宣教師・切支丹 まんが戦国ブギウギ

まんが戦国ブギウギ52話 信長とセミナリヨ 安土に切支丹の学校が作られた!

1543年、鹿児島の種子島に初めて鉄砲が漂着。そのわずか6年後、今度はキリスト教がやってきた。

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当時、日本は戦国時代の真っ最中である。

まるで計ったかのように新型の武器と宗教が同時にやってきたわけだが、当時、キリスト教の布教活動で先頭を切っていたのがイエズス会だ。

日本では、フランシスコ・ザビエルの名で圧倒的に知られる同会派は、当時、世界中へ宣教師を派遣。

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次々に勢力を伸ばし、特に日本では九州地方を中心にキリシタンが多く生まれ、大名たちも次々に洗礼していった。

大友宗麟や大村純忠、有馬晴信などである。

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イエズス会は、いかにして布教を広め、活動を拡大させていったのか。

そして彼らの前に立ちはだかった魔王は、そのときどんな顔を浮かべたのか……。

 

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有馬晴信

◆セミナリヨとは、イエズス会の司祭や修道士を育成するための初等教育機関(高等教育はコレジオ)です。当時、九州は長崎に設置され、ほぼ時を同じくして安土にも作られました。

より本格的な布教活動をするためで、日本人の指導者を育成を率先して進めていたとされるのがヴァリニャーノさん。

アマゾンプライムビデオ『MAGI』での活躍は記憶に新しいところですね。

 

洗礼名

◆大村純忠の甥にして、有馬晴信のイトコという、コッテコテのキリシタン一族に生まれた千々石ミゲルさん。

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彼はこの後1582年、伊東マンショ・中浦ジュリアン・原マルチノらと、長崎から欧州・ローマへと旅立ちます。

ご存知、天正遣欧少年使節です。

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ヴァリニャーノの発案によるものでしたが、彼らの出港後間もなく本能寺の変が起き、帰国したメンバーらを待ち構えていたのは、まさしく過酷な運命でした……。
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