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その日、歴史が動いた 明治・大正・昭和時代

渋沢栄一さん、マジリスペクト! 近現代で最強の実業家はノブレス・オブリージュな生き方だった

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日本史には大きな節目がいくつかありますが、その時々の立役者たちについては、あまり授業で触れられませんよね。
そういう人物こそ、人生の良いお手本や励みになると思うのですが……まぁ、受験に使えないと教えないから仕方ありませんかね。
本日はそんな感じの、日本の現代社会の基礎を作った人のお話です。

天保十一年(1840年)2月13日は、元幕臣で後々官僚や実業家になった渋沢栄一が誕生した日です。

この概要だけでも結構スゴイ話ですが、詳しく見ていくとますますそのスゴさが身にしみてきます。そういえば朝ドラ『あさが来た』でも話題になったばかりですね。

早速見ていきましょう。

 

【TOP画像】渋沢栄一/Wikipediaより引用

 

勤皇派だったのに、京へ出て徳川慶喜に仕える

渋沢が生まれた幕末、その頃の渋沢家は、染料の製造・販売、養蚕、穀物・野菜の生産――という、商家・農家の二足のわらじを履いていた器用な家でした。
父と共に幼い頃から商売の現場を渡り歩いた渋沢は、14歳の頃には単独で仕入れを任されるほどになっていたといいます。将来有望すぎ。
平行して儒教の書物や歴史、剣術なども学んでいたそうですから、もうチートとしか。

一時は剣術道場でであった勤皇派の影響を受けすぎて、横浜の焼き討ちなどを計画したこともあったようです。これはイトコから説得されてやめているのですが、もしここで説得に応じなかったら、後々の日本に大きく悪影響を与えたでしょうね。

しかし、まだ勤皇の志は消えていなかったようで、勘当されたということにして京都まで行っています。ダイナミック若気の至り。
ここで新選組などに合流しなかったのは運命のいたずらというか、天の計らいというか……。京都で勤皇活動に行き詰まった渋沢は、知人の推挙で徳川慶喜に仕えることになりました。
勤皇派だった人が幕府側に仕えるというのもスゴイ話ですよね。この時点では、ほぼ無名の存在だったからできたのでしょう。

 

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慶喜の弟・昭武のお供でヨーロッパ行脚

程なくして慶喜は15代将軍に就任。渋沢も幕臣となり、ここから彼の将来に関わる運命の出会いが続きます。
まず、パリ万博(過去記事:パリのエッフェル塔はなんのために建てられた?【その日、歴史が動いた】)へ赴く慶喜の弟・昭武のお供として、ヨーロッパを巡ることができました。

そして、シーボルトの長男・アレクサンダーに語学を教わる機会を得ます。以前お話しした楠本イネの異母弟です。
イネにもいろいろ便宜を図っていますし、アレクサンダーは正真正銘の「いい人」だったんでしょうね。弟のハインリッヒも。
昭武と渋沢の一行はしばらくパリにいましたが、大政奉還に伴って明治政府から「もう幕府ないから帰ってきて」(超訳)という知らせが届きます。
逆らうわけにもいかず、おとなしく帰国しました。

帰国後、慶喜に会ったときには「政府は出仕しろと言ってきているが、お前は好きな道を行けばいい」と言われています。
今後の道を自分の意志で決めなくてはならなくなった渋沢は、「ひとまず政府から借りた金を返さなければ」と考え、会社を作ることにしました。

が、大隈重信が「せっかく直にヨーロッパの仕組みを学んできたんだから、政府の中に入ってその知識を役立ててほしい」(意訳)と諭され、大蔵省へ。
結局仲違いして4年ほどで政府を去るのですが、その間に度量衡や国立銀行条例の制定に関わっているので、言われたぶんの仕事はきっちりやったことになるのではないでしょうか。

洋装にチェンジして、随分と丸くなった印象に/Wikipediaより引用

 

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「公益のため」500以上の企業・機関の創設に関わる

政府を去った後、渋沢は第一国立銀行(現在のみずほ銀行)や七十七銀行などの銀行をはじめ、保険、鉄道、食品、宿泊業者、通信社、医療関係などなど、「この人が関わってない業種があるんだろうか?」と思えるほど多彩なジャンルの企業設立に関わります。上記のアレクサンダーやハインリッヒも、日本赤十字社の前身である博愛社などの設立で協力してくれています。

会社の他にも、関東大震災の際は「10年かけて復興する」という計画を立てて寄付金集めに奔走、女子教育の推進にも関わり……と、彼の関わった事業は箇条書きするだけでも膨大な数に上りました。一説によると関わった企業・機関の数は500にものぼるとか。

それでいて、どこかの会社の会長になったり、財閥を作って資材を貯めこむことはしませんでした。

「公益のために」を第一に考えていたからです。

通信社を作ったのも、アメリカで日本人移民排斥の流れが起きたとき、「日本人のことをきちんと知らないから、アメリカ人はこんなことを言ってくるんだ。日本のニュースをアメリカでも流してもらえるようにしよう」と考えたことがキッカケ。
すぐには成功しませんでしたが、渋沢の試みはやがて時事通信社や共同通信社の起源となっていくのです。

関東大震災後には、復興のために奔走/Wikipediaより引用

 

ヨーロッパで「ノブレス・オブリージュ」を学んだのでは?

引退後に「渋沢同族株式会社」という、ネーミング的にはすごくツッコミたい会社を作っておりますが、これは自分が死んだ後の財産分配をやりやすくするためだったそうで。

こうした「公共の福祉」を考えての行動は、明治政府からも高く評価されました。
明治時代における財閥トップの爵位は、男爵(公・侯・伯・子・男で一番下)ですが、渋沢だけは一段階上の子爵を与えられています。もし出自が良ければ、もっと上の爵位だったでしょう。

これは私見ですけれども、おそらく渋沢はヨーロッパで「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」についても学んでいたのではないでしょうか。
渋沢は高貴な血筋ではありませんでしたが、「お金を公共の福祉のために使う」という点では似ているように思います。現在も欧米圏の有名人があっちこっちに寄付をしていますが、おそらくこの考えから来ているのでしょうし。

残念ながら、日本のお金持ちやお偉いさんにはあまり根付きませんでしたね……。

ご家族と一緒に撮影、晩年のこと/Wikipediaより引用

 

生涯を一番詳しく書いた伝記は、本編58巻+別巻10巻

そんな感じで日本社会に多大な影響を与えた人なので、お札の肖像候補になったこともありました。
当時は「髭がないと偽造防止が難しい」という理由で却下されていますが、最近は髭のない人の肖像画も使われるようになりましたから、渋沢もいずれまた候補になるかもしれませんね。

現在でも渋沢の地元・深谷では、命日のある11月に渋沢イベントを行っているそうで。「さいたま郷土かるた」や、「彩の国21世紀郷土かるた」にも、ひとつずつ渋沢に由来する札があるそうです。
お札に採用されたら、彼にまつわるイベントが全国規模で行われるかもしれませんね。上記の通り、彼のお世話になっている会社は山のようにありますから。

渋沢の生涯を一番詳しく書いた伝記は、本編58巻+別巻10巻というとんでもない量ですので、ここでお話ししたのは文字通りごく一部のことです。
ご興味のある方は、渋沢栄一記念財団のホームページや、1冊で終わる伝記、名言集などを手にとってみてください。哲学者の名言集や最近の成功者による自己啓発本よりも、とっつきやすくて参考になるものもあるかもしれません。

長月 七紀・記

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参考:渋沢栄一/Wikipedia 渋沢栄一記念財団

 





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