麒麟がくる感想

麒麟がくる第24回 感想あらすじ視聴率「将軍の器」

「夏は終わった……わしの夏は……十兵衛、また会おう」

そう光秀に告げた将軍・足利義輝。その将軍が、永禄8年(1565年)5月、三好長慶の子・義継の手の者に襲われました。

この【永禄の変】の場面は、美しいようで不気味で、これまでの先入観を変えるものでした。

夜間の襲撃でもない。刀を突き立て、雄々しく戦う【剣豪将軍】ともちがう。

確かに義輝は敵を討ち果たす。

その間、こう読まれます。

敢えて暴虎せず 敢えて馮河せず

人その一を知って その他を知るなし

戦々恐々として 深淵に臨むがごとく 薄氷を踏むがごとし

『詩経』小雅「小旻(しょうびん)」

敢えて虎とは戦わない 敢えて急流を渡らない

人はその一を知ることはできても その他を知ることはできない

戦々恐々として 深淵を覗き込むようなもの 薄氷を踏むようなもの

「剣豪将軍」という呼び方が、どれほど残酷で、そして滑稽であることか。

将軍なりその側近は本来、これがあるべき姿です。

「謀を帷幄の中に運らし勝つことを千里の外に決す」

(計略を陣営の中で決めて、千里離れた場所で勝敗を決める)

御側衆すらいないだけで、これがどれほど悲惨であるか。その悲惨さと滑稽さを「剣豪将軍」という名前は消してきたのかもしれない。

敵と戦う義輝は、こんな言葉が響いていきます。

強い子になれ 声は大きく よく学べ

さすれば立派な征夷大将軍となろう 世を平かにできよう

さすれば 麒麟がくる この世に麒麟が舞い降りる

この世の誰も見たことがない 麒麟という生き物がいる

穏やかな世を作ることができるものだけが連れてくることができる 不思議な生き物だという

そんな理想が語られる中、義輝は追い詰められてゆきます。

三枚の障子越しに刺され、倒れる将軍。

30年の生涯を閉じたのでした。

永禄の変で13代将軍・義輝が敗死に追い込まれた理由がわかる!

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「将軍の器」に非ず

この場面は、あまりに美しい義輝のせいか。

わかりにくいといえばそうなのですが、義輝を免罪しているわけではない。むしろ、彼がここに至るまで、無策であったのではないかという問いかけも感じるのです。

「将軍の器」ではないということです。

責任回避――無気力になるほど辛い事情はあっただろうし、こんな酷い殺され方をするほどの悪人でもない。

けれども、彼が逃げて背を向けたことは確かであるとは思う。

それが先ほどの『詩経』にも込められていると思います。

殺陣がともかく絶品でした。

かっこいいとか見ためのことだけではなく、酷く、観る側の胸を抉ることを、演出からカメラワーク、何から何まで考え抜かれているとわかります。

そんな今週は、池端氏だけでなく、河本瑞貴氏も担当。脚本家がチーム制だと明かしたことで、NHKが盤石さを見せてきました。

池端氏は将軍で、それ以外の名を連ねる方はいわば御側衆でしょう。体制は安定していた方がよいに決まっている。幕府でも、ドラマでも、それは同じことです。

あまりに美しく儚いようで、この場面には別の人物の影もちらつきます。

「暴虎馮河」というのは無謀なことを指す。あまりよろしくない意味で使われますが。対義語もあります。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」(『漢書』「班超伝」)

敢えてチャレンジしなければ、何にもならんだろ! そう言い出しそうな人が本作にはいます。

織田信長が筆頭格。

「人その一を知って その他を知るなし」

これにも対義語があります。

「聖人は微を見て以て萌を知り、端を見て以て末を知る」(『韓非子』「説林上」)

ちょっとした兆しを見ただけで、これから起こることや全体像を察知できる――今川義元の顔を見ると幼い頃から言い切っていた徳川家康です。彼はじっくり観察して、先を見通す特技があります。

誰もが信長や家康になれるわけもないし、そこを責めるだけ酷と言えばそうなのですが、義輝を完全免罪しない。そういう恐ろしさを感じます。

ただただ綺麗で神々しかった場面は先週にまとめて、今週は生々しい残酷さが際立っていた。

けれどもこれはハッキリと言っておきたい。

義輝がおかしいのではなく、むしろ際立って変わっているのが三英傑と光秀なのです。そしてそういう変わった人の隣にいることは、実は幸せとも限らない。

ビッグな人とお近づきになりたい! 人間そう思いますけどね。そういう単純な話でもないのでしょう。

誰かを貶めるのではなく、変わったところを強調する作劇です。

 

義輝の母と弟まで討たれてしまった

越前では、塾の子どもを見送った光秀の元に、明智左馬助が走ってきます。

そして義輝が二条御所でお討ち死になされたと告げます。

「何故じゃ!」

光秀は声を荒げます。彼は感情を露わにします。

三好の軍勢が御所に押し入ったと聞き、光秀は唖然としています。

足利義輝は形骸化していたとはいえ、討たれたとなれば困り果てる。ポスト義輝を見据えていた細川藤孝と一色藤長は、松永久秀の元へとやって来ました。

二人は激怒しています。なにせ……

・義輝母の慶寿院

・末弟の周暠(しゅうこう)

ここまで犠牲になっている。足利将軍家を根絶やしにする気かと、困惑と怒りを見せているのです。

これには、相手を責める気持ちだけでなくて、自分たちの不甲斐なさへの怒りもあるかもしれない。

だって前回、この二人は覚慶を護衛に行っていました。そういう甘さがあると自覚しているからこそ、より怒りが激しくなるというのはあると思うのです。

本作のよいところですが、ハッキリと久秀もコントロールできない事態であり、手落ちだと反省していることを描いています。

ここで久秀を毒々しい悪党にした方が、話を作る側も、見る側も楽でしょうけどね。そうして、ネチネチ文句垂れるクソレビュアーが現れても、「小うるさい陰キャ歴史マニアは文句つけているが」とネットニュースであたりで流せばいい。

でも、そうはならないのが本作。

松永久秀の三大悪事といえば?

「将軍殺したよね!」

→わざとじゃない。制御できなかっただけです。

「大仏焼いたよね!」

→故意ではない。大仏殿近辺で戦った結果であるし、対戦相手にも責任がある。

「裏切ったよね!」

→その顛末は、本作でも描かれます。しっかり見据えましょう。

確かに松永久秀はキングメーカーだし、清廉潔白でもない。

ただ、不当評価されていると最新の研究を反映させて来ますから、本作は素晴らしいものがあります。平蜘蛛爆死は期待しない方がよいでしょう。

いいんですよ、久秀本来の魅力を取り戻すのだから。

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三好一派は義栄を擁立

三好一派は、傀儡として足利義栄を立てるべく動いています。

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事態は誰もが予想しない方向に動いているし、無計画さも見えます。

そのために、義輝の弟・覚慶を興福寺一乗院に幽閉したのでした。

歴史を見るときの基本的な注意点として、後世の人間は結果ありき、神の目を持ってしまうことがある。

「こんなに賢い人だから、きっとわかっていてやったんだろうな」

そうバイアスをつけてしまいますが、目の前で起こっていることですから先のことなどわかるはずもない。当時の人も無茶苦茶に焦りつつ動いていたと思う方が、後世の我々としても理解できやすいことがあると思います。

コントロールできていない状況での事件だから、覚慶幽閉も困ったことにはなっている。

残酷な話ですが「あの時、覚慶を殺しておけばよかった」という嘆きは、いろいろな所から出てくるのです。

ともあれ、キングメーカーとしては駒を抑えなければならない。松永久秀は、お悔やみを言うと称し、一乗院へ面会に向かいます。

これも、汚い話といえばそうですけど、戦国大名、特に東北では、冠婚葬祭にかこつけて暗殺しまくる。

フランスでも、結婚式大虐殺が起きていましたね。

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それに現代社会でもありえること。ヤクザ映画で葬式がやたらと出てくるのは、死人が多いだけでもなくて、パワーゲームの場になるからなんですね。

久秀は義輝を弔いつつ、覚慶の品定めをしています。

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兄上のことは痛恨の極みと切り出し、心中を察すると言いつつ、本音を切り出します。

「こちらの御門跡様は、将軍におなりあそばすお気持ちは、ありますでしょうか」

筋から申せば、覚慶が一番ふさわしいと迫る久秀ですが、もうこの時点でキングメーカーのふてぶてしさを見せています。

盤石の君主制度とは、暗君が立とうが揺るがないもの。玉座に人形を置いても国が回るのが理想です。

その形態が立憲君主制ですが、徳川幕府も統治能力のない将軍がいました。

本作は将軍の器を周囲が考えている時点で、いろいろと不安定です。

 

悟りにほど遠いゆえ、死にとうはない

覚慶は不安な表情を浮かべます。

6歳で仏門に入った。争いを避けるために、足利家は嫡男以外の男子は全て出家させるのです。

だから刀を持ったことも、弓を引いたこともない。その私に武家の棟梁など務まるはずがない――そう弱気なのです。

君主教育は大事なものでして。

例えばイギリス国王。エリザベス2世のあと、不人気のチャールズを飛ばして孫に継がせるべきだという意見もあります。

が、これは可能性が低そうです。チャールズはずっと太子として長すぎる教育を受けています。いつ母が亡くなろうが準備万端。一方でウィリアムはまだ準備不足ということになる。

覚慶は将軍になれるとウキウキするどころか、重圧を感じています。久秀はそこで、脅しを出してくるのです。

出家していた周暠(しゅうこう)まで、三好一派に討たれていると。

「このままここで、座して死をお待ちになりますか? それとも……」

戸が開き、槍が二本、覚慶の前で重なります。

「死にとうはない。私は悟りにほど遠いゆえ、死にとうはない……」

そんな覚慶を気遣うどころか、さらに重圧をかけていく久秀。亡き兄上の御側衆である藤孝や藤長も、御門跡を深く案じていると言うのです。

「そのことをお忘れなく。失礼つかまつりました」

お前はもう、身ひとつでないぞ。家臣ができているんだぞ。その期待を裏切るのか? そういう脅しだ。

丁寧なようで、人間の心理を追い詰める久秀。

ここで、覚えておいた方がいい二人がいます。

無邪気で愛くるしい顔をしながら、生首を差し出した織田信長。

弟に毒を飲めと迫ってもいた。彼は必要とあらば、目的のためならば、自分の手で殺すことを厭わない。

そして、明智光秀

彼は自分の頭で考えて、周囲の意見を気にしないで決断ができる。自分の大事な人がどう思ったところで、彼の意見は揺るがないことがあるのです。

この作品は、顔が見えていない人物の影すらゆらめく、そういう何かがあります。
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