戴冠時の女王夫妻(1953年)/wikipediaより引用

イギリス

エリザベス女王(エリザベス2世)在位68年の英国女王が歩んできた激動の生涯

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戴冠式に挑む25歳の若き女王とテレビ

1952年、エリザベスは訪問先のケニアで父の訃報を受け取ります。

戴冠式へ挑む25歳の若き女王。

1953年6月2日の戴冠式を見るために、多くのイギリス国民たちがカラーテレビを購入します。日本でも、1959年の皇太子(現上皇)ご成婚パレード中継により、カラーテレビが普及したとされます。

20世紀、君主とメディアの発展とは、このようにして並行して進んでゆくのでした。

戦争で傷つき、疲れ果てた国で、戴冠式に挑む若き女王――その構図は、奇しくもほぼ一世紀前のヴィクトリア女王を思わせるものでもありました。ヴィクトリアの時は、ナポレオン戦争で疲弊していたのです。

ただ、ヴィクトリアの場合は大英帝国が全盛期に向けて登りゆく時代の女王です。

 

一方でエリザベス2世は、大英帝国の斜陽を見守る女王となるのでした。

 

即位したばかりの新女王は、世界周遊の旅へ向かわねばなりません。

女王の訪問国は、イギリス連邦(コモンウェルス)でした。かつての大英帝国が前身となる、植民地のことです。

第二次世界大戦におけるイギリスは、連合国として勝利を収めました。

しかし、大英帝国としては敗北したようなもの。イギリスのみならず、植民地を有していた国は、帝国主義の終焉をつきつけられたのでした。

世界各国で、植民地は独立を果たしてゆきます。

ヴィクトリア女王のような厳しい女王ではなく、あくまでにこやかに友好の微笑みを振りまくことが、この女王の務めなのです。

1961年、女王が政情不安なガーナ訪問を果たした時には、「男の心臓を持っている」と驚かれたほどでした。

独立の気運がみなぎる国を国家元首が訪問することそのものが、プレッシャーがかかることなのだとわかります。

イギリスにルーツであることをアイデンティティとしてきた国も、姿勢に変化が見えてきます。

代表例がオーストラリアです。

第一次世界大戦時、オーストラリア・ニュージーランド軍団(ANZAC)として英仏軍と共に【ガリポリの戦い】で苦闘したことを、オーストラリアではずっと誇りとしてきました。

しかし、第二次世界大戦では、日本軍との戦いにおけるイギリス軍に失望。

白人国家としてのオーストラリアではなく、移民、先住民と分かち合う、自国らしさを求めるようになってゆきます。

 

エリザベス女王も倹約からは逃れられず

イギリス国内でも、意識は変貌していきます。

王族に敬意を誓う人々や貴族からは「あんな連中がのさばるなんて世も末だ」と嘆かれた労働党が存在感を増したのです。

時代は冷戦のもとであり、西側の一勢力としてイギリスは共産主義と対抗する側ではありました。しかし、労働者の権利を認め、王侯貴族の特権を制限する動きは強まるばかりなのです。

度重なる税制改革により、貴族はむしろつつましい生活を送るようになってゆくのです。

『ダウントン・アビー』のロケで使われたハイクレア城ですら、観光客の入場料に頼らなければならないほど。

エリザベス女王も、倹約からは逃れられません。

体型を保ち、若い頃の乗馬服を見にまとうよう努力を重ねています。のちにチャールズ皇太子に嫁いだダイアナが唖然とするほどの節約を重ねているのです。

現代の王侯貴族は、節約をして生きています。

しかし、それ以外の階級から「あのアホボンボンの役立たず」と笑いものにされるのも、彼らの宿命なのです。

※『モンティ・パイソン』より「今年の上流階級アホボン決定戦」

王侯貴族が、かつてほど敬意を払われない時代になったこと――それは王侯貴族のスキャンダルが浪費される時代の訪れでもありました。

一例として、シャーロック・ホームズにおける王族の扱いがあります。

原作のヴィクトリア朝時代のシャーロック・ホームズと、BBCの現代版版『SHELOCK』では……

・壁に銃弾でVR (Victoria Regina:ヴィクトリア女王) レジーナと書く(『マスグレーヴ家の儀式』)

→壁に描くのはスマイリーマーク

・国王の醜聞として登場するのはボヘミア国王。その内容とは歌手アイリーン・アドラーと写っている写真(『ボヘミアの醜聞』)

→とあるイギリス王室の若い女性が、SM女王アイリーン・アドラーとのプレイ写真を撮影されてしまった……放映当時、モデルの王族は誰かと話題になったほど(『ベルグレービアの醜聞』)

→しかも、この話ではシャーロックが全裸にシーツを巻きつけただけの姿でバッキンガム宮殿に行く。あまりの敬意のなさに、兄マイクロフトが呆れ果てる

BBC版のシャーロックはかなり性格が無茶苦茶ですが、それはそれとして、ここまで王室をおちょくった内容をBBCが制作しても問題がないわけです。

そんな時代は、女王にとってはスキャンダルと戦う時代でした。

ドイツの血が濃いヴィクトリア女王は生真面目ですが、もともと英国王室はぶっ飛んだ人物が出てくるものです。

「王冠を賭けた恋」のエドワード8世もそうですが、その前はもっと強烈な人物がいました。

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エリザベス自身は、初恋の相手と結婚して極めて真面目に生きていたものですが、その妹マーガレットは、奔放なところがありました。

『ローマの休日』のアン王女のモデルともされるマーガレットは、オードリー・ヘップバーンに似た絶世の美女でした。

 

そんな彼女は、ピーター・タウンゼント大佐という既婚者に恋をしてしまうのです。

エリザベスが女王として即位した頃、タウンゼントは妻と別れ、本格的にマーガレットに接近。大衆紙はこのゴシップに飛びつき、女王にとっては頭痛の種となりました。

ついにマーガレットはBBCラジオを通して、タウンゼントとの関係を否定……これで解決かと思いきゃ、傷心のマーガレットは別の男性との恋愛に安らぎを見出したのですから、エリザベスとしては悩みが尽きません。

ジェイソン・ステイサムが主演の映画に『バンク・ジョブ』(2008年)があります。

1971年が舞台のこの映画では、ある写真を通した事件を描くのです。

写真とは、マーガレットが男性と同じベッドにいるところを映したもの。とある王族の人物が「あのおてんば娘め」と苦笑しながら、この写真を回収することとなります。

このように、美しきマーガレット王女のスキャンダルは、イギリスではおなじみのものではありました。隠し通そうとした女王の苦悩は大変なものであったことでしょう。

 

あの女王陛下も、思春期の皇太子に悩んでいる

王族とは、自らのイメージアップも考えねばなりません。

かつて、マリー・アントワネットは肖像画でさんざん苦労しました。

ラフなドレスと麦わら帽子で描けば、

「チャラすぎる。庶民にお近づきになったつもり?」

と言われ、乗馬服で颯爽とした姿を描けば、

「男気取りか、夫を尻に敷くつもりか!」

と、これまた批判されたのでした。

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絵だけでも大変なのに、声や動く姿も配信できるとなれば、それはもう大変なことです。

女王は、なんとかプラス方面へアピールできないかと知恵を絞ります。

1969年、BBCは『ロイヤル・ファミリー』という105分番組を放映することとなりました。

 

あらっ、あの女王陛下も、思春期の皇太子に悩んでいるじゃない! そんな親近感アピールの一環です。

スキャンダルの火消しに追われながら、親近感もアピールする。現代の王族とは、かくも厳しい目にさらされているのです。

 

日本を含む国際秩序

女王は、新たな国際秩序とも対峙しなければなりません。

かつて、イギリスはヨーロッパの他の国と戦ってきました。それがEEC、EC、EUへの加入を悲願とすることとなるのです。

立憲君主国家同士として、日本との関係も注目されてきました。

幕末から明治維新以来、長らく重要な友好関係にあった日本とイギリス。しかしそれが第二次世界大戦で決裂し、いくつもの課題が残されました。

イギリスには第二次世界大戦時、日本軍の捕虜として苦しめられた記憶があります。

 

1971年の昭和天皇のヨーロッパ訪問時には、イギリスやオランダからは反発の声があったものでした。

いくら現在友好関係にあろうと、イギリスが第二次世界大戦における枢軸国のことを礼賛することはありえません。

2005年、チャールズ皇太子は二男ヘンリーがナチスの制服を着たことに激怒しました。歴史を学んでいない我が子の愚かさを嘆いたのです。

 

1975年のエリザベス女王の訪日においても、様々な問題が持ち上がります。

女王は日本の戦死者慰霊を願いました。イギリスの場合はウェストミンスター修道院の無名戦士墓地、アメリカならばアーリントン墓地が相当します。

これが、日本では問題となるのです。

靖国神社か、千鳥ヶ淵霊園、それとも伊勢神宮か?

実は、この参拝にはいろいろな問題があるのです。日本国憲法には政教分離が定められているからには、どれも実は厳しいのです。

結果的に、伊勢神宮に落ち着きます。宗教的な行事には一切行わず、あくまで「参拝ではなく訪問」という形で勧められました。

このように、政治的ニュアンスを含めて宗教施設を訪れることには、タブーが存在していたことをご記憶いただければと思います。

2019年、W杯のために来日していた英国陸軍ラグビーチームが靖国神社に参拝し、大問題となりました。

イギリスのタイムズ紙では「英国陸軍ラグビーチーム、戦犯の神社を訪問」 という見出しが踊ったほどです。この場合、政教分離ではなく、英国陸軍将兵が第二次世界大戦時、捕虜待遇等によって苦い経験を味わったことも背景にあります。

イギリスの日本への見方は、辛辣なものがあります。

第二次世界大戦時のことを考えれば、それも当然のこと。イギリスの番組、イギリス人著者の歴史書等、ぜひ触れていただければと思います。

立憲君主国家同士だからといって、そこまで仲がよいわけでもありません。

国の関係とはそういうもの。親日などという概念でくくれるほど、イギリスは単純な国ではないのです。
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