元亀3年(1572年)、本能寺まであと10年――。
帝(正親町天皇)を知りたいという光秀に対して、三条西実澄は意外なことを言い出します。
「人を見るには、目を見、声を聞くこと」
今日それができるかどうか。
ご尊顔を拝することは無理としても、お声は僅かに拝聴できるかもしれぬ。それゆえ、誘ったと持ちかけてきます。
光秀は「お供させていただきます」と即答するのでした。
目を見、声を聞くこと――これは本作に重要な点でしょう。
『鬼滅の刃』でも冨岡義勇がそんな旨を口にしておりましたが、人間の、心の奥にある本質とはそういうところに出てくるように思えます。
目と耳を意識すると、この作品の楽しみ方がもっと深くなるかもしれません。
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庭に珍しき鳥が参っております
内裏にて――。
実澄のお付きの者に変装した光秀は、鐘の音を聞きつつ、実澄を待っております。
と、詩を詠む声が聞こえてきます。
水を渡り 復(ま)た水を渡り
花を看(み) 還(また)花を看る
春風 江上の路
覺えず 君が家に到る
『胡隠君を尋ぬ』
高啓(1336-1374)
澄んだ目でこの詩に耳を傾ける光秀。
春風が吹き、川を渡り、頭上の花を見ながら、気がつけば友の家についていた――。
「朝廷は、信長に金銭面で助けられています。でも、いずれ手に負えない存在になるだろうとも思っている。その信長に対する懸念は、光秀も同じでしょうね。ですから、光秀に会って伝えたかったのは、お前が信長のことを見守ってくれよ、ということではないでしょうか」(坂東玉三郎)#麒麟がくる pic.twitter.com/tIIb1VVQ1i
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帝はこう言います。
「いつの世もそうありたいものよのう。この詩を詠むとき、朕もそう生きたいと思うが、実澄はどうか?」
実澄は切り出します。
「はっ。今日は庭に珍しき鳥が参っております。万葉の歌を好む珍しき鳥ゆえ、そのことをお聞きあそばれてみるのも一興かと」
「かの者が参っておるのか」
鳥こと光秀は、じっとしています。
御簾の下に、そっと紙を投げる帝。
「珍しき庭の鳥へ」
帝の文を手にして、公卿が紙を持って来ます。光秀は恭しく受け取ります。
朕惟如此詩欲令起居
朕もこの詩の如く生きたいと欲している――。
光秀はその文を見てハッとして、こう言います。
「私もその様に生きたく存じまする。さりながら、迷いながらの道でございます」
帝は応えます。
「目指すはいずこぞ?」
「穏やかな世でございます!」
「その道は遠いのう。朕も迷う。なれぞ、迷わずに歩もうではないか」
光秀は感極まった顔で、頭を下げます。
その目を見てください。感激がこぼれ落ちそうです。
「明智十兵衛、その名を胸にとどめ置くぞよ」
「は……」
感動する光秀の目にも、声にも、帝への心酔があらわれているのでした。
勝家、信盛、藤吉郎の待つ席へ
鳥が沈みゆく太陽の前を飛ぶ中、光秀は自宅に戻ります。
胸の内には、帝の言葉がある。
すると、近江より佐久間盛信と柴田勝家が着き、待っていると煕子に告げられました。
光秀はすっかりお待たせしてしもうたと言いつつその席へ向かおうとします。
席には木下藤吉郎もいました。
徳利を持つ手すら、曲者と言いますか。本当にこの作品は、画面の隅に秀吉が映るだけでゾッとしてくる。
藤吉郎は、柴田勝家と佐久間盛信も接待係として長い、私如き成り上がり者が斯様に申し上げるのは、甚だ御無礼であると前を置きしてこう来ます。
「信長様に阿りすぎる!」
勝家は苛立たしげに「もうよい、黙れ!」と言う。
そんなところに光秀はくるわけです。待たせたことを詫びると、信盛が気遣いに感謝を述べます。
この狭い室内で、4人の人物像が見えてきます。
信盛は真面目で几帳面、勝家は単純明快な猛将、そして秀吉は、底が見えない。
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光秀は信長からの文で状況を伺っていると告げます。
大和国では筒井と松永の戦端が広がり、河内まで及んでいる。光秀も出陣を促されているとのこと。
勝家は、「松永を討て」といってもいつになく信長は歯切れが悪いという。要は、やる気がないのだそうです。
一方で、信盛が言うには二条城で挨拶をした公方様は、何としても松永の首を取れと言っている。
そこで明智殿に知恵を借りろと催促されたそうです。
始末に負えない公方様は所詮水と油なのか
それにしても公方様が……。
仏門にいた優しいあのお方が、首を求めるようになってしまった。
光秀も【筒井と松永】の和睦は一時的で、所詮は水と油の仲だと言い出す。
その言葉は、筒井との和睦をさせた茶会で、久秀も言っておりました。しかも【信長と義昭】の関係として。
勝家は、公方様は兄・義輝の仇が松永だと思い込んでいて始末に負えないと愚痴を言います。信盛が言葉が過ぎると嗜めると、藤吉郎が力強く同意します。
浅井、朝倉を片付けるべきなのに、大和攻め!
そもそも公方様は油断がならぬ方だと言う。浅井、朝倉に上洛を促している。裏から大和と河内に兵を送り、一気に信長を攻める魂胆だと吐き捨てるのです。
勝家は困惑し「わしはそこまでとは思うておらぬが……」と言い出す。
と「甘い!」と藤吉郎は一喝!
「何が甘い!」
「おー甘じゃ!」
藤吉郎は、相手の神経を逆撫ですることを言い出します。
育ちのよろしい方々はそういうところが手ぬるい。その上で、そもそも柴田様も佐久間様も本気で松永を討ちたいのかと挑発するのです。
この藤吉郎の目を見てください。
透き通っていますか? むしろ、光っているようで光がない、漆黒とはこのことか。そう言いたくなるほど、黒く、深い淵のようには見えません?
声音も、透き通っていない。滑舌もよい。語彙も、口調も、素晴らしくなった。
けれども、どこか人の心を削るヤスリのようなざらつきがある。
佐々木蔵之介さん……いったい、どういう演技なのでしょう! なんでこんなに、毎度毎度、おそろしいんだ。
こういう人物を「口に蜜あり腹に剣あり」と言います。甘ったるく、人をおだて、その気にさせる弁舌。しかしその腹の底には、鋭い剣を秘めているのです。
藤吉郎は厠へいくと告げます。
明日は近江へ戻って浅井を討つ所存だと軽やかに続けるのでした。
明智殿に直言していただきたい
藤吉郎は、どこまでおそろしくなるのか。
本作では時系列的に描かれない、朝鮮出兵や秀次事件まで浮かび上がってくる、この圧倒的なおそろしさよ……。
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勝家は「猿めが!」と憎々しげに吐き出す。
信盛は長居をしたと詫び、相談に乗っていただきたいと告げます。
光秀が承諾すると、信盛はそっと耳打ちするのです。
叡山を攻めた折、殿は叡山の者はことごとく殺せと命じられた。
だが明智殿は、女子供を助け、そのことを殿に申し上げたと聞きました。
此度の戦も、明智殿の思うところを殿に直言していただきたい。
それを申し上げたかった――。
そうニッコリと笑うのです。
それにしても、毎回柴田勝家と佐久間信盛のコンビは、風格が成長していてすばらしいなと。個性も出てきたし、性格の欠点も見えてきますね。
信盛の戸惑いと優しさを金子ノブアキさんが滲ませ、安藤政信さんもまさに猛将という風格です。
かくして元亀2年から3年にかけて、大和で松永久秀は近畿の幕府方と戦うことになりました。
義昭たち幕府方は、鎮圧に乗り出すのです。
それにしてもこう冷静に見ていくと、松永久秀の“梟雄”という評価は一体何であったのか、
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疑問が湧いてきますよね。
彼自身が悪いのではなく、巡り合わせが悪かったのだろうと。
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