光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第28回「一帝二后」定子と清少納言は永遠に

2024/07/22

長保元年(999年)、女児を出産したまひろ。

乳母のあさに任せっきりにせず、自らも育児に励んでいます。

弟の藤原惟規が「学問は得意でも乳飲み子の扱いは下手だ」とからとからかうと、認めざるを得ないまひろ。あさがいてよかったと納得する姉と弟でした。

おでこのあたり、耳も宣孝に似ていると惟規が言うと、やめて欲しいとまひろが答えます。

「おなごは父親に似るというから」

惟規がそう続けると、どこか複雑な顔になるまひろ。もしもこの子が実父に似てきたらどうするのでしょうか。

 


どうやって帝を説得する?

詮子は、一帝二后の案を聞き「道長はすごいことを考えるようになった」と感心しています。

彼女は円融院から中宮とされず女御のままでした。

それをふまえ、女御のままでいれば彰子も傷つくと考えたのでしょう。道長はその言葉を帝に届けて欲しいと言います。

詮子は承諾し、蔵人頭の行成に文を取りに来させるよう伝えますが、私の言葉で承知するかどうかわからないとつぶやく。

道長が意外そうな表情で、女院の言葉に帝は逆らわないだろうと返すと、「そうね」と暗い顔で頷く詮子。

母子の齟齬が道長には見えていませんし、帝の心もわかっていないのでしょう。

二人のやりとりを受けて、藤原行成がうやうやしく、女院の書状を帝へ持ってゆきます。

しかし、顔を曇らせる帝。

考えを聞かせよと言われたら行成は口ごもり、目が泳いでしまいます。誠意あふれる性格がにじみ出ていますね。

帝はきっぱりと、朕の考えを女院と左大臣に伝えるように言います。

定子は皆から好かれていない。それでもこれは受け入れられない。

「朕の后は定子一人だ」

そう断言するのです。

困ったのは行成です。道長から「いかがであったか?」と事の成否を聞かれ、思わず「お考えくださるようだ」と言葉を濁してしまいます。

迷われるのは当然だ。そう道長は言いながら、そこをなんとかして欲しい、彰子を中宮に立てられないかと行成に懇願。

このドラマで描かれる道長は、ギラギラした権力者というよりは、鈍感で人任せに思えます。

これが藤原実資だったら即座に断るかもしれませんが、人が好い行成だから押し付けているように見える。

こういう人の良い鈍感タイプは厄介なものです。なまじ、悪どいタイプはら突っぱねても心は痛まないけれども、曇りのない目で嫌なことをしてくる相手にはそうしにくいこともあります。

道長の嫌な左大臣ぶりが、なんとも生々しくなってきましたね。

 


帝の心に入るには?

一方、妻の源倫子は、彰子が帝の心に入るためのコツを、その母である詮子に相談しています。

好きなものは何か? 読み物、遊びはどうか? と聞かれ、よく知らないと言葉を濁す詮子。好きなのは定子だとわかっていても、そうは答えたくないでしょう。

完璧なゴッドマザーのようで、実は我が子をあまり見ていなかったのかもしれません。夫である円融院を一途に思い続けたせいでしょうか。

詮子は倫子に「我が子の好きなことを知っているのか?」と逆に問いかけます。

すると倫子は、三人の子の好きなことを答えてきます。

しかし、息子二人と次女のことはスラスラと答えられるのに、肝心の彰子のことは語っていません。

もう手を離れたからか、あるいは娘とはいえもはや畏れ多い女御であるから飛ばしたのか、それとも把握できていなかったのか。一体どちらでしょう。

赤染衛門が彰子付きの女房となり、歌詠みの指導をしています。

年(とし)ふれば
よはひは老いぬ
しかはあれど
花をし見れば
物思ひもなし

長い月日が経ち、私もすっかり年老いたものだ。しかし、目の前に生けられた桜の花を見れば、物思いに耽ることなどないではないか。

先祖にあたる藤原良房の『古今和歌集』に選ばれた一首を教え、権勢を誇る摂政としてだけでなく、歌人として名高い人物であったと解説しています。

そんな先祖を持つ彰子ならばできると、やる気を引き出したいのでしょうか。

するとそこへ帝が渡ってきました。

頭を下げる彰子。帝は寒さを気遣い、暖かくして過ごすようにと気遣うのですが……小声で「はい」と言うばかりの彰子。

帝は「笛を聴かせたい」として、柱によりかかりながら吹き始めます。

彰子は俯いています。

困惑した帝が、なぜ朕を見ないのか、こちらを向いて聞いて欲しいと問いかけると、相変わらず黙ったままの彰子に焦った赤染衛門が、答えるように促します。

「笛は聴くもので見るものではございませぬ」

「これはやられてしまったな」と答える帝。彰子は「聴かせる」という点に一点集中し、見て欲しい帝の気持ちは理解できていなかったのでしょう。

帝は彰子に中宮になりたいのかと問いかけます。左大臣はそなたが中宮になることを望んでおる、そなたはどうかと問いかけます。

「仰せのままに」

「誰の仰せのままにだ?」

「仰せのままに」

同じこと返答を繰り返す彰子。

定子ならば、帝に明るい瞳を見せてきたことでしょう。自分の意見を言い、微笑んだことでしょう。

 

帝も認めてしまう

彰子は己というのものがない――帝はそう行成に漏らします。

しかし、それがかえって女院の言いなりであった帝の過去を思い出させ、彰子に対する同情心をかきたてました。

朕にとって愛しき女子は定子だけだと断言。

そのうえで、彰子を形の上だけでも后にしてもよいと言います。帝も、道長とは争いたくないのだと。

道長が兼家のような性格ならば、帝もかえって反発できたのかもしれない。

しかし、そういかないところが道長のおそろしいところです。

柄本佑さんのあの器の大きい演技が、そんな道長に最適だと思えます。

 


道長、行成の腕の中に倒れる

行成は道長に対し「彰子様を中宮にしてもよいとはっきり仰せになった」と報告しています。

しかし、行成はどうにも人が好すぎるせいか、相手の望む答えのほうへ引き寄せて語るのですよね。

実資あたりとは真逆に思えます。

しかも受け取る道長は猜疑心がないので、案の定、帝の気持ちを動かしてくれたと礼を言います。

行成が感激していると、道長はさらに、行成の心を掴む言葉を続けます。

四条の宮で学んでいたころより、行成はいつも道長に、さりげなく力を貸してくれたと。

「今日までの恩は決して忘れぬ」

そう言われ、うっとりとしてしまう行成。心がとても優しいのですね。

しかし、ここで道長が続ける言葉に、平安貴族らしい生々しさがある。

「其方の立身はもちろん、其方の子らの立身は俺の子らが請け負う」

父の夭折で、出世しにくい行成にとっては、これが一番欲しいものだとは思います。あとは唐物や越前紙を含めた文房四宝でも贈ればきっと行成は喜びますね。

と、ここで道長は行成の腕の中に倒れ込んでしまいます。心労がたたったのか体調が優れないようです。

「道長様!」

「誰も呼ぶな、大事ない……」

そう強がる道長ですが、はたして。

 

まひろの個性あふれる育児方針

「王戎簡要、裴楷清通。孔明臥龍、呂望非熊……」

まひろが子ども向けの漢籍である『蒙求』を読み聞かせています。偉人のエピソードをまとめ、それを手本にするように指導するものです。

これには乳母のあさも困惑しています。

子守唄代わりに聴かせれば覚えてしまうとまひろは語りますが、あさにしてみれば、なぜ女児に漢籍を?という思いなのでしょう。

「姫様ですが……」と困惑していると、まひろは学問好きな姫になって欲しいとのことです。

学問より、そろそろ名前が欲しいとあさが言うと、殿に名付けをしてもらうようで。

この一連のやりとりは、当時の事情を知ればなかなか笑える場面でしょう。

紫式部自身、宮中で「女のくせに漢籍知ってるとかありえなくない?」と言われ、『源氏物語』でも漢籍教養を自慢する痛い女エピソードを盛り込み、中々わけのわからん女ぶりが出ているエピソードだと思います。

教養溢れる堅物、例えば実資あたりが事情を知ったら、

「そんなに教養と見識があるのに、抱いているのは不義の子かよ!」

と、ツッコミそうではありますね。

 

道長、彰子立后を進め、それを日記に書く

年が明けて長保2年(1000年)、道長は安倍晴明に対して、彰子を中宮とする正式な日取りを決めるよう求めています。

藤壺の后は2月25日とする――。

仕事のできる晴明は、そう言われると予期して、事前に決めていたそうです。

思わず道長が感心していると、「国家安寧の為、先を読むのが陰陽師の仕事にございますから」と返す。道長が晴明に操られているように思えなくもありませんね。

さて、日々の出来事を道長が日記に記しています。

『御堂関白記』です。

実はこの日記、タイトルからしてツッコミどころが多いものでして。

道長は関白になっておりません。後世の人間がうっかりして、それが定着したせいでこうなってしまった。

なんだかめんどくさい日記なのですが、それをさらにややこしくしているのが、そもそも道長の書くときの態度です。

それをこうして見られるとは感動的と言いましょうか。

雪が大いに降った。

一尺二〜三寸ほど積もった。

晴明を召して立后の雑事などを勘申させた。女院様に献上することとする。

晴明が申して言ったことには……

ここで手を止める道長。

「まだ詔は下りてはおらぬ」

そう気付いたようで、雑に線を引いて消します。

でた、道長の雑な削除!

これは解読できるので、まだマシなほうでしょう。

解読できずに困るのは、途中で書き忘れている場合です。脱落が多いうえに悪筆であり、しかも漢文の文法がおかしい。

ミスが多いのが道長の著作です。

ちなみに、実物よりもドラマの方が綺麗に見えます。道長の字を再現する根本先生もさぞかし大変なはず。

このドラマでは、ぼんやりしていてミスが多い道長が反映されています。日記から史実を辿るだけでなく、人物像も作り上げているのが本作です。

何も藤原道長だけでなく、実資や行成、そして紫式部もそうです。

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帝を説得する行成

行成がまたもや帝に呼ばれていました。

どうやら彰子立后のことで迷っているようで、定子が知って傷つくことに耐えられない様子。

行成は、苦悩する一条天皇の説得にかかります。

お上はお上ではないか。

一天万乗の君である帝は下々と同じように妻を思ことをを考えてはいられない。

大原野社の祭祀は代々、藤原の皇后が神事をつとめる。それが定子出家以来、なすべき皇后がいない。

なすべき神事を為しておらぬことが神への非礼であり、それが天変地異という神の祟りにつながっているのだ。

そう行成が滔滔と語るのは「天譴論」です。

そして、こう続けます。

だからこそ道長はそれを憂えて姫を奉ったのだ。

早く彰子を中宮とし、神事を為すべきだ。そうでなければますます世が荒れ果てますぞ。

最後に「何もかもわかっているはずだ」と決定打を放たれ、覚悟を決めるよう迫られる帝。

かくして、帝は「一帝二后」を認めました。

この異例の事態に対し、公卿は実資まで、誰も異を唱えませんでした。

 

姫は賢子と名付けられる

宣孝が久々にまひろのもとを訪れます。

笑顔で姫に語りかける宣孝。まひろと姫にお土産もたくさん買ってきたとか。

姫を抱く宣孝は、乳飲み子の扱いに慣れています。

「かわいくてずっと見ておれる」

そう満面の笑みを浮かべながら、まひろが機嫌のいい時の顔に似ていると付け加える。

そんな宣孝にまひろが命名を頼むと、すでに決めていました。

賢い子と書いて「かたこ」。まひろの子ならば賢いことに間違いないと断言します。

これにはまひろも納得。こうして姫は賢子となりました。

宣孝はさっそく、道長のもとへ挨拶に向かいます。

同時に馬を二疋献上しているところが宣孝の如才のないところでして、道長は馬が好きなのです。

そして馬の献上に礼を言う道長に対し、宣孝は「子が生まれた」とうれしそうに語ります。なんでも初めての女子なのだとか。

道長はどこまで気付いているのでしょう。

まひろの子の実父である道長に対し、名目上の父である宣孝は「育てるから引き立ててね!」という笑みを浮かべています。生々しいなぁ。

しかし道長はますます疲労が蓄積しているようで……。

 

帝と后の愛は永遠に

彰子が立后のため内裏を退出すると、帝はなんと定子と皇子を呼び寄せました。

女房たちが「最低だ、恥知らずだ、どのツラ下げて」と陰口を叩く。

それでも帝は、敦康を抱いて無邪気に喜んでいます。

まるで何もなかったような穏やかな光景です。

帝はその夜、后を二人にすることを詫びると、定子は「私こそおわびせねばならない」と切り出しました。

父と母の死。

兄と弟の失脚。

そんな中で自分の家と苦しみのことばかり考えて、帝に思い至らなかった――。

確かにあそこで発作的に出家をしたことは過ちだったのでしょうが、それで定子を責めるのは酷にも思えます。

定子はそのうえで、自分は気にせず、彰子を中宮にして、帝の立場を盤石にするよう訴えます。

「そなたは朕をいとおしく思うておらなかったのか」

「お慕いしております。ですがそもそも私は家のために入内した身にございます。彰子様と変わりませぬ」

「これまでのことは全て偽りであったのか?」

定子は黙っています。

帝はさらに続けます。

「偽りでも構わぬ。朕はそなたを離さぬ」

「お上……人の思いと行いは裏腹にございます。彰子様とて……見えておるものだけが全てではございませぬ」

定子はそう答えます。

もう自分は長くはないと悟っていたのでしょうか。

そうなってから絶望せぬよう、彰子を愛するように導いているのでしょうか。だとすれば、どこまで優しいのか。

「どうか彰子様とご一緒の時は、私のことはお考えになられませぬよう、どうか……」

帝は定子の愛に感極まって、相手を抱きしめるのでした。

そして、内裏では彰子立后の儀が始まりました。

実資が厳粛に詔を読み上げ、儀式は進んでゆく。

儀式の最中、どこか疲れた道長の横で源倫子が満足げに微笑んでおります。

道長はもう一人の妻である源明子の元へ向かいました。

明子は腕に抱く娘を役立てたいというと、道長は穏やかに生きれば良いと彼女の思いを遮ります。

明子がめげずに、息子三人はもう『蒙求』を誦じることができると言い、三人が読み上げますが、道長は感心したようで、今度ゆっくり聞かせてくれと立ち上がります。

相当疲れているようで、虚な顔の道長……ついに倒れてしまうのでした。

 

道長、危篤となる

三日後のこと。

源倫子は、道長が立て続けに高松殿の源明子のもとにいることに苛立っているようです。

するとようやく高松殿から「道長が倒れた」との使者が来ました。

慌てて倫子は高松殿へ向かい、二人の妻が夫の枕元で話すことになります。

なんでも薬師の話では、心臓に乱れがあるとか。

倫子は「(自邸の)土御門で倒れればよかった」と言いつつ、この容体では動かさない方がよいと判断し、明子に看病を託します。

そして、この体調不良は瞬く間に知れ渡ります。

藤原道綱は道長が死なないかを心配し、実資はそんなことをしたら朝廷が大崩れになると言います。

実資の分析によると、この異例の措置も道長の度量の大きさでまとまったとか。右大臣と内大臣では頼りにならないとか。

虚室重ねて招き尋ぬ

忘言断金契る

英(はなぶさ)は漢家の酒に浮かべ

雪は……

『蒙求』を賢子に読み聞かせるまひろ。

そこへ宣孝が戻り、言うべきか迷ったがと前置きし、道長の危篤を伝えます。宣孝に礼を言いつつ、目が泳ぐまひろ。

夜、月を眺めて道長に思いを馳せています。

逝かないで……まひろがそう願うと、道長は夢枕に立つまひろの姿を目にします。まばゆい光に包まれ「戻ってきて」と訴えるその姿。

「まひろ……」

そう呟きながら目覚めると、明子が安堵して覗き込んでいました。

なんだまひろじゃないのか――そんなことを思っていそうな顔で、とりあえず妻を抱き寄せる道長。

感動していいのか、困惑すればいいのか。なかなかどうしようもない場面です。

道長は土御門の倫子のもとへ戻ります。

ここでも「まひろはいない」と言いたげな顔に見えなくもない道長です。倫子はまっすぐな目を向けて夫の帰りを喜んでいるのですが。

 

いつも、いつも、あなたのことを

定子は三度目の懐妊を迎えました。

端午の節句のあと、清少納言は“青ざし”という麦の菓子を出します。これなら少しは召し上がれるのではないかとのこと。

礼を言い、菓子に敷いた紙を切ると、定子は歌を書き付けます。

みな人の
花や蝶(ちょう)やと
いそぐ日も
わが心をば
君ぞ知りける

人々がみな、花よ蝶よといそいそとしている日でも、私の心の中をあなただけは分かってくれているのね

「そなただけだ、私の思いを知ってくれているのは」

「長いことお仕えしておりますゆえ」

「いつまでも私のそばにいておくれ」

「私こそ、末長くおそばに置いていただきたく、いつもいつも、念じております」

「そなたの恩に報いたいと、私もいつもいつも思っておる」

「いつも、いつも」

そう言い合い、笑い合う二人。

「少納言と話をしていたら力がでてきた」

そう笑い、青ざしを口にする定子。それを見つめる清少納言。

「おいしい」

ああ……嘆息しつつ、その尊い姿を見つめる清少納言でした。

その年の暮れ、定子の兄弟である藤原伊周と藤原隆家は弓を手にして、定子の出産を待ち侘びています。

すると暗い顔の清少納言がやってきました。

伊周が向かうと、そこにいたのは息絶えた定子の姿でした。内親王出産と引き換えに世を去ったのです。

清少納言は几帳にくくりつけられた何かに気づきます。

それは定子が残した辞世の歌でした。

「こんなにも悲しい歌を……全て……あいつのせいだ。左大臣だ! あいつが大事にしてるものをこれから俺がことごとく奪ってやる!」

そう怒りを口にし、叫ぶ伊周。

夜もすがら
契りしことを
忘れずば
恋ひむ涙の
色ぞゆかしき

一晩中、契りを交わしたことをお忘れでなければ、私がこの世から去ったあと、あなたは涙を落とすことでしょう。その涙の色が知りたかった

そう帝にあてた歌を残して世を去った定子。

帝は永遠の愛を失い、涙にくれるのでした。

 

MVP:定子と清少納言

定子は崩御してしまった。

もうこの世にはいない。

そう悲しみに沈むようで、同時に「本当に消えてしまったのだろうか?」と戸惑ってしまいます。

なぜなら、清少納言の『枕草子』を読むたび、定子の笑う姿が蘇るからです。

彼女の筆は定子に永遠の命を与えました。

様々な人の関係が見えた今回。

道長と妻二人、道長とまひろ、この残酷な対比は横に置きまして。

まず、道長と行成。

行成も敬愛する道長にああも言われて感動はしていて、美しい姿に見えます。

しかし、幼馴染としての関係のあとに、将来の出世を持ち出すことで濁ったようにも思えます。利益ありきに思えてしまう。

帝と定子の愛は純粋で美しい。

とはいえ、政治がどうしても絡んでしまう。定子の言うとおりで、家の都合で結婚しているといえばそうなのです。

その究極の姿が、まひろと宣孝にも見える。史実はさておき、このドラマではどうしたって、まひろと道長の関係を利用する宣孝の狙いが透けて見えます。

そんな政治的な思惑や権力とは無縁だった――ただ愛おしいだけの定子と清少納言の関係は、純粋でキラキラと輝き、透き通っていました。

定子も清少納言も、ずっとイメージ通りで素晴らしいと思ってきました。

最期の場面まで見届けると、これしかないと思えてくる。

こんな二人の姿が見られるなんて、感無量です。初めて『枕草子』を知った時の感動を思い出す、得難い時間でした。

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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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