建保7年1月27日(1219年2月13日)――夕方から降り続けた雪が強さを増している。
「天命に逆らうな」
そう語るのは、実朝が和田義盛に引き会わされたあの歩き巫女。
何やら意味ありげな登場の仕方ですが果たして……。
鎌倉殿は守り刀を手放した
儀式の様子を建物から眺めているのは三浦義村。その肩を北条義時が叩きます。
「どうしてここにいるのか?」
義村が怪訝そうな表情を浮かべると、横から北条時房が「聞かないように」と困った顔をしています。
義時は役目を外されてしまったとか。源実朝の太刀持ちを源仲章が代わったのです。
鎌倉殿の御命令であり、もう用無しと言われたとか。
主君の前で武器を持つということ――危害を加えることもできますから、全幅の信頼が置かれてないと任命されません。
義時が外され仲章に交代することは、本当に鎌倉殿の御命令だったのか。時房がそんな疑念を挟んできますが、当の義時はあっけらかんとしています。時房の方がかえって悔しそうです。
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ただしこのことは鎌倉殿が義時という守り刀を手放すことも意味します。
思えば初回以来、彼は鎌倉殿を守る刀でした。
最初に源頼朝を引き入れたのは兄の北条宗時だったけれども、頼朝を守っていたのは義時です。女装した頼朝を馬に乗せて逃げていく役割も担いました。
義時は義村に尋ねます。
「公暁はどこに潜んでいる?」
シラを切る義村ですが、義時も察しはついている。ならばなぜ動かないのか?
当然の疑問に義時はこう応える。
「思いは同じ。鎌倉殿は私に憤っておられる。もし公暁殿が討ち損じたなら、私は終わりだ」
覚悟を決めているような、諦めているような、そんな言葉ですが態度はふてぶてしく、終わるだなんて思っていないようにも聞こえます。
「覚悟ッ、義時!」
雪が降る中、厳かに儀式が進められる鶴岡八幡宮。
実朝の右大臣就任を祝う武家の都。
しかし三代鎌倉殿代替わりで生まれた歪みは取り返しのつかないところまで来ていた。
復讐の刃が向かう先は――。
長澤まさみさんのナレーションが静かに不穏な空気を伝えます。
「天命に逆らうな」
相変わらず同じ言葉を繰り返す歩き巫女。
公暁が八幡宮の階段横に潜んでいました。
と、北条泰時が義時の姿を見つけます。どうしてここにいるのか。驚く泰時に対し、時房は「聞かないでくれ」とそっと告げます。
泰時は父がいたことに安堵しています。その上で動かぬように告げる。
公暁は義時も狙っている――。
長い石段を実朝が降りてきます。泰時がそちらへ向かおうとすると、義時は止めます。
「聖なる儀式の邪魔をしてはならぬ」
義時の信仰心はおかしい。実衣が「意外と気にしい」とからかっていたけれども、確かに変だ。神聖なものを自分のために利用しているようで、ここもそう思えます。
その刹那でした。公暁が飛び出し、声を上げます。
「覚悟ッ、義時!」
斬られたのは源仲章でした。
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驚きと苦悶に満ちた表情で、その場でフラフラとする仲章。
突き刺され、今にも死にゆくその姿を、義時はまるでわかっていたかのように見守っている。
「寒い、寒いぞ、寒いぞ、ああ、寒いんだよ〜……」
ついには断末魔の叫びをあげ、この優美な男は息絶えました。
花が落ち、踏みにじられたような無惨極まりない死に様。あれほど美しい生田斗真さんが、血反吐に塗れて無惨に死ぬ。
これぞ大河の意義でしょう。
全く惜しむ必要性が感じられない。こういう散り際ができてこそ、演技の幅も広がりますよね。お疲れ様でした。
誰もが天命の虜になったかのような
「鎌倉殿!」
泰時が絶叫し、その場へ駆け寄ろうとすると、義時が「動くな」と止めます。
事前に胴丸の装着を拒んでいた実朝は、泰時から渡された小刀をどうにか懐から取り出しますが、しかし――。
「天命に逆らうな」
またも歩き巫女の声がしてくる。
公暁ですら迷いがあったように思えたところ、実朝は手にした小刀を落とし、まるで誘われ、吸い込まれるように刃へ近づいてゆき……呆気なく斬られました。
「鎌倉殿〜!」
泰時が叫ぶ。
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義時、時房、義村は衝撃的な場面を眺めているだけ。心底驚いているのは時房だけのように見えます。
「阿闍梨公暁、親の仇を討ったぞ! 源氏嫡流簒奪の謀略はここに明らか!」
事前に文書を用意していた公暁ですが、その紙はひらひらと落ち、実朝の身体の上で血に染まってしまった。
そのタイミングを逃すものか、とばかりに義時が宣言します。
「斬り捨てよ!」
この場面はかなり不思議に思えます。
ゆっくりとスローモーションのようで、あれだけ余裕があるなら実朝の暗殺を阻止できたようにも思える。
しかし誰もが観客となってしまい、ただただ、天命を見守るしかないような……あたかも天命の虜になってしまった神秘的な場面です。
実衣が姉・政子のところへ向かい、手をとります。
「気をしっかり持って」
「何?」
これから最悪の知らせを聞くことになる実朝の母・政子。
「天命に逆らうな」
そう歩き巫女が叫んでいると、義時の次男・北条朝時が小馬鹿にする。
「この婆さん、誰彼構わず天命に逆らうなって言っているんだ。昔はよく当たったのに」
どこから迷い込んだのか?と追い払っています。警備責任者としてそれでよいのかとツッコミたくなると同時に、重要な指摘でもありましょう。
天命に逆らうな――この言葉を誰彼構わず告げるというのは、巫女は天命の言葉を代弁しているから。
この夜、八幡宮周辺にいるもの全員が天命に巻き込まれているとすれば、それが正しい。
正しいのは巫女です。もしも誰かが天命に逆らい、実朝と公暁の間に身を投げ出したら天命は実現されません。
「笑えるな。お前の代わりに死んでくれた」
義村が皮肉げにそう言うと、
「兄上は天に守られているようです……」
すかさず時房がフォローする。
この二人も天命に飲まれた。義村は天命が成し遂げた悲喜劇が笑えた。時房は天命を感じ取った。
そして公暁は逃げてゆきます。天命を果たした藁人形は、捨てられるだけ。
冷淡に経緯を把握する広元
御所に戻った義時。
公暁を捉えるように宣言すると、大江広元はさらなる暴挙に出ないようそうすべきだと賛同します。
三善康信は泣いています。
泣いてるだけなら邪魔だから出ていくようにと広元は冷たく促している。
問題は次の鎌倉殿です。
上皇様に送る文を書くように告げる義時。鎌倉殿を失ったが、動揺は一切ない。そんな指示を出します。
康信がいなくなると、広元が、義時の無事を喜びます。さらには源仲章の死を自業自得だとして、手間が省けたとも言い切る。
「どうやら私はまだやらねばならぬことがあるようだ」
義時はそう言いますが、どんどん霧がかかるように難解になってきました。
広元よ。あんなに熱く語っていた尼御台への愛はどうなった?
政子の心痛を気にかけないばかりか、むしろ盤面が思ったように進んだと、ワクワクしているようにすら見えてくる。
広元は指手ではありません。駒を動かすのはあくまで天命。それでもこの盤上でことがうまく運んでいることに内心嬉々としているようだ。
そして天が指す駒の義時は、まだ終わっていないと理解しているようです。
義時が仕上がってきていますね。
和田義盛が亡くなったあたりは、元々の彼が顔を出して苦しみを見せていた。今は天命に呑まれ、かつての義時はまるで息をしなくなったように思える。
いったい誰が彼を救えるのか……。
実朝最期の歌
時房が政子に、鎌倉殿の遺骸を部屋に安置したと告げています。
政子は御台所こと千世のことを気にかけている。どうやら彼女は鎌倉殿の手を握ったまま離そうとしないそうで……愛のある夫婦でした。
実衣は涙を流しながら激情。
公暁を討ち取るように指示を出します。首を御所の正面に晒すくらいでなければ気が収まらない。
しかし政子は、あの子は私と頼朝様の血を引いていると言い、命を助けてやりたい様子です。
「何を言ってるの? 大丈夫?」
そう呆れる実衣。
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時房ですら、公暁は謀反人なのだから、尼御台がそのようなことを言ってはならないとたしなめます。
政子はそれでも引けない。公暁の首を取って実朝が喜ぶとは思えないと言うのです。
「だったら今、実朝に会いに行きましょうよ。あの子の前でも同じことが言えるかどうか。さあ、姉上」
そう実衣が告げると、千世がやってきました。
彼女は実朝の生涯最期の歌を手にしていました。
いでていなば 主ぬしなき宿と なりぬとも 軒端の梅よ 春を忘るな
【意訳】私がここを出ていったならば、ここは主人のいない屋敷となってしまう。それでも軒端に咲く梅よ、次の春にも忘れずに美しく咲くのだよ。
政子に促された時房が読み、愕然とします。
「これは別れの歌……」
同時に、今がどんなに厳しい寒さであっても、春は来ると告げています。あたたかい風が吹いてきます。
風は、源仲章には当たらなかった。もしも天があたたかい風を吹かせ、それを受けて咲く梅があるのだとすれば、それはどこにあるのでしょう?
そのころ仲章の屋敷にいたトウは縄を外し、監視人を倒して脱出していました。殺すことを使命とする彼女は、どこへ向かうのでしょうか?
妻を突き放す義時
「おかえりなさいませ」
自邸に戻った夫の義時に、のえが抱きつきます。鎌倉殿が襲われたと聞き、ご無事で何よりだと喜んでいます。
「代わりに仲章が死んだ」
「亡くなられたのですか」
「着替えて御所に戻る……お前も救われたな」
困惑して聞き返すのえを義時は突き放す。
仲章はのえに目をつけていました。貝合わせなどで彼女に近づき、だからこそ、いずれ言わなくても良いことを喋っていただろうと義時。そしてこうも言い切ります。
「私はお前を斬っていたかもしれない」
困惑しつつ、妬いておられるのか?とのえが言うと、さらに義時は突き放します。
「八重も比奈も、もう少しできた女子だった」
「言っていいことと悪いことがございます! 今のはどちらでしょうか? 今のはどちらでしょうか!」
のえが叫ぶ。彼女は言われっぱなしにはならない。
それにしても、義時は勘違いをしているのではないでしょうか。
妻とは夫を映す鏡です。
今の妻が劣って見えるというのならば、自分が醜くなった可能性には気づかないのか。
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父の北条時政はりくに籠絡されていたけれども、愛のために泣き続ける鶯(うぐいす)だった。花の枝に止まって鳴く姿は愛らしい。
けれども今の義時は、まるで屍にたかる鴉だ。ギャアギャアと鳴く姿は、ただただ、おぞましい。
たかが骸骨、されど骸骨
三浦義村が焦っています。
早く若君こと公暁を見つけ出すよう命じている。他の奴らに先を越されてはまずい。
弟の三浦胤義がお連れしてよいのか?と尋ねると、苛立ったように「見つけ次第殺す」と命じます。
謀反人に加担していたら三浦は終わり。そう説明しながら、そんなことも理解できない弟に苛立っているようだ。
当の公暁は、政子の部屋の前に来ていました。
ここにいてはすぐに捕まってしまうと部屋に招き入れ、傷に薬を塗りながら、公暁に語りかけます。
「実朝は、あなたに謝りたいと言っていました」
「話をしました」
「会ったのですか?」
「二人で源氏の世を作ろうと言われました」
「あの子がそんなことを……」
「しかし私には信じられなかった。欺かれてると思いました」
公暁が実朝の言葉を素直に受け取れていたら……。ほんの少しの差で、事態は大きく変わってしまいました。
「こんなことをして鎌倉殿に本気でなれると思っていたのですか。謀反を起こした者についてくる御家人はいません」
「多分そうでしょう」
「わかっていたなら、どうして?」
一見、何気ない問答のようで、頼朝の蒔いた種が育っているとわかります。
かつて頼朝は奥州合戦において、主君・藤原泰衡を密告した河田次郎に忠義がないと罵り、斬首を命じました。
そうでもしないと坂東武者に忠義はわからない。
頼朝のころはそうだったけれども、その種は育ったのです。
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祖母の政子を前にして素直になれたのか、公暁が話を続けます。
「知らしめたかったのかもしれません」
「知らしめる?」
「源頼朝を祖父に持ち、源頼家を父に持った私の名を……結局、私には武士の名はありませんでした」
源氏の血だけで鎌倉の上に立てる時代は終わった。そんな嘆きもあるような言葉です。
そして“お見せしたいもの”として、取り出したのが、あの髑髏。実朝の部屋から持ってきていました。
「これぞ鎌倉殿の証、四代目は私です。それだけは忘れないでください。二度とお会いすることもないでしょう。御免」
たかが髑髏、されど髑髏――かつて文覚が源義朝の骸骨として持ちこんだ偽物を、政子が掲げて頼朝に挙兵を促しました。
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そうして征夷大将軍にまで上り詰めた頼朝と、その血を引く子たちは次から次へと散ってゆく。
政子の人生は、源氏という歯車に巻き込まれたようなものでした。
義時に対峙した義村は……
公暁の犯行について、実際のところ義村はどこまで知っていたのか?
義時が問い詰めています。
義村は、たしかに公暁から相談は受けた。しかし断った。そう言いながらも、信じられるほどの説得力はないと理解している様子。
そして正直に言います。
確かに一時は考えた。公暁を焚きつけ実朝を殺し、てっぺんに上り詰めようと思った。だがやめた。
「なぜだか教えてやろうか?」
「聞かせてもらおうか」
義村は言います。義時のことを見ていたら頂点に立つことなど嫌になった。今の義時は力任せで、怨みを集め、怯え切っている。
「そんな姿を見ていて、誰がとって代わろうと思う?」
そう言われて義時はこうだ。
「私にもう敵はいない。天も味方してくれた。これからは好きなようにやらせてもらう」
「頼朝気取りか? 言っとくが、これから鎌倉はガタガタだ。せいぜい馬から落ちないよう気をつけるんだな」
義時のあまりに異常な言葉に、あの義村ですら怯んでいます。
正面きって反論するというよりも、皮肉げに冷たい笑みを浮かべつつ憎まれ口を言う――こういうやり口って、猫が耳を伏せながらシャーシャー言っているようなもので、ビビっているとかえってわかります。
そんな相手に義時は容赦しない。
自分が狙われていることを知っていたのか、公暁が私を殺そうとしていたことは知っていたのか、と畳み掛けながら、叫ぶ。
「私に……死んで欲しかったのではないのか!」
「公暁がお前を殺そうとしていると知ったら、俺はその場であいつを殺していたよ」
そう言いながら去ってゆく義村は、襟を直していました。
前回(第44回放送)で明かされた義村の癖ですね。真意と違うことを言うときは襟を直しながら言葉を出す。
では、今回の義村はどうだったか?
半分嘘で、半分真実を語っているとも思えます。
三浦が北条に勝つ手段を考えてきたこの男。義時を殺すことを夢想したことがなかったとは思えません。
しかし、仮に義時を殺したところで、北条には泰時がいれば時房もいて、さらには何と言っても頼朝の妻だった政子もいる。彼ら全員を首尾よく倒すことなど不可能に近い。
そんな危ない賭けをするぐらいなら公暁を始末した方が確実だ。
義時への友情なんて、そんな湿っぽいものではなく。この二人は莫逆の友というより、呉越同舟といったところでしょう。
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しかもこの会話の最中に、義村も気づいた。
天命に足を掴まれた。目の前にいる男は巨大化している。
かつては自分に策を聞きに来た、すがる犬のような目で助けを求めていたこともある男が、今や、自分を掴んで頭から噛みちぎりそうな何かになってしまった。
これほどの恐怖と屈辱はないでしょう。
なんだろう、義時がもう人には見えない。もっと別の何かに見える。
呆気なく刺殺される公暁
三浦館の奥の間に、若君こと公暁が来ていました。
捕らえたのではなく、助けを求めに来たと三浦胤義が義村に伝えます。
部屋で公暁は食事をしていました。
「平六、しくじった」
なんとも軽く言う相手に、此度は取りやめるべきだったと義村が諭すと、公暁は京へ戻りたいと言い出します。
園城寺なら匿ってくれるとのことで。確かに寺社にはアジールとしての役割がありますね。
義村に手はずを整えるよう伝え、こんなときでも腹が減ると飯をかっ食らう公暁。
まだ諦めてはおらず、必ず鎌倉へ戻るとも語りますが、すっかり毒が抜けて、一青年の姿に戻ったようにも見えてくる。天命が手を離したのでしょうか。
そんな公暁を義村は易々と刺殺しました。
どれほど剣術に長けた悪僧だろうと、油断すればあっけなく討たれるのでしょう。
公暁はあの髑髏を残し、その前で死んでゆきました。
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首桶を持った義村が御所へ。
「公暁阿闍梨の首にございます。御検分いただきたい」
「鎌倉殿の仇はこの三浦平六左衛門尉義村が取ってくれたぞ」
義時がそう宣言すると、大江広元がさすが頼朝様挙兵以来の家臣だと褒めちぎります。
「この先も三浦一門、鎌倉殿のために身命を賭して働く所存でございます」
「北条と三浦が手を携えてこその鎌倉。これからもよろしく頼む」
「ははっ!」
白々しい芝居を続ける三者――彼らは賢く、本音を隠し通す術を身につけています。実朝と公暁にあるまっすぐな美しさはない。
時房から公暁の死を告げられ、政子は一人にして欲しいと嘆願しています。
北条泰時が父に話しかけてきます。なんでも人の目があったので話せなかったとか。
「あのとき何故私の腕を掴まれたのですか? 父上は鎌倉殿の死を望んでおられた。全て父上の思い通りになりました。これからは好きに鎌倉を動かせる、父上はそうお思いだ! しかしそうはいきませぬ」
「どういう意味だ?」
「私がそれを止めてみせる! あなたの思い通りにはさせない」
「面白い。受けて立とう」
そう語る義時は、本音では嬉しいのかもしれない。
かつて次男の北条朝時が粗相をしたとき、父を超える気はないのか!と迫り、ないと答えられると失望していました。
泰時は違う。
いい加減、義時は天命に翻弄されていることに疲れ果て、誰かに解き放って欲しいのかもしれない。そして泰時ならできると思っているのかもしれない。
こんな悲しい親子愛もそうそうないでしょう。
それにしても、泰時の素晴らしさよ。
義時、義村、広元が失った純粋さ、朝時にはない凛々しさ、実朝にはない力強さ。全てがバランスよく溶け合っているようだ。
京都はどう出るかのぅ?
しんしんと雪の降る空を政子が眺めています。
そして小刀を握り締めたかと思ったら、その刃先を喉へ。
自死しようとするそのとき、仲章の邸から逃げてきたトウが近づき、政子の手を止めます。
「ならぬ」
「ではあなたが殺して」
「主の命がなければ、人は殺せない。自ら死んではならない」
涙が瞳に盛り上がり、泣き出す政子。ようやく尼御台は泣くことができました。
この場面のトウは奇妙です。
命令口調になっています。しかも「主の命」と言っている。
むしろ誰かに命じられて政子の命を救いに来たような、不可思議なものがあります。
トウの主は義時なのか? それとも義時の上にいる天命なのか?
京都では後鳥羽院が慌てふためきながら、実朝が殺されたのはまことか?と慈円に尋ねています。
源仲章まで凶刃に倒れたと告げる慈円。
「つくづく鎌倉とは忌まわしいところだ!」
そう吐き捨てる後鳥羽院に、兼子もおそろしやと怯えています。こうなっては鎌倉に親王様などやれない、なかったことにすると言い出しました。
かといって、北条のやりたい放題にするわけにもいかない。慈円も早々に手を打つべきだと告げます。
御所でその北条の男、義時が策を練っています。これを機に親王将軍をなかったことにしようというのです。
一方、朝廷の出方を気にしている鎌倉では、義時たちが話し合いをしていました。
議題は次の鎌倉殿をどうすべきか?
親王以外の者をつけるのは、実朝の意思に背くと反対する泰時。
死んだ者に従ってどうするのかとそっけない義時。
これもおかしい。当時は怨霊を重視しておりまして、頼朝は、義経はじめ殺めた人の怨霊対策をしていました。しかし義時は全く気にしていない。
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義時に賛成の広元は文を出そうと言い出します。
しかし、三善康信、京都まで交渉に出向いた時房、そして泰時は反対。
そこで義時は、康信と時房と泰時の意見に添いながらも、向こうから親王の鎌倉行きを断るようにすべく、さらに悪どいことを言い出しました。
後鳥羽院をせっつき、一日も早く親王を送るように促す――。
広元も賛同です。
「さりとて向こうも我らを操る手綱は残したい。さぁどうでるか。のう太郎」
挑発するように言い出す義時。
鎌倉の闇を断ち切るため何をした!
実衣はここが正念場だと、息子の阿野時元に語りかけています。
時元はやりたくないようですが、それでも彼女は鎌倉で源氏嫡流の血を引くのは全成の子であるあなただけ、必ず鎌倉殿にしてみせると強気。
「この母に任せておきなさい」
夫である阿野全成の言い残した言葉をすっかり忘れ、野心に暴走しようとしています。
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そのころ義時は、公暁が持っていたあの髑髏を政子に届けていました。
「もうよい。どこかに丁寧に埋めてしまいなさい」
そう告げると彼女は、もう鎌倉を去り、伊豆へ向かうと言います。
しかし、それをキッパリと断る義時。
もうたくさんだ、なぜ止めるのか、と訴える姉に冷たく言い放ちます。
「姉上が頼朝様の妻だからです」
頼朝の威光は妻に残っている。むしろ立場は今以上に重くなる。今こそ北条の鎌倉を作る。邪魔する者は誰もいない。
淡々と語る義時に対し、勝手にしろと突き放す政子。
しかし義時は追及の手を緩めません。鎌倉の闇を断ち切るためにあなたは何をしてきたか! そう答えを迫ります。
「頼朝様から学んだのは私だけではない。我らは一心同体。これまでも、そしてこの先も」
もはや闇そのものの顔で語る義時。
確かに頼朝の死後、義時が伊豆に帰ろうとするところを引き留めたのは政子です。
これも中世らしいといえばそうかもしれません。夫に先立たれた女性が引っ込むことが許されない。そんな重荷があります。
権力者の権化
義時が運慶に、自分に似せた仏像を彫るよう依頼しています。
これは権力者のやり口そのものですね。
武則天が龍門石窟に自分に似せた盧舎那仏を彫らせたとか。
ナポレオンが自分に似た神様コスプレ彫刻を作らせたけど、恥ずかしすぎて人目につかないよう保管していて、それをイギリス人が奪ったうえに公開したとか。
義時よ、なぜ、そんな嫌な振る舞いをするのか。
運慶も、面白いことを言うと笑い飛ばしつつ、断ろうとします。ため息をつきながら、義時の顔をこう指摘するのです。
「お前だよ、迷いのない顔。つまらん顔だ。今のお前に興味はない」
義時は迷いなくこう言います。
天下の運慶に、神仏と一体となった己の像を作らせる。頼朝様が成し遂げなかったことをしたい。
望むものはなんでもくれてやると言われても、運慶は欲得で仕事をしていないとそっけない。
それでも義時はお見通しだ。
早く仕上げるために弟子たちに作らせている。そのぶん他の依頼もこなせると言った。十分欲得で動いていると。
「よくぞ見抜いた!」
「お前は俗物だ。だからお前の作るものは人の心を打つ」
「期日は?」
「決めておらぬ。その代わりお前が一人で掘るのだ。正真正銘の運慶の作として」
「いいだろう。それじゃあお前のために作ってやるよ」
「それがよい」
天命に選ばれた男は、ついに己を模した神の像まで作らせることにしました。
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新しい神には宿命がある。
それは古い神を倒すこと。神の敵となる――それがこの北条義時に課せられた使命です。
MVP:実朝と公暁
審判の日――この前回のタイトルは、新たなる神・北条義時の審判を実朝と公暁の二人が受けたということなのでしょう。
今週の八幡宮の階段は、まるで儀式の祭壇のようでした。
そこに二人が置かれ、殺し合う。
何か台本でもあるような、運命に吸い取られていくような。
二人とも美しい。神が選んだ最も美しい生贄のようで、見ているだけでも胸がいっぱいになりました。
無惨なはずが、荘厳で、圧倒されて何がなにやらわからない。
そんな公暁なのに、三浦館で飯を食べているところは普通の若者でした。あぁ、彼から天命が去っていったのだと思えた。
『歴史探偵』に柿澤勇人さんが出ていて、演じた実朝のことを熱心に語っていました。
ともかく実朝が好きで好きでたまらなくて、その情熱がこぼれ落ちるようで圧倒されました。
演じるということを通り越して、役を生きて、それが楽しかったのだと思えて素晴らしかった。
寛一郎さんもインタビューを読むと役に入り込んでいるんだなと。
理解がものすごく深い。演じるというのは天命と通じてしまうのかとまで思えてきます。
源実朝と、公暁が、時を超えてこの二人を選んだみたい。そんな奇跡が見られることに、大河の存在意義はあります。
天命が選んだMVP:“厳寒三友”の梅こと北条泰時
サウンドトラックの曲名がヒントになっていると思えるこのドラマ。
「厳寒三友」があります。
松竹梅です。今では酒か、弁当の等級のように思えますが、由来は風流です。
松と竹と梅は、寒い冬でも生きる姿を見せてくれます。そのことが、逆境でも生きる己を励ますようだということで、宋代以降の文人に愛されてきました。
北条にはこの三者がいるように思えます。
松が義時。
竹が政子。
そして梅は泰時。
梅とは花の中でも特別です。
春が来ると真っ先に咲きます。寒い冬から花を咲かせる。そこから時代の先駆者という意味合いがあります。
お札の顔になる津田梅子。
彼女の父は男児が欲しかったのに、女児が生まれたので、ほったらかしにされてしまいます。
そして家の盆栽から適当に「梅」と名づけられました。
この名前を梅子は気に入っていた。自分こそは新時代を生きる女性の先駆けだと思っていたから。
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泰時はまさしくそんな梅の象徴に思えます。
御成敗式目を制定し、撫民政治を行なおうとした。時代の先駆者なのです。
義時がドス黒い顔で「北条の思うままの鎌倉にする」というと悪どく聞こえるけれども、このあとに泰時という梅が咲くのだと思えばよいことにすら感じられる。
こう解釈すると、実朝の歌が泰時の未来を守るようにも見えてきた。
多くの善意と愛が流れ込んだ泰時を、天命はこの先選ぶ。
坂口健太郎さんは梅のようだと形容しても納得できます。
梅は姿だけでなく香りもよい。香りとは高潔さの象徴です。この泰時には高潔さがある。素晴らしい。義時がどんなにドス黒くても、泰時は清らかだから大丈夫です。
一方、このドラマの小栗旬さん、山本耕史さん、生田斗真さんはそうではない。
ドクゼリ、ドクウツギ、トリカブトだと思いますね。
義時は松だと書いたけれども、毒があるからそれでもよいかなと。
そうそう、「寒い」と言いながら死んでいった仲章は冬になると枯れる草花ですね。
新時代を担う人材ではありません。残念でした。
総評
『麒麟がくる』の最終盤もそうでした。
このゾクゾクするような奇妙さがある回でした。
歩き巫女の言うことは正しい。あの八幡宮のそばにいたものたちは個人差があれど、天命に呑まれています。
巫女はわかっているから警告する。主人の命令と、親の仇討ちが完了していて、空洞であるトウにも入り込んでくる。
素直に受け止めつつある時房。
笑い飛ばしてやりたいけどできない義村。
何も気づいていない朝時。
感受性が強いため、天命の求める盤面を読み取り、興奮が止まらない広元。
確固たる意思があるため、呑まれない泰時。
そして自分こそ天命の代行者だと悟り、逃れられない義時。
義時はむろん話し、行動し、意志を通しているのだけれども、彼自身が考えて発している言葉なのかどうか?
そんな義時ともう一人、水に沈んで放心しているような姿も重なって見えてきます。
伊豆で木簡を数えていた青年の姿です。
この前、放送された『あさイチ』で、小栗旬さんが「八重さえいればこうならなかったかもしれない」と語っていました。
わかります。義時の心には穴が空いている。まずそこを塞がないと何を入れても満たされないのに、それができない。天命がどんどん流れ込んでいっておかしくなっている。
その箱の中で、かつての義時は沈んでしまった。
そんな義時が、己を模した仏像を運慶に依頼するところで、もう頭をぶん殴られたような衝撃がありましたね。
君主というものは、往々にして神に挑むことがあります。
キリスト教圏だと、教皇から破門されると、皇帝だろうと謝らなけばならない状態がありました。
そんな【カノッサの屈辱】は11世紀です。
それが近世へ向かう中、宗教改革に乗っかり、教皇を無視してよい仕組みを考える王が出てくる。
国王が宗教の頂点を兼任する、イングランド国教会です。
フランス革命はカトリックを否定します。
それをナポレオンは復活させたけれども、戴冠式では法皇ではなく自らが冠を被せた。
それをダヴィッドの手により壮麗な絵として残すことで、宗教の権威すら屈服させる皇帝の姿を残しました。
こういう神の敵となることを恐れない権力者としてのふるまいを、意図的に義時にさせていると思えます。
ここまでするか!
朝敵になるということは、日本人の価値観では最低最悪のはずだった。それを義時は軽やかに楽しんでそうしているようだ。
朝敵会津の弁明を聞くのか!と、一部で文句をつけられた『八重の桜』どころの話じゃない。
あのドラマで吉田松陰を演じた小栗旬さんが、狙い澄まして神との戦いに挑む様をこの作品ではやっている。
恐ろしいことです。さすが新選組を大河の主役にして描いた三谷さんはものがちがうと改めて思います。
私が注目している本作関連記事への回答にも思えます。
◆ 『鎌倉殿の13人』の主人公・北条義時、かつて「逆賊」扱いされていたのをご存知ですか?(→link)
宋代専門で、儒教思想に詳しく、大河ドラマファンである小島毅先生のこちらの記事に、こうあります。
『鎌倉殿の13人』の義時(小栗旬)は、どんなふうにして後鳥羽上皇と戦うのだろう。
今回の登場人物の性格設定から推察するに、義時自身は(去年の慶喜みたいに)恭順の意向だったのに、そそっかしい三善康信(小林隆)が後鳥羽上皇の命令を誤解して「幕府の者たちは全員死罪らしい」と伝え、それを聞いたせっかちな政子(小池栄子)が義時に無断で御家人衆に即時挙兵をそそのかし、冷静な義時も彼らの暴走を制止できずに戦うことになる、といったところだろうか。
三谷さん、台本がまだだったら、ぜひそうしてください。
これは小島先生が、本気で仰っているとは思えません。
イデオロギーに敏感な小島先生は、2021年の徳川慶喜にむしろ不満があったと推察(そもそもあの儒教解釈があまりに雑なドラマを好きになる理由がないとみた)。
ゆえに、上記の記事で書いていることは、むしろ「こうなったらガッカリだな! こうするなよ!」という意味合いに読めます。
そんな小島先生もニッコリ微笑むような、神との戦いに本作は突入しています。
義時は仏像を己に似せようとした――このことが非常に重要。
神道の頂に立つ天皇に対し、天竺から唐を経由してきた仏教を掲げて立ち向かうのです。
義時は時代の先取りしているといえる。来年の大河主人公である徳川家康は『吾妻鏡』を熱心に読み、己を神として日光東照宮に祀りました。
日本人は無宗教なのではありません。
日本だけでなく中国もあてはまりますが、複数の宗教を同時に信仰できる。
日本は儒教・仏教・神道。
中国は儒教・仏教・道教。
キリスト教は複数の宗教を認めないので、日中両国での布教で色々揉めてきた。そういう構図をプロットにギュッと入れ込んできている。
神道の頂に立つ後鳥羽院を、仏教をかざした武士が倒す。
それこそ日本史だろうが、我々の歴史だろうが、そうして成立した武士に日本人は畏敬の念を感じているから、サッカー代表をサムライと呼ぶのではないか?
そういう思想史まで撃ち抜いてくる、とてつもなく高度な仕上がりを見せてきています。
ここまで見事ですと、三谷さんはじめこのドラマの作り手に、天命が憑依したんじゃないかとすら感じてしまいます。
神がかりな言動は否定したい。そういう気持ちもあるけれども、あまりに見事なものを目にしてしまうと、人智を超えた何かがあると思いたくなってしまう。
そういう境地に本作は到達しています。おそろしいことだ。
シェイクスピアに伏線があるのか?
最終回がとてつもない展開だと今から期待の高まる『鎌倉殿の13人』。
のえによる義時毒殺説を採用するか否か、予想合戦が盛り上がっています。
源頼家のモチーフとされる『リチャード二世』。
BBCドラマ『ホロウ・クラウン』タイトルの由来でもあるセリフに、そのヒントがあるかもしれません。見てみましょう。
“For God's sake, let us sit upon the ground
And tell sad stories of the death of kings;
How some have been deposed; some slain in war,
Some haunted by the ghosts they have deposed;
Some poison'd by their wives: some sleeping kill'd;
All murder'd: for within the hollow crown
神よ、ここに座り
王たちが死んだ悲しい話をしよう
彼らはいかにして屠られたか
戦場で殺されたものもいる
殺してきた者の怨霊に取り憑かれたものもいる
妻に毒殺されたものもいる
眠っている間に殺されたものもいる
みな、殺されてしまった、虚ろな王冠をかぶったままで
戦場で殺されたもの→北条宗時
殺してきた者の怨霊に取り憑かれたもの→畠山重忠を滅ぼし、その恨みをかった北条時政
妻に毒殺されたもの→北条義時?
どうにも義時は安らかに亡くなりそうではありません。大河ドラマの歴史を変える挑戦を期待して待ちましょう。
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禍々しい鎌倉がなぜ大河の題材に選ばれたのか?シェイクスピアの考察で見えてくる
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時代は変わり、基準も変わる
今回(第45回)放送がワールドカップ日本戦と時間帯がばっちり重なったせいか。
こんな記事が出ていました。
◆三谷幸喜「鎌倉殿の13人」がコスタリカ戦とカブっても動じないワケ(→link)
本文の中では、カッコ付きで「関係者が語った」としておりますが、一体関係者とは何をもってして関係者と言うのか。
果たしてどこまで直接話を聞いたのかどうか怪しいものです。
視聴率については私なりの意見を記しておきたいと思います。
【海外では、視聴率ではなく、視聴者数あるいは視聴回数で測っている】
視聴率というのは日本独自の基準、海外では視聴者数で計測します。
ネット配信が普及した現在は、記録も容易なことから、特にその傾向が強く、海外ドラマの宣伝を見ていると「驚異的な視聴回数を記録!」といったコピーがついています。
ではなぜ日本では、未だ古めかしい基準に頼っているのか?
メディアや読者の感覚がアップデートされてないというのが大きな理由の一つ。
もう一つ、視聴者数と視聴回数が公表されていないことも確かですが、例えば大河についてNHK側が把握していないわけがありません。
NHKプラスの視聴者数データは当たり前のように計測されています。
例えばNHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』は、視聴率は低いものの、NHKプラスの視聴回数がかなり高かったため、NHKとしては成功とされているようです。
『鎌倉殿の13人』も、視聴回数は公開されておりませんが、かなり高いとか。
作品が高評価かどうだったかについては、雑誌の広告なり、書店を歩けばわかります。
歴史雑誌が秋以降も特集を組んでいるか。
歴史雑誌以外でも、記事が掲載されているかどうか。
この点で、2021年と2022年の大河ドラマではかなりの差がついています。
ネット記事と異なり、確実に利益が出そうでなければ紙媒体は掲載しません。ゆえにそこから判断できる。
今年は成功でしょう。
『孫子』のような兵法書には「軍勢の旗の振り方で相手の状態がわかるよ」と書かれています。
『鎌倉殿の13人』は旗の振り方がいい。乱れがありません。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト















