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その日、歴史が動いた 中国

今日も美味しく豚の角煮が食えるのは~ 蘇軾(そしょく)さんのお陰です~♪

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世の中いろんな人がいます。当たり前の話ですが、会社や学校である程度の範囲でしか付き合いがないと、なかなか実感しにくいですよね。ワタクシも人様のことはいえないのですけども。

歴史上でも、優秀かつ人生においても成功を収めた人もいれば、才があっても認められなかった・あるいは私生活は不幸であったというのはよくあります

それだけ人生浮き沈みがあって当たり前であるということになるのですが、中には「沈んでいる」時期であろうと思われるときでも悠々自適な生活をしていた人もいるようで……今回はそんなお話です。

 

春宵一刻値千金

1101年(日本の康和三年)の7月28日、詩人の蘇軾(そしょく)が亡くなりました。号が「東坡居士」だったので、”蘇東坡(そとうば)”とも呼ばれます。漢詩の本だとこちらの表記のほうが多いですかね。

蘇軾さん/Wikipediaより引用

蘇軾さん/Wikipediaより引用

彼の作品では「春宵一刻値千金」(春の宵のひとときは千金に値する)で始まる”春夜”が特に有名です。聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。

ちなみに全文だとこんな感じです

”春夜”(テキトー訳)
春宵一刻値千金(春の宵のひとときは千金に値する)
花有清香月有陰(花はよく香り、月には影が差して)
歌管楼台声細細(どこかの宴から聞こえてきた音楽も既に微か)
鞦韆院落夜沈沈(夜の静けさの中、ぶらんこだけが音もなく揺れている)

日本では春夏秋冬関わらず花鳥風月をピンポイントで愛でる詩作が多いのに対し、中国の詩はそこにあるいろいろなものが生み出す空気全体を「いいね!」するような作品が多いように思えます。
どっちが良い悪いということはもちろんないですが、空間に対する認識の差があるんですかねえ。

 

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詩人であり官僚でもあり  

こんな詩を書いた人はどんな人かといいますと、宋王朝の役人でした。
蘇軾に限らず、中国の詩人は今で言う官僚だった人が多いです。読み書きができないとそもそも「詩って何それおいしいの」状態でしょうから、当たり前といえば当たり前なのですが。エリートかつ文人というのは平安貴族と同じですね。

が、中国の場合それに加えて左遷経験のある人が多いというのがまた何とも。それでいて皆あまり気にしてないというか、むしろ「のんびり詩を作れてラッキー!」とでも思っていそうな雰囲気があります。いや、もちろんショックを受けた人もいたでしょうけども。

源氏物語や枕草子に影響を与えている白居易(白楽天)も、左遷中に「香露峰の雪」を含んだ詩を書いています。だいたいの場合「詩才が過ぎてときの王様や政府をこき下ろしてしまったのがバレた」という理由なので、言いたいことが言えてスッキリしたのかもしれませんが。

日本にもいましたね、そんな人。※小野篁です(過去記事:平安時代の出来杉くん小野篁(たかむら)、天才すぎて島流しの刑【その日歴史が動いた】

蘇軾もそんな感じの経緯で見事に左遷されてしまったのですが、島流し先でのエンジョイぶりは随一といっても過言ではありません。ナゼかと申しますと、流された先の地でとある料理を生み出したといわれているからです。

 

 ”食猪肉”という詩まで作るほど

それは「東坡肉」(トンポーロウ)。
中国式の豚の角煮で、一度茹でるか揚げるかして油を落としてから煮込むものです。
当時豚肉料理というものはさほどバリエーションがなく、また安価であることから「ビンボーな人が仕方なくテキトーに火を通して食べるもの」とされていました。

東坡肉1

蘇軾は役人ですからある程度のお金はあったでしょうけども、左遷されているからには懐に余裕があるとは言いがたい状態。そこで「コレをああしてこうしたら美味いんじゃね?」と思いつき、まず紅焼肉(ホンシャオロウ)という豚肉の醤油煮を作りました。

ヤケだったのか「こうすれば豚肉は美味いんだよ!皆食おうぜ!」と世に広めたかったのか、”食猪肉”という詩まで作っています。雅なのか実利主義なのか食い意地が張ってるだけなのかワケワカメですが、多分全部なんでしょう。

日本人からするとちょっと奇妙に見える名前ですが、中国語では猪と書いて豚を意味するのでこれが正解です。ちなみに、日本語での猪は「野猪」と書くそうで。猪を家畜化したのが豚ですから、まあ何となくわかりますね。

 

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保存の利く調理法を考えているうちに… 

その後蘇軾は一度中央へ戻るのですが、さらにもう一度別の場所に左遷されてしまいました。世渡り下手すぎやろとか言っちゃいけません。

しかしやはり役人ですから仕事はきちんとしており、二回目の左遷先では治水工事などを手がけて領民にいたく感謝されます。そして「お役人様、ぜひこれをお召し上がりくだせぇ」(※イメージです)と彼らが蘇軾に献上したのが、またしても豚肉でした。もしかすると”食猪肉”や紅焼肉の話が伝わっていたのかもしれませんね。

しかし彼らの感謝に比例してか、あまりにも大量の肉だったため、蘇軾は家族だけではすぐに食べきれないと判断。そこでより保存の利く調理法を考え出します。それが「一度油を落としてから酒・醤油・砂糖で煮る」というものでした。捨てなかったあたり、役人にありがちな高慢さがなくていいですね。

これを領民たちにも振舞うと「ウマイ!!!」(テーレッテレー♪)と皆大感激。そしてその豚肉料理は蘇軾の号「東坡」からとって東坡肉と呼ばれるようになり、地元の料理店でも作られるようになり、今に至るとか。

東坡肉3

この東坡肉が日本に伝わり、独自のアレンジを加えた結果が家庭料理でお馴染みの豚の角煮だそうです。
両者の違いは、東坡肉が皮付きの豚肉を使うのに対し、角煮では皮なしの肉を使うこと。沖縄のラフテーは前者に近いですね。
東坡肉を生み出したとき既に60歳前後だったため、蘇軾はこの後数年で亡くなってしまうのですが、詩だけでなく全く関係なさそうな料理の世界でも名を残しているというのはスゴイ話です。

作家や芸術家には自ら死を選ぶ人が多いですけれども、彼のように料理を楽しむくらいの余裕があれば、苦しまなくて済んだのかもしれません。これは現代の一般人にも言えることですけどね。趣味はホント大切ですわ。

長月 七紀・記

参考:蘇軾/Wikipedia 東坡肉/Wikipedia




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