戦国史に燦然と輝く【川中島の戦い】。
ご存知、武田信玄と上杉謙信が北信濃の支配をめぐって都合5度に渡って直接対決が行われた合戦です。
数え方は諸説あり、死者を多く出した激しい戦いは一度で終わってますが、他の合戦も、実は綿密に
【城の奪い=勢力圏の確保】
が幾度も行われており、手に汗握る展開なのです(第一次~第五次までの詳細は記事末にリンク先を掲載)。
ところで、お聞きしたいのですが……。
そもそも「川中島」ってどこにあるかご存知ですか?
良い機会ですから、ここは地図で確認しておきましょう。
【上杉】
赤い拠点=春日山城
【戦場】
紫の拠点=川中島古戦場跡
【武田】
黄の拠点(上)=海津城(松代城)
黄の拠点(下)=躑躅ヶ崎館(武田信玄)
現在の長野駅付近にある平野一帯が北信濃と呼ばれ、川中島もその中にありました。
このエリアは、以前、村上義清の支配域だったところです。
あの武田信玄に二度も勝った男ですね。
-

村上義清の生涯|信玄に2度も勝った男 その後は謙信と共に川中島の戦いへ
続きを見る
結局、武田軍に敗れて謙信のもとへ逃亡してから「越後の龍」と「甲斐の虎」の戦いは不可避となったところで……マンガ「日本史ブギウギ」、第151話スタート!
正義とは……
治罰の綸旨
-

刀を握ったまま敵勢に斃された剣豪将軍・足利義輝|室町幕府13代の壮絶な生涯
続きを見る
-

クジで決められた六代将軍・足利義教「万人恐怖、言うなかれ、言うなかれ」
続きを見る
-

足利将軍が殺された嘉吉の乱|幕府衰退が始まった一大事件はグダグダな展開へ
続きを見る
裏切りキタジョー
犀川の戦い
-

今川義元の生涯|“海道一の弓取り”と呼ばれる名門武士の実力とは?
続きを見る
ちょっと出家する
関東管領
-

河越城の戦い(河越夜戦)1546年|1万vs8万の圧倒的不利を北条氏康が逆転
続きを見る
-

北条氏康は信玄や謙信と渡りあった名将なり|関東を制した相模の獅子57年の生涯
続きを見る
八幡原の戦い
一騎打ち
山本勘助や武田信繁などが戦死した、この【第四次川中島の戦い】。あまりにインパクトが強く「第四次=川中島の戦い」と思われたりしますが、実際は違います。
第一次から第五次まで、すべて両者の緻密な「詰将棋」のような展開がされていて、非常に面白い。
以下にそれぞれの解説記事がございますので、よろしければ併せてご覧ください。
あわせて読みたい関連記事
-

第一次川中島の戦い ポイントは塩田城~信玄も謙信も城を中心に動いていた
続きを見る
-

第二次川中島の戦い1555年|たった1つの山城(旭山城)が戦の趨勢を左右した
続きを見る
-

第三次川中島の戦い1557年|真田の調略と信玄の緻密な攻城戦術に注目だ
続きを見る
-

第四次川中島の戦い1561年|一騎打ちがなくても最大の激戦になった理由
続きを見る
-

第五次川中島の戦い1564年|実は関東から越中までを巻き込む大構想だった?
続きを見る
-

義元を支えた黒衣の宰相「太原雪斎」武田や北条と渡り合い今川を躍進させる
続きを見る
-

村上義清の生涯|信玄に2度も勝った男 その後は謙信と共に川中島の戦いへ
続きを見る
-

今川義元の生涯|“海道一の弓取り”と呼ばれる名門武士の実力とは?
続きを見る
-

河越城の戦い(河越夜戦)1546年|1万vs8万の圧倒的不利を北条氏康が逆転
続きを見る
-

北条氏康は信玄や謙信と渡りあった名将なり|関東を制した相模の獅子57年の生涯
続きを見る
-

刀を握ったまま敵勢に斃された剣豪将軍・足利義輝|室町幕府13代の壮絶な生涯
続きを見る
-

規格外の英雄その名は曹操!乱世の奸雄は66年の生涯で何を夢見ていたか?
続きを見る
バックナンバーを全部読みたい!という方はこちらへ→日本史ブギウギ
戦国武将の物語が読みたい!という方はこちらへ→戦国ブギウギ
著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休























