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戦場で討ち取った敵の首には笹の葉を~戦国浮世絵ANARCHY21

岐阜県可児市をご存知でしょうか?

名古屋から車で約1時間。

岐阜城で知られる岐阜市からも車で約30分という東海エリアのベッドタウンで、

実はこの可児市、歴史的にはなかなか重要なエリアだったりします。

森可成を始めとする森一族(森蘭丸や森長可など)や信長の母・土田御前、さらには可児才蔵こと可児吉長を輩出したとされるのです。

岐阜県ですので、実は関ヶ原からも遠くなく……その関ヶ原と非常に関係深いのが前述の可児才蔵。

「笹の才蔵」エピソードで知られます。

これがなかなかキャラクター強烈なのです。

 

討ち取った首には笹の葉を

なぜ可児才蔵は「笹の才蔵」なんて呼ばれたのか?

武勇を誇る可児才蔵は、鬼武蔵として知られていた森長可に仕えていました。

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長可と言えば甲州征伐。

織田信長による武田勝頼攻めのことであり、このとき森長可は、高遠城陥落で特に大きな武功を挙げるなど、その名を知られた存在でした。

可児才蔵も参戦して大いに敵を討ち取り、迎えた戦後の首実検で3つの首を差し出し、こう付け加えます。

「ぜんぶで十六の首を取ったが、持ちきれなかったので捨ててきた。討ち取った首には笹の葉を目印にしておいた」

その言葉を聞いた長可が、さっそく確認させると実際に笹の葉が付いた十三の首を発見。

このときから「笹の才蔵」と呼ばれるようになったと言います。

果たしてこの話、どこまで本当なのか。

 

家康に評価され正則の家臣に

可児才蔵は合戦に際し、笹竹を旗印として背中につけて戦っていたともいい、実際、関ヶ原の合戦図にもその姿が掲載されています。

関ヶ原の戦いにおける可児才蔵/wikipediaより引用

関ヶ原の前哨戦【岐阜城の戦い】でも。

本戦【関ヶ原の戦い】でも。

同様の笹の葉エピソードが残されています。

結果、その武勇っぷりを徳川家康にも評価され、福島正則の家臣として迎えられました。

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そんな「笹の才蔵」を現代SAMURAI ARTにするとどうなるか。

鞘ェもんに描いてもらったのがコチラです!

コンビニ袋に首を入れ、袋の中へ笹の葉を一枚……。

まるでカップ麺の中に割り箸を入れるみたいな気軽さに、一瞬、何をしているのか忘れそうになるほど。

いかにも現代っぽい“すね当て”が軽くて丈夫そう。

背中に背負った日本刀もデザインが素晴らしいですねー。ちょっとカジュアルだけど切れ味は鋭く、新素材のため刃も強い、みたいな。

可児才蔵は、ヤンマガの超人気作品『センゴク』でも、かなりナイスキャラで登場していました。

三英傑(信長・秀吉・家康)にも絡ませられるため、今度は才蔵が主人公のマンガがヒットしても良さそうですね。

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絵・鞘ェもん(ツイッターサイト
文・五十嵐利休

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