土曜日の再放送に合わせて、大河ドラマ『豊臣兄弟』をマンガで振り返る――。
第24回放送の注目は土牢の黒田官兵衛と荒木村重の逃亡でしょう。
織田軍に反旗を翻し有岡城にこもった村重ですが、毛利の助けもなく、結局は逃亡するしかないんかい……ということで、さっそくマンガへGO!
補給線

◆九鬼水軍やら鉄甲船とはいったい何のことなのか?
と、申しますと、注目は石山合戦です。
当時、摂津の石山では織田軍と本願寺の間で激しい戦い(石山合戦)が繰り広げられていました。
陸上で追い込まれる本願寺は、兵糧や武器の補給を毛利家に求め、天正4年(1576年)7月、毛利水軍が織田水軍と激突。
「第一次木津川口の戦い」と呼ばれ、このときは“焙烙火矢”と呼ばれる火器を使った毛利水軍の勝利となりました。
しかし、天正6年(1578年)11月の「第二次木津川口の戦い」では、鉄甲船と呼ばれる巨大船が登場し、九鬼嘉隆の織田水軍(九鬼水軍)が快勝します。
鉄甲船は信長発案の巨大船で、海上で砦のように置かれたとも考えられています。
石山本願寺への補給をシャットアウトさえすればOKの鉄甲船に機動性は全く必要ありませんので。
-

九鬼嘉隆の生涯|九鬼水軍を率いて信長・秀吉に重宝された智将の悲しき最期
続きを見る
頼みの綱

◆極めて不衛生な環境であそこまで憔悴しきっていると、もはや病死も現実的かなと思われますよね。
実際どうだったの?
官兵衛は本当に土牢に入れられていたの?
と疑問に思われる方は以下の記事をご覧ください。
-

黒田官兵衛は本当に“地獄の土牢”に監禁されたのか?有岡城幽閉の真相
続きを見る
だし

◆物騒なノリツッコミだな!
実際、荒木村重は妻子を見捨てるようにして生き永らえていますので、どうしても名より命を惜しむタイプに見えてしまうんすなぁ……。
茶器

◆後に茶人として秀吉の御伽衆にも加えられる荒木村重。
さぞかし茶道具も粒ぞろいだったでしょう。
しかし、途中、指を切ると緊張の糸が一気に切れてしまったのか、周囲の茶器を粉々にしてしまいます。
一瞬「子供かよ!」と突っ込みたくなる場面でしたが、その後の逃亡劇はまさに子供でした。
最後の交渉

◆『信長公記』にも「美しい」として登場する荒木だし。
首を斬られる瞬間まで終始凛としていたことは、これまた『信長公記』に記されています。
彼女の詳細については以下の記事へ。
-

荒木だしはなぜ処刑されたのか?『信長公記』に記された村重妻子の惨劇
続きを見る
クロカン

◆あれだけ悲惨な目に遭わされていたら「ヒゲぼうぼう姿」で登場したいですよね。
もしも肖像画に残されていたら最高だったなー!
※前述のとおり、黒田官兵衛は土牢などに入れられてない可能性のほうが高そうです
調略セミナー

◆もはや毛利の救援を期待できない状況で、毛利派の別所賀相(よしちか・吉親)が追い込まれていくのは仕方のない話でしょう。
餓死者も出るほど壮絶な飢餓状態だった三木城。
史実では「城内の将兵によって別所長治も殺されたのでは?」という指摘もあるほどです。
-

別所賀相とは何者か?長治を毛利方へ傾けた叔父は本当に悪者だったのか
続きを見る
問い

◆吉岡里帆さん演じる慶(ちか)には娘も生まれ、二人の仲はすこぶる良好。
すっかり、おしどり夫婦感が出ていますが、荒木夫妻の絶望的な最期と比較して、直後にこの展開はあまりに不憫というか……。
ここで申し上げます。
村重は卑怯な逃亡者ではない!
※可能性が割と高そう
ということで、以下の記事もご覧いただければ幸いです。
-

荒木村重は本当に卑怯者だったのか?妻子を捨てて逃げた男の実像
続きを見る
◆『豊臣兄弟』総合ガイド|秀吉と秀長の生涯・家臣団・政権運営等の解説
参考文献
黒田基樹『羽柴秀長とその家臣たち ―秀吉兄弟の天下一統を支えた18人―』(2025年6月 KADOKAWA)
河内将芳 編『図説 豊臣秀長 ―秀吉政権を支えた天下の柱石―』(2025年3月 戎光祥出版)
文:五十嵐利休
【参考】
豊臣兄弟/公式サイト






