元亀元年(1570年4月)――織田信長は、越前の金ヶ崎から京へと逃げました。敗戦です。
足利義昭の側近・摂津晴門にとっては吉報。その敗報を持ち、二条城まで挨拶に来たのは光秀でした。
ほくそ笑む摂津晴門に対し、義昭は兵が何人討たれたか気にしています。
1,000人と光秀は告げますが、これはどうなのか?
古今東西、死傷者数の確たる証拠は曖昧で算定ができません。合戦直後ならなおさら。
ですので、もしそこをデタラメだのなんだの問い詰められても、光秀顔で「フッ……」と笑い飛ばせばよろしいものでもあります。
実際、戦は負けだ……と義昭が浮かない顔をすると、光秀は「引き分けでございます」と言い切りました。
機密情報の出どころは政所だと?
実は合戦の勝敗自体も、古今東西そんなものだったりします。
『三国志』で一番有名とされる【赤壁の戦い】だって、曹操側の公式発表では「疫病が流行したから船を焼いて戻っただけ」と苦しい言い訳をしております。実際には大敗北ですけどね。
案の定、摂津晴門がツッコミます。逃げ帰った兵は散々な負けであったと聞いている、と返すのです。
けれども、相手が悪い。光秀が逆に問い詰めるカタチで返答するのですが、ここの会話場面は注目ですね。
光秀の特技とでも言いましょうか。長谷川博己さんの本領とは、まさしくこういう知性を発揮する場面で輝く!
構築大好き、滑舌抜群、目の奥で知性をキラキラと光らせながら語ります。
――信長が金ヶ崎を滅ぼし、朝倉が総崩れとなりながらも深追いは危ういから兵を戻した――。
確かにこれも兵法の基礎。勝ちに乗じて乗り込むことは危険です。
物は言いようだと苦々しい顔の晴門は、浅井長政から挟み撃ちにされ逃げたのではないかと簡単には引き下がりません。
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義昭も、悲しそうにここ3日ほど眠れず過ごした……信長の心中を察してのことだと言います。
晴門も3日眠れないと返す。
「3日も?」
その言葉に反応したのが光秀。浅井が寝返ったのは4日前のことです。
にもかかわらず3日以前からそのことを知っていたら恐ろしき早耳だと返す。
いったい情報入手ルートはどこなのか? 誰から聞いた?そんな機密情報がどこから漏れたのか?
義昭は晴門から聞いた。
晴門は“政所”が情報の出どころだと言う。
つまりは幕府内の者から……要は、幕府が浅井と朝倉に通じていたという証拠ですね。
ならば、その密通者の名前を教えて欲しいと迫る光秀。怒涛の迫力で、敵の敵は味方であり、情報の主は我らの敵かと追い詰めます。
ここで義昭が流れを止め、晴門は政所に仕事を残しているとそそくさと去ってゆくのですが……。
演じる建築家
こうした一連のヤリトリは【科学的思考】ですね。
2010年代あたりから、この使い手がフィクションで増えていて、古典ミステリのリメイクでもより強化される傾向がある。
例えば社会現象にもなっている『鬼滅の刃』では、冨岡義勇が得意です。
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こういう理詰めは当然ながら感情由来では失敗します。
例えば先週は視聴率があがりました。サブタイトルに信長が入っているからか、それとも内容か。理由はわかりませんが、よいことです。
例年のこの回あたりを思えば、突出して低いわけでもない。仮説を形成できるまでには至りませんね。
代表例がBBC『SHERLOCK』のタイトルロールで、彼は会話でズバズバと相手の弱点を察知し、怒涛の追い詰め方をします。
ハセヒロさんはNHK『獄門島』で金田一京助を熱演しています。
エンドロールでマリリン・マンソンが流れたあの作品であり、怒涛の追い詰め方が凄まじかった。そこを踏まえて“理詰め殺し”ができる光秀になったのでしょう。
実のところ光秀はそこまで情に篤いわけでもないし、誰に対しても優しいわけでもなく、敵に回すと精神をガリガリに削ることができるとみた。
◆【インタビュー】「獄門島」長谷川博己「金田一耕助を演じてきた歴代の俳優の中に、自分の名前が連なると思うとすごくうれしかったです」 (→link)
会話で観察し、証拠を集めて、仮説(この場合は幕府の内通)を形成し、検証する。その光秀の検証過程で、たまらず義昭が止めたわけです。
厄介なタイプですね。
こういう理詰めタイプは話がややこしくなるので、そう何度もドラマに入れるわけにもいかないのですが、2020年現在、力押しとノリだけでやっていくと、作品の出来がお粗末になります。
海外の歴史モノも、最近はこの辺細かいところが非常に多い。
実は2010年代前半、スマホをいじりながらドラマを見るから、難易度を下げるべきじゃないかという意見がありました。
例えば2013年『八重の桜』でもそう言われた。
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けれども、それは正解ではなかったのでしょう。
『ゲーム・オブ・スローンズ』のように、登場人物や要素が多く、複雑怪奇なドラマが時代を変えていく。ドラマ以外の場面でも考察を拾い、背景を深読みし、思考の深掘りを重ねてこそヒットする。
その点、日本は遅れ気味でしたが、本作は本気で難易度をバリバリにあげて、追いつくつもりのようで、ハセヒロさんはそういう時代にぴったりな役者です。
理詰めで考えることが好きで、物語を自分の思考回路で再構築して、綺麗な滑舌で知的な演技をする。
いわば演じる建築家――こんな素晴らしい彼には、これからもずっと、難しくて歯応えがあり、きっちり構築された脚本ばかりが届くことを祈らずにはいられません。
泣き虫十兵衛
晴門が去ったあと、光秀は義昭に慈愛の眼差しを向けるかのようです。
金ヶ崎で殿(しんがり)を承り、味方を逃した後、僅かな手勢で2万を食い止めた。身のすくむ思いがし、泣けるものなら泣いてみたいと思ったと。
幼い頃の思い出をここで光秀は語ります。
高い木に登り、山の彼方を見てみたいと思い、脇目もふらず、ただひたすら高みに登ってみた。
あまりの高さに目が眩み、思わず泣いてしまったことがあった。
帰蝶がよく語る、泣き虫十兵衛の話です。
本作の光秀は子役時代がありません。こうした幼い頃の回想で、彼の本質を探るようにできていますね。子役時代があった家康同様、彼の本質も幼少期にある程度は出来上がっているはず。
これはどういうことか?
怖がりのようで、そうではない。高さというエネルギーの持つ危険性を無視して、一直線に目標へ向かっていってしまった。ある意味、怖いもの知らずです。
高い木から果てを見たいという、そんな大それていて大きな心。目標のためならば、恐怖という感情を捨て去ることができる。光秀と信長には共鳴するものがあると思えます。
大河も朝ドラも、幼少期の木登りは定番です。
特にヒロインは登る。けれどもこの場合は男で、しかも泣きじゃくっている。ただの定番をなぞるだけではなく、何か深い意味があるのだと思えるのです。
義昭も、わしもあったとしみじみと語ります。高い木に登り、泣いたと。
これに対し光秀は、割とズバズバと義昭に聞いています。本音を引き出したいのでしょう。
話を踏まえて、義昭に告げます。
何故金ヶ崎に公方様がおられぬのか。公方様がおいでならば、浅井も裏切ることがなかっただろうう。浅井も怯んだだろう。
2年前、公方様と信長様は、心をひとつにして、世を平かにするために上洛なされたのに。
我らは敵が誰であれ、心をひとつにして戦い、よき世を作りたい、その一心で戦をしてきたのに。そこに公方様の姿がない、高みの見物をなされている!
そう真っ直ぐに批判をします。しかも光秀は目に曇りがない。
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2020年、少年向け目の曇りがない主人公は『鬼滅の刃』の炭治郎であり、大人向けは『麒麟がくる』の光秀ですね。
その上で、まことに恐れ多き願いと前置きしながら、次の戦へのお出ましを願うのです。
公方様の御旗が立てば、大義の力を得る。そのことをよく胸にお刻みいただきたい。そう念押ししました。
これも、古今東西ありえる話です。
イギリスの王族は従軍します。第二次世界大戦時、エリザベス女王は軍用車両整備をしていたものです。
王族と無縁のアメリカでも、大統領が軍人に理解を示さないと深い禍根を残す。
この作品は、現代とも重ね合わせることでもっと輝きます。
◆ トランプはなぜ懲りずに兵士の侮辱を繰り返すのか(→link)
ここで信長も来訪。
義昭は信長を歓迎し、出迎える。祝着だと告げ、無事で戻ったことを嬉しいと言うのですが……光秀が【科学的思考】を練って、幕府が裏にいた【仮説】をぶん投げておいたせいか、不穏感が漂います。
歴史的な予備知識だけでなく、会話と演技で不穏感を漂わせることも大事ですね。
天下を定め、家族を守る
光秀は自分の館に戻ると、次女のたまが花に水を与えていました。
「おかえりなさいませ」
「たま、来たのか」
煕子も出迎えます。なんでも昨日たどり着いたのだとか。
そう補足するのが藤田伝吾であり、妙覚寺においでで近々戻ると聞き、お連れしたそうです。光秀は上出来だと喜び、道中の疲れを思いやります。
たまが、途中で伝吾におぶさったと話すと、光秀も「伝吾には一生頭があがらぬな」と軽口を叩くのでした。
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煕子はしみじみと語ります。越前への出陣に間に合うように急いだものの間に合わず、ご無事のお帰りを見てこの上なく嬉しいと。
「お帰りなさいませ」
愛妻にそう出迎えられた光秀は、喜びがほとばしっております。
そのうえで、母・牧のことを確認します。牧は木助らと夫の菩提を弔うとのこと。母上はどこまでも母上だと納得する光秀です。
そして妻にこう告げました。
「煕子、これからはここが我が家ぞ。わしはここでそなたたちを守ってみせる。都を守り、天下を定め、ここを守る」
固く誓う光秀は真っ直ぐで善良に思えます。
けれども視聴者も気づいてきたかもしれません。そんな善良な光秀が時折見せる恐ろしさにも……。
夫妻の背後では、娘たちが『論語』「学而編」を音読しています。
子曰わく、君子、食飽くを求むること無く、居に安きを求むること無し。事に敏にして言に慎み、有道に就きて正す。学を好むと謂うべきのみ。
君子とは、美食を求めない、居心地のよい家も求めない。行動はテキパキとしていても、言葉は慎み深く、道を知る者に指導を求める。こういう人こそが、学を好むと言うべきである。
光秀の本質ということでしょう。
藤吉郎と共に堺へ
場面変わって、獅子舞が鮮やかな堺へ。
光秀は木下藤吉郎とともにおります。
なんでも殿(しんがり)を請け負った藤吉郎は信長に叱られたとか。殿で奮戦したのは良いにせよ、その過程で鉄砲を失ってしまった。補わねば次はないと言われたそうです。
って、厳しいぞ、信長!
堺の今井宗久に買い付けを頼んだそうで。明智十兵衛ならば顔見知りということで、このコンビで来ました。秀吉は、光秀の人脈をおだてながら、堺の町にウキウキワクワクです。
しかし、遊女が袖を引いてもそっけない藤吉郎……と、ここでちょっとひっかかりませんか?
秀吉は歴史上「女好き」として知られます。そこを重視したら、もっとフランクでフレンドリー、ちょっと鼻の下を伸ばす場面でも入れて笑いに変えてもよさそう。
けれども、そっけない。
女好きとは言われるけれど、女そのものが好きなのか、それとも所有欲や征服欲から来ているのか?
秀吉の出自をふまえれば、身分の高い女を手に入れることとは下剋上そのものです。しかし遊女にはそうでもない?
考えすぎかもしれませんが、本作は何気ない場面が怖くて、ここでも秀吉の心の深みにまで到達しそうで……。
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二人は今井宗久に出会い、早急に鉄砲300挺が欲しいと依頼します。
宗久は明智様においでいただいたとはいえ、荷が重いと返すばかりです。
どうしたらその荷が軽くできるのかと光秀が問いかけると、今朝ほど250挺お約束したばかりとのことでした。
藤吉郎の目が、ここでギラリと光る。
購入したのはどこの大名なのか? そう問い詰めようとしても、商い相手は秘中の秘、教えるわけにはいかないと返す宗久。
「ほう……」
ここでの藤吉郎がやはり怖い。本作の秀吉は、いちいち怖いので本当に見ていて寒気がする。
藤吉郎は脅迫じみたことを言い出します。
2年前、堺の商人が三好に味方し、信長から罰として2万貫支払いを命じられたことを覚えているだろう。
「まさか同じ道を歩もうと言うのではありませぬな? 三好の一党に、その鉄砲を売るのではあるまいな?」
緊張感の走るこの場面――光秀が「ははははは!」と笑いとばします。
今井宗久殿はそのようなお方ではない。信長の上洛を陰で支えたとまで言い切る。
これは藤吉郎は知らない情報なのでしょう。
茶でもいただきながらゆっくり話そうと提案します。
茶会の名簿に
「茶?」と不思議がる藤吉郎。
宗久殿は商人であり、茶人でもあると光秀は説明。久方ぶりにお手間を拝見したと促します。
すると宗久は、ちょうど本日夕刻、顕本寺で茶会を行うと言い出し、「よろしければおいでくださりませ」と言います。
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それにしても、本作は茶人のルーツまでたどっていくようでおもしろい。
千利休切腹の理由も、見えてくるものがある。
軍事物資を含めて提供してきた実例もあること。利に聡いこと。当時の新たな価値観と金を生み出すこと。
茶人が無害? いやいやいや……死なねばならぬ理由も、時にはあるということでしょう。
光秀たちは宿に戻り、藤吉郎が陽気な態度で茶道を練習しています。
と、ここで光秀に茶会参加者の名簿が届きます。
茶人の中に、筒井順慶が混じっている――。
商いの相手は言えませんが、茶会参加者は言える。この名簿のうち、大量の鉄砲を必要とするものは、消去法でいけば一人しかいない。
面目を保ちつつ、購入者を明かす宗久ですね。
しかし筒井順慶は、織田信長の同盟相手である松永久秀の宿敵です。諦めるほかないと光秀が浮かないでいると、藤吉郎はせっかくだから筒井の顔を拝んで帰ると言い出します。
そしてここで、藤吉郎はもう一人の参加者に気づきます。
なんと、あの駒でした。
大和の大名・筒井順慶
顕本寺に着くと、茶会開始まで歓談して待つようにと案内されます。
そこへ筒井順慶が入ってきます。
筒井順慶とは――「洞ヶ峠を決め込む」という創作エピソードが一人歩きしてしまい、『信長の野望』シリーズはじめ、各種ゲームでは地味な弱小大名扱いをされる。
敵対していた大和の松永久秀がキャタクターとして立っているだけに、割りを食っている感もあります。
そんな筒井順慶が、こうも存在感を放ちながらそこにいて……なんだか感慨深い。
駿河太郎さんの僧形が、あまりに自然。なにかすごいものを見せられている気もします。
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順慶と光秀、藤吉郎が挨拶をしたところで駒も入ってきました。
彼女の役割がまた絶妙で。順慶は、駒が光秀を美濃時代から知っていることを語ります。光秀が驚いていると、芳仁丸を家来衆に配っているからだと駒が説明します。
駒のビジネスはしみじみとすごいことになっていますね。
ここで光秀こそ、公方様上洛のキーパーソン、道筋をつけた方だと順慶が言うと、当人は謙遜し戸惑っています。
むしろ横の藤吉郎がノリノリで、光秀の功績を強調する。
明るいノリで、佐々木蔵之介さんがぱーっと演じるから、陽キャの王者のようではありますが、一方でそれを利用する気満々なのが、これまた怖いんですってば!
秀吉と光秀が共同作戦を実施し、信長を殺す……秀吉が光秀の“宿敵”であり、性格的な相違点もあるからには、それはないと思います。
駒様への話は公方様に筒抜け
どうやら順慶にも野望が芽生えているようです。
大和でささやかな父祖伝来の地を守るため、大敵と戦っている。それでも信長のことは把握しており、その家臣である光秀との出会いが嬉しいと語るのです。
「筒井様は鉄砲の買い付けに参られたとか」
藤吉郎が低い声で言い、光秀の袖を引っ張ります。声だけでなく、袖を掴む指までおそろしく見えてしまう。佐々木蔵之介さんはどういう演技をしているのか……。
「少々ご無礼をいたします」
藤吉郎が光秀を室外へ出るよう促すのですが……軽く笑いつつ「しばし」と言い、順慶が目を動かす。全部、何気ないようで、迫力があって、おそろしいものがあります。
外に出た藤吉郎は、鉄砲の話のことを光秀に念押し。同時にこんな話も切り出します。
「あの駒殿でございますが。噂ではこのところ、公方様のご寵愛を一身に受け、政所の摂津様も駒様、駒様、様付けで下にも置かぬ扱いだともうします。つまり、明智様が筒井様にお話しなさることは、全て公方様に伝わると思われてお話なさるのがよろしいかと……」
光秀はそれを聞き、中へ戻ります。
それにしても駒はえらいことになりました。
画期的なヒロインです。オリジナルキャラクターで、こうも大物と付き合い、寵愛を受けているとなれば、絶世の美女を想定することかと思います。
けれども駒はちがう。年齢的にも、若くはありません。その知恵と、生み出す商品、教養。そうした要素で、ここまで大事な人物になったのです。
今回の冒頭で、光秀との論戦は苦しいものになりえると証明済みです。
光秀はこの特技を生かし、鉄砲200挺を譲っていただけないかと問い詰めています。
順慶は妥協する。
明智様の申し出でも160挺は……と言葉を濁す。光秀は譲らず、戦が迫っていると迫ります。と、ここで駒が助力します。
「筒井様、私からもお願い申し上げます。信長様の戦は、公方様の戦でもあります」
鉄砲を譲る条件は
駒の申し出は、信長と潜在的に対立している義昭のためにはなりません。
つまり、駒と義昭は通じ合っているようで、同床異夢ということです。
ここは光秀だけでなく、公方様の寵愛を受ける駒がいればこそ、順慶も乗ってきたのでしょう。
160挺譲るかわりに、約束をつけてきます。
近々、公方様に私を引き合わせていただきたい。
明智様は、織田信長様に引き合わせていただきたい。
松永久秀の排斥を訴えているわけではなく、同列におそばにおいていただきたい。
順慶は人脈を条件につけました。
しかし光秀もあっさりとは話を引き受けず、それなら鉄砲の数を上乗せ。かくして200挺が手に入ったのです。
ここで茶会も始まると告げられて、交渉は終わります。光秀は駒の助け舟に感謝するのでした。
駒はそれでも出過ぎた真似と謙遜をしている。自分が身の丈にあわぬことをしているような気がするとつぶやきます。身なりも身につかぬ気がすると、それに対し光秀が答えます。
「よくお似合いと存じまする。万(よろず)お気になさらぬことです」
駒は光秀に恋をしていたこともある。けれども、光秀は服だけ褒めて、容姿ジャッジをしない。セクハラ対策がバッチリな男です。
そんな光秀は、なまじそういう色っぽいトークスキルが皆無であるため、【鈍兵衛】というあだ名まで頂戴していました。口がうまくない男のようで、実はそうでもありません。
目的のためならば、口八丁手八丁。今週は、そんな光秀のトークスキルを見せつける回であり、弁舌で味方を勝利に近づけました。
本作は、合戦シーンが少ないと指摘されます。
けれどもこれは世界を見据えた歴史ドラマ規範に沿っているということかと思います。
【合戦が見どころ】というのは少々古くなっている。
合戦とは、事前の準備や駆け引き、心理戦も十分に楽しいもの。あの有名な戦いの背後では、こんな心理戦や駆け引きがあった。
本作はそういう見せ方を模索してると感じます。
視聴者がそれについてこられるかどうか。そういう問題もありますが、それでも前に進まなければならず、踏ん張りどころでしょう。
『真田丸』で合戦シーンの迫力不足を指摘した記憶があります。
これも実はアップデートをしていて、撮影技術が向上したと思えます。映像効果の使い方がこなれてきていて、短くとも迫力がある。往年の大河らしさだけでなく、新たな挑戦をしています。
浅井朝倉と対峙する織田
永楽通宝の旗印のもと、いざ信長が出陣!
蝉の声が聞こえる夏の戦い。
金ヶ崎の敗北から僅か2ヶ月後、織田軍が徳川軍とともに朝倉・浅井の両軍と対峙する【姉川の戦い】が始まりました。
銃声が響く中、柴田 勝家が叫ぶ。佐久間盛信も雄叫びをあげる。
彼らはトークスキル抜群の光秀や藤吉郎より出番が少ないものの、ゆえにできることもあります。
腹の底から気合を入れて叫ぶこと。甲冑を着て、戦うこと。それがこうもカッコいい、胸にグッとくるという根源的な大河を見る喜びを叶えてくれる。そういう存在感があります。
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兵力に勝る織田信長が敵を切り崩し、朝倉・浅井は逃げ帰ったと説明されます。
エイエイオー! エイエイオー! エイエイオー!
信長も爽快感のある勝鬨をあげるのでした。
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このあと、近江・横山城へ。
佐久間盛信が信長の大勝利を祝うと、信長は得意げな顔になっています。
「浅井長政め、尻尾を巻いて小谷城へ逃げ帰ったわ!」
信長……いや、わかっていたけれど、性格も口も悪い。
前回の板挟みで苦悩していた長政と市を思い出すと、あまりに酷い態度といえばそうです。市のことを考える気がない。これは帰蝶もそういう傾向を感じますが。
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といっても、信長は役立つ相手のご機嫌は取れます。此度は徳川殿のお手柄だと家康を褒めるのです。
その家康は自信たっぷりな顔で、万(よろず)信長様のお力だと言い切る。
でも、この顔を見てくださいよ。これは自分の活躍も力もわかっている。極めて自信満々です。
信長はここで、光秀のこともポンと腕を叩きつつ、鉄砲を集めたことを褒めます。
信玄と対峙の家康
家康が、光秀に声をかけています。
明日にも三河に戻る所存。この戦で朝倉の力はようわかった、恐るるに足らぬ相手であると語ります。
いったい家康は、賢く見通す目で何を見て、そう言い切るのか……。
陣太鼓の鳴らし方が雑であるとか、武具の手入れが悪いとか。そういう細かいことを観察し、弱さを察知して言い切るのでしょう。
単に勝てたからだけでなく、構造そのものも見切っている可能性を感じます。
彼のように慎重な人って、よほど確たる根拠とデータ集めをしないと言い切らないと思うのです。
逆に家康が断言したら手遅れということでしょう。本作の家康も十分、怖い……。
しかし家康も安穏とはしていられません。
朝倉よりも手強い武田信玄が、三河にも手を伸ばし始めていました。これからは武田と戦うとキッパリと宣言。
その過程で、武藤喜兵衛なんていう奴に苦しめられたりするわけです。『真田丸』の真田昌幸ですね。
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そして気になることとして、幕府の動きをあげます。公方様が盛んに文を送り、武田信玄に上洛を促している。
その上で光秀に囁きます。
「油断なされますな。公方様はああ見えて、食えぬお方じゃ」
そう言い切る家康はどうなのか。一番煮ても焼いても食えぬ男がそう囁く、圧倒的な恐怖がそこにはある。
風間俊介さんの穏やかで無害そうな顔、すっきりとさわやかな声音がおそろしい。
家康は、実際におそろしい男です。何人殺したかとか、そういう話じゃない。
この男の頭の中にあるものが、江戸幕府を作りました。日本人の価値観や精神性を現在に至るまで決定づける、そういう世の中を生み出したのです。
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風間さんの家康を見ていると、なんだか何かに吸い込まれそうになってきます。
そういう日本人像を形成した家康は、本作でも特別です。光秀がその中に流れ込んでいないと、すっきりしないのでしょう。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
先週の光秀と家康の場面を見て、
・光秀は流されやすい
・理想に近い人を見つけるとすぐにホイホイ崇拝する
なんて感想も見受けられました。
むしろ光秀は、波長が合わない相手に対して取る塩対応が圧巻だと思います。机を並べて学んだ斎藤高政(斎藤義龍)への態度は、当たりがかなりキツかった。
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もっと流されやすいタイプだったら、相手が髙政にせよ、朝倉義景にせよ、安楽な道を選んでコロリとお腹を見せていませんか?
実際はそうでもなく、義昭への評価も厳しい。
波長が合わない相手への究極の“塩対応”が、本能寺に繋がるんだと感じます。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや――。
光秀の高い志は、スケールの大きさゆえに理解されにくい一面もあるのでしょう。
そして、そんな光秀を見ていると、どうにも自分の胸もチクチクしてくるところがあります。
レビュー記事で
「今度のこの枠のドラマはガッカリだ」
「彼の演技は好きだ。個人的に何の恨みもない! だが、このドラマのこの役には褒めるべき点がない!」
みたいなことを言うと“この前まで好きだったのに!”とえらい怒られたりします。
それは流されやすいわけでもない。むしろ逆。特定の人物が関与している作品だから――という理由で手放しに褒めるのは、洗脳ではありませんか?
君子は豹変す――。
今では悪い意味で使われることが大半ですが、本来の意味は違います。
過ちに気がつけばすぐに軌道修正する。
この本来の使われ方が、今こそ大事だと思います。
日常にも同様のことは潜んでおりますね。
例えば、最初は無課金で始めたゲームなのに、途中から課金しないとマトモに遊べない。そういうアプリは即座に削除!
という具合に、過ちに気づいたら、その時点で撤退することが大事ではありませんか?
だらだらと茹でカエルになってもよいのですか?
戦略的撤退ってやつですね。
それに、今むしろ問題とされているのって【サンクコスト】【コンコルド効果】です。
◆「コンコルド効果」が教える終戦が8月15日の理由(→link)
『真田丸』では真田昌幸が言い切ってました。
「朝令暮改の何が悪い! より良い案が浮かんだのに、己の体面のために前の案に固執するとは愚か者のすることじゃ!」
嫌われることまで織り込み、覚悟を決めて意見を変えて何が悪いのか。初志貫徹以外の道だってあるでしょう。
駄目だとわかればキッパリやめられるか?
『麒麟がくる』にも【サンクコスト】の判断で明暗が分かれる人物が登場することでしょう。
百足が枕元を歩いたくらいで……
姉川で勝利したところで、信長の戦いは続きます。
浅井・朝倉に勝ちきれていないうえに、三好一党が四国から息を吹き返したのです。
摂津の海老江城にある信長の陣には、足利義昭もやって来ます。信長はそのことに一生ものの感謝を告げる。
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そして義昭もこう語ります。
「我が枕元に一匹の百足が歩みおってきた。これはめでたきしるしぞ! 百足は決してあとには退かん。三好の一党に打ち勝つとの神仏のお告げとみたぞ!」
ここでの信長の、ニンマリとした笑顔は何なのか――。
心中、軽蔑している顔ではありませんか?
そんな百足が枕元を歩いたくらいで勝てたら苦労しない。そんなことなら、そのへんから百足をとっつかまえて毎晩枕元にばら撒いてやる。証拠はあるのか? 百足のおかげで勝てた奴出して来い! そのくらいのことを思っていそうで、やはり怖い。
現に、このあと信長が苦杯を舐めることになると語られます。
信長の中で、義昭はどんどん、しょうもない存在になっていくのが手に取るようにわかる。
ここで駒が、自宅に穴を掘って金を隠そうとする東庵と話す場面が入ってきます。
何気ない場面のようで、戦況が説明されるのですね。
駒からすれば、公方様が出ていくからには勝利するはず。
それなのに摂津の一向宗、本願寺の鉄砲を持参した門徒らが三好方につき、厄介なことになっている。それを見て、越前の朝倉がまた京に向かって出陣したというのです。
正面では三好と本願寺と対峙し、背後には朝倉と浅井が迫る。
信長は窮地に陥るのです。
信長包囲網
信長は、狙いを宿敵・朝倉義景に定め、摂津から兵を退き、近江に向かいました。
それを受け、義昭が着替えながら不満を漏らす。
ここはどうして着替えているのかわかりませんが、とりあえず、当時の貴人らしさが出ていてよいと思うのです。貴人は着替えを人任せにするから、かえって裸体への羞恥心がなくなるとかなんとか言いますね。
「信長があれほど脆いとは思わなかった!」
本願寺の和議との文を書いて欲しいと頼んできたとか。自分の参陣の意味が何なのか。そう愚痴を言う義昭に、摂津晴門が「前代未聞のだらしなさ」とまで言い切ります。
これは義昭が悪いようで、晴門の術中にはまるようで、信長にも反省点はあるかもしれませんよ……。
考えがあるにせよ、もっとちゃんと説明しよう!
本願寺との和議どころじゃない。そういうめんどくさいことは公方様にやらせてしまおう。そういう手抜き発想をうっすらと感じるけれども、そこは空気を読まんといかんすね。
ともあれ、信長包囲網形成がなされてゆく。
朝倉、浅井、比叡山、武田信玄、上杉謙信……そうやって信長を潰し、都の安寧をはかると晴門は言い出します。
今年は信長包囲網形成の説明がわかりやすくてよいですね。
そしてそこへ、駒がやってきます。
その駒に「駒様、駒様」と猫撫で声をあげる摂津晴門のいやらしさよ。
片岡鶴太郎さんが素晴らしいことは確かなのですが、彼はいわば【凡庸な悪】。取るに足らない戦災孤児だった駒でも、名声がついてしまったら持ち上げて擦り寄ってくる、そんな世間の嫌らしさが凝縮されています。
彼女は、自分は自分で何も変わらないと思いたい。そういう謙虚さの塊のような人。中身が変わらないのに、周囲の見る目が変わることに戸惑っています。
視聴者からもいろいろ言われますが、性格的に調子に乗るということとは無縁でしょう。駒に無事の帰還を喜ばれて、義昭は摂津からの土産だと小さな籠を取り出します。
珍しい小さな蜻蛉だそうです。
蛍の思い出があればこその虫かもしれませんが、この蜻蛉だけでもいろいろと残念な義昭が見えてきます。
虫だろうと、命あるものを土産にするようでは、仏門の教えをどこかに忘れてきたかのようではある。
あまりに幼い。虫ならば蜻蛉の模様入りの反物や工芸品ではいけないのか。
ピュアはピュアでも、信長とは別の意味で危ういものとなってきました。
叡山の坊主ども
近江・坂本城では、僧兵が引き上げてゆく姿が映ります。
その直後に、また何やら呻いている信長の形相が。
三白眼で荒い息遣いになりつつ、うめきながら床の座布団を蹴り飛ばす。背中には、何をくくりつけているんだ?
この信長は、物理的に何かにぶつけないとストレス発散できないのでしょう。
見守るしかありません。奇声も唸り声も、変な顔も、荒い息遣いも、彼の個性です。
と、ここで誰かが来ます。
光秀でした。信長は怒りをぶつけます。
「何故だ、何故叡山の坊主どもは朝倉どもを匿う! ここまで追い詰めたのじゃ、あと一息で討ち果たせたのじゃ!」
光秀が僧兵どもが参っていたことを指摘すると、信長は悔しそうに言います。
「叡山へ一歩でも近づけば、5万の僧兵が立ち向かうと脅かしおった! 延暦寺の僧兵は一人一人が仏を背負って戦うゆえ、開山以来負けたことがない」
この信長には、比喩が絶望的に通じない……雪を花にたとえた和歌の意味がわからず、帰蝶に尋ねて呆れられたことがありました。
読解力が低いわけでもないし、教養がないわけでもない。ただ、比喩のような回りくどい表現が通じないのです。そういうところがAIのようで。
前述の曹操も、その点で際立ったところがある。彼は詩人としても名高く、文学史を塗り替えました。
どういうことか?
というと、それまでの詩は比喩、ファンタジックな表現が多かったのです。
それを曹操は、自分の目に写った様子や心情を写実的にズバズバと詩にしたところが斬新でした。ストレート過ぎるという評価も受けていますが、それこそが彼の個性です。
なんて書くとカッコいいかもしれませんが、彼らみたいなタイプは「嫌いなもんは嫌いだ!」とハッキリ言い切るから、敵を作りやすくもあります。絶望的なまでに、空気が読めないんですね。
信長はムキになって、神仏を尊ぶ心はわしも一緒、叡山に攻め入る時は仏を背負っていくと言った。
だから背中に仏像をくくりつけていたわけです。
染谷将太さんが『聖☆おにいさん』でブッダを演じたことは関係ないと思います。
そういうギャグじゃない、リュック状態の仏像に笑っている場合じゃない!
信長は恐ろしいことをしています。比喩やお世辞、冗談が通じない相手って、怖いわけです。
よくわからない経緯で相手の怨恨をかってしまうとか。
信じ込んだ挙句惨劇を招くとか。
そうなったらどうするのか?
信長はよくわからない実験精神に目覚めました。
比叡山を焼いて検証してみるか!
光秀のトークスキルのところで【科学的思考】に触れましたが、その考え方は
【観察】
【仮説】形成
【検証】
が基本となります。
光秀は幕府を相手に使った。家康も姉川で【観察】し、朝倉が取るに足らないと【仮説】を形成している。
信長は勝手に【検証】する気満々になっている。
そんなに仏の功徳が強いなら、比叡山を焼いて検証してみるか!
仏がそんなに素晴らしいなら、勝手に炎が消えるだろ?
最悪の発想といえばそうです。
光秀はそんな不穏を察知したのか、よい笑顔でこう言い切ります。
「仏は重うござりませぬか?」
「重い!」
信長もこれには心を開きます。
光秀が呆れていたら、きっとこうはならない。信長は理解されなくて寂しいから、光秀のような理解者が必要なのです。
信長は悔しそうに、叡山が朝倉を匿うこと、浅井が関わることの理由を求めています。
光秀はここで、信長が叡山から奪うものが多いからと【仮説】を述べます。
「わしが叡山から多くを奪う? 何をだ?」
「つまるところ、金ではありませぬか」
光秀は、信長の疑問に対して実のある答えを出しました。仏の功徳なんてよくわからんフワフワしたものでは、信長は納得できません。
さて、比叡山・延暦寺では――。
朝倉義景が座主にと、金子を差し出しております。
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織田信長を討つ力を貸すことを条件に、天下平定の後には、畿内にお好みの土地を領地として差し上げると囁くのです。
そのうえで、叡山の屋根を黄金色にふきかえてご覧にいれるとまで言う。
高僧はそれを受け取り、座主様に伝えることを請け負います。
この金の輝きと、高僧の袈裟の毒々しいまでのうつくしさは何なのか?
貧しい人を救うどころか、欲に溺れた仏教の浅ましさが、画面からひしひしと伝わってきて圧巻です。
MVP:筒井順慶
すごく不思議だ。
なぜこんなに筒井順慶……よりにもよって筒井順慶のことばかり考えてしまうのか?
実は放送前から、順慶のことばかり考えていました。
奈良県の史跡めぐりをしたときの空気まで思い出して、不思議なものを味わいました。
私たちはなまじ結果を知っているから、彼を「数ターンで滅びそうな弱小大名(『信長の野望』史観)」と思うけれども。筒井康隆の作品を思い出したりもするけれども。
彼だって肉と血を持って大和の地を生き、天下のことに関わっていた。そんなごく当たり前のことを思い出すのです。
歴史ってそういうものだった。
国衆の息吹を感じた古文書や石碑を見たことを思い出さなくちゃ。
このドラマで光秀と交渉する筒井順慶には、小さな大名のしたたかさが詰まっていました。
歴史とは、こういう息吹があるからこそおもしろい!
そう思える見事な像でした。
駿河太郎さんの僧形、目の動かし方、声音。何もかもが説得力に満ちていました。
総評
見どころ満載の本作。
信長が毎週奇行の最大値を更新していて、笑いそうになるけれど、同時に私は悲しい。
信長はきっとつらい人生だろう。染谷将太さんは、そういう哀しさまで見せてくれます。
◆大河「麒麟がくる」 染谷将太の“仏リュック”と長谷川博己の苦笑い(→link)
こうした描き方に、本作らしさと、今時の歴史劇の流れが見えてきます。
Amazonプライムで見られる『三国志 Secret of Three Kingdoms』がめっぽう面白い。
同作品では、司馬懿が曹操のことを、役割に応じて目の前の課題に全力で取り組んだ結果、天下を狙えるほど強くなったと語る場面があります。
曹操は一生懸命頑張った過程でやたらと周囲を破壊する。
コントロール苦手でオーバーキル傾向があるがために、「あいつは最低最悪で極悪非道! 人間のクズ!」と罵倒されまくるわけですが……頑張り屋さんなんですよ。
◆残念イケメン曹操の時代へ……(→link)
本作の信長も、そういうコントロール苦手かつオーバーキル傾向持ちの頑張り屋さん。
ゆえにピュアなのでしょう。
「天下人に、俺はなる!」と目標を立てたわけではない。
ただ、課題をこなし、目の前に立ち塞がる敵を倒し続けた結果、天下人になっていた。
その過程は、今回幼い光秀が遠くを見通したくて木に登ったようなものかもしれない。
それが本人にとってはものすごくつらい、ストレスまみれであるとも本作は描いていきます。
織田信長になりたいだと?
なってみろ、滅茶苦茶しんどいから!
気がつけば極悪非道、最低の輩呼ばわりされているし、失うものが多過ぎるし、何がなんだかわからん……そういう悲しき覇王になるのです。
しかも、こういうタイプは神に救いを求めない。
本作の道三も、仏に答えを聞いても返ってこないと語っておりました。彼らは根拠なく何かを信じてすがるようなことができないから、全部自分の責任である、誹謗中傷はその通りだと受け止めます。
自分は酷い奴だ、批判されても仕方ない、受け止めてやる!
そう思っていたって、人間の心は痛む。傷つく。心から流した血まみれになって、それでも進む。
【創業】の英雄、天下人であることは全然楽しくないんだぞ……やれるもんならやってみろ!
高い志を持てというから、持った。目標に向かっていけというから、真っ直ぐそこへ進んだ。そのためには強くあれというから、強くなった。勝てば喜ばれるから、勝ち続けようとした。
それなのに、嗚呼、それなのに、そうすればそうするほど、嫌われて、憎まれて、悪人だと言われてしまうのはなぜだろう?
どうしてこんなにつらいのだろう!
そういう業の深さを描いてこそ、今世紀の歴史劇なのでしょう。
人間は、物事を単純化したがります。
悪い奴は妊婦の腹を裂き、酒池肉林をやらかす――そういう露骨な悪人像ならば、まだしも納得がいきます。
だからこそ、しつこく何度も、この手の逸話が再利用される。
でも、ただ一生懸命なだけで、そのコントロールができないために、世の中を変えるために過激なことをしたとなれば、なかなか評価が難しくなります。
実力はたっぷりある。鍛え上げることも怠らない。
強くなりすぎて、目標に向かって邁進するだけで、周囲が傷つき倒れていき、恨みをかってしまう。
不器用で、空気が読めなくて、周囲を説得することもできない。
そういう英雄像に、最新の知見で人類は近づいてきた。
そんな手応えを感じる曹操なり、織田信長なりを見てしまい、考えることが多い現実です。
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【参考】
麒麟がくる/公式サイト





























