民だと定義したということです。
それが変わってくるのが、ロシアとの接触以来です。
江戸幕府としては、蝦夷地をロシアの領土とされてはまずい。
自分たちが実効支配していると示さねばなりません。
日本は島国なので、線引きはしない。代わりに島には自分たちの民が住んでいて、宗教施設があると示していく必要が生じます。
アイヌを日本人とするという発想は、ここから生じてくるわけです。
しかしくどいようですが、それは和人とロシア人が勝手に決めた話であり、アイヌ当事者が意見を出して決めていることではない。
そういう当事者からすればたまったものではない理不尽な状況を知る上では、この時代の政治について考えねばならない。
大河ドラマは大きな一歩を踏み出したのです。
このチームでなら、北海道ご当地大河もいけるんでないかい? そう確信した記念すべき回。
もうひとつ、権力者のあまりの暴虐ぶりにも痺れました。
大河ドラマはこうでなくてはならない。こういうものが見たかった。そう震えてしまいました。
権力者はそもそもが残酷になり得るリスクをはらんでいる。
松前道廣だけの話でもありません。
あの場で平然と食事をしている一橋治済も島津重豪もどういうことなんだ!と思いませんか?
暗い顔をしていた田沼意次は随分まともに思えます。
江戸時代の殿様というのは、どうしたってこういう一面はある。それが権力者の姿でもある。住む世界が違っていて、虫ケラのように民を扱うことだってある。
全てがそうではないけれども、権力というものは使い方ひとつなのです。
権力者に必要以上に忖度したり、感情移入することは危険です。
そのことを思い知らせれくれる作用が、かつての時代劇にありました。
たとえば『柳生一族の陰謀』のような作品は、徹頭徹尾ワクワクして面白いのだけれども、権力の持つ酷薄さはブレずにあります。
だからこそ見ている側は、こんな権力者がいない今の時代は、封建制の時代とは違うのだと知ることができるのです。
大河の歴史が変わる素晴らしい瞬間を、えなりかずきさんが狂った微笑みと共に見せてくれるなんて、これは夢か、夢でござぁるるぅ〜〜と脳内で叫びました。いやはや、感服です。
総評
今回はあまりに巧妙でした。
吉原の持つ搾取と差別の構造は、初回から終始一貫して描かれてきました。
江戸中期の理不尽さも出てきています。
それをよりハッキリとわかりやすくするため、馬鹿殿のお遊びや田沼意次たちの反応を通して、スケールを一気に大きくしてきました。
理不尽なのは吉原だけのことでもない。
松前道廣の暴虐で盛り上がる権力者たちは酷い。
そんな中で暗い顔をしていた田沼意次ですら、松前藩の悪事として認識するうえでは、蝦夷の民への虐待よりも「抜荷」というルール違反が重要だと感じているのです。
人の命をあまりに軽んじる、そんな社会の構図そのものが理不尽ではないか?そうドドーンと突きつけてきました。
さらに、江戸の情報流通という、出版業を考える上で必須の要素も描いてきています。
この大河ドラマは、かなりの珍品に入ります。
テーマや主役、時代の選び方だけでなく、扱う視点も相当妙なことになっている。
スパイもののような要素が実に難解かつ珍妙です。
一見、蔦重と幕政を強引に結びつけているようで、実はそうでもない。
田沼意知と誰袖の関係のように飛躍している部分もあるのですが、狂歌と蝦夷地政策は実際に繋がっていたのです。
平秩東作が幕府の秘密エージェント業務を担っていたこと。
狂歌連に出入りしていた土山宗次郎が蝦夷地政策の中枢に関与していたこと。
これは史実です。
つまり、狂歌でアホのように浮かれ騒ぐ場所が、インテリジェンスの舞台になっていたという、おそるべき史実ありきの設定です。
あんな「屁! 屁!」と踊り狂う連中がはしゃぐ場所で密談なんて、そんなバカな! そう驚愕してしまいますが、実は根拠はあるわけですね。
この江戸時代のインテリジェンスというのは、なかなか注目されにくい分野かもしれませんぜ。
しかし、それがめっぽう面白いし、江戸時代の出版業を追う上では欠かせない。
幕末の錦絵なんて、どうしてこうも情報を入手していたのか?と、驚いてしまうような作品が多数あります。
日本人の好奇心はてえしたものなんですよ。
人間が集まると情報が錬成されてゆく。その様をインテリジェンスとして捉える。
そんな歴史を見せてくれる本作は、近年随一の大河ドラマといえます。
こんなすごいドラマはそうそうありやせんぜ。こりゃとんでもねえ、紛れもねえ傑作だ!
いいドラマになるとは信じていましたが、その斜め上を毎回毎回突き抜けてきやがる!
とはいえ、そういう知識がないと、無理に主役と政治を結びつけてしまうように思えてしまうかもしれません。
おそろしい作品ですよ。
大河のコンフリクトというのは、視聴者と製作者の知識が往々にして発生させます。
近年はネットの普及やSNSもあり、視聴者の知識が製作者に近づき、場合によっては追い越して揉めることも増えてきています。
2023年『どうする家康』における「清洲城が紫禁城に見える」というツッコミが、その一例でしょう。
今年はその点、製作者の知識量に視聴者が追いつきにくく、マイナーな時代や文化面での話のために、読み解きが追いついていない現象が見られます。
しかも偽装が抜群にうまいので、まんまと騙されちまう。
下ネタやエロネタもその偽装テクニックになっていて、狙っているのかそうでないのかわからないものの、結果的に騙されてしまいます。
時にシリアスな話題や問題提起があるのに、パワーとアホなセンスがありすぎて理解されにくい。
そんな作風は前にも指摘しましたけれども、山田風太郎、あるいは今週言及した『衛府の七忍』はじめとする山口貴由若先生の作品を彷彿とさせますぜ。
そんなノリの大河がまさか見られるなんて思いもよらなかった。
今回もありがた山でやんす!
あわせて読みたい関連記事
-

平秩東作の生涯|平賀源内の遺体を引き取った長老は蝦夷地にも渡っていた
続きを見る
-

なぜ松前藩は石高ゼロでも運営できたのか?戦国期から幕末までのドタバタな歴史
続きを見る
-

『べらぼう』恋川春町の最期は自害だった?生真面目な武士作家が追い込まれた理由
続きを見る
-

なぜ田沼意知(宮沢氷魚)は佐野政言に斬られたのか?史実から考察
続きを見る
-

『べらぼう』桐谷健太演じる大田南畝は武士で狂歌師「あるあるネタ」で大ヒット
続きを見る
【参考】
べらぼう/公式サイト






