関ヶ原合戦図屏風/wikipediaより引用

豊臣家

関ヶ原で「第二の裏切り者」と死闘を演じた大谷吉継と平塚為広が泣ける

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平塚為広と大谷吉継
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大谷吉継も平塚為広も真の裏切りに耐えきれず

予想通り裏切った秀秋に対し、まず先鋒として応戦したのが平塚為広です。

平塚為広は秀吉の護衛をしたこともある力自慢の武将でしたが、所領は少なく、このときの動員兵数も数百人ほどでした。

ですが大谷隊と連携・奮戦した甲斐あり、秀秋の先鋒隊を数回は押し返すことに成功します。

と、ここで第二の裏切りが起こったもんだから、さぁ大変。

事もあろうに秀秋の裏切りを警戒するために配置されていた

朽木元綱
・赤座直保
・小川祐忠
脇坂安治

などの4部隊が、西軍に向かって突撃を開始したのです。

その数、小早川隊と合わせて2万前後(諸説アリ)。

これにはさすがの平塚隊も耐え切れず、部隊は壊滅してしまいます。

為広は最後の最後まで戦いますが、雲霞うんかの如くわき続ける敵兵を見て覚悟を決め、急いで辞世の句を認めます。

そして近くにいた兵に敵将の首と手紙を託し「大谷殿へ届けてくれ」と言い残して壮絶な討死にを遂げました。

討たれるその瞬間まで得意の大薙刀を振るっていたのでしょう。

 

手紙には辞世の句

なだれ込む二重の裏切り者――これに対する大谷吉継との間で戦闘がはじまりました。

このとき、秀秋の見張り役として家康から派遣されていた奥平貞治という人物が致命傷を負います。

数で勝る部隊の、しかも前線に出ていたわけでもなさそうな立場の人間が、その日のうちに死ぬような傷を負ったというのですから、大谷・平塚両隊の奮闘振りが窺えますね。

しかしやはり多勢に無勢。

攻めるも退くもままならなくなった吉継の元に、為広からの使者が到着します。

手紙には辞世の句が書かれていました。

平塚為広の辞世

「君がためすつる命は惜しからじ つひにとまらぬ浮世と思へば」

【意訳】主君や友誼を結んだ君のためになら、命を捨てるのも悪くない。この世で永遠に生きられるわけでもないのだから

文字通り命を惜しまず、爽やかささえ感じるこの句を見て、吉継も覚悟を決めました。

返歌として次のように詠んでいます。

大谷吉継の返歌

「契りあらば 六の巷に まてしばし おくれ先立つ 事はありとも」

【意訳】もしあの世でも縁があるとしたら、死後の世界の入り口で待っていてくれ。遅かれ早かれ、私もそこへ行くだろうから

そしてギリギリまで戦った後、吉継は側近に介錯を命じて自害したのです。

にしても切羽詰まったところでこの振る舞いは、さすが名だたる戦国武将……涙がこぼれます。

こうして堰き止め役がいなくなった西軍は「今こそ好機!」とばかりに動き出した家康本隊と裏切り者たちとに挟撃され、あっけなく壊滅してしまうのでした。

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圧倒的不利な状況でも最後まで戦った吉継と為広は、まさに武士の鑑ともいえるでしょう。

ちなみに、ホンモノの裏切り者たち四名は、事前にきちんと家康と内通をしていた脇坂安治以外は戦功とされず、むしろ忌み嫌われるように減封(石高減)や改易(お家取潰し)の憂き目に遭っています。

・朽木元綱→減封

・赤座直保→改易(後に前田家へ)

・小川祐忠→改易

・脇坂安治→所領安堵

東西どちらが勝つかわからない状態で、旗幟鮮明にしておくって難しいですが、結局、こうなるんだったらしておくべきなんですよね……。

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【参考】
国史大辞典
峰岸純夫/片桐昭彦『戦国武将合戦事典(吉川弘文館)』(→amazon
笠谷和比古『関ヶ原合戦と大坂の陣 (戦争の日本史 17)』(→amazon

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