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笠懸/wikipediaより引用

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衝撃!誰も知らないサムライの根源に迫る『武士の起源を解きあかす』は今年最高の一冊か【書評】

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2018年もそろそろ終わろうかという11月下旬――。
まるでミステリーを読んだときのような興奮がある!という新書について、歴史学関連の友人が熱く語ってきました。

「あれはヤバイやつや……ラストまで読み切った時の、謎の爽快感……」

それを聞いて、私は首をひねりました。

歴史関連でその手の書物は、どこか眉唾。
大半は【トンデモ本】と紙一重というのが相場であり、今年も著名な作家さんの出した一冊が大騒動になったばかりです。

しかし……。

本書『武士の起源を解きあかす ──混血する古代、創発される中世 (ちくま新書)』については歴史界隈の研究者が太鼓判を押していることもあり、これは読まねばならないッ!

と、妙な使命感を抱えながら、その一冊を手にしたのでした。

 

 

言われてみればわからんぞ「武士の起源」

本書は、衝撃的なテーマを投げかけるところからスタートします。

「武士って、そもそもどういう起源の持ち主なのか?」

ハハァ〜!
んなもん、わかりきったことじゃないですか!

皆さんご存知の通りいくつかの説がこれまで提唱されています。

武士はいかにして生まれた? 複数ある起源や成り立ちを整理してみました!

ところが、です。
序盤のページを少し読み進めるだけで、にわかに混乱してきます。

本書は冷静に、その起源に突っ込んでいくのです。

このあたり、ややこしい話ではあるのですが、「国衆」と混同してしまったりする部分もあるわけです。

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血で血を洗う物騒な時代に、その土地の有力者が武装して名を残した「国衆」。
それはそれで様々な伝説があるとして、彼らが主君として仰いだ「武士」はもっと毛並みがよいものです。

例えば、最上義光は愛用の指揮棒にこう刻んでいます。

「清和天皇末葉山形出羽守有髪僧義光」

要は【清和天皇の子孫で、剃髪していない僧である義光である】というワケです。

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このへん混同がハッキリとして来ます。

各地の国に住み着いた強い連中が、武士になったというけれども、その上に立つ名門武士は、それこそルーツをたどれば天皇家まで到達してしまう――。

こうなってくると、源氏平氏が争うよりももっと前へと遡らねばならなくなります。
だからこそ武士よりも古代・中世専門家である著者・桃崎先生の出番となるのです。

 

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武士は東アジアではむしろイレギュラー

日本で生まれ育つと、武士は当たり前の存在、いて当然と思い込みがちです。

しかし、東アジアの歴史の中で見れば、
『かなり変わっているんじゃないか?』
という疑問がムクムクと湧いてきます。

例えば中国や朝鮮半島。
科挙制度があった国では、軍隊を率いる将は科挙や武科挙合格者、推挙を通った人員であるわけです。宦官が指揮を執ることすらありました。

ちなみに日本でも科挙が導入されておりますが、肌に合わなかったのか短期間で廃止されています。

例をあげますと、日本でも能書家として名高い唐の顔真卿(がん しんけい)は、安禄山相手に奮戦しているわけです。

安禄山と楊貴妃の赤ちゃんごっこが「安史の乱」に繋がる!? そして数千万人が死す

日本史と照らし合わせると、不思議な気持ちになるかもしれませんね。
そんな試験勉強ばっかりしてきた官僚で、ちゃんと戦えるのかと思ってしまいませんか?

顔真卿/wikipediaより引用

顔真卿の肖像画からして、これで戦ったのかな?という気持ちになりそうで、他国からしたら日本を見て次のように思う可能性があるわけです。

「いやいや、むしろ世襲の武装勢力(武士)が常にいるってどういうことなのよ?」

武士がいてこそ日本史――そんな考え方をしていた時には思い浮かばなかった妙な違和感が沸々と湧いてきました。

私の脳裏に浮かんできたのは『マッドマックス 怒りのデスロード』におけるイモータンジョーと、ウォーボーイズですね。

あの世界において、どうしてイモータンジョー一派が強くて権力を握っているのか?そんな説明は一切ありません。

視聴者としては、これだけ荒廃していたら強い奴とその配下が仕切ってもおかしくないよなあと理解して、世界を見渡して終わりです。

つまり武士とは、このイモータンジョーのようなものではないのか?
荒ぶる世の中だから、強い者がいて支配して、それでなんとかなっていく、そんな世界だったのではないのか?

なぜ、こんな風に思考回路が吹っ飛んだのか?
それは本書をお読み下さいとしか言いようがありません。

要するに、武士のヒャッハー時代に突入する以前、古代中世の時代からして日本は割とヒャッハーだった……そんな印象が湧いて来るのです。

ヒャッハーワールドだからこそ、武装勢力が必要となってくる。
その起源をたどると、天皇の子息であるわけです。

 

戦いによってヒャッハー化したのか?

ただし、ヒャッハーせざるを得ないから武士のような階級が生まれたのか?
というと、そうではない……。

異民族との戦いで統治に悪影響が及ぶという点では、中国と朝鮮半島も同じことではあります。
どちらも異民族相手に苦戦を強いられて来ました。

中国では後漢時代からの争乱と異民族侵入によって、漢民族の七割が減少したという統計もあるほどです。

『三国志』時代はとにかく人が死にすぎ! 実に7割もの人口減で漢民族の滅亡危機だった!?

※朝鮮半島に侵入してきた満州族との戦いを描いた傑作映画『神弓』

それではこれらの国で武士のような階級が常にいたのか?
答えはNO。

前述した中国や朝鮮半島では、皇帝や王家の血縁関係者は、王朝交代をしてしまえばその時点で価値がなくなってしまいます。
皇帝や王の血筋が何世紀にわたっても尊いということは当然ではありませんでした。

交替しないからこそ天皇家の血脈が尊ばれるということ。
これも武士の起源と関わりがあるのだろうと、思えてくるわけです。

むしろ東アジアで【武士は特異な存在】だということ。
これは外してはいけないポイントです。

この点については、はるか西の騎士の方が近いのではないか、とは昔から言われて来たことではあります。

確かに西洋の騎士と武士は、共通点があります。

その一例が、家紋です。

「家紋」というと、どこの国でもあるように思えるかもしれません。
が、実は西洋では長いこと「騎士独自のもの」と考えて来ました。それが日本にもあると知って、驚いたのだとか。

確かに中国の軍旗は「李」や「孫」等、姓を掲げているものですよね。
西洋と日本の家紋では様式に差がかなりありますが、それでも家をシンボルで示し、旗に掲げる点では一致しているのです。

しかし、ここで
「東洋の武士と西洋の騎士! どちらもスゴイ階層がいたんだね!」
と、素直に浮かれるのはやめておきましょう。

そういう話でもないのです。

武士はスゴイだのエライだの、そんなことは本書ではどうでもいい。
そう、焦点はとにかくその【起源】なのです。

犬追物/wikipediaより引用

 

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半分を過ぎたあたりから、心臓がバクバクしてくる……

武士はどこから始まったのか?
その起源に迫ってゆくと、だんだんと心臓がバクバクしてきます。

なぜか。
それは、武士の起源がまるでブラックホールであり、中世の何もかも吸い寄せてしまう、そんな存在に思えてくるからです。

やっぱりどうしても、イモータンジョーのあのまなざしを思い出してしまいます。いや、これは個人的な意見ですけれども。

同時に、中世舞台の物語で描かれた世界観や、引っかかっていた疑問が解かれていって、もう頭が破裂しそうになって来ます。

例えば『源氏物語』や『伊勢物語』を読んでいて、
「嫌だぁ〜、都から離れるなんて嫌!」
「東国ぅ? あの危険でヒャッハー軍団がウロついている場所でしょ? 行くなんて怖すぎぃ」
という感覚に首をひねったことはありませんか?

なぜ、そんなに東国を嫌うのか?
いくらなんでも大げさ。同じ日本でしょ。例えば紫式部にしたって「地方にいたことをやたらと自虐的に語っているよなぁ」と感じたことがありました。

その理由が解ける……本書で解けるんすわ!!

本書を読み終えますと、平安貴族の人々が地方を、特に東国をリアル『北斗の拳』扱いしていた理由も実感として体に入ってきます。

もうひとつ、中世武士のおそろしさの核にも触れることができます。

武士という階層は、時代がくだるにつれて洗練されておとなしくなってゆくものです。
しかし中世の武士は、江戸時代はおろか戦国武士よりもよっぽどワイルドで、ともかくヒャッハー度が凄まじい。

例えば、屋敷の側を歩いていた浮浪者を捕まえて、弓矢の的にしたりしていたわけです。
大河ドラマ『平清盛』は、ああした武士の荒っぽさをを再現しようとして、叩かれたものでした。

 

本書はワンアンドオンリーだ!

武士って何だろう?
とかくプラスイメージで語られがちなこの言葉。

それはあくまで現代人が【武士に弓矢で射られたり、斬られたりしないからではないか?】と思うことがありました。

それは歴史に触れたときです。

幕末の武士が、人をバシバシ斬り捨てていた話。
「鉄火起請」関連の歴史。

そのイメージの根源をたどってゆくと、少年時代の子供向け『義経記』にまでたどり着きます。
美麗な挿絵とともにワクワクしながら読んだものの、中世武士のあらぶる戦いぶりに、心臓がバクバクして、震えが止まらなかったものです。

それ以来続いてきた、武士という存在への、アンビバレントな思い。
憧れる一方で、
「こんな恐ろしい集団が生まれる時代に生きていなくてよかった」
そう思ってしまう。

そんな恐怖の集団の起源について迫った本書を読むと、幼少期の読書体験や、そのあとに続く史跡めぐり体験、記憶がさーっと走馬燈のように駆け巡ってゆくのです。

本書を読んだ歴史界隈の方が、真剣なまなざしで本書を勧めて来た気分がよくわかりました。

ミステリーが解けた爽快感。
記憶が走馬燈のように駆け巡る興奮。
こんな異次元を旅して、ふらふらと突っ伏してしまうような超体験を、このお値段で味わえてよいのですか?

脳みそがワーッとなる、読む合法ドラッグが、千円以下って正気ですか?

この本は、とんでもない一冊です……読んだあとで世界が変わってしまう、そういう本が世の中にはある。
本書は、間違いなくその類いのものです。

最終章を読んで唖然とした者が集い、軽く酔っ払いながら朝まで語り合う会を開催したいほど。

ただ、そんな会合をしたら、武士の魂が召喚されてきてとんでもない惨劇が起こりそうで恐ろしい!
ともかくこれは、読んで驚け、腰を抜かせとしか言いようがない!

絶対に読むべきだと声を大にして言いたい!
そんな一冊です!!

興奮ばかり書いていて、結局何なのか?と問われそうですが、そんな本書のスゴイ結論を書評で書いてよいとは思えません。

読む者だけが、あの境地にたどり着けるんだ……読もう、読まないと!!




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文:小檜山青

鶴岡八幡宮の流鏑馬/photo by 江戸村のとくぞう Wikipediaより引用

【参考】
武士の起源を解きあかす ──混血する古代、創発される中世 (ちくま新書)

 



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