歌麿をきよの屍から引き離そうとする蔦重。
錯乱する歌麿から殴られてしまいます。
その手には、愛妻の姿を描いた絵がありました。
歌麿は蔦重を見限った
蔦重は、歌麿が後追いをせぬよう、刃物を取り上げさせています。刃を取り上げることで、歌麿が死にかねない状況を示しているんですね。
つよは蔦重の顔に殴られたあざがあることに気づきました。そして後追いを止めたことも知るのでした。
自宅でろくに飲み食いもしなくなったという歌麿。
そんな彼につよは食事を差し出します。無精髭に伸びた月代の歌麿は泣き出し、そんな彼に彼女がそっと寄り添います。
つよが茶を淹れるために立つと、蔦重が歩み寄ってこう言います。
「オイ、なんだよ今の……」
おいおいオイオイ、見ていてこっちもそう突っ込みたいぜ。
かつて歌麿は、新婚の蔦重とていを見て、複雑な感情を見せていました。今回は、自分よりもつよと歌麿が近いことに、蔦重が妬いているようにも見えます。
泣きじゃくる歌を抱き寄せるのは俺の役目じゃねえか。そんな苛立ちを感じますぜ。
つよは何かあったのだろうと言い、今や歌麿は赤ん坊だと続けます。泣き笑う様子を見て伺うしかないのです。そのうえで、彼女が当分歌麿に付き添うから、蔦重は帰るようにと促します。
しかし、今日と明日だけだと、なおも粘ろうとする蔦重。
「あんたより私の方が役に立ちそうだって」
つよはそう言いながら、店だって主人がいなければてんてこまいだとも指摘します。みの吉が店から目を離さないようにするというものの、どうなることやら。
歌麿が茫然自失としながら握り飯を食べているところで、蔦重は別れを告げ、去ってゆくのでした。
この場面を見て、確信できてきたことがあります。
実はこの作品における蔦重は、大店を率いて人を守り育てる意識が低いと思えるのです。
才能を見出すことはあっても、原石を磨いて光らせる人物は、義弟たる歌麿に限られているように見えます。
初回で「風を読むことがうまい」と紹介された蔦重。
しかし、創業は得意でも、守成には向いていないということが顕になってきました。
もしも店が大事だと彼がきちんと認識しているのであれば、歌麿のことばかり気にかけず、つよに任せることに抵抗はないと思います。
しかも、この関係がややこしいところは、店の側にはおていさんがいることです。
蔦重は、なんとしても歌麿を救いたいのでしょうが、その天秤の向こう側におていさんがいることを軽んじてはいませんか。
このドラマは破滅への過程をきちんと積み重ねていて、毎回しびれちまう。視聴者が蔦重に同情できない方向へ持って行かれています。
「行事」による検閲の開始
蔦重が店に戻ると、山東京伝が来ていました。さらに鶴屋喜右衛門もいます。
なんでも奉行所と出版の件ですり合わせをしてきたのだとか。
蔦重ら地本問屋は、奉行所と水面下ですり合わせをしていました。
寛政2年(1790年)10月、北町奉行・初鹿野信興は地本問屋株仲間の発足を告げたのです。
これは株仲間から月ごとに「行事」を選び、新しく出す本の絵や内容を改め、自主検閲による発行を許すことにしたのでした。
「こんなものはザルだ」と九郎助稲荷がつっこんでいます。
どんだけザルだったのか、ひとつ実例でも。
行事:神君家康公と同時代の人物を描いてはいけません。
版元・絵師:わかりやした。これは“品“左近という人物でさあ。
行事:なるほど、“島”左近と似た経歴と人物像ですが、別人のようですね。

落合放棄『太平記英雄伝廿五:品之左近朝行(島左近)/wikipediaより引用
まァ、ザルっすよね。フリだけすれば通るのが当時の検閲。
ただし、よほどのことがなければであり、その“ザル”すら通れない好色本を書いてしまうのが蔦重。
行事をつとめる吉兵衛と新右衛門によって、山東京伝作の「好色本」を認めようとしません。
そこで蔦重はこうだ。
好色を描くことで好色を戒める。そう但し書きにもあるのだそうです。
これは唐様(からよう・中国式)の前例があるとも言える。『水滸伝』のエロパロスピンオフ『金瓶梅』は、主人公が好色ゆえに身を滅ぼすがゆえに教訓があるという言い訳が用意されております。
それでも「通りそうにない」と行事の二人が難色を示すと、蔦重は「教訓読本」という袋入り販売を思い付き、それで抜き打ちを防ぐと言い出します。そりゃあ、余計に相手を怒らせるやつだぜ。
そして、こう付け加えます。
「色を売るしかねえ女たちの力になってやりてぇんだよ」
これでやっと検閲は通すことができます。
なんなんだろう。当初から掲げてきたこの言葉も、もう言い訳の偽装としか思えねえんだが。
このドラマは吉原を美化するだなんだの、それで利益を得た蔦重を称賛しているだのなんだの言われてきました。
前半ではそうでないように見せていたようで、ここまでくると「蔦重はひでえ奴でさ。わかっちゃいるぜ、ンなことはな!」と暴いてきたようにすら思えます。仕掛けとして高度すぎやしませんか。
歌のためじゃなくて歌に自分の気持ちをわかって欲しいだけだろ
蔦重は検閲を突破して、悠々と耕書堂に帰ってきます。
すると、ていとつよが何か支度をしている。なんでも歌麿は肉筆画を、栃木に赴いて現地で描くことにしたそうです。
後追いをしないかと心配そうな蔦重。だから、つよが同行するのだと言うと、蔦重は自分も行こうとします。
そういうところだぞ――と、突っ込みたいところでつよが先にそうしてくれます。なんでも歌麿は、蔦重と距離を置きたいんだそうです。
歌麿は、蔦重とは「もう関わりないから」と言うようになったのだとか。
蔦重は困惑しつつ、なんとか歌麿と話そうとします。それを止めるつよ。
「歌麿とちゃんと話さねえと」
「そりゃ自分のためだろう。歌のためじゃなくて歌に自分の気持ちをわかって欲しいだけだろ。今はまだそういうのはだめさ」
このあと、蔦重が歌麿の絵を見ている場面が出てくるところで、蔦重の身勝手さが積まれてゆきます。
確かに絵師は絵を描くことで己を癒せるとはいえ、ここで蔦重がそれを歌麿に勧めたらただの身勝手です。
蔦重は己の言葉を悔やんでいます。この言葉でしょう。
「お前は鬼の子なんだ! 生き残って命描くんだ。それが俺たちの天命なんだよ」
奉行所に連行される蔦重と京伝
年が明けて3月、教訓読本は売れており、「このままうまくいきそうだ」と蔦重は鶴喜や山東京伝と向かい、話しています。
抜き打ちのお調べなんてあったのか、と、すっかり油断している様子。京伝は不安そうです。
そんな不安を振り払うように、売れ行きもよく、吉原の親父様もありがたがっていると蔦重は続ける。
こうなると吉原で遊べるのか?と浮かれてくる京伝。って、おめえよぉ、結婚したばかりじゃねえか。吉原あがりの妻なので理解はあるということにしましょうか。

『江戸花京橋名取 山東京伝像』鳲鳩斎栄里(鳥橋斎栄里)筆/wikipediaより引用
鶴喜は吉原に誘われても断っております。白髪混じりになってまでそんなこともしていられないという成熟が感じられます。
「主(あるじ)はおるか」
すると、何やら声が聞こえてきました。
襖を開けたのは、奉行所同心です。
「主、蔦屋重三郎であるな。山東京伝であるな」
続けて、「教訓読本」シリーズの『仕懸文庫(しかけぶんこ)』『錦之裏(にしきのうら)』『娼妓絹籭(しょうぎきぬぶるい)』の三作が名を挙げられ、絶版を申しつけられます。
蔦屋重三郎と山東京伝こと伝蔵は、奉行所での詮議のためそのまま連行されてゆき、教訓読本も没収。
成り行きを見守るおていさんの顔色が蒼ざめています。
白洲に現れた松平定信
山東京伝は、お白洲での取り調べと相成りました。
京伝は這いつくばり、蔦重に書かされたのだと主張するばかり。
よいところで大事に育てられたボンボンですから、お白洲に引き出されただけでこうなるのは仕方あるめえよ。しかもエロ執筆という罪ですからね。
蔦重も、行事のすり抜けをお白洲で追及されます。
好色本のすり抜けを指摘されても抜け抜けと開き直る蔦重。エロの検閲を掻い潜ったことを問い詰められてもふてぶてしい。一体なんなのでしょう。
すると北町奉行である初鹿野はなんと、ふんどしこと松平定信を連れてきました。
見ようによっちゃ職権濫用といいますか、黄表紙オタクの定信が版元の顔を確認してみたいから?と、現代人は思ってしまいますが、それだけではありません。
当時は身分制度があります。
それを示すよい浮世絵がありまして、私は定信の横顔を見て連想しましたので紹介します。

月岡芳年『月百姿 猿楽月』/wikipediaより引用
こちらは月岡芳年『月百姿』より「猿楽月」です。
江戸時代、能は猿楽と呼ばれ、町人が見る機会は限られています。将軍家の慶事の際に「町入能」といって見学が許されたのです。その様子を描いた絵になります。
能がなくとも、歌舞伎だ、寄席だとなっていくのが『べらぼう』の時代。
しかし松平定信は、あくまでこの絵に描かれた奉行のようにありたい。将軍家の権威のもと、あくまで許される範囲で町人が楽しむように規定したい。全く楽しんではならぬと言いたいわけでもない。そう考えているのではないかと思えます。
いわば蔦重は、この絵では背後にいて傘を持って騒ぐ町人の一人。
その傘で室内にいる奉行に打ち掛かってきたら、躾けなければなりません。
鶴喜はそのころ、地本問屋の前で蔦重の罪を語っていました。
好色本を出したうえで、「教訓読本」という袋に入れたことがかえって怒りを買ったとか。そりゃ、そうなるだろう……とため息をつく一同。
ていは罰則を気にしており、黄表紙のように絶版だけで済まないか?と言います。
そうはいっても二度目ですからね。より重い罪状も懸念しているわけです。
過料:罰金
身代限:財産没収
江戸払い:江戸追放
須原屋は蔦重と田沼意次が親しかったことを懸念事項としてあげます。
地本問屋としては、同業者にも累が及ばないか気が気でならない様子。
ここで、堪らず謝るてい。彼女の懸念したように、日本橋地本問屋という堤に、蔦重という蟻が穴を開けてしまいました。
どうしてそれを見抜けなかったのか。二度の結婚とも見る目を誤ったことが、彼女を打ちのめしています。
水至って清ければ則ち魚なし
定信は蔦重と向き合っています。
「うぬが蔦屋重三郎か。どれもこれも女遊びの指南書だが、これのどこが好色でないと?」
蔦重は、跋文(本編後の解説)には遊びは身を滅ぼすと書いているのだから教訓読本だと、ぬけぬけと言ってのけます。
定信は、好色本か、教訓読本か、決めるのは私だと断言。
そのうえで、心得違いを認め、二度と出さないよう認めるようにと迫るのでした。
「越中守様は、透き通った河と、濁った河と、魚はどちらを好むと思われますか?」
定信は「魚の話はしておらぬ」とそっけない。
蔦重は怯まず、雲の上のお方と話せる機会なんて滅多にねえと意気軒昂です。
ここはなかなか、見ていて共感性羞恥がビシバシ伝わってきて辛い場面です。理由は後述します。
「魚は濁りのある方を好む」
キッパリと即答する定信。蔦重が「よくご存知で」と偉そうに言うのがこれまた辛い。
理由を問われると、定信は「その方が餌があり、身を隠しやすく、流れが穏やかで住みやすい」とこれまた即答します。
ここまで即答できるということは、定信はこの譬えをすでに知っているのですね。
「私ゃ、人と魚もそう変わらねえと思うんでサ。人ってぇナァ、どうも濁りを求めるものでございまして。そこにいきゃうまい飯が食えて、隠れて面白え遊びができたり、怠けてても怒られねぇ。んなところに行きたがるのが人情ってんですかねぇ」
「……然様なこと、百も承知だ」
「そりゃそうだ。五つで『論語』を誦じられた世に稀な賢いお方に、ご無礼いたしました。けどこれはご存知で? 近頃、白河の清きに魚棲みかねて素の濁りの田沼恋しき……なんて詠む輩もいるんですよ。私ゃね、それはそれでけしからんと思うわけですよ。多少てめえらが窮屈だからって、越中守は尊き世にするために、懸命にきったねぇドブさらってくださってるわけでしょ? そこで、私ゃ本屋として、何かできることはねぇかと知恵を絞ってあくまで“教訓”ですよという体で好色本を出す。これを許す越中守様、こりゃもう固いふりして実はわかってらっしゃる。わかってなかったのはこっちってな具合に評判になるわけですよ。しがない本屋ではございますが、これからも越中守様の評判をあげるべく、分に励みたいと思います」
ここで蔦重は何か言ったような顔になって、掴まれてもしつこく引き下がりません。
「私ゃねえ、越中守様のために言ってんです! わかってくださいますよねぇ、ねぇ!」
しかし定信は、どこか痛むような顔をして俯くばかりだ。
そんなことは定信にもよくわかっている
この場面は、定信に感情移入してしまいます。
なんせツッコミどころがたくさんある。
蔦重にああも挑発されてテキパキと答えられるということは、人と魚の譬えなんて、定信は熟知しているのでしょう。想定問答もバッチリしているのでしょう。そのうえで内心、こう突っ込みたかったと想像してしまいます。
「蔦屋重三郎……私は『論語』でなく、『宋名臣言行録』を連想したぞ」
後漢の班超による、自らの後任者があまりに厳しい西域統治を行う様を見て懸念して出た言葉です。
『漢書』にも「水至って清ければ則ち魚なし」という東方朔の言葉があります。
さらに『孔子家語』にも同様の言葉があり「人至って明察なれば則ち徒無し」という、まさに定信にぴったりな言葉が続いております。あまりに清廉潔白な人には、かえって理解者ができないという意味です。
定信からすれば、蔦重の助言はこれまで何度も聞かされてきたもの。そういう自分を変えたいからこそ、くだけた黄表紙を愛読していたのかもしれませんぜ。
そんな自問自答していたことを、偉そうな顔をして言われても……。狂歌だって定信は調べ尽くして、初めて聞いたわけでもないでしょう。
こういうとき「それくらい知っておるわ」と返したらかえって空気が悪くなるので、相手が満足するまで泳がせるしかない。そういう苦悩を感じさせます。
それをあんなかっこつけて素敵なBGM背景にしゃべっている蔦重を見て、私は胸が張り裂けそうになりました。
もう蔦重の知識では定信には打つ手がない。かえってシラける。
それなのに蔦重は全く気づいてねぇ。
こういう己の地位や肩書きに甘えて「無知なこいつには俺の機転を聞かせてやらねえとな」と勝手に張り切り出すおじさんというのはおりますよね。
私は遭遇すると、ここの定信のように途中から無言になってしまいます。
ある程度話せば満足するし、言い返せなくなったのだと解釈して、大抵良い気分になっておりますから。見ていてこの場面は、本当に心底辛かった。
この定信との問答を、長谷川平蔵から聞かされたおていさんは失神します。
倒れながら、おていさんの脳裏には『宋名臣言行録』という書籍名とその内容がぐるぐる回っていたのではないでしょうか。朱子学の定番テキストです。
蔦重は吊るされ、冷水を浴びせられ、殴られています。
酷いっちゃ酷いのですが、あの問答で定信が「もうこいつを大事にする意味がないのではないか?」と見切った可能性もあるのではないかと。
貞女の覚悟
ていはゆっくりと目を覚まします。
彼女は半分目覚めつつ、人の話す声を聞いていました。
彼女が目覚めたのは公事宿。訴訟に出てきた人たちが泊まる宿でした。
目覚めると眼鏡を掛けるてい。最愛の父が残した眼鏡が勇気づけるようです。
彼女は宿に集まった人々の元へ入ってゆきます。
そして倒れて煩わせてしまったことをまず詫びる。夫とは違い、迷惑をかけたらまず謝るところが彼女の美徳です。そのうえで、蔦重の命乞いはできまいかと訴えます。
鶴喜は冷静に、累が及ぶことを考えればできないと答えるしかない。皆、家族も店もあるのです。
ていは即座に理解し「愚につかぬことを申しました」と返すしかありません。
「訴え出られるとすれば、おていさんしかいません」
鶴喜にそう言われ、ていは顔を上げます。
宿屋飯盛が続けます。
「いえね、公事宿の連中がぼやいてんですが、厳しいお裁きってなぁ、朱子学の説くところとは矛盾してるんだよなぁ、って」
「では、その矛盾をつけば……」
平蔵は、うまくいくとは限らぬと忠告を入れます。かえって怒りを増すこともある。命乞いをした者もただでは済まされぬ。そう懸念しているのです。
しかし、ていは覚悟を決めたようです。
「……参ります。座して死を待つだけなのであれば」
入牢から十日経ちました。蔦重は、京伝や行事らを巻き込んだことを詫びつつ、これだけ長いならば何か揉めている、大丈夫だと言います。
「大丈夫(でぇじょうぶ)だ、大丈夫……」
己に言い聞かせるような蔦重です。
ていと栗山の朱子学問答
「面をあげなされ」
ていは平蔵に見守られつつ、柴野栗山の前におりました。
なぜ栗山が会っているのか?
鶴喜にせよ、平蔵にせよ、ていが門前払いされる可能性については語っておりません。
それというのも、ここで定信がそうしたら朱子学の教えに背きます。
妻が夫の命乞いをすることは「貞」そのもの。ていの場合は父の店を守りたいのであるから、「孝」でもあります。そういう心掛けの正しい相手をすげなく拒むことはできず、聞き入れるものです。
一例として、孝女ちか子でも。
彼女は祖父と父が抜け荷で入牢した際、奉行所に無実を訴え出たとされます。講談やら何やらで脚色され、冷たい川で水垢離をしたとまで展開され、浮世絵の題材にもなりました。

月岡芳年『月百姿 朝野川晴雪月 孝女ちか子』/wikipediaより引用
栗山は、会う時点でていを認めているため、柔らかい顔に見えます。
彼女は丁寧に挨拶をしながら、『論語』を引用します。
子曰く、之を導くに政を以てし、之を斉(ととの)えるに刑を以てすれば、民免れて恥なし。
これを導くに徳を以てし、これを斉うるに礼を以てすれば、恥有りて且(か)つ格(いた)る。
民を導くために政策を用い、また治めるために刑罰をもってすれば、民は法律の穴をみつけ、恥じないようになる。
徳により民を導き、礼をもって国を治めるならば、民はおのずからその身を正すようになる。
栗山はこう返します。
君子は中庸し、小人は中庸に反(はん)す。
小人が中庸に反するは、小人にして忌憚(きたん)無きなり。
君子は中庸であるが、小人は中庸に反する。
小人が中庸に反するのは、小人は恥ずかしいと思う心がないからだ。
ていは、定信の政治批判をしているといえる。
政策と刑罰で政治を実現しようとすれば、治める側は抜け道を見つけます。そうではなく、徳と礼による統治をすべきではないか。
そうすれば民は恥を知り、身を正すようになると問いかけたのです。
一方の栗山は、そもそも小人は恥を知らないという。蔦重は二度目であり、恥なんて知らない。許しても改めぬ者を許してどうするのか?と問いかけます。
すると彼女は怯むどころか、花弁のような唇にほんの少し笑みを浮かべ、こうきました。
義を見てせざるは勇無きなり。
そして夫なりの義を説きます。
彼は女郎の苦難が見過ごせぬ。揚代の倹約によって彼女らは苦しめられている。そこで遊里での礼儀や女郎の身の上を伝えることで、なんとか正したいと考えたと誘導します。彼なりに礼儀を守る遊客を増やしたかったのだと訴えます。
そしてこう続けます。
「女郎は、親兄弟を助けるために売られてくる、孝の者。不遇な孝の者を助くるは正しきこと。どうか、儒の道を損なわぬお裁きを願い出る次第にございます」
栗山はじっと考えています。平蔵も、これならよいのではないかと思っているようです。
ていの言葉は全て裏付けと出典があり、江戸時代と文化を考える上でも重要です。
歌舞伎や落語には廓ものや女郎をヒロインにしたものがあります。これは何も助平心だけでもなく、ここでおていさんが言うように、親兄弟のために苦界に身を沈めたという儒教の「孝」の美徳があるとされたからのこと。
ちなみに仏教禅宗の祖である「達磨面壁」と女郎の苦難を重ねることも行われました。達磨は壁に向かい九年間座禅を組んで悟りを得る。女郎も何年間も苦難に耐える。そう両者を重ねたのです。
要するに、日本では女郎の苦難を堕落とみなし、否定するだけではない。そんな考え方があったわけです。
そこをきっちりと回収してきましたね。
なお、こうした考え方は明治時代の「娼妓解放令」により否定されたため、好きで身を売っている女とみなされるようになり、むしろ女郎への蔑視は悪化したとされています。
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こういう理論展開はおていさんの知識量がなければできません。
定信の懐刀たる柴野栗山と渡り合うとは、やはりおていさんは女諸葛ですね。
そして橋本愛さんにもふさわしい役だと思えます。
おていさんの話にすると眼鏡とか、目力とか、そういうネタばかりで内心残念に思っておりました。
橋本さんは容姿のみならず、心と知性も美しい方であると、週刊文春の連載を読んで思いました。
大河ドラマでは主人公の妻役は三度目ですが、三顧の礼よろしく今回ようやく内面の美まで示す妻の役を得たと私は思います。
漢籍を詠む口調も堂々としていてわかりやすく、実に素晴らしい。橋本さんあってのおていさんです。
蔦重の裁きは「身上半減」
蔦重がついに牢から出されました。
白洲に引き出され、いよいよお裁き。ていと駿河屋の前に引き出されてゆきます。
山東京伝こと伝蔵は、淫らなる風俗を描き、市中の風紀を乱したとして有罪。
伊勢屋吉兵衛、新右衛門も引き出されています。
このあと、蔦屋重三郎は淫らなる書物の発行、風紀を乱したこと、御政道批判により、「身上半減」とされました。
ただ、この「身上半減」がよくわからない罰のようです。
「そりゃァ……縦でございますか? 横でございますか? はっ……身を真っ二つってことにございますよね」
すると初鹿野が、蔦屋耕書堂とその身代の半分を召し上げることだと説明します。蔦重は身体を真っ二つにすると誤認したんだな。
こう説明されて「それは富士より高きありがた山」と軽口を叩いておりますが……駿河屋は階段から落としてやりたいような顔をしています。
初鹿野はあくまで心を入れ替え、真に世のためになる本を出すよう、念押しするのでした。
「真に世のため……それが難しいんですよね。どうでしょう、真に世のためとは何か……御奉行様、一度膝を詰めて……叶うなら、越中守……」
まだ文句たらたらの蔦重に対し、ていの目が眼鏡の奥で光ります。
彼女は立ち上がり、まだ話そうとする夫の頬を叩きました。駿河屋は「やるじゃねえか」と言いたげな表情です。蔦重の折檻担当者交代が、親父から妻へと実現しましたね。
ていは困惑する夫をさらに叩き、こうきました。
「己の、考えばかり! 皆様が、どれほど……べらぼう!」
おていさんが本当に素晴らしいのは、自分が命懸けで柴野栗山と対峙したことは含めていないところです。
あくまで「皆様」と自分以外に迷惑をかけたとしています。蔦重との対比になっていて「俺が!」と押してくる態度とは真逆といえる。
ていは感極まって啜り泣き、その声が青い空に吸い込まれてゆくのでした。彼女の貞女ぶりを見たら、定信も「夫は小人だが、妻は貞女なので許す」となることでしょう。
ほんと、そういうところですよ!
牢から解放された蔦重が、鶴喜らに報告とお礼に出向いています。
「頭を下げるならおていさんだぞ」と指摘する須原屋。続けて「何か買ってもらうとよい」とおていさんに告げると、彼女も既に考えているのだとか。
蔦重は“政演”の様子を聞きます。みんな山東京伝と言っているのに、蔦重はまた呼び方が戻っていますね。
なんでも鶴喜が覗きに行ったところ、真面目に手鎖をはめていたとか。
奉行所が来ない時は外していてもよいのに、反省のためか、厠に行く時ですら外していないそうです。
行事だった吉兵衛と新右衛門は江戸払いです。検閲をお目溢ししたばかりにこうなってしまった。
しおらしく謝る蔦重に対し、二人への詫び銀は立て替えたので、支払うようにと鶴喜が釘を刺しております。
ここで須原屋が、書物問屋の株の空きを一つを押さえたことを報告。蔦重が戸惑っていると、ていが言い切ります。
「買ってください。株は買ってください。私への詫びとして書物の株をいただきたく存じます」
なるほど、これを狙っていたのですか。綺麗な服飾品でもないし、書物でもない。もっと大きなものでした。この書物本屋株が、のちに耕書堂を救うことになります。
そしてこの決断が夫ではなく、妻のものであるということが重要です。
歴史上、女性側の発案であっても、男性名義での決断とされて、女性の意思が史料の合間に埋もれることは往々にしてあります。
制作チームが同じである『麒麟がくる』では、織田信長の正室である帰蝶が率先して火縄銃の買い付けを行っているという状況が描かれました。
今回のていの提案で書物問屋株購入を決めることも、それに通じるものを感じさせます。ジェンダーからの歴史の捉えなおしとして、大変重要な描写といえます。
蔦重は金繰りが厳しくなりそうだとぼやいています。なにせ「身上半減」ときた。
さてこの「身上半減」とはなにか。新しい刑罰なので皆わかりかねています。板木や有金、帳簿まで全部半分持っていかれるのか?と推理していますが……。
「ついでに間違えて借金でも半分持ってってくんねえですかね」
そう笑うと、その場にいる全員がひきつった顔になります。
鶴喜は笑みを浮かべつつこうだ。
「ほんと……ほんと、そういうところですよ!」
渾身の怒りが炸裂しました。ほんと、そういうところなんですよ! ああ、本当に腹立つ奴だな!
鶴屋の本気の怒りに、蔦重も頭を下げるしかありません。
こういう人物を「幇間」や「太鼓持ち」というのだと痛感させられます。
遊郭で太客のご機嫌をとって浮かれ騒ぐ、そういうパリピのことですね。ご機嫌取りやその場を盛り上げることは上手でも、中身がまるでないのです。
「身上半減ノ店」で売り出せ
そしてついに「身上半減」となりました。
実態が不明確なので、創作も入っています。
暖簾から看板まで、半分持っていかれることになり、あまりのことにていは涙を堪えきれません。使用人たちも精神的打撃を受けています。
見にきた鶴喜たちも驚いている。
売れ筋の本や板木まで持っていかれて、こうなったら畳を入れ替えて仕切り直しかというところ。
さらには大田南畝と宿屋飯盛も来て、半分になった看板に笑い転げています。ふんどしの几帳面さが窺える処分だそうです。
「世にも珍しい!」
大田南畝がそう声を張り上げ、見物人も皆笑い出すと、蔦重は板と筆をみの吉に持たせてきました。
何をする気か?とていが心配そうにしていると、店を開けるのだそうです。畳も半分しかないと困惑するてい。それでも十分だと蔦重は新たな看板を掲げて、店を開けます。
「身上半減ノ店」
こんな店は日の本で蔦屋だけだ!とアピールするのだそうです。ちなみに大河ドラマ館のお土産コーナーも「身上半減」仕様になったらしいぜ。
松平定信はこの報告を受け取っています。
蔦重は、かえって山東京伝本の売り上げを伸ばしていることも把握。
蔦重の発想は、問題ありのロットをジャンク品として売るようなものでしょうか。京伝も手鎖でかえって名を上げたとか。
もう少し重い処分でもよかったのではないかと定信に意見する者もおりますが、柴野栗山の配慮が背後にあります。
過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し――重すぎる処分はかえってご公儀の威を損なう。適切な刑罰を与えられるものこそ賢者だと言われていたのです。
栗山はおていさんに感銘を受けたのでしょう。
定信はそのことを思い出しつつ、「身上半減」は軽くはない、じわじわと効いてくると確信を込めて言うのでした。
するとそこへ長谷川平蔵がやってきているとの報告があります。
火付盗賊改方、長谷川平蔵である
平蔵は葵の紋がついた提灯を見せてきます。
なんでも「葵小僧」という悪党が出没しているとか。
徳川の紋を掲げ、先の将軍の御落胤(ごらくいん・隠し子のこと)と名乗り、将軍のような行列を仕立て市中を歩き回る。
そして休ませて欲しいと騙して家を開けさせ、強奪のみならず、必ずその家の妻や娘を辱めていくのだそうです。
こうしておけば被害者が恥じて言い出せないだろうという卑劣な発想です。
平蔵は、あまりに由々しきこととして報告しに来たのだとか。
「直ちに賊どもを捕らえ、極刑に処せ!」
定信はそう怒りを炸裂させて言い切ります。
そして闇夜に提灯がおどる夜、葵だけでなく「火盗」の提灯もここに加わります。
「葵小僧、火付盗賊改方、長谷川平蔵である! 神妙に縛につけ!」
十手をひらめかせ、賊を捕える鬼平。
待ってました! スピンオフもNHKでやってくだせえ!
これがやりたかった!という熱意を感じる名場面ですね。
葵小僧は素早い裁きにて獄門。辱めを受けた被害者を配慮し、異例の即決となったのでした。
人至って明察なれば則ち徒無し
さて一件落着か。定信は葵小僧についての報告を受け取っています。
ここで本多忠籌は「葵小僧は生活苦のために悪事を為した」と指摘します。
不景気での雇い止め。
悪所の取り壊しで行き場をなくした者。
そうした者が悪事を為しているという現状を説明しながら、そのうえで倹約令と風紀取締りの見直しを提言します。
しかし定信は頑なです。
「然様な道に奔る者は暗愚なものだけである」
そう断言し、政治責任ではないと却下。
忠籌は戸惑いつつ、平蔵に人足寄場はもう満員かと確認します。
鬼の平蔵も、官僚である以上は愛想良く振る舞うしかなく「つとめてはおりますが」と頭を下げる。
二人のやりとりを見た定信は「帰農令を使えばいい」と答えました。
田畑を捨ててきた流れ者を百姓に戻すというのです。荒廃した田畑も戻り、あるべき世の形となると言い切ります。
しかし、希望者はこれまでたったの四人。
帰路の路銀や農具代、食料まで配布しているのに、それはおかしいと言わんばかりに、きちんと伝わっているのか?と続ける定信。
忠籌は苦しい表情を浮かべながらさらに説明します。彼らは田畑を耕し、年貢を納めても、土間で寝て、娘を身売りするような暮らしには戻りたくない、悪事を働こうと江戸にいたいのだと。
「人は正しく生きたいのではないのでございます。楽しく生きたいのでございます」
松平信明もおずおずと続けます。
「このままでは、田沼以下の政と謗(そし)りを受けかねませぬ」
こう言われ、さしもの定信も理解したように思えます。
あの蔦重のくどい嫌がらせのような言い回しは、確かに民の心の反映であったのだと。人至って明察なれば則ち徒無し――あまりに清廉潔白だと、かえって人はついてこないのだと。
MVP:おてい(貞)さん
蔦重の妻の実名は不明です。
戒名に「貞」が含まれるためか、「てい」と設定されたと思えます。
そのうえで、今回の彼女はとびきりの「貞女」として振舞いました。
「貞」という概念は現代では「不貞」ばかりが取り上げられやすく、その反対の状態を漠然と指すように思われなくもありません。
しかし、本来は夫のために道を正すという意味で使われたのです。
今回のおていさんはまさしく「貞女」の鑑でしょう。夫が愚かなことをした際に、諌めることも貞女の役目。そんな江戸時代までの価値観に戻った気がします。
おていさんのように知識を駆使して窮地を切り抜けることは、当然ながら美談です。
さらには無反省な夫を「べらぼう!」と殴り飛ばすことも、あっぱれな貞女といえます。
現代人からすればやりすぎであるように思えることも、当時ならば美談になることも大いにある。
今回のおていさんの働きぶりは、講談や錦絵の題材にあっても不思議はないほどの素晴らしい話です。キャラクター描写としても秀逸であるだけでなく、江戸時代の価値観をも説明できるものです。
さらにいえば、大河ドラマの歴史においても画期的といえます。
大河ドラマの放映開始された時期は、第二次世界大戦後の冷戦期でした。
この時代、日本を含めた西側各国では、専業主婦つきの家こそが理想の家庭とされたもの。
東側諸国の女たちは働きに出て、化粧もろくにせず、可愛げがない。一方で西側諸国は、家に帰ってドアを開ければ可愛らしい妻がいて、おいしい料理を用意して待っている。
そんなヒロイン像が求められたのですね。
ゆえに大河ドラマをたどりますと、女性像がそうした専業主婦を念頭においたキャラクター造型が多い。歴史的な正しさよりも視聴者受けを狙った結果です。
そんなヒロイン像を作り上げるには、実際の人物にあった烈女像や貞女像は邪魔。そこを削られ、微笑みながら美味しい味噌汁やおにぎりで男を癒す像が求められてゆきます。
それに伴い、知能も下方修正されました。
往年の名作である『独眼竜政宗』ですら、伊達政宗の母である義姫がかなり下方修正されているものです。
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この癒し系ヒロインを求めるあまりヒロインの頭が悪くなる現象は、何もそう遠い昔のことでもありません。
今から十年前の『花燃ゆ』は、吉田松陰の妹のうち最も兄の事績を細やかに伝え、賢女として名高かった長姉・千代の存在すら抹消されました。何の都合が悪かったのか。吉田松陰の実績を伝えるうえでそれでよいと思ったのでしょうか。
そしてこの流れの底には2023年『どうする家康』があります。
あれは徳川家康の正室である瀬名を正しく評価すると宣言しつつも、その瀬名のあげる策は実現不可能な妄想としか思えず、何を言いたいのか理解できませんでした。
週刊文春で、瀬名役の出番を増やしたかったという意図が暴露されておりましたが、記事の中身が真実ならば不可解な展開もあり得るな、とようやく腑に落ちた。
そのくせ、本物の知略を持つ女性の寿桂尼すら出さない。
今川氏真にとって政治的にも重要であった早川殿をただの無力な女性にする。
お市と淀の方は家康への恋愛感情しか頭の中に入っていないような描写。
女性の知性に対し憎しみでもあるのかと思えるほど酷い出来でした。
そういう「バカな女しか愛せないんだもん、萌えないんだもん、女は性的価値しかいらないもんねーw」みたいな描写を大河ドラマでやられても困るだけなんですね。
それは言うまでもなくNHK自身が理解していたのでしょう。2024年と2025年は、知性において男を圧倒する、まひろとおていさんが見られました。
もう二度と、2023年には戻ってはならない。そんな訣別の意思を感じます。
「バカな女しか愛せないんだもんw」ということを続けていると、知性で己を磨くこともできず、どんどん錆びゆくばかりです。それでよいと本当にお思いですか?
総評
定信がまるで遅効性の毒を仕掛けたようなことを、しみじみと語る場面がありました。
定信というよりも本作はチームが一丸となって、蔦重に毒を仕込んできていると思ます。
今回はなんとかなりましたが、それでも彼の中で何かが一つ減りました。
二度目はありません。もうあと一回失敗したら、惨めな破滅は避けられないと示したのが今回に思えます。
これは定信にしてもそうで、共倒れの未来が見えてきたと思えなくもありません。
二人とも共通点はあります。
己のことばかり推し出そうとして、周りがついてこないことに無頓着なあたりでしょう。
定信も自分のことしか見えていないといえばそうですが、蔦重もあくどい。
自分のせいで二人江戸払いになったとなれば、もっと反省した顔になってもよさそうなのに、ヘラヘラしておりますからね。そりゃ鶴喜も怒りますよ。
そして蔦重のどうしようもないところ、いまいちパッとしないところは、理由としてはいくらでも思いつくのですが、彼が唯一無二とは思えないところでしょう。
今、彼がいなくなったとしても、鶴喜がいるならばどうにでもなると思えてしまう。
序盤の「彼しかいない」という輝きはどこへ行ってしまったのやら。
このところ、毎回毎回蔦重の嫌なところが目についてしまい、動揺するばかりです。
私がすすんで嫌いになるというよりも、相性がともかく悪い。いつの間にか喧嘩別れするタイプです。
近寄るだけでああいうタイプからは嫌われるので、近寄るのも避けたいと思える人物です。画面越しに見ているからよいものの、実際にいたら揉めるだろうと最近はため息をついてしまいます。
なんなんでしょう、これは。
おまけ:『ばけばけ』と『べらぼう』はなぜ似ているのか?
今月より朝の連続テレビ小説『ばけばけ』が始まりました。
十年に一度あるかないか、紛れもない革新作になる予感がします。まだ間に合いますので、再放送で追いつきましょう。
『虎に翼』が東の横綱ならば、『ばけばけ』は西の横綱になれる可能性を感じさせます。
さて、この『ばけばけ』は『べらぼう』に似ているという意見を目にします。私も同じです。
その理由としては、浮世絵を参照した照明や美術を用いている点にあると思います。
明治時代は文明開化が進み、江戸時代までおなじみであった怪力乱神の類、怪談が駆逐されていく時代。
そうして消えてゆくものを残したことに、ヒロイン夫妻のモデルである小泉八雲夫妻の存在意義があります。
消えゆく江戸時代の風情を描くとなると、その全盛期である『べらぼう』と似てくることは何の不思議でもない。
違いがあるとすれば、『べらぼう』の蔦重らは、この世界が消える日のことを想像だにしていないのに対し、『ばけばけ』のトキは旧世界が消えゆく黄昏の中に佇んでいると自覚的であることでしょう。
同じ浮世絵がモチーフでも、『べらぼう』は言うまでもなく喜多川歌麿の時代となります。
一方で『ばけばけ』は浮世絵の黄昏期とされる月岡芳年を感じさせます。
こう書くと「あんたは一体何を言っているんだ」という困惑する意見は想像できます。
月岡芳年は「無惨絵」や「血みどろ絵」と称されるグロテスクさが持ち味とされておりますので。
ただ、そうした見方は現在では古く、武者絵から美人画まで出がけた力量ある絵師とされます。また妖怪画も高い評価を得ています。
『ばけばけ』は照明や美術が芳年のような明治錦絵に近いだけではありません。
彼の作風は“何か”が起きる前の緊張感が持ち味です。
平穏な絵であっても、これから何か恐ろしいことが起きるのではないかという、緊迫感があります。

月岡芳年『新形三十六怪撰 四ツ谷怪談』/wikipediaより引用
たとえばこの一枚は『新形三十六怪撰』のお岩です。あの「四谷怪談」のヒロインですね。
この絵では穏やかに眠っていて、顔も崩れておりません。
ただ、鎌首をもたげたような蛇に見える帯がだらりと画面中央に垂れ下がっていて不吉な印象を与えます。
絵のタイトルを見て、鑑賞者がお岩さんの惨劇を頭の中で想像し、ゾクゾクしてしまうことが作品としての完成になるわけです。
『ばけばけ』は、ほのぼのとしていて美しい場面が多いものの、この不穏さ、このあと何かが起きそうな緊張感がどことなく漂っています。
そんなところまで朝ドラで再現するなんて、NHK大阪は一体何が起きているのかと、毎朝驚かされるばかり。皆さんもぜひご覧ください。
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【参考】
べらぼう公式サイト






