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【麒麟がくる第20回】
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お好きな項目に飛べる目次
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母の名を聞けば胸が張り裂けよう
家康の伯父 水野信元は織田徳川同盟のキーマン 最期は切腹を命じられ
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そんな信元に、今川勢が既に先鋒として尾張に入った、このままでは甥と戦うことになるだろうと、告げる信長。
ここで於大の方は、信康とは親子といっても16年会っていないと不安そうに言います。
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顔も忘れ、声も忘れ、もはや母親と言えるかと。
そんな彼女に、信長は16年会わずとも、20年会わずとも名を聞けば胸が張り裂けると信長は言います。母は母だと。
「そうしたものでございましょうか?」
「わしならそう思う」
土田御前と絶望的な断絶をした信長がそう言うと、なんともいえないものはありますが……。まあ、信勝を殺してもそれで母と会えるならうれしい、そんな信長ですもんね。
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於大の方はここで文を差し出します。
「実はこういうお話もあろうかと思い、元康に拙い文をしたためてまいりました」
もはや道ですれ違うとも、我が子とわからぬ愚かな母であるが、それでもこの戦で我が子が命を落としたと聞けば、身も世もなくなるであろう――。
そう切々と語る松本若菜さんは、感情をほとばしらせるようで、抑圧していて、古典的な賢夫人像をよく表現しています。賢さ、優しさ、それだけではない凛とした佇まいが全て出ていて、これまたお美しい。
ここで信元は、念押しします。
以後、尾張は三河の国に野心を持たず、三河のものは三河に戻すとお約束いただきたい。元康もそれなら納得しましょう。そう言うのです。大胆な提案といえばそう。
「わかった、約束しよう」
「かたじけのうございます、では!」
信長は快諾します。
ここで、菊丸が於大の文を受け取るのでした。
なぜ織田から攻撃されないのだ?
5月16日、今川義元は本隊の兵とともに、三河・岡崎城に入ります。
先鋒の松平元康は、境川を越えて尾張へ進入しました。丸根砦の佐久間信盛は、今川の先鋒が集まっていると報告してきます。大高城に兵糧米を運び込んでいるそうです。
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そう聞かされても、黙ってむすっとしているのが信長の面倒臭さでして。本作の何がすごいって、賢く強そうなだけではなく、言動に誤解を招く面倒臭さや問題点が常に滲んでいるとことだと思えます。
天才的だけど、そばにいたくないとしみじみ思える。いろいろ考えさせられる人間像だなぁ。
そのころ、元康は鵜殿長照に大高城で迎えられます。
甲冑で歩く風間俊介さんは、もうどうしようもないほど素晴らしいので、うなるしかない。
なんだろう、所作かな? 歩き方かな? 醸し出される聡明さかな? 感嘆するところしかない。何がそんなにすごいのかわからないけど、ともかくすごいって思える。不思議です。
で、ここでの鵜殿長照は、尋常ではない元康の引き立て役になっている感がある。
というのも、元康がここで懸念を表明するのです。
奇妙なことがあった。砦の見張り数人に気づかれたのに、矢の一本も飛んでこない。拍子抜けするほど見て見ぬふりをされた。
織田方のおかしさをそのように語ります。
けれども相手はこうだ。
「そなたの動きが素早かったゆえ、手出しできなかったのだ」
本当にぃ?
そう疑念を感じても、無害そうな顔でそう反論しないのが、元康のおそろしいところとみた。
で、そういう信康の迫力を風間さんは出してきていると。
清須城の信長は、その報告を受けています。砦が元康を見逃したのは意図的なものであるとわかります。
そのうえで、沓掛城から大高城まで、義元がどの道をゆくのかも考えている。
一方の元康は、しばし休んでから軍議をすると言い、自室へ向かいます。
そこで一人の影がふっと出てくる。
「誰ぞ! 春次か」
はい、菊丸でした。入れと促され、菊丸は元康の部屋へ入ります。そしてうやうやしく文箱を差し出すのでした。
「これは?」と訝しる元康に、母上である於大の方の文を差し出します。その文を手にして、元康はじっくりと読んでいます。
この戦は、勝っても負けてもよきことはない。互いが傷つくばかり。それゆえ、戦から身を引きなされ。
母は、ひたすら元康殿に会いたい。穏やかに、何事もなく、他に何も望まぬ。
ここで深く息を吸い、元康は言います。
「これが……これが母上の……」
「殿、これは三河の者全ての願いでございます。今川を利する戦にお味方なされますな。今川がおる限り、三河は百代ののちも日が当たりませぬ。私はこの日のために殿にお仕えして参りました。何卒、今川をお討ちください。織田につき、今川を討ち、再び、三河を三河のものにしていただきとうございます。どうか!」
そう聞かされ、元康は何かを決意したようです。
そのころ、光秀と左馬助は馬で走っているのでした。
MVP:松平元康
もうこれは、ちょっと高い酒でも買って乾杯すべきかもしれない。私はそうしたい。
三英傑が揃いましたが、全員ゼロから再構築していて、見事な仕上がりです。
この家康は、のほほんとしていそうで、笑顔でこう思っていそう。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや――自分のスケールのでかさは、他人には理解されない。でも別にいいんです、私自身がわかっていればいい。
そういう奥深さを感じるんだよな。
タイトルに家康が入っておりますが、なまじ幼少期から描いただけのことはあり、家康としての原型がほぼきっちり見えているのがすごい。
・聡明
→これは見るからにそう!
・データ大好き野郎
→今ならデータベース作りに余念がないタイプでしょう。東庵はギャンブルのために記録していますが、コイツはデータ好きであるがゆえにしているタイプなのです。
・「知ったわけじゃない。見ただけです」
→織田勢の様子がおかしいと察知して、それを訴える。でも、そういう細かいところを観察して異変を察知する、物事を組み立てて推理する。そういう特技持ちは少数派なのです。ゆえに話が通じなくて、困ることもあるのでしょう。
彼は信長に「義元の顔を見てくる」と言いました。おそろしい目ですよ!
ちなみに同じ特技持ちは、BBC版『SHERLOCK』のタイトルロールにもあります。
「どうして私が医者だって知ったんだ?」
「知ったわけじゃない。見たんだ」
・誠実かつ無害そうに見えるが、割とシレッと方針転換する。ゆえに周囲は騙される
→あんなに賢い義元がどうして騙されるの? これはのちに秀吉もたどる道です。人畜無害な顔をしていて危険。それが持ち味です。で、彼の認識は「裏切るんじゃない。表返る!」あたりなので、どうしようもないのです。
・それはそれ、これはこれ
→なんで誠実そうなのに裏切るのか? それは物事を切り分けて「それはそれ、これはこれ」と笑顔で言い切るタイプだから。幼少期からそれは出ていて、信長が実父を殺しても反応が鈍いのは「実父であることはそうですけど、三河のためになるかどうかは別のことですよね」と切断できるのでしょう。
義元は「元服もしてやったし、恩義ってもんを感じるはずだ」と思っていますが、そんなものは通じません。
で、将来こうやらかす。
「確かに秀吉には恩義があると言えばそうですね。でも、豊臣のままで天下がよいのか? 麒麟がくるのか? 来ないと思いますね。ゆえに、ルールを破りまくると」
「こ、こ、こ、この忘恩古狸があ!」
「だーかーらー、恩義とよりよい未来は別物なんですって。関係ないですね♪」
この家康は素晴らしい。
フラットな身分感情を持っていて、ゆえに東庵や駒にも優しい。でも、見かけほど情に篤いわけでもない。一見善人のようで……一番敵に回したくないタイプかもしれない。
信長は露骨にこいつは危険だと周囲にも伝わるのですが、家康は無害そのものに見えてしまう。
もう一度言いますと……。
彼みたいなタイプは敵に回しちゃいけない――いつの世にも実在するのだけれども、気付きにくい。気づいた時は手遅れかもしれない。
本作最強はやはり彼なのでしょう。そりゃ天下とるわ、幕府開くわ……。
石田三成がもう、かわいそうで仕方なくなってきました。
総評
来週で一旦停止となる本作。その間、過去の大河名場面番組を流すそうです。
どうなんだろう。過去の大河が悪いとは言いませんが、本作はゼロから大河を再構築するような試みを感じるので、比較として興味深いと思うか、無駄だと思うか。
その停止前に、三英傑の家康本役まで出てきた。これはあきらかに素晴らしいことだと思えます。祝っていい話ですよ。こんなご時世でああだこうだと言われている本作ですが、紛れもない成功の兆しはバッチリと見えると思います。
ご存知の通り、麒麟を連れてくる、乱世を終わらせるのは家康です。
光秀と信長が悲劇的な結果を迎えるにせよ、光を残すことがあるべき終わらせ方です。その伏線を本作は描いてきた。
光秀と竹千代は、初対面の時点で因縁があります。
竹千代側が光秀の親切心を感じていた。それは今回も回想で出てきました。家康自身、光秀のせいで死にかけるとはいえ、彼は光秀と信長と同じ何かを見出したフックが必要です。
先週、信長は世の中何かがおかしいと言っていましたね。そういうおかしい世界は、確かにそうなのです。
これは何も日本一国だけでもない。
地球儀をくるっと回すと、大航海時代からのスペイン・ポルトガルの南米大陸陸到達があるわけです。それがどうして日本に影響を与えたかというと、銀の流通量増大です。
銀が主要な貨幣であった中国大陸の明、そして朝鮮半島、日本までもが、経済に刺激を受けて変動を始めます。
西洋も、東洋も、当時は世の中の仕組みがひっくり返って、何か違和感が出てくる。
宗教や思想面でもそうで、西洋は宗教改革。明でも陽明学がおこってくると。
そういうダイナミックな方向転換を抑える延長上に、合戦がある。
それが本作のポイントだと思えます。
武士の栄誉だとか。そういうこと以前に、戦は目的なり外交の延長上にある。世界が大激動しているからには、そうなるだろ。そういう仕切り直しを感じます。
本作の厭戦気分は、今日の駒のように「また戦ですか……」という慣れと諦念のうえにある。
合戦を名誉としていそうな、そんな戦国武将ですら、合戦は嫌だという気持ちがある。
明智光秀も、斎藤道三も、織田信長も、戦は目的を達成するための必要悪であり、好んでしているわけではないと語られています。
歴史的にみてみますと、子どもじみた戦争ごっこをしたり、無駄な親征をしたがって大騒動を起こすのは、いわゆる暗君と呼ばれる人物が多いようです。
エカテリーナ2世にクーデターを起こされたピョートル3世。
無茶苦茶な遠征で捕虜になった正統帝等。
あのナポレオンですら、自分の偉業は戦争での勝利よりも、ナポレオン法典整備だと回想を残しています。戦争のことばかり考える君主は、何かあるということはおさえておきたいところです。
今週の家康なんて、こうまとめればカッコ悪くなってしまう。
マザコンで、戦を避けようとする。
こんな評価最悪ですよね?
でもそうは思えないのが、本作の魔法です。戦国時代を描き、桶狭間こそ見所だとしていて、実際そうでありながら、戦争を肯定しない。
大河では「戦は嫌でございます!」ヒロインみたいなのが突っ込まれてきたところではあった。
そういう人物像は、特定の実在集団に紐づけられて、ダサくて非現実的だという皮肉った投稿も、大手掲示板あたりではしょっちゅうなされている。
でも、戦を嫌うのは人類普遍的な心理でありましょう。
国語の授業では、古代の詩人が戦争を嘆く作品を読まされる。白居易の「長恨歌」にしたって、玄宗の楊貴妃の悲恋のようで、政治批判と「安史の乱」の惨劇への言及は当然あるわけですし。
ピカソの「ゲルニカ」だって、反戦を訴えている。
有史以来、人間は戦争を嫌がってきた。ヨハネの黙示録の四騎士の第二の騎士は、戦争だってば。
でも、そういう【情】では通りにくい。
そこで戦争をするとマイナスで、国益なりなんなりを損ねる【理】を用意せねばならないわけです。
エンタメとは、芸術とは、戦は嫌だという【情】を結晶として作品にすることで成立してきた。
それに21世紀の進歩として【理】でもいけないとつきつけてくる。
戦国時代を派手で楽しい娯楽としてだけではなく、現代にまで通じる問題を孕んだ時代として定義し、作品としての完成度も高くしてくる。
私は昨年散々、大河の未来は暗いとネチネチとケチをつけました。予算にせよ、何にせよ、海外の歴史ものドラマに勝利できる要素はない。それどころか、わけのわからん迷走を続けていくばかりだと。
10年後、大河枠が壊れていても不思議はないと言ってきた。
それを今年撤回するのは、本作の野心と情理両輪をふまえた作品作りゆえのことです。
今までの大河としてではなく、世界の歴史ドラマとしても通じておもしろい作品となるよう、最新の知見を研究して挑んでいる。そういう手応えを感じる力作です。
このご時世の中断も、マイナスになるどころかプラスになるでしょう。
最盛期の成功作品ではなく、危機を迎えた枠ごと息を吹き込んだ作品となれば、本作は間違いなく歴史に残る。
そうなるんじゃないかと、三英傑が出揃って確信できてきたところです。
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文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
麒麟がくる/公式サイト