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【なぜ旗本御家人は総じて貧乏なのか?】
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格式を保つために困窮する武士
御家人株を買うと屋敷がついてくる――このことを少し掘り下げてみましょう。
江戸時代中期となると、旗本御家人の生活水準は地に落ちていました。
大量の玄米に、腐りかけた粗末なおかずで凌ぐ生活苦は、広く知れ渡っているほど。
“食”がそんな調子ですから、当然、“衣”も質素。
豪商が粋を凝らした服を着て、その妻や娘ともなれば綺羅びやかな装身具でおしゃれを楽しんでいるというのに、武士はとにかく地味ななりをしている。
こうした衣食住を比較する中で、唯一、武士が上だといえるのが“住”でした。
先祖伝来の家屋敷があり、これこそが武士たる格式を保つもので、町人からすれば羨ましい限りです。
『べらぼう』の劇中で、困窮した挙句、当主と嫡男が共に出家してしまった森家も、門のある立派な屋敷を所有していたものでした。
とはいえ、こうした広い家屋敷や格式も、旗本御家人の困窮に繋がる要因でもあります。
武士たるもの、使用人を雇わねば格式が維持できません。むろん、タダ働きさせるわけにもいかず、衣食の面倒も見なければならない。
森家の描写で「ついに使用人にも暇を出した」とされました。そこまで追い詰められていたという意味です。
扶持は限られている。
米相場で変動しかねない。
家族が多ければそのぶん生活が苦しくなる。
かといって、使用人もいなければ武士としての格式を維持できない。
いかがでしょう?
旗本御家人は、生きていくだけでもギリギリであり、これが保てぬ!となれば、株の売却もやむを得ないのです。
幕末ともなれば、できる武士は二男以下のために蓄財し、株を買うよう言い残しておきました。
困窮して売りに出される株を狙って、長男以外の男子に家を持たせるというルートもできていたのですね。
幕末ともなればもはや実子相続が少数派
旗本御家人のこうした状況は、2027年大河ドラマ『逆賊の幕臣』でも重要な要素として出てくることでしょう。
主役である小栗忠順はじめ、主要人物には同様の階層出身者が多いのです。

小栗忠順/wikipediaより引用
小栗は三河以来の名門ですが、他には株を買って武士となった者もいれば、本当は部屋住みで終わりだったはずの者、婿入りで家を継いだ者もいる。
ざっと確認しておきますと以下の通りです。
◆嫡男として家を継ぐ
・小栗忠順:三河以来の名門で嫡男として家を相続。妻は大名家の血を引く。幕末となると、旗本と大名家の婚姻もしばしばあった
◆二男以下が想定外の事情で家を継ぐ
・井伊直弼:第14代藩主・井伊直中の十四男。部屋住みで一生を終えるだろうと覚悟して生きていたものの、思いがけぬ家督相続を果たす
◆二男以下が別の家を継ぐ
・永井尚志:奥殿藩5代藩主・松平乗尹晩年の子。旗本永井家の養子に入る
・岩瀬忠震:旗本設楽家の三男であり、岩瀬家には養子として入る
・高橋泥舟:旗本・山岡家二男。旗本・高橋家養子として家を継ぐ
・山岡鉄舟:旗本・小野家五男。子がないまま夭折した山岡静山の妹・英子の婿となり山岡家を継ぐ
・栗本鋤雲:幕府典医・北村家三男から、同じ典医の栗本家養子に入る
・徳川慶喜:一橋家を継いでいたものの、家茂の夭折により、本人が嫌がったにも関わらず最後の将軍となる
ここに名を挙げた人物は歴史に残った氷山の一角であり、そうでない二男以下は数え切れないほど居たことでしょう。
『べらぼう』で描かれている旗本御家人の苦境は解決するどころか悪化し、株の売買も根付いていたことがわかります。
江戸時代は身分社会とされます。それが明治維新でガラリと刷新したと習いますが、制度としてはすでに根腐れを起こしていたのでしょう。
こうした状況を振り返ると、現代とは意識が異なることも見てとれます。
現代の日本では「夫婦同姓」とされます。
この制度そのものが明治31年(1898年)からであり、日本古来の伝統ではありません。
さらに現代の「夫婦同姓」では、姓を変えるのは女性側が95パーセントにのぼるとされ、結婚により女性が改姓することが不文律となっています。
しかし、江戸時代であればこの男女比は変わっていることでしょう。
現代の「夫婦同姓」という制度は、女性が一方的に不利益を被るうえに、日本の伝統でもないことがわかる。
むしろ幕末の家から見えてくることは、血の繋がりに固執せず、柔軟に対応せねば保てないということです。
これこそが我々が歴史から学ぶべきことかもしれません。
小栗忠順の埋蔵金伝説はなんだったのか?
2027年大河ドラマ『逆賊の幕臣』についてもう少々。
主役の小栗忠順は旗本であり、大金持ちでもありません。
小栗家は「三河以来」の名門とはいえ、そこは旗本であり、小栗も幕末に直面した幕臣として、職務上、金の話に悩まされることになりました。
【黒船来航】以来、先延ばしにしてきた日本の近代化に向き合い、ひたすら金策する羽目になったのです。
逆さに振っても金なんて落ちてこないような幕府なのに、どうにかして近代化の費用が捻出されてくる。
それは全て小栗忠順一人の工夫によることだった――福地桜痴は後にそう振り返りました。
そんな小栗は、しばしば「金がない……」と嘆いていたと伝えられます。
【横須賀製鉄所】の建設時は、小栗の理解者といえる栗本鋤雲ですら

栗本鋤雲/wikipediaより引用
「資金はどうするのか、徳川はもう持たないのではないか」と疑念を口にしました。
そこで小栗はこう返したのです。
「金がないのはわかっている。
しかし、ここで金を惜しんだところで、余ったぶんを何に使われるかわからんではないか。
なァに、幕府が滅びようと日本は滅びん。
これが成し遂げられれば、熨斗をつけて“土蔵つきの売り家”(近代化へ歩み始めた日本のこと)を残す誉は得られるさ」
先行投資の意味を深く知っているからこその言葉でしょう。
そんな小栗は、フランスのロッシュと交渉し、600万両を借りつける約定を取り付けました。
しかしこの借款が取り消しになってしまい、顔面蒼白になってしまいます。
後に福沢諭吉は「外国から金を借りてでも【長州征討】を完遂できていれば、倒幕はなかっただろう」と振り返っていますが、福沢の言葉にこの辺りの事情があるのかもしれません。

若き日の福沢諭吉/wikipediaより引用
時代の流れの中、小栗は万策尽きてしまいます。
【無血開城】の後に新政府軍が江戸にやってくると自領に戻り、妊娠中の妻の安産祈願をして過ごす日々を送りました。
しかし、不穏な噂が流れ始めます。
小栗上野介は大金を隠し持っているらしい――なんとも荒唐無稽な話ですが、その話を信じた暴徒が小栗のもとへ押しかけると、彼は即座に追い払っています。
こうした小栗の手腕と、彼の金の噂が混じり合っていったのか。事態は急展開を迎えます。
北上する新政府軍が身に覚えのない冤罪をふっかけ、小栗を捕縛したのです。
そしてこの暴挙は止めようもなく、瞬く間に小栗は斬首されてしまうのでした。
時代がくだり、テレビが普及する時代となると、小栗忠順の名は「徳川埋蔵金」という与太話と共に話題にのぼることになります。
しょうもない話なのでかいつまんで説明しますが、要するに徳川家が幕府再興のために埋蔵金を有しており、その発掘責任者が勘定奉行を務めたこともある小栗上野介であったというものです。
そんなものがあれば、フランスに借款をお願いする必要もなかったでしょう。
小栗の金策がそんな馬鹿げた話に結びつけられることそのものが、悲劇にすら思えてきます。
★
なぜ自領に隠棲していた小栗が難癖をつけて殺害されたのか?
この不可解な事件も、埋蔵金を信じた者による逆恨みの凶行であれば、腑に落ちる話でもありますね。
私利私欲ではなく、あくまで日本という国家のために奔走した小栗忠順。
そんな彼が、金が理由で命を落としたとすれば、これほど後味の悪いこともありません。
大河ドラマ『逆賊の幕臣』の放映により、テレビはじめメディアがつけた「徳川埋蔵金秘匿者」という悪名が払拭されることを願ってやみません。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
小松重男『旗本の経済学: 御庭番川村修富の手留帳』(→amazon)
丹野顯『「火附盗賊改」の正体』(→amazon)
他