もしも2026ワールドカップの日本代表を戦国武将から選んだら?
本多忠勝のワントップで無傷の全勝だろ!
そんな妄想が止まらなくなってしまう一方、忠勝にボールを供給する選手だって大事ですし、ゴールを守るディフェンス陣や守護神も欠かせません。
そこで考えてみました!
参考にしたのは予選3戦目・スウェーデン戦の先発(※参照:ゲキサカ)。
果たしてどの武将がいかなるポジションを任されるのか!
FW:島津家久(上田綺世)

戦場で劣勢なフリをして敵をひきつけ、伏兵が待つところまで誘う――島津のお家芸“釣り野伏”を駆使して大友の大軍を撃破した島津家久。
少数の兵で大軍を撃ち破ることを得意とし、島津四兄弟の中でも、とにかく勝負強いのが特徴だ。
自ら敵をひきつけ、攻撃の起点となるポストプレーをこなすだけでなく、空中戦にも無類の強さを誇る上田綺世選手と姿が重なる。
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MF:井伊直政(前田大然)

井伊直政/photo by 戦国未来
前田大然選手のポジションに入るのは井伊直政。
武田の赤備を引き継いだ猛将は自身が傷つくのを恐れず突撃する“突きがかり”戦術を得意としており、前線で走り続けてプレッシャーを与える前田選手にピッタリ。
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MF:水野勝成(堂安律)

水野勝成/wikipediaより引用
徳川家康の従兄弟であり戦場では常に先頭で暴れ回る――まさに戦うために生まれてきた武将。
気性が激しすぎて一時は水野家を追い出されて各武家を転々とするも、最後は徳川家に戻り、その後は人が変わったように名君と称えられる善政を敷く。
チームのために戦うことを意識し、最も頼れる存在となった堂安選手を彷彿とさせる。
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MF:長宗我部元親(中村敬斗)

長宗我部元親/wikipediaより引用
若かりし頃は「姫若子(ひめわこ)」と呼ばれ、戦国武将としての力量を疑われた長宗我部元親。
しかし、いざ軍勢を引き連れて合戦に臨むと、またたく間に能力を発揮し、凄まじいスピードで四国のほぼ全土を制する。
寡黙なイケメンで、左サイドから凄まじい切り込みを魅せる中村敬斗選手の位置にふさわしい。
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MF:馬場信春(鎌田大地)

馬場信春(教来石景政)/wikipediaより引用
長篠の戦いで討死するまでは、戦場で40年以上の無傷を誇ったとされる馬場信春。
武田四天王の一人であり、武田信玄の躍進を支え続けた猛将だ。
中盤から敵陣背後のスペースにパスを出せる脅威の視野を持ち、自らも得点できる鎌田大地選手と馬場信春がシンクロする。
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MF:石田三成(田中碧)

石田三成/wikipediaより引用
どれだけ強い武将がいても、どれだけ軍勢が巨大でも、戦場で兵糧や武器が供給されなければ戦(いくさ)には絶対に勝てない。
そうした兵站能力で戦国随一の存在といえば石田三成であろう。
中盤で守備を担い、ボールを保持し、攻撃の起点を作ることができる田中碧選手は、まさにグラウンド上の三成である。
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※田中碧選手は戦国一のイケメン宇喜多秀家説もある
MF:山本勘助(菅原由勢)

山本勘助/wikimedia commons
武田軍の軍師として知られる山本勘助。
諸国を流浪しながら信玄に才能を見出されると信濃でまたたく間に城を落とすなど凄まじい功績を上げるも、第四次川中島の戦いで戦死してしまう。
かつては存在すら怪しいとされる人物だったが、史料が次々に見つかり、実在が認められるようになった。
球際に強く、右サイドから攻撃起点を作って日本代表の守備も攻撃も支える菅原選手は、勘助と同じ愛知県豊川市出身。
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DF:北条氏康(板倉滉)

北条氏康/wikimedia commons
相模の獅子とも呼ばれる北条氏康。
武田信玄、今川義元と結んだ甲相駿三国同盟が有名で、何度も「謙信越山(えつざん)」しては関東を荒らす上杉謙信に負けず、北条王国を築き上げた。
その謙信だけでなく、信玄にも包囲されながら屈することのなかった守備力(小田原城)は戦国最強とも言える。
氏康と同じ神奈川県出身の板倉滉は、同じく神奈川県出身の遠藤航(北条氏綱)からキャプテンを引き継ぎ、日本代表の守備を率いる。
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DF:長野業正(伊藤洋輝)

長野業正の木像/wikimedia commons
武田信玄の攻撃を六度も跳ね返したという逸話を持つ上野の武将・長野業正。
配下には、剣聖として知られる上泉信綱もいた、関東で名うての猛将である。居城の箕輪城も注目だ。
ブンデスリーグで優勝経験があり、勝ち方を知っている伊藤洋輝の守備力は、まさにトップクラス。長野業正に匹敵する。
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DF:顕如(瀬古歩夢)

顕如/wikimedia commons
約10年以上も織田信長と戦い、どれだけ攻め続けられるも、力負けはしなかった石山本願寺。
その本願寺を率いたのが顕如であり、時には信長を鉄砲で傷をつけることもあるほど、本願寺の守りは堅かった。
ボランチもセンターバックもこなし、日本代表で守備の一角を担う瀬古歩夢は本願寺のある大阪出身。
GK:藤堂高虎(鈴木彩艶)

藤堂高虎/wikipediaより引用
守護神には、戦国時代に190cmという異例の巨躯を誇った藤堂高虎。
築城名人としても知られる鉄壁の守備力を誇り、恵まれた体格と運動能力で日本のゴールを守る鈴木彩艶を彷彿とさせる。
豊臣政権でも徳川政権でも信頼された実力は守護神を任せるのに相応しい。
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まとめ
「にわかサッカーファン(戦国ファン)が吠えてんじゃねぇよ!」
そんな声も聞こえてきそうですが、
勝ったら嬉しい!
ワクワクする!
次戦の相手がブラジルだからって凹むことはなく、トーナメントは何があるかわからないから応援しよう!――というわけで弊サイトでは、2015年にも性懲りもなく同様の企画記事を公開しておりました。
皆さんよろしければ以下の記事もご覧ください。
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