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天璋院篤姫

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西郷どんレビュー 西郷どん特集

篤姫と西郷隆盛が恋仲ってありえる? 史実から見る二人の関係は最悪か

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斉藤由貴さんの降板で、何かと騒然としている2018年の大河ドラマ『西郷どん』。
もちろん暗い話題ばかりでもなく、他の女性陣については実力派が配置されていて、ファンの期待値は必ずしも最悪ではないでしょう。

西郷3人目の妻・西郷糸には黒木華さん、母親の西郷満佐子には松坂慶子さん。

さらに重要な役になる篤姫については北川景子さんなのですから、そりゃもう華やかで……と言いたいところですが、実はこの篤姫さんについては、少々、不安なこともありまして。

それは……
西郷隆盛に対して篤姫が淡い恋愛感情を持ち、その結果、江戸城無血開城につながる」
というドラマ内での設定です。

果たして篤姫が西郷に恋心を抱く要素ってドコにあるのだろう……。

むろん大河ドラマはあくまでフィクションですから、ある程度の創作はアリです。
しかし、いくらなんでも限度はあり、特に篤姫の恋心というのは史実と真逆といってもよい設定ですから、どうしても抵抗感を覚えてしまうのです。

では、幕末・明治維新における篤姫とは、どんな立場であったか?
本稿では篤姫と西郷隆盛の関係を史実から振り返ってみたいと思います。

【関連記事】西郷どんキャスト

 

恭順する徳川慶喜に勝海舟らも続く

慶応4(1868年)年1月、幕府軍は鳥羽伏見の戦いで大敗。最後の将軍・徳川慶喜は江戸へ戻りました。

そこで慶喜は、和宮(孝明天皇の妹・徳川家茂室)に対し
「もはや自分は戦う気はない。恭順する」
と、キッパリ告げるのです。

この段階での慶喜の願いはただひとつ、徳川の家名を残すこと。自らの命については助命嘆願をしておりませんでした。

こう書くとまるで慶喜が果断に恭順を決めたかのような印象かもしれませんが、周囲の重臣たちは納得しておりませんし、フランス公使のロッシュが助力を申し出る等あって、かなり迷いはあったようです。
※フランスは、ライバルのイギリスが薩摩をプッシュしていて、幕府側に立っていたという背景があります。

しかし同年2月、慶喜は松平容保らの主戦派を追い払い、自ら上野寛永寺に蟄居。
あくまで朝廷に弓を引くことはできないと主張しました。

勝海舟ら幕臣たちも「この大変な時に内戦を起こしては国のためにはならない」と考え、同時に、何としても主君である慶喜の命を守りたいと決意を固めます。

そして3月14日、勝海舟は西郷隆盛と会談し、江戸城無血開城を決めるのです。

この政争ド真ん中の展開に、篤姫の恋心をどう絡ませるのか。
しかも篤姫は、実家の薩摩から酷い仕打ちを受け、憎しみを抱いてもおかしくない立場へと追いやられております。

歴史の裏にあった生々しい部分。
これをもう少し見て参りましょう。

 

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江戸の無血開城前に暗躍していた赤報隊

時計を少し巻き戻し、慶応3(1867年)年10月のこと。
西郷隆盛は、篤姫を護衛するための一団を江戸へ送ります。

この部隊、名目上は彼女の護衛ですが、裏の顔がありました。

隆盛が彼らに下していた密命は、江戸での攪乱。
文字通り、将軍様のお膝元で騒ぎを起こして治安を乱し、挑発することが目的だったのです。

彼らは実際に行動し、同年10月末から12月にかけて、江戸では脅迫、強盗、殺人、掠奪、暴行といった犯罪行為が多発します。
現代の言葉で言えば「テロ」というところでしょうか。

赤報隊もこの事件の担い手でした。

12月23日には、ついに江戸城二の丸からも火の手があがります。
二の丸は篤姫や和宮がいる場所です。

いくらなんでもこんなところから火災が発生するとは妙な話だ……。
ということで、江戸っ子たちは噂しました。
「天璋院様(篤姫)をかっさらうために、薩摩の連中がやったらしいぜ」

この噂はイギリス人外交官アーネスト・サトウも記録に残しているほどです。
篤姫は江戸っ子にとって、得体のしれない薩摩から来た妖怪姫のように思われてしまったのでした。

鳥羽伏見の戦い前夜、江戸はこのようなカオスとした状態だったのです。

 

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篤姫にしてみれば実家に攻められたようなもの

再び時計の針を戻しましょう。
江戸での戦争という最悪の結果を避け、無血開城に至ったことは篤姫にとって望ましいことでした。

彼女の関心は、江戸城を出て一橋の屋敷に移った後、婚家・徳川家への処分です。
どれだけ所領が残るのか。
どこで暮らすこととなるのか。
そもそも江戸城を出たといっても武装解除の恭順を示しただけであり、後で返してもらえるのではないか。
彼女はそう考えていました。

そうした見通しが甘かったこと、同時に新政府軍の厳しさを知ると、徳川家の安堵は怒りに変わります。
徳川家に残されたのは駿河の七十万石のみ。
今までの所領の十分の一以下です。

新しい国を作るという新政府軍にとっては当然の処分だったのかもしれませんが、この態度に納得できない幕臣や旗本たちは、上野寛永寺に集結し、彰義隊を結成。
篤姫も徳川家のために奔走し、直接新政府に掛け合い寛大な処分を要求します。

篤姫にしてみれば新政府軍というより、実家・薩摩の人々が攻めて来たようなものです。話せばわかるという気持ちもありましたし、この時こそ徳川に嫁いだ意味もある、と感じたのかもしれません。

しかし、新政府内では強硬論が優勢。
ついに5月15日、隆盛率いる新政府軍は、彰義隊を武力掃討するのでした。

これを上野戦争と言いまして、大村益次郎が非常に強硬な姿勢で幕府軍に向かったことが知られています(詳細は以下の記事にお譲りしたいと思います)。

彰義隊が散った上野戦争 旧幕府軍の悲しき結末を振り返る

 

依頼を突っぱねられ、まるで存在を否定されたかのように

上野戦争で完膚なきまでにやられた彰義隊。
徳川の忠臣が粉砕され、篤姫の心痛はいかほどだったか……。

さらに篤姫は、寛永寺に攻撃が加えられたことにも怒っていました。

寛永寺は天皇の宸筆(しんぴつ)による額が掲げられ、住職は皇族です。
そんな天皇家とのゆかりが深い、他の寺とは違う寛永寺を攻撃するとは、朝敵そのものではないか、と。
聡明な彼女は、新政府軍の持つ怪しさを喝破しておりました。

彼女の怒りは、特に薩摩島津家へ向けられました。
実家だからと頼った依頼をつっぱねたそのふるまいに我慢ならなかったのでしょう。
徳川と島津をつなぐために嫁いだ身としては、自身の存在を全否定されたような気分になったとしても、おかしくはありません。

実際、この後も望みを捨てきれない篤姫は、奥羽越列藩同盟の指導者たちに接触をはかり、巻き返しに一縷の望みを託します。
が、伊達藩などを中心にしたこの同盟も新政府軍に敗北し、徳川巻き返しという彼女の希望は木っ端微塵に砕かれてしまいます。

軍服姿の西郷隆盛/Wikipediaより引用

 

島津家の支援を断り、幼主・家達の養育に尽くす

その後、篤姫は、実家島津家からの支援を一切断りました。
慶喜らが駿河に向かった後も江戸に残り、徳川家の奥向きを取り仕切ります。

そして篤姫は大奥から出た時点で侍女のほぼ半数に暇を出し、かつての絢爛豪華な日々とはまったく違う、質素倹約を旨とした生活を送るのです。

唯一の生きがいは、徳川の幼主・家達の養育に尽くすこと。
明治16年(1883年)、47歳で亡くなるまで、彼女はあくまで徳川の御台所として生き、亡くなっております。

こんな経緯では、たとえ篤姫が結婚前のかなり若い頃に隆盛へ恋心を抱いたとしても、幕末の混乱期には百年の恋も醒めたことでしょう。少なくとも江戸城の無血開城時には、相当なストレスがあったに違いません。

もしかしたらその前後における彼女の心境が、ドラマの見どころの一つになるのかもしれません。
だとすれば、描き方次第では興味深きものとなりましょうか。

文:小檜山青

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