最上家

『信長の野望』は歴史知識を上げるのか|注目は義光の「顔グラ・能力値」なり

2024/07/06

『信長の野望』はただのゲームに非ず。

日本の歴史知識を底上げする娯楽文化だ――。

なんて言うと「大げさなやっちゃな……」と思われますかね?

これが結構マジで。

実は私、『信長の野望』&『三国志』をキッカケに歴史にハマり込んでいって、大学では史学科を専攻しました。

本サイトの編集人氏も、16カ国時代の一作目『信長の野望(MSX版)』からコーエーゲームをやり続け、一番好きなシリーズは『太閤立志伝』で剣豪秀吉の全国放浪だと言いますから、こりゃ中々イッちゃってるなぁと。

いえ、我々のような凡人だけじゃありません。

本物の研究者になった方もいますし、「ゲームはバカになる」と言われ続けた子供たちが大人になり、色んな角度から自由に歴史を楽しめるようになりました。

今なら胸を張って言えるでしょう。

ゲームは歴史知識を上げる! 楽しんでこそ学問の入口じゃないか!

ということで今回は『信長の野望』能力値に見る武将評価の変遷を追ってみたいと思います。

主な題材とするのは何かと誤解多き戦国大名・最上義光です。

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能力値はなぜ変わるのだろう?

『信長の野望』は現在、実に16タイトルをリリース。

長い時間をかけてシステムやグラフィックが変化していきました。

他のゲームならば、技術力の向上や世間の流行を取り入れ、変化してゆくもの。

しかし、コーエーテクモの歴史ゲームはそれだけにはとどまりません。膨大な登場数を誇る武将の、ありとあらゆる要素が見直されています。

そのせいなのか、最近はこんな声もあるほど。

「自治体だかファンに配慮しているのかわからないけど。どの武将も、能力値といい顔グラといい、インフレ気味じゃないの?」

なるほど。確かに大幅な変化が見られるものもあり、その筆頭に挙げられるのが、山形県の誇る英雄・最上義光でしょう。

能力の見直しが入ると、あの伊達政宗の総合値を上回ったほど。

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さすがに政宗を上回るってどうなのよ?

山形県民が必死に運動でもしたの?

なんて思われてしまうかもしれませんが、果たして単純に批判するだけでよいのでしょうか。

いえいえ、違いますよ。

妥当な答えはこれ。

【最新の研究結果を反映した】

そういうことなのです!

 


最上義光の評価は変動が激しい

最上義光は、かなり特殊な道をたどってきた武将。

よくわからない理由で、その評価が乱高下してきました。

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江戸時代ではなく、昭和になってから評価が下落したという、極めて珍しい人物です。

歴史上の人物評価が変動することは特段珍しくはありませんが、ここまで激しい変貌を遂げた人は中々おりません。

しかも義光に限っていえば、能力値の向上は適正とも言えます。

黒い時代が長すぎたのです……。

 

「ギリニ」ってなすて!

義光がネットで呼ばれたあだ名は、現在では「鮭様」。

しかし、かつては「ギリニ」でした。

字面からして、なんだか良い雰囲気を感じないでしょう?

というのも「ギリニ」とは、『信長の野望』において「義理」という能力値が「2」だったため。

ワーストワンの松永久秀「ギリワン」と並んで、ヒール扱いのあだ名でした。

松永久秀の場合も、奸雄伝説は長いものがありました。

当時の織田信長すら、そう扱っていたとされるほどです。

「東大寺の大仏殿でキャンプファイアー!」

「主君殺し!」(二度)

「そして平蜘蛛自爆でヒャッハー!」

久秀についての「ギリワン」はきちんと理由もあり、ヒールこそが生きる道、言わば火を噴くレスラー路線だったわけです。

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しかし、義光は違います。

Q:寺社仏閣を燃やしましたか?

A:いいえ。『奥の細道』での山寺立石寺はじめ、保護につとめました。比叡山延暦寺の法灯が消えた時も、最上家で保存していた火で復活したほど

Q:主君を殺し、裏切りましたか?

A:いいえ! むしろ慶長大地震では、恩義ある徳川家康の安否確認に駆けつけ、「もがみんって律儀だね♪」と言われたほどです

Q:平蜘蛛自決みたいな死に方ですか?

A:死を悟り家康に面会してから、穏やかな天寿を全うしています。むしろ文化財破壊に定評があるのは、甥・伊達政宗です!

撫で斬りしない。

降伏武将を受け入れる。

善政を敷く。

他国の武将からもリスペクトされる。

山形人は、そう主張したかった!

しかし、

「伊達政宗をいじめた奴だよね」

「言うてもギリニじゃん」

と返される、そんな辛い日々が続いたのです。

 

そしてレッツゴー陰陽師♪

顔グラフィックも、ヒール顔でした。

初期は、『独眼竜政宗』の原田芳雄さんそっくりで、シャレにならないものがあったものです。

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それが肖像画準拠になったものの、そこに不幸な偶然が襲いかかります。

 

2008年――。

陰陽師(上記動画参照)の顔が『信長の野望』ファンの間でこう囁かれ始めたのです。

「最上義光の顔グラって、レッツゴー陰陽師そっくりだな」

確かに『革新』と『天道』のものと似ているのです……そっくり……。

結果、どうしたらいいのかわからない、【ギリニのレッツゴー陰陽師!】というあだ名がつきました。

耐えました。

屈辱的なネタ武将扱いを受けながらも、置賜地方以外の山形県民と、最上ファンは耐え忍びました。

「それでも……2009年の大河ドラマ『天地人』で慶長出羽合戦が出てくるはず。そして皆、カッコいい義光公を知ってくれるはず!」

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「北の関ヶ原」こと慶長出羽合戦は、主役・直江兼続の仇となる。

ひどい悪役として描かれたりしゃしないか?

そんな気を揉みながら放映を待ちわびていると……。

あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

慶長出羽合戦が始まったと思ったら

いつのまにか終わっていた

な… 何を言っているのか わからねーと思うが、

おれも 何をされたのか わからなかった…頭がどうにかなりそうだった…

手抜きだとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ

もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ…

瞬間的に終了したのです。

しかも最上義光は兜のみ、前田慶次は朱槍のみという、山形県民全員が唖然とする展開でした。

最上領だった置賜地方以外の山形県民。

前田慶次を応援していた、米沢藩領置賜地方の山形県民。

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全員まとめてガッカリ……。

「そんな一体感は求めていなかった!」

そう叫んだ山形人の多かったことよ。

伝え聞くところによると、この大河スタッフ山形トークショーは、容赦ない質問が飛び交ったと言います。

ちなみに置賜地方の不満は、2016年『真田丸』における素晴らしい直江兼続により、払拭されました。

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しかし、続く2018年の『西郷どん』では散々な結果に終わります。

山形・庄内藩は、薩摩藩と色々と因縁があり、戊辰戦争では西軍を叩きのめす――素晴らしい戦火を挙げたにもかかわらず、またもやドラマでは酷い描かれ方をしてアッサリ終了してしまったのです。

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大河もダメなら、どうすればよいのだ。

山形の心はもうズタボロでした。

 


大河はダメでも、ノブヤボがある!

こうなるともう山形の人々は大河ドラマには期待していないのかもしれない。

しかし、それでも義光には救いがありました。

2013年発売の『信長の野望・創造』で、ついに陰陽師顔グラを脱出したのです!

今までの陰険そうな顔ではなく、むしろマッチョ。そして甲冑姿になりました。

もう陰陽師じゃないんだ……!

最上義光『信長の野望』より

ギリニも修正され、やっと山形県民も納得できる、そんな義光像になりました。

では、なぜ顔グラフィックが修正されたのでしょうか。

ちょっと考えてみましょう。

 

そもそも肖像画が残っていないゆえに

陰陽師が嫌だというクレーム由来で、あの肖像画が修正されたわけではありません。

実は最上義光には、肖像画が残されていません。

かつてはそう呼ばれている絵がありましたが、研究の結果ありえない箇所が複数あるため、後世の創作であるとして取り下げとなったのです。

関連書籍でも、ある時期から掲載されなくなりました。

陰陽師顔グラは、その問題のある肖像画を取り下げた結果です。

しかも取り下げただけではなく、史料を反映しているのです。

・目つきが鋭い、赤い服

→朝鮮出兵前の馬揃えの目撃談準拠

・鉄棒

→最上家に伝わる鉄棒準拠。屏風絵では六尺あまりのものがあるが、あれはあくまで想像の産物

・兜の前立て

→最上家に伝来、最上義光歴史館が復元したもの準拠

・平服グラフィックでも指揮棒を手にしている

→当時の「義光公は、日頃話をしている時でも指揮棒を持っている」という証言準拠

このように、大河ドラマや陰陽師時代よりも、はるかに史実に即しているのです!

思い出してみましょう。

「最近は自治体やファンのクレームのせいで、インフレ能力、それにイケメン化ばっかりだな」

そんな指摘は、果たして正しいのか?

最上義光の生涯を見ると、かなり柔軟で、それでいて芯の通った武将であることがわかります。

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最近では研究も進んでいて、そうした成果や資料が表に出てくるようにもなりました。

信長の野望で数値変更されたのは、ただのクレーム対応ではなく誠実な対応の結果だということは、最上ファンなら知っているのです。

・能力値
・顔グラフィック
・イベント
・列伝

こうした要素が変貌するのは、言わば研究成果の反映なのですね。

積極的にこうしたものを取り入れる『信長の野望』。

ただのゲームではなく、歴史知識の底上げに役割を果たしているということがご理解いただけるでしょうか。

その進化はこれからも続いていくでしょう。

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【画像提供】
信長の野望・大志 with パワーアップキット(→link

【参考文献】
『日本史史料研究会研究選書13「最上義光」』(→link
伊藤清郎『最上義光 (人物叢書)』(→amazon
松尾剛次『家康に天下を獲らせた男 最上義光』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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