斎藤義龍・斎藤道三・稲葉一鉄のイメージイラスト

歴史漫才

“マムシの道三”とか“美濃三人衆”とか誰が言い始めたん?半べー&官べーの歴史漫才『戦国史原論』

半べー
半べー
「戦国時代ってさ、戦隊モノだよね」
官べー
官べー
「ゴレンジャーみたいな?」

半べー「そうそう、美濃三人衆とか、賤ヶ岳の七本槍とか、やたらと人数揃えるのが好きじゃん」

官べー「豊臣で言えば、五大老や五奉行もそうか」

半べー「一人じゃ何もできねーヤツらね」

官べー「んなことねーわ!」

半べー「怪人のほうがよっぽど偉いよ、いつも単独で戦ってさ」

官べー「何の話だよ! 戦国時代に怪人なんていないだろ」

半べー「いるじゃん、マムシの道三とかさ」

官べー「ゴリゴリの人間だよ! 美濃の戦国大名!」

半べー「にしても、酷い言われようじゃない? だって、マムシって、これだぜ」

 

 

 

官べー「なんだか中途ハンパなの来たなー。不気味でありつつ、カッコ良さもある」

半べー「マムシの写真を探したら、どれも生々しくてさ。蛇が苦手な女性が見たら、もう二度とサイトに来てくれなくなるでしょ」

官べー「要らん気遣いかと……」

半べー「だから、こういうのがいいと思うんだよね」

 

 

 

官べー「今度は“せなけいこ”の絵本になっちゃった!」

半べー「ハハッ、おばけのやつね。それにしてもさ、“マムシの道三”って、どういう由来で付けられたんだろうね?」

官べー「最初は、坂口安吾の小説『信長』らしいよ。昭和27年10月から新聞で連載された」

半べー「意外と新しいんだねー。まぁ、戦国時代には面と向かって言えないよね。実際、マムシに似てるしな」

斎藤道三の肖像画

斎藤道三/wikimedia commons

官べー「似てねーよ……とも完全に言い切れない、独特の質感ある肖像画よ……」

半べー「坂口安吾は“マムシ”をどういう風に書いていたの?」

官べー「それがさ、なかなかキャッチーなー言い回しもあってさ。“タワケ信長”と“マムシ道三”とか対比したりしてんの」

半べー「すごいワードセンスじゃん! ウンコ家康ぐらいしか思いつかん」

官べー「三方ヶ原の伝説は、もうやめて差し上げろ」

半べー「ケマリ義元ってのは?」

官べー「たしかに大河ドラマ『豊臣兄弟』でもやってたけどさー、イマイチだなぁー」

半べー「チコク秀忠」

官べー「あれは、本人、悪くない」

半べー「しょうがない! こうなったらボンバ久秀だ!」

官べー「なんだよ、その短縮! 松永久秀はボンバーマンだろ! いや、自爆も全然史実じゃねーから!」

月岡芳年『芳年武者牙類:弾正忠松永久秀』

月岡芳年『芳年武者牙類:弾正忠松永久秀』/wikipediaより引用

 

半べー
半べー
「美濃三人衆という言い方は誰が考えたの?」
官べー
官べー
「これが意外なことに、当時から使われてたんだ」

半べー「マジで?」

官べー「三人はさ、美濃の斎藤龍興を見限って織田家に降ったわけだけど……以来『信長公記』でも“美濃三人衆”という言葉が登場している」

半べー「そうかー、茶々と初と江も大変だったな。すっかり大人になっちゃって」

 

浅井三姉妹の肖像画

左からお江(崇源院)・茶々(淀殿)・初(常高院)/wikipediaより引用

官べー「それは浅井三姉妹だろ! 安藤守就と、稲葉一鉄と、氏家卜全だよ、三人のおっさんだよ!」

半べー「失礼しました。では、美濃三人衆は、それぞれの頭文字をとって『あ・い・うの法則』で覚えましょう。ずばり、テストに出ます」

官べー「ぜってー、出ねー! とも言い切れないか……」

半べー「そうだよ、“あんどうしゅしゅう”なんて、漢字からして“就職を守る”人なんだから、入社試験あたりで狙い目でしょ?」

官べー「安藤守就(もりなり)だよ! お前は落ちるわ……つか、どんな問題だよ」

半べー「わりぃわりぃ、入社試験とか受けたことないんで、テキトー言っちゃった」

官べー「でしょうね!」

 

半べー
半べー
「でもさ、試験に出るなら斎藤道三の“次”じゃない? 地味で名前が出てこないから、絶好の狙い目じゃん」
官べー
官べー
斎藤義龍のこと?」

半べー「そうそう、『麒麟がくる』では伊藤英明さんがやってた」

官べー「父親と比べたら確かに地味だけど、史実ではかなり有能な人だったんだよ」

半べー「マムシの子はマムシか……」

官べー「カエルだろ」

半べー「それが、けっこうマムシ感あるのよ」

斎藤義龍の肖像画

斎藤義龍/wikimedia commons

官べー「またもや否定しきれない、独特な質感よ……」

半べー「有能には見えないかなぁ……」

官べー「人は見た目じゃないでしょ」

半べー「本当にyou know なのか、Do you know men? Hey YO!」

官べー「慣れないラップをやるんじゃないよ! 例えば義龍が当主の頃は、織田軍の攻撃をほとんど跳ね返している」

半べー「やるな、怪人・シロダルマ……」

官べー「やめろー!」

半べー「まぁ、でも武力だけの脳筋でしょ?」

官べー「それが、斎藤道三の時代よりも相論(裁判)のシステムを効率化したり、統治能力も悪くない」

半べー「だったら、なんで地味なんだ?」

官べー「永禄四年(1561年)に33歳の若さで急死してるんだよ。もしも天寿を全うしてたら、信長の美濃攻略も無理だったのでは?という歴史学者の指摘もあるほど」

半べー「だったら、シロダルマなんて言い方よくないな……これからはYOSHITATSUと呼ぼう」

官べー「YOASOBIみたいに言うな」

半べー「“DGDG”だね」

官べー「ん?ナニソレ?」

半べー「“DAIGOの大誤算”だよ」

官べー「DAI語ね! あぁ、『豊臣兄弟』の斎藤義龍はDAIGOさんだったな!」

半べー「ったく、ちゃんと勉強しときなさい。この本でも読んでさ」

DAI語辞典(→amazon

官べー「なんだ、この本! すごいな、DAI語って書籍化されてたのかー!」

半べー「ウィッシュ」

👉️よろしければ美濃の関連記事「なぜ美濃三人衆の氏家卜全は信長に仕えてわずか4年で世を去ったのか」も併せてご覧ください

📚 戦国時代|武将・合戦・FAQをまとめた総合ガイド


参考書籍

木下聡『斎藤氏四代:人天を守護し、仏想を伝えず』(2020年2月 ミネルヴァ書房)
谷口克広『織田信長家臣人名辞典』(2010年11月 吉川弘文館)

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川和二十六

歴史学科を卒業。大河ドラマ『豊臣兄弟』レビューおよび歴史エンタメ記事を担当。歴史記事以外でも様々な分野のライティングや編集業務もこなしている。 ◆国立国会図書館データ https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/001138406

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