まんが日本史ブギウギ 徳川家

太閤の老害で子飼いたち離れ、関ヶ原始まる~まんが日本史ブギウギ179話

なぜ徳川政権はあれだけ続くことが出来たのに、その前の豊臣政権はすぐに滅びてしまったのか?

それはひとえに秀吉が一人で抱えすぎたからでしょう。

人心読みの天才ゆえ、相手の要望を的確に見抜いて褒美を与え、適材適所に配置する――。

そうして多くの味方を取り込んでいったのですが、その一方でどうにも杜撰というか甘えがあったんじゃないの?というのが身内への対応です。

加藤清正にせよ、福島正則にせよ、豊臣秀次にせよ。

血の繋がりがありながら、どこか突き放したような印象を受ける。

とくに歳を取ってからは得意の人心読みの才能にも陰りが見えていたようで……せめて三成と清正・正則たちの関係を適切に処理しておけば……と思わずにはいられない豊臣政権崩壊の序曲・マンガ「日本史ブギウギ」第179話スタート!

 

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後継者

◆豊臣秀次は、秀吉の姉の子。

つまり甥っ子であり、秀吉とはかなり血の繋がりが濃い、貴重な親戚筋でした。

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しかし……。

 

美少年

◆殉死した不破万作は、まだ本人の意思だからよかったのです。

問題は残された秀次の妻子でしょう。

秀吉の命令で多くが殺され、その中には「まだ秀次の顔を見たこともない」輿入れ直前の駒姫もいたのです。

最上義光の娘であり、東北一の美少女ともされたその死はあまりに理不尽で、今なお涙を誘うものであります。

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豊臣政権が崩れるのも当たり前だな!とも言いたくなってしまう一件でした。

 

殲滅戦

◆そして、もう一つの豊臣政権崩壊のキッカケとされるのが【文禄・慶長の役】ですね。

文禄の役に続き、慶長の役でも活躍するのが、秀吉子飼いの加藤清正公。

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今なお人気の高い熊本城の築城主としても知られますね。

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