麒麟がくる総集編

絵・小久ヒロ

麒麟がくる感想あらすじ

麒麟がくる総集編 感想あらすじ視聴率「仁義礼智信」

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【信】互いを信頼し合う誠実さ

信とは? 確信を互いに持ち、正直に誠実に振る舞い合うこと。

ドラマとは、フィクションとは、見る者の反応がなければ反省しない。

ハセヒロさんは、収録が終わっても最終回が放映されるまでは終わった気がしないと語っておりました。

見る側の反応、作る側と見る側の信頼関係は、とても大事だと私も思います。

この作品が秀逸である理由の一つに、放映し、感想を探ることで完成するという意識が感じられたことでした。

感想を探るうちに、大河ドラマや歴史意識が直面する問題まであぶり出される。そんなことも深慮していた。

批判は当然のことながらある。ただ、それを先回りしているような雰囲気がどこかにあった。

難易度も高い。漢詩や漢籍を伏線とし、語彙も難しい。『麒麟がくる』は、無愛想なドラマだったかもしれません。

頑固な職人がうまい料理を作って出すけれども、必要以上の愛嬌は振りまかない。そういうものを求めるのであれば、そちらのファミリーレストランにどうぞ。そう言い切る確信を感じました。

それは2020年という時代に合わせた態度であったと思います。

2010年代は、スマートフォンが普及しました。

スマホ片手にドラマを見ていたら、難しい展開なんて理解できなくなるだろう。要所要所で盛り上げていけばよい。それをまとめてネットニュースにすればヒット作ができあがる。

そんなセオリーがあったのです。

2012年『平清盛』でのファンアートの盛り上がりを受け、視聴率が低くともファンダムの熱気によって成否をはかる動きも出ていました。作り手もそれを意識していたのか、公式サイトがファンアートを募集していたこともあります。

確かに2010年代前半は、それが有効な戦略であったでしょう。

当時最大のヒット作とされた2014年『軍師官兵衛』は典型例です。

あの作品は器用でした。主人公をずっと好青年として描いておきながら「中国大返し」や「関ヶ原の合戦」になると既視感のある腹黒さと野心を見せる。

シナリオとしての整合性は取れていないものの、瞬間最大風速を捉える巧みさがあった。

脚本家の前川洋一さんは『麒麟がくる』にも参加しています。

そこで確信したことがあります。脚本は一人で仕上げるものではない。作家性ではなく、ニーズやヒットのセオリーを聞き入れねばならない。それがプロの仕事とはいえ、それで作風が変わるとすれば気の毒なものはあります。

2010年代前半とは、そういうスマホ世代へのセオリーが有効であったと思えるのです。SNSで盛り上げて、それをまとめたネットニュース、いわゆる「こたつ記事」を生産できれば勝てたのです。

けれども、2010年代後半ともなると、むしろその弊害が露わになってきた。

これまた研究の成果があらわれています。

【有毒ファンダム】という問題です。

『スター・ウォーズ』、『ハリー・ポッター』、『ゲーム・オブ・スローンズ』、マーベル・シネマティック・ユニバースのような長期的な人気シリーズにおいて、展開が気に入らないファンが意図的に毒を撒くようなことをする。

ファンであることを盾に取り、自分たちが望むような展開にしろと作り手に要求を通すようになったのです。

◆ テン年代の「ファンダム」の熱狂。SNSがファンとスターの景色を変えた(→link

◆ 『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』監督、有毒ファンダム問題にコメント「僕もSWの全てを愛してはいない」 ─ 『最後のジェダイ』監督も回顧 (→link

◆ 「ゲーム・オブ・スローンズ 最終章」作り直し求める署名運動、サンサ&ブラン役俳優が苦言 ─ 「単なる無礼」「幼稚な行動」(→link

Rotten Tomatoesは、この問題を受けて改革に取り組むしかありませんでした。

◆ 米レビューサイト「Rotten Tomatoes」劇場公開前の観客評価機能を終了 ─ 『キャプテン・マーベル』への荒らし行為に対策講じる(→link

ファンとの距離が近くなること。フィードバックが得られることはよい。

けれども、それはバランス次第。

距離が近すぎることによる弊害は、ついに人命にまで関わることとなったのです。

◆“強制わいせつ事件”も起きていた【テラスハウスの闇】 木村花さんを追い詰めた「過剰演出」と「悪魔の契約書」(→link

『麒麟がくる』では、ともかくスルーやナレという見出しのネットニュースが多かったものです。

けれども、膨大な歴史をすべて丹念に描ききれるワケがなく、取捨選択は作家性の自由。あまりにそこばかり言われすぎることへの違和感はあります。

スルーにせよ。ナレにせよ。ロスにせよ。ネットやSNSで流行した言葉です。

そもそもそれを流されて使うことへの違和感もありますが、ともかく距離をどうとって作家性を保つか?というのが重要になります。

◆ 「青天を衝け」に追い風 「麒麟がくる」光秀の“ナレ死”でも高視聴率(→link

インターネットの弊害研究は、やっと成果が出てきたばかり。

進展と研究が追いつかない、いたちごっこ状態で、例えばSNSへの投稿は【エコーチェンバー】【ノイジーマイノリティ】といった害悪論が見出されてきています。

ページビューだけを換算するネット記事の弊害。誘導。陰謀論……様々なマイナス面がようやく表面化してきました。

いっそのこと、ネットの影響から切り離すこと――それは作り手と視聴者の間に【信】がなければできないことです。

そういう【信】の構築は、ポストコロナ時代に必須となってきていることでもありましょう。

大河ドラマと観光の見直しも、もはや目を背けることはできません。

コロナ禍の結果として、観光が奮わない危機が到来したのが本作です。ただ、コロナ禍は潜在的にあった問題をあぶりだす効果もあった。

大河の観光効果は、昭和ならいざ知らず、令和ともなれば限定的。

大河ドラマ館に入場者が来ない。タイアップイベントの参加者が一桁だった。むしろ赤字になる。

そんな悲惨な状況が2010年代には発生し、大河と観光というビジネスモデルはもう古びてしまいました。

歴史観光を担当する方から、こういう話を聞いたこともあります。

「もうアニメやソーシャルゲームとタイアップを図ったほうがいい」

「海外へのアピールが薄い」

「そもそも一年限定」

もう大河と観光タイアップは古いのではないか?

そもそも全国一律で受信料を徴収しておきながら、特定の地域ばかりに利益がある構造はおかしいのではないか?

それでかえって赤字になる年すらあるのだから手に負えない。

◆ 大河「いだてん」記念の2施設が閉館…入館者数は目標に届かず(→link

コロナさえなければ……そう言われることもある『麒麟がくる』。

けれども大方の問題はコロナ以前にありました。顕在化した問題に対応したこのドラマは、誠実かつ【信】を重視していた。

大河ドラマを見ていると、見る側のことを信じていない、軽んじているのではないか?という疑念がありました。

広告代理店勤務経験者が「偏差値40向けに作るべし」と先輩に言われたという話が数年前に炎上していたのを思い出します。

それだけでなく、結局、テレビ局もNHKもそうじゃないか? と、大河を見るたびに思ったことは何度もあります。

ネットニュースでも、歴史ファンはケチをつけるとか面倒だとか。大河ファンは疲れているから頭を使いたくないとか。そういうものも流れてくる。

ハッシュタグはなるべく見ないようにしていましたが、たまに見ると何かに流されているような、ヒントを見落とした感想も多い。

感想なんて書いていると、罵詈雑言はしょっちゅうあります。

むしろ否定する意見しか心にはとどまらない。私は罵倒されるために書いているのか……と思ったこともあります。むしろ常にそうです。自分の意見や感想が届くことに期待はありません。

作り手も見る側も、相互に通じ合えることはない――それが普通なんだと感じていました。私の精神状態が悪いということもあるのでしょうが、思い出すのはこんなところです。

君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず――。

優れたものは同意しながらも己の主体性を保つが、そうでないものは同意迎合し、主体性を失ってしまう。そういう悪しき循環を感じたものです。

そういう悪循環を断ち切ることができたのは、『麒麟がくる』の高い作家性と個性ゆえでした。

ネットニュースを見て、特定の人物の出番を増やすとか、削るとか、そうなことはしない。

むしろ頑固な作家性を保ち、このドラマには「非風非幡」という独自性がありました。

幡(はた)がたなびいている。それは幡そのものが動くためか、風が動かしているのか? そんな論争が起きたとき、慧能(えのう)はこう言ったのです。

「さにあらず、動いているの幡でもない、風でもない、見るものの心であろう」

物事は何事も心が原動力になって動かす。

歴史もそう。【本能寺の変】における黒幕説を全て否定し、最終決定権は明智光秀の心にある、心が動かす、そう言い切りました。

ことあるごとに「あの合戦を描かないなんて、スルーはありえない」と言われ続けた『麒麟がくる』。

けれども、どんな心の動きを察知して戦うのか、そこに至るまでの心理描写は常に丁寧でした。

用兵の道は心を攻むるを上となし、城を攻むるを下となす。心戦を上となし、兵戦を下となす――。

これはドラマでもそうだと思えます。

心を描くことこそ、2020年代の歴史劇、ドラマそのものの最先端なのでしょう。

心が傷めば人はとてつもないことを起こしてしまう。それは今も昔も同じであると、本作はシンプルな答えを出しています。

そのせいで全員から理解はされなくとも、わかる人はきっといる、そんな【信】があればこそ、本作は高い作家性を保てました。

ドラマの作り手が見る側を侮らず、信じていると思えた、そんな誠実な作品です。

『論語』

子貢(しこう)政(まつりごと)を問う。

子曰く、「食を足(た)し、兵を足し、民は之(これ)を信にす」と。

子貢曰く、「必ず已(や)むを得ずして去らば、斯(こ)の三者に於いて何をか先にせん」と。

曰く、「兵を去らん」と。

子貢曰く、「必ず已(や)むを得ずして去らば、斯(こ)の二者に於いて何をか先にせん」と。

曰く、「食を去らん。古(いにしえ)より皆死有り。民信無くんば立たず」と。

 

子貢は、政治について問いかけた。

孔子は言った。

「まず食料だ、そして軍事力だ。そして民には信が必要だ」

子貢はこう尋ねた。

「もし、やむを得ず、この三者のうちから選ぶのだとすれば、まずは何を優先しますか?」

孔子は答えた。

「軍事力の優先度を落とす」

子貢はさらに問いかけた。

「じゃあ、さらにそのうち二者から絞るとすれば?」

孔子は答えた。

「食料を落とす。昔から人は死をいつか迎えるものだ。けれども、信がなければ、民は一日たりとも生きることすらできない」

これをドラマに当てはめるのであれば、食料はいわば視聴率であり、【信】とは見る側と受け手にある誠実さだと思います。

こんなに厳しい状況の中、本作は最後まで【信】を残した。

だからこそ、あんな大胆な終幕を迎えた。そう思えるのです。

お花畑だのとして理想論が冷笑される。そんな時代が続いていく中で、孔子の唱えた理論を貫いた。

それは明智十兵衛光秀一人のことではなく、このドラマの作り手皆がそうでした。

そんな本作には、敬意をこめて最後にこの言葉を送ります。

徳は孤ならず、必ず隣有り――。

誠実に、徳をもって、何かを作り続ければ、きっとわかる人が現れる。不器用だったかもしれない。タイミングの悪さはあった。

それでもこの作品は走りきり、できる限り最善の結果を残しました。

ありがとうございました。

こんなに誠実で、見た後に爽快感のあるドラマはありません。

大変な時代に、誠意ある仕事をこなした本作の製作者の皆様に、心より御礼を申し上げます。

文:武者震之助
絵:小久ヒロ

※著者の関連noteはこちらから!(→link

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