【小牧・長久手の戦い】で羽柴秀吉とぶつかった徳川家康。
戦局を劇的に有利にさせるためには、四国を動かすことがどうしても不可欠だった。
そう、元親率いる長宗我部家の存在である。
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長宗我部元親は、もともと織田家と仲違いの上、交戦状態にあったとされており、本能寺の変が勃発したちょうどそのきには、丹羽長秀と織田信孝が攻めこむ予定だったとされるほど。
織田家を掌握し、配下の仙石秀久に四国攻めを命じていた秀吉にとっては、まさに頭の痛い存在であった。
さて長宗我部は動くのか――。
出来人の息子
◆長宗我部元親が目にかけていた長男の長宗我部信親さん。
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その名は、烏帽子親※1の織田信長から一文字を貰って名付けられたという経緯があり、織田家と長宗我部家を結ぶ楔のような存在でした。
しかし両家はその後、信長の心変わりで敵対関係となり、すわ戦争か!というところで本能寺の変が勃発。
混乱のゴタゴタに振り回されながら、現在は家康からの要請を受けているところでした。
なお、変人・中島可之助(ベクノスケ)と織田信長の異次元のヤリトリをまとめた回はコチラです。
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まんが戦国ブギウギ30話 変人は変人を知る? ベクノスケと信長が出会った~
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※1 烏帽子親……元服の儀式で加冠(烏帽子)を行う者のこと
第二次十河城の戦い
◆後に悲劇の死を迎える信親さん。その死を機に長宗我部家自体が衰退していくほど期待されておりました。
ことのほか父・元親の期待は大きく、項羽と劉邦のもとで大活躍した将軍・ハンカイに喩えられたという逸話からも見てとれるでしょう。
本人は気に入らなかったかもしれませんが……。
なんせイラストやドラマの配役はごっついヒゲ男なんすよね。三国志で例えたら張飛みたいな。
大名になりたい
◆最近の戦国マンガでは圧倒的人気を誇る、ヤンマガの『センゴク』。
皆さんも「ゴンベエ」に対しては少なからず愛ある目で眺めておられるでしょうが、むろん、人によってその活躍の捉え方は違ってきます。
長宗我部家にとってはまさに仇のような存在です。
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呉越同舟
◆十河存保さんも、今後は長宗我部信親さんや仙谷秀久さんと少なからず縁を持つようになります。
そして秀吉の命令で四国勢が島津に向けて進軍し、ぶつかり合うことになるのですが(戸次川の戦い)、そのフラグがプンプン匂ってきますね……。
一体どんな風に描かれるのか。続報をお待ちくだされ。
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
書籍版『戦国ブギウギ』です!















