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【まんが戦国ブギウギ100話】
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戸次川の戦い
◆秀吉が畿内で家康を封じていた頃、四国で長宗我部相手に奮戦した仙石秀久。
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その功を買われて10万石の大名となり、九州へは長宗我部を率いて上陸します。しかし……。
九州の覇者・島津を相手にトンデモナイ行動に出ます。
冬場の川を渡って攻め込んだのです。
信親はこれに大反対をしたと言われておりますが、立場上覆すことができず死亡。この一件、長宗我部元親を激しく落胆させ、将来的に同家滅亡へと繋がる契機となったとされております。
三国一の臆病者
◆長宗我部に反対されながら、作戦を強行した秀久は、案の定、薩摩相手に大敗でした。
少数の兵で敵をおびき寄せ、伏兵による鉄砲の一斉射撃で討ち取る――薩摩の戦法【釣り野伏】に総崩れとなったと伝わります。
しかも秀久は、敗戦の軍を建て直すこともなく現場から逃走し、讃岐まで戻って来てしまうんですから、もはや言い訳もありゃしまへん。
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いくら古参の家臣とはいえ、秀吉に激怒されるのは必至の状況……。
まぁ、敵の地元で、しかも相手(島津家久)が悪かったのかもしれません。
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
書籍版『戦国ブギウギ』です!