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【礒田湖龍斎】
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蔦屋重三郎の目にとまる湖龍斎の描く美女
のびやかな肢体を見せる湖龍斎の【美人画】。
そこに、大きな可能性を見い出す人物が出てきます。
これでぇ、これだよ!
これぞ、俺の欲しかった美人画なんだよォ!
そうなるからこそ、磯田湖龍斎は『べらぼう』序盤で、鉄拳さんが扮する重要絵師として出てくるのでしょう。
湖龍斎の縦長レイアウトの美人画は、蔦屋重三郎の需要に一致したのでした。
蔦屋重三郎は、吉原の遊女が持つ魅力を、出版物を通して江戸に広めたいと考えていました。
背中を押してくれる吉原の人々もいます。
そうして売り出し始めた刊行物として、定番のカタログ『吉原細見』があり、勝川春章・北尾重政のコンビに競作させた『青楼美人合姿鏡』も売れ行き好調でした。
しかし、複数の売れっ子絵師が競うように描くとなると、どうしてもスピード感のある発行はできません。
カタログ路線、レアなコレクターズアイテム路線は制覇した。
さて次はどうする?
もっとポンポンと出して、それでいて豪華なブランド価値を落とさないモノが欲しい。
次の一手は?
それが磯田湖龍斎を起用した『雛形若菜の初模様』となります。
ファッションカタログ『雛形若菜の初模様』
「雛形」とは、「小袖雛形本」の略称です。
意匠や図案をまとめた本であり、いわばカタログとして参考にできるものでした。
この『雛形若菜の初模様』は、吉原遊女の姿をまとめた本であり、いわば江戸のファッションカタログです。
吉原遊女の装いを参考にしたい、そんな需要に応じるものでした。
春信風の夢見る美少女とはちがう。
爛熟した女性美をみにつけ、天女のように豪奢な着物を身に纏った吉原遊女。
それを描くには、磯田湖龍斎の画風がピッタリだと見出されたわけです。
禿(かむろ)を左右に侍らせた遊女は、堂々たる肢体を美しい衣装に包む。
それまでの中判(約27×19.5センチ)から大判(約39×27センチ)になったその絵は、見るものに迫るような、誘い込むような、圧倒的な迫力がありました。
今日まで私たちが思い浮かべる吉原遊女の華麗なる姿は、この作品の中に見られます。吉原こそ、ファッションの最先端だと、江戸っ子たちは感じたことでしょう。
時代の流れにも一致します。
経済重視の【田沼時代】は、江戸に豪華な気風をもたらしつつありました。
そんな安永5年(1776年)から天明年間初期(1781−89)にかけて、『雛形若菜の初模様』は、時代の流れに合致した、新たな美人画です。
懐に余裕ができ、ファッションに敏感になっていく江戸っ子の需要にも一致していたのでした。
天明2年(1782年)、湖龍斎絵師として稀有な地位である「法橋」を得ました。
これは当時、医師や絵師といった特殊技能の持ち主が得られる高い位でした。
一介の浪人。本格的な狩野派の絵を学んだわけでもない。吉原遊女たちをはじめとする江戸の美女を描き続けて、ついにここまで上り詰めたのです。
これを契機に湖龍斎は版下絵から手を引き、肉筆画中心の絵を手がけ、江戸の出版界からは姿を消してゆくのでした。
モデル系か? アイドル系か? 選べる時代へ
『雛形若菜の初模様』を共に手がけた版元の西村屋与八と、蔦屋重三郎は止まりません。
やがて蔦屋重三郎は手を引き、このシリーズは西村屋与八のみが出すようになってうきます。
西村屋与八は、磯田湖龍斎が確立した路線を継続。
鳥居清長、鳥文斎栄之らが描く、のびやかな肢体を持つ【美人画】を世に送り出し続けました。
一方でクリエイターの新規発掘に余念のない蔦屋重三郎は、新規路線を求めてゆきます。
そして世に送り出したのが、喜多川歌麿です。
歌麿の作風は、湖龍斎路線とは正反対といえるものでした。
吉原にいる天女のような遊女と違う、そのあたりにいそうな【地女】、江戸の女たちの姿を【大首絵】(バストアップ)で描いたのです。
かくして、江戸っ子は現実離れしたモデル系か。
庶民的なアイドル系か。
好みの二次元美女を選べるようになってゆくのでした。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
小林忠『浮世絵師列伝』(→amazon)
深光富士男『浮世絵入門』(→amazon)
小林忠/大久保純一『浮世絵鑑賞の基礎知識』(→amazon)
田辺昌子『浮世絵のことば案内』(→amazon)
他