将軍になれば、人を救える。貧しい人々を救える――。
そんな願いを持つ義昭を擁して、上洛を果たしたい。それが光秀の目標です。
そしてついに朝倉義景も決意します。
小籔二条の嫌味がお見事
一方、京では三好一族の支配が続いていました。
四国阿波の足利義栄が、急遽第14代将軍に就任。
ところが、この義栄は重い病を抱えていたため、摂津国にとどまり、上洛できずにいたのでした。
近衛前久が参内すると、公卿たちが何やら密談をしております。
そこにいるのは、二条晴良。
小藪千豊さんにこういう嫌味な公家をやらせると決めた方は、あっぱれとしか言いようがない。
「大河ドラマに呼ばれるとは思っていなかったので驚いています。演じるのは、公家のお偉いさんで、近衛前久のことが大嫌いという役どころ。なので、公家らしく上品にネチネチいじめたいと思います(笑)」(小籔千豊)#麒麟がくる
今夜放送!
[総合/BS4K]夜8時 [BSP]午後6時 pic.twitter.com/KytceXv57c— 【公式】大河ドラマ「麒麟がくる」毎週日曜放送 (@nhk_kirin) October 4, 2020
名もなき公卿の方々もお見事です。おもしろき噂話に花が咲いておりました。
関白様のお耳に入れた方がよろしうございますな。そう言いつつ、晴良は扇を使うわけですが、この所作が絶品です。
本作は小道具の使い方もうまいのです。スタッフロールを見ても、日本の伝統的な所作を伝える心意気を感じます。扇を動かす動作そのものが綺麗です。
なんでも、関白が推した足利義栄が京都に登って来られないとのこと。前久が初耳じゃと理由を聞くと、病の為とも言うけれど、三好一族の操り人形になることにためらいができたと、晴良は煽ってきます。
真偽不明だろうと、相手の精神に一撃を加えればよいわけでして。見事な嫌味ですなぁ!
朝廷内のドロドロが垣間見え
涼しい顔で聞き流そうとする前久を、晴良は煽る、煽る。礼金の金額が足りず、粗悪な銭をかき集めているとか。
当時は銭が不足していて、ゆえに輸入もせねばならない。最高級の通貨といえば、明からの永楽通宝が代表格。それからはほど遠い、銭を使っている。この時点で笑い物なのです。
そのうえ、当人が京都に来られない。話にならぬと。
「この不始末を招いた関白様は、どうお思いでございますかな?」
「困りましたな」
晴良は、困ったのならば関白の座にとどまって良いのか、一同はそう申していると煽りまくる。
前久は、ニタァと笑うものの、粗悪な銭をくやしそうにギリギリと握りしめているのでした。
麒麟がくる File060
(第22回より)#麒麟がくる #麒麟File#近衛前久 #本郷奏多 pic.twitter.com/1mvMaedTQh— 【公式】大河ドラマ「麒麟がくる」毎週日曜放送 (@nhk_kirin) September 1, 2020
NHKは2020年代らしい新公卿像を見せてきました。誰もが歴史(日本史)の授業で習うし、わかっているようで、わかりにくい。そういう朝廷のお話です。
天皇を頂点に抱いて、それは日本の国体であり、神聖なもの……ならばよいのですが、こういう場面を見せられて、すんなりとそう説明できませんよね。
これにはちょっと既視感があります。
地球儀を回すと、ヨーロッパは教皇権力が曲がり角にありました。
公卿は黒、枢機卿は赤い服を着て、神聖なようで金勘定だの俗っぽいお話をしている。
神聖といったところで、そこは人間であるわけで、生々しい本音は洋の東西を問わずにあるんですね。
ご興味をお持ちの方は、ボルジア家もののフィクションでもどうぞ。
伊呂波太夫は京の輝きを取り戻したい
うかぬ顔の前久は、京都の街を輿で移動中。
「止めよ」
そこにいたのは、伊呂波太夫でした。
輿を止め、御所の塀を気遣う伊呂波太夫に話しかける前久。
伊呂波太夫の気持ちが、ここでちょっとわかります。帝の御所をお守りする塀が崩れていては、ご威光が揺らぐ。そう案じているのです。
前久は、塀を直すゆとりなどありませぬとそっけない。
何しろ、金がない。将軍の持参金が話題になるのも、結局のところそういうことです。
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伊呂波太夫は、お金なら私が集めてみせると言い切ります。
彼女はなかなか器が大きい。彼女自身が誰かの寵愛を浴びて、楽な暮らしをしたいわけでもない。ただただ、自分が育った京のかがやきを取り戻すべく、なかなかがめつい人生を生きていると。
そんな伊呂波太夫に「はいはい」と言いつつ、困ったと前久はこぼします。実に困ったそうです。
朝廷内で、足利義栄の評判が悪すぎる。
関白が困ることではないと言われたところで、推挙したのは前久。前久は決定したのは自分ですので、伊呂波太夫が唆したとは言いません。そういうところはよい。
しかも、覚慶が元服するという。一条院にいたあのお方の背後には、二条晴良がいると前久は悔しそうにいいます。
二条家は関白の位を近衛家が独占していることが気に入らない。だから、将軍選びで鼻を明かしたい。
扇を握りつつ、そう明かす前久。
覚慶の元服をするから越前に行けと、帝からご下命があったとこぼします。そこで名代として伊呂波太夫を派遣したいそうです。
伊呂波太夫は目を不敵に光らせ、路銀はいかほどかと聞いてきます。
金を取るのかと渋い顔をする前久。姉みたいなものでも、そこは明朗会計。なんでも前久が生まれる以前に、近衛家とは縁を切ったそうです。それでも弟のように可愛がったのに、と不満そうな前久ですが、逆らえません。
伊呂波太夫は、京都を美しくし、塀をなおすためにも金を稼ぐと言い切ります。そう言われて、前久は逆らえないのでした。
これが2020年代の大河ドラマよ
それにしても、毎週脚本が素晴らしいこのドラマ。
池端さんが室内劇を描くと、語彙力とセリフの長さがぐっと、これまた厚みを増す。
台本を渡された側が、どうやって読むのかずっと考えて、覚えて、演じる。大変だろうとは思う。
でも、そういう難しいボールを投げられることは、栄誉でもあることでしょう。信頼し合う現場の力を感じます。
「三淵の奸計(かんけい)」というタイトルからして、よいではありませんか。
策略とか、そういうわかりやすさではなく、「奸計」ですもの。今年の大河は、リミッターを外してきた気がします。
「もっと簡単にしないと、視聴者はついてこられませんよ」
「ほっこりするような場面が欲しいですね」
そういう甘やかしがない、スパルタです。
公式サイトで丁寧に解説しつつ、難易度はぐっと上げる。前川良一さんの担当回でも『軍師官兵衛』とは難易度が違う。
鍛えてくるという力強い宣言を感じるし、これが2020年代のドラマでもあります。
どの家庭でもスマホやタブレットがあるわけではないとはいえ、世界的にそういう視聴方法を模索する時期に来ているわけです。
掲示板に書き込んで、SNSでつぶやいて、スマホをぽちぽちしながら見るのならば、難易度はむしろ落とすべきだという考えが、2000年代から2010年代にはあったかもしれない。
けれども、配信時代は難易度をあげて、ファンの考察を盛り上げた方がよろしい。そういう時代になってきました。
リミッターをはずせて、作る側も嬉しいことだと思います。大変だけど、挑戦のしがいがあると。
上洛に協力できる大名はどれだけいる?
かくして足利義昭は、一乗谷に招かれ、永禄11年(1568年)4月、元服を果たすのでした。
烏帽子親を務めるのは義景。
二条晴良も見守っております。
将軍となり、三好勢へ巻き返しを図る準備は整いました。
「あなめでたや〜」
そう祝いの声が響く。こういう儀式を再現することにも意味があります。勉強になります。
明智家では、光秀と左馬助が話し合っています。
このころの戦国大名はどうなっているか?
【越後】上杉
動けそうにない。甲斐・武田に寝返った家臣(本庄繁長)を討ち果たすと大騒ぎ。
【近江】六角
織田信長に敗北した斎藤義龍を匿っているとか。三好の手の者が出入りしていて、当てにならない。
大きなところで、上洛できるのは朝倉と織田のみ。それで京の三好勢と戦えるのかどうか?
元服を果たした三淵藤英と細川藤孝兄弟は、やれると言っている。朝廷もそのつもりだからこそ、二条様をよこしたと。
この会話そのものが、おそろしいものがありますね。
そんなに朝廷は綺麗な人々ではない。
どうしたって、後世の人間はバイアスをかけてしまう。上杉家の義と愛とか。朝廷の輝かしさとか。でも、当時の人は生々しく、冷静に考えるとしょうもない足の引っ張り合いをしていると。
こういうゲスな、美化していない日本史こそ、見たかったんですよね!
どいつもこいつも……戦だの勢力争いで、人が死ぬ。そういう現実はあるわけです。
それでも争う、権力をめぐり足を引っ張りあう。つくづく汚い。それも歴史だし、学ぶ意義だと思います。
そして、それこそがトレンドだとも感じます。
『十三人の刺客』にも、『鎌倉殿の十三人』にも期待だ!
吉家の念押し
光秀が家にいると、山崎吉家の来訪を煕子が告げます。
ここでささっと夫に告げる所作が綺麗で、芯が通っています。今年は磐石だ。ほんとうに、何もかもが綺麗だ。
光秀が出迎えると、吉家は突然の到来を詫びつつ、上がることはないと断ります。
その上で、相談があると言い、光秀は目で妻を下がらせました。
吉家は、元服の儀の祝いの宴を設けたいので、御側衆の集まる場に光秀も参加して欲しい、と言うのです。
光秀はここで、何もしていないから「平にご容赦を」と断ろうとするのですが……。
考えようによっては、光秀は愚かで、嫌味ったらしいとも思う。秀吉ならホイホイそこは参加するだろうに、そういう社交の場で就職機会を見つけるとか、不器用ゆえにできないわけです。謙遜しすぎて嫌味でもある。
吉家はプッシュします。
なんと伊呂波太夫も来る、顔を見たいとのこと。そのうえで、明智殿の胸に収めておいていただきたいと前置きしつつ、こう言います。
朝倉一門は団結しておらず、上洛に付き従いたいわけではないのだ、と。
そのあたりを念頭に置かれて、明後日来て欲しいと言います。
そのうえで、誰しも余計な戦に巻き込まれたくないと念押しをします。
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「明智殿も、おわかりであろう」
かくして、光秀は宴に顔を出すことになったのでした。
町では戦支度が進んでいない
このあと、光秀は鍛冶屋に来ています。
暇そうだなと、主に声をかけると、仕事がないから働き手は農作業をしていると相手は返してきます。
戦の折は、槍だの鏃だの作った端からお武家様が持っていく。けれども、当分戦はなさそうだね。そう気軽に話す主人に、光秀は「うむ」と応じて懸念を見せています。
これが本作の光秀の、光秀たるところ。
宴会だからと何を着ていこう?と浮かれるとか、伊呂波太夫を思い出して鼻の下を伸ばすとか、そういうことはしません。
自らの目で下調べを敢行する。何気ないようで、光秀らしさがつまった場面です。
そして朝倉館では、宴が始まります。
屏風が綺麗ですね。
撮影、衣装、小道具も今年は練達の技が光っており、見ているだけで満足感があります。
義景は皆に挨拶をします。
烏帽子親になって、上洛の決心も固めた。その後押しをしたのは、阿君丸だそうです。どのように父上を後押ししたのか?と三淵藤英が優しく尋ねると……。
私も京都に行ってみたい! そう言ったそうです。
我が子にそう言われたら行くしかないと、隣に座る義景はご満悦な表情。微笑ましい話で、聞いている伊呂波太夫の頬には笑みが浮かんでいます。
とはいえ、藤英以下、ここにいる皆がそう思ったかどうかはまた別のことですね。
嫡男を自分の隣に座らせたままでいる時点で、義景はかなりよろしくないと思えます。挨拶だけさせて下がらせるとか、他に対処はあるでしょう。
もちろん、我が子を突き放しすぎればコミニケーション不足で破滅する斎藤道三&斎藤義龍パターンもありますが。
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義景の意向を真っ向否定の光秀
ここで、朝倉一門の朝倉景鏡が意見を述べ始めます。
元服は末代までの誇り――さりながら、上洛は別の話だと釘を刺す。
義景は、同義だと思っていると不満を隠しません。元服して上洛して、将軍になるところまで見届けてこそ、一つの流れだと言うのです。
藤英も同意します。
けれども、景鏡は三好一族との戦に勝利せねばそうならないと返します。
上杉。
六角。
織田。
松永。
上洛すれば、三好は一日で追い出せると強気な義景。
けれども、上杉は己の戦があり、六角は信頼できないと景鏡は言い返します。そのうえで、そこにいる明智殿は下調べをしていて、山崎も褒めていたと話を振られます。
「明智殿はどう思われる?」
「有り体のままに申すがよい。今日は無礼講じゃ」
光秀は酒で酔っていました。
ここで光秀のかなり厳しい性格が見えます。
「景鏡様の仰せの通りかと」
「松永はどうじゃ?」
「さーて微妙かと」
義景は不安げな顔になっている。音楽も不穏です。
光秀はここで「気になりますのは……」と容赦ないことを言い出す。
戦に向かう国とは、槍等の武器、米、麦、豆を買い漁り、物が市場からなくなるのが常。
それなのに、一乗谷は物が溢れかえっている。どこをみても戦に向かう気配がない。義景にその気があろうが、動かない。
「上洛して戦? 論外かと」
光秀の容赦ない言葉に、緊迫感が漂います。酒を飲み続けている参加者もいますが。
伊呂波太夫は、ここで何か察知した顔になっている。
彼女はメイクも素晴らしい。かなり白く塗って、赤いポイントメイクをしています。妖艶な白い顔が、チラリとのぞくだけでも場の雰囲気が変わる、絶妙です。
ここで藤英は、いけると思うていると断言します。
朝倉が兵をあげれば、諸大名も動く。案ずることはないのだと。
義景もいざとなれば朝倉だけで上洛してみせると断言します。これは上洛の前(さき)祝いと宣言し、伊呂波太夫に歌に合わせて舞いを所望するのでした。
伊呂波太夫「義景に上洛の器量なし」
サッと出てくる伊呂波太夫。所作が流れるようで、まさしく流麗です。
けれども、この妖艶な女性の働きは踊りだけではありません。
光秀は縁側でため息をついています。そこへ伊呂波太夫がゆらりとやってきます。
そのうえで、挑発的に退屈な歌と舞であったと顔に書いてあると煽るのです。
光秀は、お歌はともかく、舞は流石だと返します。
「ではご褒美に、少しご一緒してよろしうございますか?」
妖艶さがやはりすごい。会話の糸口を掴んでいるけれども、色仕掛けはしない。
ハニートラップだのなんだの言いますが、仕掛けられても引っ掛からなければよいだけのこと。光秀には通じないと、伊呂波太夫は理解しています。
色気ではなく、別の手段で心を揺さぶる。
朝倉様をよく知っているけれど、一乗谷でのほほんと歌でも詠んでいるのがお似合い、将軍家を支える器量はないと、厳しい審判を下すのです。
普段は愛想良く舞いつつ、そう判断している伊呂波太夫はやはり怖いものがあります。背中には孔雀の羽がついている。地球を回ってきたこんなものを身につける彼女は、情報だって吸い寄せる。見識も鍛えられています。
それからもう一押し。
明智様は不思議なお方だと言います。亡き将軍の義輝様も、斎藤道三様も、松永久秀様も、とどめておこうとする。自分の妹のような駒ちゃんも、明智様の名が出ると顔色が変わるのだと。
そうフフフと含み笑いをする伊呂波太夫は、今週も絶品の酔わせる色気を振りまいています。
「駒殿、息災ですか」
「はい、達者でおります」
光秀はここできっちり、かっちりと生真面目に返す。「えへへっ、駒ちゃんか」というようなデレデレした態度とは無縁です。
「そういうお方が、もう十年近くもこの越前に……そろそろ船出の潮時なのではありませぬか?」
ここで光秀は苛立ち、盃を投げて立ち上がります。伊呂波太夫は人心掌握の達人だから、球をいくつも投げています。
義景への不満?
駒の名を出して情愛の深さを見る?
ここまで投げて、次は野心に火をつけました。
「あいにく船出の船が見つかりませぬ」
「その船の名は、すでにお分かりのはず……」
ここで光秀の目の色が変わる。
高度な心理の攻防が続いています。
「織田信長。帰蝶様が仰せでしたよ。十兵衛が考え、信長様が動けば、かなうものなしと。お二人で上洛されればよいのですよ。上杉様も、朝倉様も、不要ではありませぬか」
光秀の顔に、ありありと何かが滲んでいます。
静かな水面に石が投げ入れられたように、ざわざわと何かが変わりつつある。
「太夫様、山崎殿がお呼びでございますよ」
「はいはい、ただいま」
伊呂波太夫はここで姿をすっと消します。光秀の目には、決意を固めた光が宿りました。
伊呂波太夫はおそろしい。心理を操り、その人の欲望や答えを引き出します。
前久からはことなかれ主義。駒からは丸薬で人を助けたい思い。そして光秀からは、とてつもないものを引き出したのです。
けれども、成功すると魔法をかけてくれるわけでもない。
現に伊呂波太夫の誘いに乗って、前久は今困り果てているのです。
伊呂波太夫は、フィクサーではありません。ただただ、その人の心の奥底にある欲望を引き摺り出してくるだけ。心を読み、動かす。とてつもない妖婦が現れたものです。
光秀の能力とは
光秀はこのあと、馬を駆り、信長のいる美濃へ向かいます。
尾野真千子さんは声がよい。低く、大人っぽい。それでいて時に歌うようで、からかうようで、誘うようで、深淵にひきずっていくような凄みがある。こういうひともいるものかと、出番のたびに驚かされてしまいます。
そして光秀も、かなり傲慢で身勝手とも言える人間で。暴れ馬じみたところを見せてきましたね。
彼は自分の観察眼を見出すものには、優しいところを見せる。使いこなせる相手は尊敬する。
だからこそ、道三には毒づいていても心を開いていた。
一方で、幼馴染であれだけ頼りにされていた高政には、冷たい態度を取ってもいた。
義景にもしみじみと冷たいし、義昭の器がわからない時は、否定的なことを平気で言う。
酔っ払ったことで、そういう光秀のよろしくないところが、キッパリと出てしまった感がある。
乗りこなせる乗り手でなければ、容赦なく振り落とす馬。そういうわがままさが彼にはあるのです。
これもある意味では彼の純粋さゆえ。その場で嘘をつけない、腹芸できない、いつもまっすぐだからこそ、不器用で手酷くて不可解で、時に愚かにも思えるのです。
光秀の能力は、なかなか定義が難しい。
頭の良さというけれども、不器用に直言しすぎではある。行儀が案外悪いとはよく指摘されています。
口のうまさというけれど、言わなくてもよいことまで口にする傾向はある。
それによってえらい人に好かれるかというと、朝倉義景からは出仕を持ちかけられないから、これも保留。
賢くて器用で誰からも好かれるということであれば、秀吉に遠く及ばないでしょう。
賢さ……というのも難しい話です。
市場の様子を見て、不備を察知するところはたしかに賢い。
しかし、それをあんなにも厳しい口調で、無礼講だからと言い切るのは、愚かではないのか?
そういう賢愚、善悪の狭間を揺れ動くからこそ、魅力と不快感を与える。
そういうおもしろい人物像であり、これをコメディタッチで描くと『真田丸』の真田昌幸にもなり得る。
彼はすぐに考えを変えるだの、表裏比興だのさんざん言われていましたが。
真田郷を守ると言う悲願はぶれなかった。むしろぶれていたのは、豊臣だ徳川だと、時勢に応じて動く世間の方であったと。
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純粋な人間とは、時に周囲、人、そして世界をひどく傷つけます。
もう一点、光秀の大事な性格の要素。それは色について断固距離を取ることです。
光秀が、帰蝶や駒に冷たいだの、そっけないだの、鈍いだの言われます。
そういう認識が出てくるのは、どこか昭和後半の「男はデレデレモテモテするもの」という軟弱な価値観ゆえの誤解としか言いようがないと思えるのです。
「男は鼻の下を伸ばしてこそ本能!」
「男は挨拶がわりにOLの尻を叩いたもんだよ」
そういう、ビールに水着美女ポスターを使っていた時代めいた目線を感じて、私はハッキリ言って辛い……。
光秀のように、色仕掛けに靡かない男は「硬骨」と称えられた時代もあるのです。
それがいつの間にやら、会社の飲み会でセクシーなお姉さんのいる店に行くことが当然で、断る奴がおかしいという流れになっていったと。
もう、どうしようもないほど昭和だ。
光秀は真面目で、硬骨の持ち主です。鈍感ではない。鈍感でないからこそ、鍛冶屋とのやりとりで戦どころではないと察知できるのです。
そういう目線で男性を見ることは、ハラスメントじみていると思えます。【毒となる男らしさ】を安易に求めるのはやめた方がよいでしょう。
長谷川博己さんは、わけのわからんセクシーさよりも、こういう折目正しさが持ち味だとも思います。
血のにおいを漂わせる二人
美濃・岐阜城――。
光秀が到着しました。中国の故事由来で改名し、ここに岐阜の歴史が始まります。
驚いているのは信長。
「何! わし一人で義昭様を京都へお連れするのか!」
光秀はテキパキと、朝倉家の事情を話します。考えようによっては、情報漏洩をするとんでもない奴だ。
義景は優柔不断、一族の景鏡すらまとめられない。共に戦える仲間とは思えない。
上杉も、他の諸将もあてにならない。
上洛の妨げとなるのは、近江の六角。とはいえ、尾張と美濃の兵を集めれば、六角には勝てる。松永は戦をしていて、京都の守りは手薄――。
ここまで並べたて、こう念押しをします。
「今が好機かと存じまする」
「蝮の申した大きな世か。京へ出て、大きな世を作るのか。よし、そなたの申す通りやってみよう。足利義昭様をこの美濃へお連れせよ」
「はっ!」
信長は目を輝かせ、そう命じます。
信長の目が光ると、光秀の目も光る。とんでもない運命の交錯をまたも果たしました。
けれども、もう現時点で血のにおいがする二人ではあります。
研ぎ澄まされた刃を、毎週さらに磨き上げるようなくらいに魅力をさらに出してくる。演じる長谷川さんと染谷さんは、毎週新しくて凄い。
朝倉家の事情を筒抜けにして、血の通った人間を将棋の駒のように語る。その駒の中には、恩義ある松永久秀もいる。
最善の策を練り、目的に達成するために、光秀はかつてあった何かを失いつつあるように思えるのです。
この二人の歩いていく道は、血が大量に流れる。
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戦が好きだと語る信長も怖いけれども、目的のためにそんな信長を支える光秀も、十分におぞましい。
義昭の意思
そして越前、一乗谷のはずれでは。
光秀が義昭、藤英と藤孝の兄弟に報告をしています。
朝倉様は頼りにならない! この一年待たされてばかり。朝倉か、織田か?
光秀はここで、織田様は心を決めれば即座に動くと念押しします。一方で朝倉は一族すらまとめきれていないと。
これも、今までの展開が生きてきてはいる。
信長は同族に苦しめられ、きっちりと始末をつけてきました。中には実弟・織田信勝もおりましたね。
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信長はサイコパスだのなんだの言われますが、やるべきことはきっちりこなしています。
義昭は光秀を信じて、こう言い切る。
「私は美濃へ行く そなたを信じよう」
「は!」
藤英と藤孝も、義昭の言葉に納得はしている。
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けれども、そのためには朝倉義景をどう説き伏せるか、そこが問題です。その手立てを考えねばならない。
義昭は澄んだ目でこう言います。
小さな蟻だからこそ、強き者に助けてもらわねばならぬ。
彼本人は無邪気に思える。僧侶のころに考えたことを、守っているようだけれども。その家臣は、どうなのでしょうか……。
「まことに、よき嫁御寮だの」
ついに義昭は美濃へ行く――。
夜、光秀は愛妻の煕子にそう告げます。
三淵様から朝倉様に申し上げると語る光秀は、何にも引っかかるところはないようです。それでも、光秀としても朝倉様の怒りは予想できている。
煕子はそれで十兵衛様に叱られるのかと案じています。
光秀は、罰せられるかもしれぬ、いずれにせよ越前は居心地が悪くなるから、ここを引き払って美濃へ戻ろうと告げます。
光秀本人は、義昭と上洛を目指すとのこと。左馬介にも告げてあるけれども、岸とたまを連れて美濃へ向かうように指示するのです。
「怖いか?」
「いつかこのような日が来ると思うておりました。十兵衛様が御上洛のお供を。きっと成就いたします。この子たちも、ようやく十兵衛様のふるさとを見せてやることができます。何もこわいことはありません。うれしいばかりでございます」
煕子も相手の心を察知します。
光秀がまだ越前にやり残したことがあると思っていた頃は、子どもの故郷が越前であることを理由に、離れたくはないとやんわりと言っていました。
子どもを理由にし、光秀の心を傷つけぬよう、行動を導いているようにも思えます。
「そなたは……」
光秀は感極まったように手を握り締めます。
「まことに、よき嫁御寮だの」
煕子は微笑みを返すのでした。光秀の愛だの色気だの、そういうものは愛妻にのみ向けられます。それがよいのではありませんか。
隠さずにはいられない義景の行動原理
二日後――。
義景は文を手にして、山崎吉家に苛立ちを見せています。細川藤孝が持参した文であると吉家は返すのですが。
「わしは悪い夢でも見ておるのか? 越前を出て美濃へ参る所存とある義昭様の直筆じゃ。世話になったことは生涯忘れぬ……これは何かも間違いではないか? 細川めは何と申してこの文をよこしたのじゃ?」
吉家は、本日はとりあえず文をお読みいただき、三淵殿と挨拶に来ると返すばかり。
義景は一世一代の笑い者にするつもりかと苛立ちます。
美濃へ行き、成り上がり者の信長の元へいかれるとは、面目丸潰れ。国境に兵士を置き、外に出さないようにする!と息巻くのです。
「わしの頭越しに上洛できるか、思い知らせてやる!」
そして吉家の前で、この文はもののけが書いたものゆえ、頭を下げてくるまでは、義昭様といえど金輪際合わぬと申し伝えよと、文を破くのです。
ここの言動は義景の行動原理が出ていて、興味深いものがありますね。
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己の面目、相手が成り上がり者であること。もともと光秀への態度でもそういうところが出ていましたが、徹頭徹尾“肩書き”にこだわっています。
マウントすることばかり考えていて、実力を冷静に考えていない。
光秀と信長のやりとりと比べてみましょう。信長の大きな世という変革思考が、義景にはまるでありません。
義景が愚かに見えるようで、そう単純ではないと指摘したい。義景がむしろ普通で、信長がそうではないのです。
だって、肩書き入り名刺を渡して反応を見るとか、SNSのプロフィール欄に学歴、海外滞在歴、資格……そういうことを書く人って割と普通におりますよね。
肩書きには力があって、相手を屈服させられるという仕組みに従っているのです。意識してか、無意識か、そこはわからないけれど。
あの今川義元だって、輿に乗っていました。
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あれは愚かな公家気取りというものではなく、権威のアピールです。信長の性格が義景タイプならば、その時点で「へへ〜っ」と頭を下げていたかもしれない。
「このワインはビンテージラベルがついているけれど、飲んでうまいとわかるまで信じないぞ!」
そう、いちいち息巻く奴がいたら、絶対にめんどくさいし、楽しくないこともたくさんあるだろうし、大変でしょう。
それでも、そういう信長や光秀のような人間だって世界なり、歴史は必要としているのです。
乱世でなければ、義景の方が付き合いやすい善人だとは思う。
問題は、彼の生きる時代に麒麟が来ていないということです。
三淵の奸計
そして夜――。
密談が展開されています。
三淵藤英が、朝倉景鏡と山崎吉家と語り合っています。
朝倉一門は、分裂しているのです。
一向一揆に手こずっている景鏡からすれば、疲れ切っていて上洛どころではない。
国の中を鎮めることが先決。だいたい金がかかる。兵糧米だって集めねばならない。そんなことつきあいきれないと。
家老の山崎吉家も、同意している。
藤英は朝倉家に過分の負担をかけるつもりはないと穏やかな口調で言います。恩義も忘れないと。
願わくば、互いの行く末に悔いを残さぬため、知恵を出し合えれば幸いだとまとめるのですが……。
このあと、越前・朝倉館の台所になります。
こういう調理器具や食事の場面はなかなか大変だとは思いますし、眼福そのものではあります。こういうところが見たい! とはいえ、無意味に食事を用意させるわけがないのでありまして。
「よし」
毒見役の侍女がそう言い、海老の入った汁を配膳する侍女に渡します。
そして運ばれていった直後……。
「うっ!」
毒見役は苦しみ出す。
すると別の侍女が介抱するように誰の目が届かぬところへ連れ出し、苦しむ毒見役がこときれ、声が出せぬよう口を抑えているのです。
ここで口を抑えるほうの侍女の切羽詰まった顔がおそろしい。こんな侍女まで入り込めるのですから、朝倉家が磐石でないとわかりますね。
カメラは、毒の入ったお膳を見据える侍女目線で動いてゆきます。
阿君丸は海老入りの汁を捧げられ、飲んで「うまーい」とニッコリ。母の小宰相も微笑ましく「ふふ、よかったのう」と我が子を見ています。
と、ここで椀が床に落ちる。
阿君丸が倒れ、苦しみだす。
小宰相も侍女もあわてふためいています。
義景のもとにも、この悲報が届けられました。
この場で動揺を見せる山崎吉家のおそろしさよ。何もかも知っていて、毒見役を殺した侍女を手配したかもしれないのに、動揺するふりをしている。
義景が慌てて駆けつけると、そこはおそろしいことになっています。
まだ幼い少年の死に動揺し、謝るばかりの声。
「申し訳ございません、申し訳ございません!」
「阿君……」
これが三淵藤英の考えた知恵でした。
すっかり抜け殻になってしまった義景
一ヶ月後――。
義景は気が抜けてしまっています。
部屋には阿君丸のネズミである忠太郎がおります。彼は抜け殻になっていました。
山崎吉家がやってきて、三淵藤英が挨拶に来ていると告げます。
御一行が明後日、美濃へ出発する挨拶だそうです。
あっさりと通すし、おまけに阿君丸の弔いの折には義昭様が足を運んでいただいたことに感謝までしています。
当然、その三淵藤英が我が子を殺したとは知っているはずもない。
上洛には我が家も不幸の最中ゆえに関われないといい、織田信長如きが足利義昭様を支えられるかどうか、見ものだとマウンティング宣言をします。
こういう人は結構いますね。理詰めで反論できなくなった時、観客になるぞ宣言をして、謎の勝ち誇りをする系です。
そんな義景のそばで、藤英と吉家が目だけで何かを伝えているのがおぞましい。
光秀の家には、藤孝が来ています。
なんだか熱血すぎて暑苦しい藤孝と、穏やかなようで奸計も使う藤英という兄弟のコントラストが強烈になってきました。
藤英が弟に計略を告げないことには、性格を配慮した部分があるのでしょう。
こういう役をこなせると指名された谷原章介さんは、本当に素晴らしいと思います。
光秀が支度を整えてくる。
お子たちは一緒に来ぬのかと尋ねられ、後からゆっくり参ると光秀は説明します。
山崎殿は、夜逃げのように去らなくともよい、国境まで送ってくれるとのこと。義景への挨拶はしないほうがよいと。
山崎殿が上洛せずに済んでほっとしているだろうということは、わかっています。
「しかし、誰が阿君丸様を……」
光秀はそう怪しむ。確かにそこは気になりますね。
藤孝は私にも6歳の子がいるから胸が痛むと言います。
もう6歳かと光秀は言い、たまも6歳だと言います。
のちの細川忠興とガラシャ夫妻、このころはまだ6歳ということになります。
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光秀は娘たちに、険しい山に気をつけろと語りかけ、愛おしそうに頭を撫でます。
母上とともに気をつけて参れと言います。
かくして、上洛への旅が始まりました。
永禄11年(1568年)7月、織田信長のいる美濃へ出発する一行。京は間近です。
MVP:阿君丸を殺した人々(三淵藤英・朝倉景鏡・山崎吉家)
もちろんこの3人が主犯とはいえ、光秀が義昭の美濃行きを決めたがゆえの謀殺でもあり、複雑です。
誰が阿君丸を殺したのか?
彼の命は高いのか、安いのか?
そう考えてしまう。
子どもの生々しい死を前にして、こういうことを思う自分が邪悪だし、いろいろと失うものがあるだろうとは思えるのだけれども。
確かに、これは知恵を絞った結果であり、最善の策ではある。
子どもと毒見役の命ふたつならば、安い買い物とはいえる。
藤英は宴の席で、父の後押しをしたと阿君丸が語ったあたりで、失望とともに弱みを握った痛快さもあったのかもしれない。
だって、あんなに堂々と、義景に反感を抱いている者の前で愚かなことをしたのだから。
あの瞬間、義景は自分の弱点をむざむざと晒しました。
人間誰しも愛着はあるし、そのことを表明もするけれども、それは時に危険でもある。麒麟が来ない乱世では、特にそうです。
義景は我が子を愛する、ちょっと抜けたところはあっても善良な人物です。
ただ、乱世を生きていく大名に適していないだけなのです。
本作はおそろしい。歴史をもとにして考えることの邪悪さ、下手すれば転がっていってしまう落とし穴を示している。
こういう人の命に値段をつけるような思考実験を、要所要所でやらかす。
今までも暗殺の場面は何度も出てきました。残酷だけど、それで戦が回避できるのであれば効率的であると。
そうやって人の命を貨幣のように思うことそのものが、乱世のようで、人間性の摩耗なのだと思えてきました。
それを気にしないと明確にされている人物も複数名出てきている。
家康の場合、父の首すらそうできた。
最終盤、妻子を信長によって失ったとき、彼はどんな反応を示すのでしょうか。
この3人を演じた谷原章介さん、榎木孝明さん、そして手塚とおるさん、みな素晴らしい演技でした。
総評
戦国時代って、ロマンがあって、かっこよくて、皆がかっこいいというイメージがあるとは思う。
それをひっくり返して、人間の身勝手さや愚かさが伝わってくる作品になりました。
将軍候補者ですら、銭すら足りずに粗悪なものをかき集めている。
そういう劣悪な環境だろうと、権力争いを止められない公卿たち。
阿君丸を殺しておいて、それでも知恵を絞った結果だとして、目配せしあう三淵藤英と山崎吉家の邪悪さ。
光秀自身も、だんだんと、どこかいびつになってきてはいる。
戦争に備えていない一乗谷は気がゆるんでいると彼はいうけれども、市場の動きが止まって物資不足になるくらいでないといけないって、なかなか酷いことを言う。
戦争には悪いことがたくさんある。物も命も破壊する。のみならず、人間の精神を破壊し蝕み、とりかえしがつかないくらいいびつに変えてゆく。
その様がまざまざと伝わってきて、本作がどんどん怖くなってきました。
本来、戦争の続く時代は気軽に考えてはいけないのかもしれない。
昔、戦争を題材にしたゲームで遊んでいて、手が止まってしまったことがあります。
数字が減っていくだけ、そう思って遊んでいるけれども、減った数字は命の数ではないのか?
この武将にしたって、人間の存在に数値をつけ、ランキングをつけて、遊んでいる。能力が低いものを軽んじるようになるのでは?
そういう懸念に、その通りだと叩きつけるようなこのドラマ。大河ドラマをまったく新しいようで、普遍的に変えていくような試みを、毎週感じています。
そんな斬新な作品を支える技術については、noteの記事でどうぞ。
◆大河ドラマとVFX(→link)
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【参考】
麒麟がくる/公式サイト
























