べらぼう感想あらすじレビュー

背景は喜多川歌麿『ポッピンを吹く娘』/wikipediaより引用

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『べらぼう』感想あらすじレビュー第23回我こそは江戸一利者なり 親離れ子離れの苦しみ

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『べらぼう』感想あらすじレビュー第23回我こそは江戸一利者なり
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丸屋を売りに出したのは眼鏡の才女

鶴屋の向かいにあった丸屋が売りに出されています。店の中からは女性の声が。

「富は屋を潤し、徳は身を潤す……」

四書五経の『大学』から引用ですね。黒眼鏡の奥に目を光らせながら、その才女は言います。

「日本橋のためとなる方に、お譲りできれば本望です」

目の前にいたのは鶴屋喜右衛門でした。

「ほかに、買い手に望むことはありますか?」

「吉原の蔦屋耕書堂だけは、一万両積まれようともお避けいただきたく」

のっけから耕書堂を毛嫌いしているこの女性。どうしたって眼鏡に目が行きますよね。

でもそれだけじゃねえんだ。着物の色からして落ち着いていますし、髷の結い方も地味です。ガチガチの堅物。噛み締めたら歯が欠けちまいそうな女ですわ。

そもそも、いきなり『大学』ですしね。

橋本愛さんといえば2021年の大河ドラマ『青天を衝け』のときも主役の妻でした。

あのときは、モデルの千代が儒教教典を読みこなす才女だったのに、ドラマではその要素が消失。

現代人向けのかわいい女にされていてガッカリしたものです。そのリベンジを見ている気分ですね。

そしてこれまた、すげえ勉強になる設定なんですぜ。

蔦重の妻は記録がほぼない。吉原者への差別感情もあることからか、同じ吉原出身者と推測されることもあります。

それが敢えて、吉原の女とは対極にあるガチガチ女、しかも極め付けの堅物にしてきました。

しかも、一人娘でやんす。江戸時代は一人娘が婿を入れて、家や店を存続させることもしばしばあります。男の側が名前を変えることが今よりずっと多い時代でした。

店の経営にせよ、農業漁業にせよ、夫婦や一家単位で切り回します。

歌川国芳の名所絵揃物『東都富士見三十六景』の内「佃沖 晴天の不二」/wikipediaより引用

近世まで多くの国や文化圏で、家単位で商売を回すことが多かったわけです。

西村屋は鱗形屋孫兵衛が投獄された際、その妻相手に『吉原細見』の板木を譲るよう持ちかけていました。

鶴屋喜右衛門だって、丸屋の一人娘の意向を丁寧に確認しているわけです。

この時代は経営者の一人として女性に筋を通すことが当然でした。

それが日本ですと、明治時代になると法律で「既婚女性は無能力者」と定義されてしまいます。能力がないという意味ではなく、法的な行為は夫の意識でなければ決められないということです。

2024年前半期朝ドラ『虎に翼』ではこのことが出てきて、視聴者には衝撃とともに受け止められておりました。

つまり、江戸時代だからこそ西村屋は鱗形屋の妻に契約についてを持ちかけていたものの、明治になると既婚婦人の意向など無視しても合法になったということです。

ドラマを比較することで、女性の地位の変遷や、家庭像が見えてくるわけですな。やはり江戸時代中期を大河ドラマにしてよかった。

しかし、いってえ、なんでこうなってんだい?

これも話すと長くなっけどよ。男性が外で働く。女性は家庭内にとどまる。こういう形態は限られた階層か。あるいは近代以降の家族形態つうことだよ。

よく『サザエさん』こそ本来の姿で、理想の家族だと誤解している方を見かけますが、ああいう家族像は歴史的にみればごく最近のもの。普遍的でも伝統的でもありません。

近現代への流れの中で出来たもので、冷戦後はむしろ西側陣営がこれを標準として刷り込むようにしたのです。

ソビエト連邦や中国では女も男に負けじと働き、化粧もろくにせず、あんな女房しかいない東側はかわいそうだと思わねえか?

西側諸国では、一軒家のマイホームのドアを開けりゃァ、かわいい女房が出迎えてくれる、ってなもんですね。

詳しいことは専門家の本をご参照ください。

『ちびまる子ちゃん』や『クレヨンしんちゃん』に家庭像を見出すのは時代遅れということだけは言っておきたいと思います。

 


扇屋、奥の手を連れてきた

丸屋の噂は吉原にも流れていました。

蔦重の往来物が丸屋の息の根を止めたとか。

あるいは一人娘の元婿が、扇屋の花扇に入れ揚げちまって、店の金をつぎ込んだとか。

さすがに丸屋攻略は厳しいんじゃねえか……?

駿河屋なんざ、丸屋じゃなくても売ってくれないとまで言い出しました。

するとそこへ扇屋が入ってきます。

「お待ちどんぶり二人連れ。お連れしたぜ」

ある男が入ってきたものの、何処の誰だか皆わかりません。

「扇屋さん、どなたで?」

「俺たちの奥の手ってとこさ」

「奥の手?」

蔦重も当惑しておりやす。パッと見は気の弱そうな男ですが……。

扇屋の花扇に入れ揚げちまった、丸屋のバカ婿あたりかな?

 


MVP:蔦屋重三郎

今回の蔦重は「江戸時代の家族とは何か?」が見えてきました。

血のつながりはなくとも駿河屋にとっては親子であり、その親離れと子離れの過程でぶつかりあっています。

普遍的なようで、実はそうでもない。

これは佐野政言とも合わせてみるとより際立ちますが、この時代ならではの儒教規範も見えてきます。

丸屋の娘が儒教教典を出してきたことも意義を感じます。

当時は今よりもずっと儒教規範が大事。

例えば、災害の際に親を置いて子が子逃げるようなことがあると処罰され、親殺しは大逆無道の犯罪として一切容赦がありません。

この尊属殺人規定が違憲とされたのは、なんと昭和になってから、昭和43年(1973年)のことでした。『虎に翼』でも描かれましたね。

ただ、蔦重が言うように吉原もんはそんな「孝」すらない忘八だと思われている。

だからこそ蔦重は筋を通して、むしろ親孝行で恩返しをしていることをアピールして日本橋に向かわなくちゃならねえ!というわけですね。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用

今の視点からすりゃ、児童労働をさせられてきた吉原なんて、飛び出して当然といえる。

しかしそこは時代のしがらみで、そこに説得力を持たせつつ、あの台詞をビシッと決めなくちゃなりません。

時代の制約を入れつつ、現代の視聴者にも理解できる仕上がりにしてきました。

本当に素晴らしいドラマだと思います。

脚本も、演出も、演技も、全てが高い位置で止まり続けている。毎回毎回、実にてえしたもんを見せてもらっておりやす。

といっても、蔦重には限界もあるし、危うさもあります。

蔦重は女郎の待遇改善をずっと訴えてきて、そのために本を出すと誓っておりました。

しかし、日本橋に出るとなると、それがどこかに消えちまうことになりますわな。

一応、進歩したことは「女郎や芸者の扱いはよくした」という今回の忘八のぼやきから伝わってきます。

遊郭擁護論として定番の「食えない子を育てている」も突いてきました。

ただ、それではどうしたって弱いから「耕書堂」とかけて、日本一の本屋にするという大目標を建ててきた。

歌麿以下、抱えている連中を大事にするというのも、皆が納得できる動機でしょう。

そう、うまくまとめたようで、その歌麿がどうにも危ういんでさ。

歌麿を成功させることが蔦重の目標になっていましたが、その歌麿がいざ大きく羽ばたこう!というとき、笑って送り出せるのか? お互いぶつかり合わねぇか?

 

総評

歴史を学ぶとはなにか?

大河ドラマとはなにか?

改めて突きつけてくるドラマだと思います。

先日、浮世絵展を見に行きまして。

喜多川歌麿の作品を見ると、その描線や髪の生え際の描き方が生々しくて、ドラマの女性たちと重なって、いかに彼の目と腕が女性の姿を精緻にあらわしていたのかと驚きました。

もうひとつ、歌川国芳の絵を見ていたときのこと。

銭を握りしめて絵草紙屋の前にいるような気持ちがしました。目の前の絵は額縁の中、美術館にあるはず。そのはずが脳内では絵草紙屋の前にいました。

次はどんな作品かとソワソワしながら待っていたら、「そうきたか!」と叫びたくなるような、とてつもなくかっこいい絵が売り出されくる。

それを待ちかねたように買い、見つめる誰かの気持ちがスーッと浮かんできたのです。

『べらぼう』にはそんな江戸っ子気分を運んでくる仕掛けがあって、このドラマを見ていてよかったとつくづくしみじみ思いました。

歌川国芳『通俗水滸傳豪傑百八人之壹人 浪裡白跳張順』/wikipediaより引用

それだけでなく現実社会も映してきます。

放映日にはトランプ大統領の軍事パレードが開催され、そのニュースが流れてました。

そこにはうっとりとして陶酔する賛成派の男性と、反対するデモの様子。

賛同する男性は白人中年です。ははぁ、なるほど。そう合点がいきやしたぜ。

このへんは専門家の研究書でも読んで欲しいんですけど、かいつまんで説明します。

今アメリカが蝕まれている問題として1990年後半から「絶望死」というものがあり、白人中年の労働者階級が、自殺、薬物中毒、飲酒による肝臓疾患といった死因で亡くなる数が増大しています。

白人以外の人種や、他国ではこうした現象は起きておらず、その原因は何か?と研究されている状況です。

ただ、見えてきている現象はあります。

彼らは自分の親世代の収入を上回れない。頭打ちの状態に陥っています。

その状態が続くと、希望を見出せず、自暴自棄になるか陰謀論やヘイトに呑まれていってしまうんですな。

そうはいっても他の人種だって差別はある! 白人で、男性というだけでマシでしょ! そうなりますわな。

しかし、マイノリティ属性の人々は、その困難に寄り添うムーブメントがあるにもかかわらず、白人男性はなまじマジョリティなだけにないんですよ。

そうアメリカの話を長々としちまいましたが、これは江戸時代中期以降の武士にもあてはまるのではないでしょうか?

支配階級で特権を有しているとされる。しかし金はないし、出世の見込みもあるわけでもない。

性格的に発散できるタイプならまだマシです。ノリノリで狂歌を学べる長谷川平蔵タイプですね。

佐野政言と似たタイプの、内向的な下級武士である倉橋格には、文人である恋川春町としての顔がある。そこで己を発揮できるわけです。

しかし、それもできないからこそ、佐野政言は鬱屈してゆきます。

彼は生まれつき邪悪なわけでもない。

武士に生まれたんだから恵まれていると思われてしまうかもしれない。

しかし、そこにはモヤモヤとした絶望感が漂っている。

そういうものを甘えだのなんだの無視していると、取り返しのつかないことになるのではないか? そんな絶望の問題に取り組んでくるようですね。

世の中には、IT教育だのAIだのを学びたいから、歴史の授業をやめろなんて暴論もあるようです。

しかし、そうでないことは本記事の読者様でしたらご理解いただけるでしょう。

歴史というのは、人類が体験してきたトライアンドエラーの塊。

今、これから再現しようと思ったら犠牲が出過ぎるからできねえようなことも、歴史は証明してくれます。

歴史に興味がない人が思いつきで言い出すようなことは、実は過去に大体失敗していたりしますね。

例えば優秀なアスリートと、美人女優を結婚させて子どもを産ませたら人類が完璧になるんじゃねえか? とか、Xあたりでイキっている奴は、夏の蚊みてえに定期的に湧いてきますわな。

しかし歴史を紐解けば、そんな単純でもない例はいくらでも見ることができる。

上流階級の近親婚姻など、結局は悲惨なことになってしまう。

それにしても大河ドラマを見て、アメリカの格差問題まで頭に浮かんでくるとは思いもよりませんでした。

毎回、お釈迦さまの掌で暴れている孫悟空みてぇな……。

本作のテーマがどんどん広がるようで、それでもブレていないのは「創作物による発散の重要性」でしょうか。

昨年の『光る君へ』は、女性たちが書くことと読むことで心を晴らす物語でした。

主人公のまひろ(紫式部)やききょう(清少納言)はもちろんのこと、平安文人たちが救われてゆく過程が描かれていたものです。

今年はどうやら、創作できない男性が追い詰められる様も描くようでして……。

もしも佐野政言があの場で狂歌を詠んでいたら?

うまくストレスを発散していたら?

悲しいことに、どうしたってそう思ってしまいます。

逆に言えば、文化の効用が見事に描かれているんですね。

差別もきっちりと描いています。

吉原ものの受ける差別。

捨吉の受けてきた搾取。

田沼意知土山宗次郎の認識からこぼれ落ちているアイヌの搾取。

支配階級でありながら苦しむしかない佐野政言の苦しみ。

天下万民の苦しみに対し、とりこぼさないように寄り添ってくる、そんな菩薩の慈悲なんだか、地獄の鬼なんだか、わからないようなものがずっとあります。

大河ドラマを見て、現代社会のニュースを見て、分析する。

その現実と思考を磨く砥石という意味なら、今年は随一ですぜ。ここまで勉強になるもんなのか。すげえもんだな。

ついでに再放送される『三か月でマスターする江戸時代』もオススメしておきたい。

テキストも、この値段でよくもこんなもん作れたもので「そうきたか!」と言いたくなるほど素晴らしいのです。

今年は日本史知識アップデートの一年となりそうだ。


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文:武者震之助note

【参考】
べらぼう/公式サイト

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