麒麟がくる感想あらすじ

麒麟がくる第36回 感想あらすじ視聴率「訣別(けつべつ)」

2020/12/14

元亀3年(1572年)、本能寺まであと10年――。

帝(正親町天皇)を知りたいという光秀に対して、三条西実澄は意外なことを言い出します。

「人を見るには、目を見、声を聞くこと」

今日それができるかどうか。

ご尊顔を拝することは無理としても、お声は僅かに拝聴できるかもしれぬ。それゆえ、誘ったと持ちかけてきます。

光秀は「お供させていただきます」と即答するのでした。

目を見、声を聞くこと――これは本作に重要な点でしょう。

『鬼滅の刃』でも冨岡義勇がそんな旨を口にしておりましたが、人間の、心の奥にある本質とはそういうところに出てくるように思えます。

目と耳を意識すると、この作品の楽しみ方がもっと深くなるかもしれません。

 


庭に珍しき鳥が参っております

内裏にて――。

実澄のお付きの者に変装した光秀は、鐘の音を聞きつつ、実澄を待っております。

と、詩を詠む声が聞こえてきます。

水を渡り 復(ま)た水を渡り

花を看(み) 還(また)花を看る

春風 江上の路

覺えず 君が家に到る

『胡隠君を尋ぬ』
高啓(1336-1374)

澄んだ目でこの詩に耳を傾ける光秀。

春風が吹き、川を渡り、頭上の花を見ながら、気がつけば友の家についていた――。

帝はこう言います。

「いつの世もそうありたいものよのう。この詩を詠むとき、朕もそう生きたいと思うが、実澄はどうか?」

実澄は切り出します。

「はっ。今日は庭に珍しき鳥が参っております。万葉の歌を好む珍しき鳥ゆえ、そのことをお聞きあそばれてみるのも一興かと」

「かの者が参っておるのか」

鳥こと光秀は、じっとしています。

御簾の下に、そっと紙を投げる帝。

「珍しき庭の鳥へ」

帝の文を手にして、公卿が紙を持って来ます。光秀は恭しく受け取ります。

朕惟如此詩欲令起居

朕もこの詩の如く生きたいと欲している――。

光秀はその文を見てハッとして、こう言います。

「私もその様に生きたく存じまする。さりながら、迷いながらの道でございます」

帝は応えます。

「目指すはいずこぞ?」

「穏やかな世でございます!」

「その道は遠いのう。朕も迷う。なれぞ、迷わずに歩もうではないか」

光秀は感極まった顔で、頭を下げます。

その目を見てください。感激がこぼれ落ちそうです。

「明智十兵衛、その名を胸にとどめ置くぞよ」

「は……」

感動する光秀の目にも、声にも、帝への心酔があらわれているのでした。

 


勝家、信盛、藤吉郎の待つ席へ

鳥が沈みゆく太陽の前を飛ぶ中、光秀は自宅に戻ります。

胸の内には、帝の言葉がある。

すると、近江より佐久間盛信と柴田勝家が着き、待っていると煕子に告げられました。

光秀はすっかりお待たせしてしもうたと言いつつその席へ向かおうとします。

席には木下藤吉郎もいました。

徳利を持つ手すら、曲者と言いますか。本当にこの作品は、画面の隅に秀吉が映るだけでゾッとしてくる。

藤吉郎は、柴田勝家と佐久間盛信も接待係として長い、私如き成り上がり者が斯様に申し上げるのは、甚だ御無礼であると前を置きしてこう来ます。

「信長様に阿りすぎる!」

勝家は苛立たしげに「もうよい、黙れ!」と言う。

そんなところに光秀はくるわけです。待たせたことを詫びると、信盛が気遣いに感謝を述べます。

この狭い室内で、4人の人物像が見えてきます。

信盛は真面目で几帳面、勝家は単純明快な猛将、そして秀吉は、底が見えない。

『長篠合戦図屏風』に描かれた佐久間信盛
佐久間信盛の生涯|なぜ織田家の重臣は信長に追放されたのか?退き佐久間の末路

続きを見る

柴田勝家の肖像画
柴田勝家はなぜ秀吉に敗れたのか「鬼柴田」と恐れられた織田家宿老の生涯

続きを見る

豊臣秀吉の肖像画
豊臣秀吉62年の生涯をスッキリ解説・年表付き!派手な伝説はドコまで史実?

続きを見る

光秀は信長からの文で状況を伺っていると告げます。

大和国では筒井と松永の戦端が広がり、河内まで及んでいる。光秀も出陣を促されているとのこと。

勝家は、「松永を討て」といってもいつになく信長は歯切れが悪いという。要は、やる気がないのだそうです。

一方で、信盛が言うには二条城で挨拶をした公方様は、何としても松永の首を取れと言っている。

そこで明智殿に知恵を借りろと催促されたそうです。

 

始末に負えない公方様は所詮水と油なのか

それにしても公方様が……。

仏門にいた優しいあのお方が、首を求めるようになってしまった。

光秀も【筒井と松永】の和睦は一時的で、所詮は水と油の仲だと言い出す。

その言葉は、筒井との和睦をさせた茶会で、久秀も言っておりました。しかも【信長と義昭】の関係として。

勝家は、公方様は兄・義輝の仇が松永だと思い込んでいて始末に負えないと愚痴を言います。信盛が言葉が過ぎると嗜めると、藤吉郎が力強く同意します。

浅井、朝倉を片付けるべきなのに、大和攻め!

そもそも公方様は油断がならぬ方だと言う。浅井、朝倉に上洛を促している。裏から大和と河内に兵を送り、一気に信長を攻める魂胆だと吐き捨てるのです。

勝家は困惑し「わしはそこまでとは思うておらぬが……」と言い出す。

と「甘い!」と藤吉郎は一喝!

「何が甘い!」

「おー甘じゃ!」

藤吉郎は、相手の神経を逆撫ですることを言い出します。

育ちのよろしい方々はそういうところが手ぬるい。その上で、そもそも柴田様も佐久間様も本気で松永を討ちたいのかと挑発するのです。

この藤吉郎の目を見てください。

透き通っていますか? むしろ、光っているようで光がない、漆黒とはこのことか。そう言いたくなるほど、黒く、深い淵のようには見えません?

声音も、透き通っていない。滑舌もよい。語彙も、口調も、素晴らしくなった。

けれども、どこか人の心を削るヤスリのようなざらつきがある。

佐々木蔵之介さん……いったい、どういう演技なのでしょう! なんでこんなに、毎度毎度、おそろしいんだ。

こういう人物を「口に蜜あり腹に剣あり」と言います。甘ったるく、人をおだて、その気にさせる弁舌。しかしその腹の底には、鋭い剣を秘めているのです。

藤吉郎は厠へいくと告げます。

明日は近江へ戻って浅井を討つ所存だと軽やかに続けるのでした。

 


明智殿に直言していただきたい

藤吉郎は、どこまでおそろしくなるのか。

本作では時系列的に描かれない、朝鮮出兵や秀次事件まで浮かび上がってくる、この圧倒的なおそろしさよ……。

勝家は「猿めが!」と憎々しげに吐き出す。

信盛は長居をしたと詫び、相談に乗っていただきたいと告げます。

光秀が承諾すると、信盛はそっと耳打ちするのです。

叡山を攻めた折、殿は叡山の者はことごとく殺せと命じられた。

だが明智殿は、女子供を助け、そのことを殿に申し上げたと聞きました。

此度の戦も、明智殿の思うところを殿に直言していただきたい。

それを申し上げたかった――。

そうニッコリと笑うのです。

それにしても、毎回柴田勝家と佐久間信盛のコンビは、風格が成長していてすばらしいなと。個性も出てきたし、性格の欠点も見えてきますね。

信盛の戸惑いと優しさを金子ノブアキさんが滲ませ、安藤政信さんもまさに猛将という風格です。

かくして元亀2年から3年にかけて、大和で松永久秀は近畿の幕府方と戦うことになりました。

義昭たち幕府方は、鎮圧に乗り出すのです。

それにしてもこう冷静に見ていくと、松永久秀の“梟雄”という評価は一体何であったのか、

松永久秀像(高槻市立しろあと歴史館蔵)
信長を2度も裏切った松永久秀は梟雄というより智将である 爆死もしていない

続きを見る

疑問が湧いてきますよね。

彼自身が悪いのではなく、巡り合わせが悪かったのだろうと。

 

小姓相手に木剣を振る義昭

二条城に光秀が参ると、三淵藤英が出迎えます。

公方様は広間ではなく、庭にいる。そう告げ、何かを振る仕草をしてみせます。

「せいっ!」

声をあげつつ、木剣を小姓相手に振る義昭。

「もう音をあげるのか、張り合いのない奴じゃ」

そう勝ち誇っております。

けれども義昭には何かが欠けている。公方様相手に、小姓が本気でぶちのめせるわけがない。

そんなことをするのは、フィクションの柳生十兵衛くらいです。

光秀は呆然としてしまいます。

なんでも剣術の達人であった兄・義輝様のことを気にしている、戦に行くにも心得があった方がよいと思い、習い始めたのだと。

何かがおかしい……。

そんな剣の達人だろうと、政治的なコントロールを失い、複数名の刺客に襲われたら何の意味もなかったのに。

光秀は苦い口調でこう言います。

「兄君は兄君、公方様は公方様なのだが……」

ここで決定的なすれ違いがある。

藤英は、光秀が喜ぶと思っていたのでしょう。庭で剣術をしていると告げた時からそうです。彼はよいと思っている。

公方様は武家の棟梁であり、諸大名に侮られては困る。摂津殿の追放以来、己の役割を自覚したのだと感じているのです。

難しい話ですよね。

例えば、好きな役者がいたとする。その人が出ている作品なら、どれだって好きだと思うか?

それとも、好きな役者だからこそ、その人自身が納得して演じられ、出来が良いものであって欲しいと願うか?

その人が、その人らしくあることを重んじるかどうか。

問題はそこです。

 

義昭はもう、義昭ではない

「おう、十兵衛か」

義昭は庭に降りてきて手合わせをして欲しいと言う。小姓では相手にならないと。

光秀は思わず「は?」と返してしまいます。

藤英も、十兵衛は弟・藤孝が舌を巻くほどほ剣の使い手、あまりお勧めしないと戸惑っています。

のみならず、十兵衛光秀という男は、決して手抜きしてわざと負けないこともわかっているのかもしれません。

しかし義昭は、それゆえ太刀捌きを見たいとせがむのです。

光秀は木剣を渡されます。

「十兵衛、参れ!」

はい、ここから先は、NHKひいては現代日本の殺陣でも気合の入った高度なものが展開されます。

すっと木剣を構える光秀――この時点で技量の差がちがうと一目瞭然なのです。

義昭は息遣いを荒くし、足元を整え、足捌きからなんとかしようとする。

光秀は木剣を握りつつ、これまでのことを思い出しています。

死にとうない。

その一心で大和を出て参った。

私も将軍になれば人を救える、貧しい人々を。

美濃へ行く。そなたを信じよう。

美しき都に戻す。自信はあるか?

僧侶という弱き身ながら目に力強い光を宿していた過去の義昭を思い出しつつ、もうここまでにしましょうと訴えるものの、相手には通じない。

叫びながら、何度も打ち込んできます。

もしもここで心が通じ合えていたら……しかし、そうはならず、太刀筋に乗せた心がすれ違ってゆきます。

やっと藤英が止めにかかり、今日はこれまでにしましょうと下がらせます。

光秀は、呆然とした顔で落ちた木剣を見るしかないのです。

川を渡り、花を見る。そうして穏やかに生きていたような友、理解できた相手はどこへ行ってしまったのか?

思えば遠くへ来てしまった。もう、あのころの義昭はいません。

太刀を握るなんて考えられない、義昭の本質は消えてしまった。己を見失い、兄の亡霊をめざしてしまっている。

彼はもう、彼ではないのです。

この場面は、心の動き、技量の差、そういうことまで殺陣であらわすのですから、超絶技巧であったと思います。

以前も指摘しましたが、カチャカチャした1980年代以降の香港系アクションは、こういう表現にあまり向いておりません。心情や精神性を出すには不向きです。

香港でも『葉問』シリーズのように伝統武術回帰が進んでおります。

東洋由来の武術の動きと、精神性の融合こそ、今後めざすべき原点回帰であると思える。そんな場面でした。

 

煕子と二人で行く坂本城

光秀が家に戻ると煕子が出迎え、白湯でもお持ちしましょうかと問いかけます。

夫の疲れを察知しているのでしょうか。

光秀は、白湯はいらんと断ったあと妻相手にこう振り返ります。

「昨日御所へ行った。御所で帝のお声を聞いた……信長様が帝を敬うておられるのが少し分かった……」

武士は将軍様の元に集まり、世を平かにすべき――そう思うてきたけれども、信長様はもはやそうではないのかもしれぬ。そう思えてきたのだと。

煕子に膝枕をしつつ、そう語る光秀。

そんな夫に、昨日、左馬助が近江から帰り、坂本城がだいぶ出来上がったと嬉しそうに話していたと告げます。

光秀はそれを聞き、一緒に坂本城を見に行こうと誘います。

城ができたらまず誰よりも先に、そなたへ見せてやろう。そう思っていたのです。

かくして夫妻は、近江坂本城へ。

煕子はこれが天守というものかと驚いています。

明智光秀の肖像画
なぜ光秀が築いた坂本城は織田家にとって超重要だった?|軍事経済面から徹底考察

続きを見る

手を繋ぎ、外を見る二人。こうして立って外を見ると、この城が湖に浮かんでいるように思える、湖の中にいるようだと語ります。

この城は水城で、堀は外湖に続いていると光秀は説明します。そなたと子どもたちを船に乗せ、月見にこぎ出したい。そして子どもたちに古き歌を教える。

月は船
星は白波
雲は海
いかに漕ぐらん
桂男はただ一人して

『梁塵秘抄』から読み、笑い合う夫妻。光秀はここで、必ず皆をここへ呼び寄せると言います。

人質としてそなたたちを京に残せとは、いかに公方様でも、なんと仰せになろうと、それだけはのめぬ! そう険しく言い切ります。光秀の心も、公方様から離れていくのです。

ここで煕子は問いかけます。

「この近江の国は、美濃国と京のちょうど中ほどでございましょうか。今はどちらに心ひかれておりますか」

光秀は考え込んでいます。

この二択はかつてあった。信長から仕えよと言われた時、光秀は公方様に仕えると即答したものです。

「どちらも大事なのだ、どちらも。ただ……今のままではすまぬやもしれぬ」

そう絞り出すように答える光秀は自分の心に素直です。

斎藤高政相手に仕官を誘われようと、きっぱりと否定した。信長相手にもそうした。

即断即決なのに、迷う時点で彼の中で何かが変わってしまったのでしょう。

 

甲斐の躑躅ヶ崎館では

元亀3年(1572年)4月――。

幕府と織田の連合軍は河内へ、松永久秀と三好の一党を討つため、大掛かりな出陣をします。

「これより松永を討つ!」

そう仰々しく公方様から宣言があるものの、織田信長自身はこの戦には加わらない。河内に攻めた連合軍も松永久秀を取り逃すのでした。

そのころ、甲斐・躑躅ヶ崎館では――。

信玄はこう宣言します。

「ここのところ、織田信長の動きが鈍い。公方様の足並みにも乱れがある。その公方様は、わしに上洛せよとの催促じゃ。出陣の機は熟したと思うが、どうじゃ?」

「はーっ!」

武田家臣団がうなずく。まずは遠江へ出て、浜松城の徳川家康を討つ。そう宣言されます。

その歳の10月、信玄は京へ向かいました。

「出陣じゃー!」

嗚呼、この信玄も怖かった……。

信玄は兵法をバッチリと知っている男。せっつかれようと、ノリに乗っていようと、相手が崩れるまでは動こうとしない。

情報網を駆使して、これはいけると踏んでの宣言でしょう。

兵法の達人は、馬の様子だの、軍の動きだの、気もそぞろで相手が弱くなっている気配を観察して察知してしまう。短くともそういう信玄の性質が出ています。

武田信玄の肖像画
武田信玄の生涯|最強の戦国大名と名高い53年の事績を史実で振り返る

続きを見る

一方、美濃の岐阜城では?

 

信長から義昭への『十七箇条意見書』

光秀が坂本にいると便利だ。信長はそう上機嫌です。

呼べば翌日には来れる。光秀も申し上げたき儀があったので好都合だと返します。

まずは信長の話から。

三日前、夢を見た。

甲斐の大入道が上洛し、わしを捕らえて公方様の前に突き出す。

公方様はこともなげに、耳と鼻をそぎ落とし、五条の橋に身を晒せと仰せになる。そこで目が覚めた。恐ろしい夢じゃ。

一体何を言い出すのか。

しかし、この後の方が怖いといえばそう。なんでもその夢で「公方様に冷たく当たったかもしれぬ」と気づいたそうです。

光秀が困惑しています。

公方様に宛てた手紙【十七箇条意見書】のことですね。

よく働いた家臣に褒美をやらず、己がかわいいと思う近習のみに金品を贈るとか。許可なく御内書を送るとか、寺社の領地を没収するとか。

そういうことをどうかと思うと書いた手紙です。

十七箇条意見書と殿中御掟
信長が義昭に本気でダメ出し「殿中御掟」「十七箇条意見書」には何が書かれている?

続きを見る

これを世間が見るとどうなるか?光秀が説明します。

「まことに手厳しい文でございました」

それなのに、信長は夢で耳と鼻を削がれて、やっと手厳しさを悟ったらしい。

澄み切った目でニッコリと、子どものように笑います。

「そこで思いついたのじゃ!」

なんでもこの鵠(くぐい、白鳥の古名)を差し上げ、手慰みにして、公方様に幾分機嫌をなおしてもらおうと言い出す。

まずい……徹底してズレている。『鬼滅の刃』で不死川実弥におはぎをあげると思っていた冨岡義勇と同じくらい、ズレている。

嗚呼、いるんだ、こういう人!

お高いスイーツを買っていけば相手に無茶振りしてもいいと思い込むタイプ……光秀も引いてる。

 

三方ヶ原で家康が大敗

信長は、自分なりにがんばっているとアピールする。松永久秀を討つことを命じられたから、嫌だったけどすかさず兵を出している。ワシなりに気を使うておる。そう思わぬか?

同意を求めらる光秀は戸惑いつつ、気遣いは他の大名にもするべきだと言います。

その大名とは徳川家康のことでした。

武田軍2万が徳川領に攻め込んだ。

徳川はせいぜい7千から8千。

織田家の援軍3千を加えてもハナから勝ち目がない。

信長は露骨に不機嫌そうになります。

仕方あるまい、こちらもぎりぎりでやっている。越前の朝倉、北近江にも1万5千。明日わしも出陣する。家康を助けてわしも負けたら元も子もあるまい。

そう投げやりに言います。

光秀も食い下がります。公方様が直接ついている信長と、そうでない家康は違う。家康を頼りにしてきたのだから、あと2千でも3千でも援軍を送るべきだと言います。

信長は面倒くさそうに、夢の話を思い出させる。公方様はあてにならない。

どころか、信玄も、朝倉も、浅井も、公方様が背後にいるとぶっきらぼうに言うのです。全てお見通しだと。

「そのような動きがあれば十兵衛が食い止めてご覧にいれまする」と言い切る光秀。

「ふむ。以前帰蝶が申しておった。十兵衛はどこまでも十兵衛じゃと」

そうにやりとして、あの鳥を公方様にお届けせよと告げるのです。

義昭が変わってしまった一方で、光秀は変わらないと示されています。

ここで若侍が、三方ヶ原で徳川家康が大敗したと告げて来ます。

武田信玄のイメージイラスト
三方ヶ原の戦い1573年|なぜ家康は信玄に無謀な戦いを挑んだのか

続きを見る

 

加減を知らない信長

光秀は苦しそうに顔を歪めます。

やはり光秀は、家康をかなり買っているようではある。

この場面を見ていてしみじみと思ったのは、信玄のみならず、家康も相当強かったことでした。

圧倒的不利な状況で大敗はしたものの、自分自身は討ち取られることもなく、再起をはかる――負けたことを教訓にして、天下をとる。

時系列的に彼の功績は描かれない本作ですが、秀吉のその後のように、家康の持つ強さや可能性まで示します。

そしてこの場面は、どこかズレている信長がはっきりとわかりました。

信長は秀吉とちがい、目も声も常に透き通っているとは思う。義昭はすっかり濁って迷走しているけれども、信長はすっきりとしていてまっすぐなのです。

ただ……加減を知らない!

光秀からすれば「手厳しい」書状も、信長からすればそうじゃない。箇条書きで、ズバリと解決に役立つアドバイスをしてやったぞ! そんな風に思っている節さえ見えます。

いちいち独自のセンスで失礼な例えをするとか。変なあだ名をつけるとか。言い方がいちいちきつくてやりすぎだとか。そういうことをしてしまう。

徹底して不器用なのです。

十七箇条の意見などは、義昭のダメさ加減より、ストレートに殴りすぎる信長のセンスに問題があったのでしょう。

ただ、何が悲劇的って、本人には「やりすぎの自覚がない」ところです。

彼は猛獣みたいなもの。じゃれついたつもりが、相手にとっては致命傷になっている。気づけば何もかもが壊れている。

そういうペットの虎じみたものがあって、本人だって辛いのでしょう。

秀吉はひたすら恐ろしいけれど、この信長は気の毒ではあるのです。染谷将太さんは、そういう信長の解釈をぴったりと絶妙に演じている。最新研究を踏まえた人物像ですね。

目を見て声を聞け――という本作は、役者さんもみな目と声が素晴らしく役柄と一致しています。

信長はそれこそ人間を超越してネコ科の獣のようで、発声がゴロゴロする声だったり、唸り声のようで。感情がそのまま乗っかっていてすごい。

でも、人間社会では、そこまで感情をあらわにすることはよろしくないのでしょう。

なぜ信長は何度も裏切られたのか『不器用すぎた天下人』を読めば疑問がスッキリ

続きを見る

 

貧しい人を救うための金が鉄砲に

駒が芳仁丸製造を取り仕切っているところへ、東庵が何か持ってきます。

公方様に使えるお侍が見えて、これを駒に渡して欲しいと、ずいぶん急いでいたそうです。

受け取ったのは虫かごです。

そこには文がありました。

「公方様からの文だ。今まで渡した金、全部使って鉄砲を買うと。戦に勝ったら返すって……」

駒と心が通じ合っていた義昭は、もう消えました。

貧しい人を救うための金が、人を殺し、戰をする鉄砲に変わってしまう。残酷極まりない運命の転変が、そこにはあります。

光秀は鵠を持参し、そんな義昭に面会を果たしていました。

しかし義昭は、この鵠はもう受け取るわけにはいかぬと言う。光秀が理由を問うと、こう言い切ります。

信長との戦を覚悟したのだと。

光秀が「公方様!」と投げかけると、その理由を語ります。

十七箇条の意見書――罵詈雑言だ。

帝への配慮が足りぬ、将軍の立場を利用し、金銀を溜め込んで、まことに恥ずべきであると。

もはや我慢ならぬ!

そう吐き捨てます。

義昭の心を蝕み壊していったのは、摂津晴門かもしれない。けれども、ひび割れた心を完全に破壊し、叩き割ったのは、信長の鋭すぎる言葉でした。

そして義昭は、おそろしいことを告げる。

今、信玄が上洛の途上である。朝倉、浅井が信玄と信長を挟み撃ちにする。徳川を破り、松永が敵に回った。信長の命運は尽きた! そう宣言するのです。

光秀は苦しげに、松永を敵に回すようにはかられたのは公方様ではございませぬか、そう問いかけます。

「はかったとは何事!」

「申し訳ございませぬ」

 

十兵衛は籠から出た鳥じゃ

そう。信長包囲網については、認識がおかしいところがある。

義昭が汚いだの卑劣だの言われますが、そもそも上下関係をぶち壊して指揮系統をぐちゃぐちゃにしているのは、信長です。

これが例えば『三国志』ですと……。

曹操は献帝を担ぎ上げ、漢王朝のためだと言い切っていろいろなことを推し進める。

それに対して、劉備や孫権はじめ他の群雄は「皇帝をむしろ下に見て操っているくせに、とんでもない奸臣め!」と非難するわけです。

皇帝が何かしたとすれば、それに異議を唱える側がおかしい。

幕府という秩序があるからには、信長と義昭の関係もそうなるはず。

三英傑で信長が優れているということから、信長視点で物事を見てしまうのは仕方のないことです。

けれども考えてみれば、ここで義昭が「はかったとは?」と気色ばむのは当然でしょう。

本来、主君が家臣に対してはかったも何もないのだから。

義昭は、上洛の際に信長からはひとかたならぬ恩を受けたと振り返ります。

それなのに、今は帝、帝、御所ばかり。武家の棟梁として振る舞う。そう宣言するのです。

三淵藤英は、光秀にも決断を促してくる。公方様との新しき世のため、馳せ参じていただきたい。

光秀は戦に馳せ参じろと改めて言われて驚いている。信長様と戦えというのか、と驚愕です。

藤英はさらに迫る。

明智様は今や、幕府にとってはなくてはならぬお方。なんとしてもご決心いただきたい!

光秀は涙を滲ませ、こう返すしかありません。

「公方様、どうか今一度、今一度、お考え直しを!」

「決めたのじゃ。わしは信玄とともに戦う。信長から離れろ。わしのためにそうしてくれ」

「公方様! それはできませぬ!」

「十兵衛」

「御免!」

立ち去る光秀。幕臣たちが追いかけようとすると、義昭は「追うな!」と止めます。

「十兵衛は鳥じゃ。籠から出た鳥じゃ。また飛んで戻ってくるやも知れぬ」

そして元亀4年(1573年)3月、将軍・足利義昭は、畿内の大名を集め信長に対して兵をあげたのでした。

 

MVP:鳥としての光秀

珍しき鳥と帝の前でたとえられ、義昭からも鳥と呼ばれる光秀。

麒麟が到来を告げるために飛ぶ鳥は、じっとしてはいられません。

幕府と公方様のもとで、麒麟が到来する世を作る。けれども、この公方様ではそれができない。ゆえに飛び去るしかない。

飛び去るとき、鳴く声は悲しい。けれど追いかけても仕方ない。

そういう人でありながら、鳥である悲しみと虚しさ、見ていて心まで冷え冷えとするほどの深みを、今回も長谷川博己さんが見せてきました。

彼の集大成、ひとつの到達点があります。

そんなわけで、漢籍大好きな本作にあわせて、鳥をテーマにした漢詩でも。

雀を救う誰かがいるのか?

剣を持った人物はいるのか?

剣を手にして救う少年となり得るのか?

それともとらわれた誰かを見ているだけなのか?

そこを踏まえると、光秀の状況にぴったりかもしれませんよ。

『野田黄雀行』曹植

高樹多悲風
高樹 悲風多く
高い木には悲しい風が多く吹きつける

海水揚其波
海水 其の波を揚ぐ
海水が荒い波を立てている

利劒不在掌
利剣 掌(て)に在らずんば
鋭い剣がこの手になければ

結友何須多
友と結ぶに何ぞ多きを須(もち)いん
友を多くもつこともできまい

不見籬間雀
見ずや籬間の雀
見ろ、あの垣根にいるとらわれの雀を

見鷂自投羅
鷂(たか)を見て自ら羅(あみ)に投ず
鷹を見て自ら網に飛び込んでしまった

羅家得雀喜
羅(あみ)する家(ひと)は雀を得て喜び
網を仕掛けた人は雀を得て喜んでいるが

少年見悲雀
少年は雀を見て悲しむ
少年は雀を見て悲しんでいる

抜剣払羅網
剣を抜きて羅網をはらい
剣を抜いて網を切り払い

黄雀得飛飛
黄雀、飛び飛ぶを得たり
雀はやっと飛び去ることができた

飛飛摩蒼天
飛び飛びて蒼天に摩(ま)し
高く飛び去って青空を進み

来下謝少年
来り下りて少年に謝す
くだってきて少年に感謝を告げた

人間の状態や心理を、鳥や虫といった小動物にたとえる――東洋の伝統的な発想であり、漢籍に頻出する考え方です。

これは池端俊策さんが心底漢籍を愛しているがゆえの作風なのでしょう。

アリバイ的に使うのではなく、心の底から愛好していないとなかなか出てこない発想を感じます。

最近「どうして漢文を習うのか?」といった提言を見かけますが、非常に簡単なことです。

漢文を読めないと、日本史も理解できなくなる!

それだけのことです。

 

総評

このドラマは難易度がかなり高い。というのも、漢文解釈という意味でも。

水を渡り 復(ま)た水を渡り

花を看(み) 還(また)花を看る

春風 江上の路

覺えず 君が家に到る

『胡隠君を尋ぬ』
高啓(1336-1374)

何気ないようで、なかなか奥深い。

それどころか、怖い。

というのも、漢籍ではしばしば「友」に深い別の意味があるともされるので。

一例として『論語』の「朋遠方より来る有り、また楽しからずや」があります。

遠くから友達が来ると楽しいよね!

そういう意味だと解釈されてきましたが、それだと前後の文とちょっと意味が合わない。

学んだことを“友”とする。それがまた思い出されてくる。そのことが喜ばしい。かつての自分自身を“古くからの友”とする。自分自身の本質を思い出すこと。それって素晴らしいのではないか? 学びが身につくその喜びよ――。

そういう解釈もできるわけですね。

つまりこの漢詩も、川を渡り、花を見る。そうして自然と親しんで無心に時を過ごすうちに、自分の本質を思い出す。そういう解釈もできるかもしれない。

でも、それって結構怖いかもしれないことも、考えておきたいのです。

たかが詩の解釈のようで、相手の精神性や思考力もわかる。今回は、人間の本質への旅のような問いかけがありました。

義昭が完全に元の自分を見失い、迷走していること。それは光秀や駒への態度からも見えてきます。

三淵藤英は喜ばしいことと受け止めているけれど、光秀からすれば無理矢理別の姿を演じているようで、痛々しくてならないのです。

一方で、譲れない信念がある人物も示される。

帰蝶から十兵衛は十兵衛と言われた光秀。彼は頑固です。

美濃を追い出されて流浪しようと、高政に屈しない。信長の仕官の誘いも断る。帰蝶や駒からの好意もまったく気にしていない。強い信念がある。

義昭が迷走し、目が濁ってきているのに、信長はキラキラとまた透き通った目をしている。

彼はあまりにもぶれなくて、光秀や帝のような迷いすらない。

が、それはそれで怖い。狙いを定めたら一気に噛みつき、血飛沫をあげる。そんな虎の爪と牙を持って生まれてきた、圧倒的な孤独も感じます。

本人は、自分を猫だと思って、遊ぶつもりで周囲にじゃれついてしまう。

そうなったら、どうなるのか?

本能寺まで劇中でも10年を切りました。

だんだんと見えてきましたね。

光秀も、信長も。松永久秀が見抜いたように、同じ根から生えたもの。確固たる己自身があり、それを変えるくらいならば消えた方がよいのでしょう。

義昭のように、偽りの己の仮面をかぶって生きるくらいなら、この世界を去るまで。

そういう譲れない二人が同時に存在することができないとなれば、結末は見えてきます。

光秀と信長のような、ぶれない自我は何か?

今何かと話題、今年最大のヒットである『鬼滅の刃』劇場版にも出てきます。

夢に入り込む鬼は、夢を通して人間の意識に入り込む。その意識の奥にある核を壊せば、人間の意識そのものが破壊されてしまう。

そういう仕組みがあるのですが、稀にいる「我が異様に強い人物」は、無意識下にまで人格が割り込んできて、邪魔してくる。

それが善逸ですね。信長もそうなのでしょう。

我妻善逸
我妻善逸が義勇をも上回る人気の秘密は「強さと成長」がカギ|鬼滅の刃

続きを見る

あるいは、無意識下でまで透き通っていて、それゆえかえって相手が参ってしまう人物もいる。

炭治郎ですね。光秀はこちらで。

本人ですら自覚できない、そんな無意識が強固な二人。そのぶつかり合いが、今後待ち受けています。

人間の心、意識そのものをどう描いてくか?

それが2020年代の課題なのでしょう。

『アナと雪の女王』のエルサも「未知の自分を探す!」と旅立つわけです。

人間の精神という深い淵に潜む龍とは何か?

そこを問い詰めることこそが、今、求められているとみた!

私が気になるのは、脚本協力で毎回出てくる岩本麻耶さんですね。

池端さんが素晴らしいことはわかった。けれども、そういう精神領域のブラッシュアップはこの方がしているのかと思うのです。

怖いドラマですね。演じる方もきっと大変だと思います。

作る側が、この役者さんなら引き出せるという台本を渡してくる。自分の内面、無意識下には、こんな性質があったのか、それを引き出されているのか。

そう戸惑い演じていると、その通りだとビリビリしてくる。そういう瞬間があるのではないかと思いますよ。

私も正直、時々おそろしいから本作は勘弁してくれと思います。

信長はまあ、予測範囲内というか、やらかしも含めてわかりやすさがある。一番理解ができる。サイコパスだのなんだの言われていますが、がんばりやさんでしょう。ちょっと手加減できないだけで。

それよりも秀吉が毎回怖すぎて、それこそ「夢に出てきた。おそろしい夢じゃ」と言い出しそうで戦慄しています。

 

オススメの歴史劇

2020年下半期『おちょやん』につきましては、筆者のnoteで掲載することとなりました。そちらをご覧ください。

『麒麟がくる』を理解するうえで、オススメの歴史劇を見つけました。

◆『三国志 Secret of Three Kingdoms』(原題:三国機密之潜龍在淵) BL三国志か、それとも?(→link

BL三国志だのなんだのふざけていますが、こちらが本物の「新解釈・三国志」ですね。

何が新解釈か?

蜀漢正統論に対する疑念をきっちり解釈しているところ。

曹操が皇帝にならかった理由も、劇中で新解釈されています。

美男美女だらけという売り文句もありましてその通りですが、考証や最新学説の繁栄も素晴らしい。

そしてこの作品は、実在するとはいえ女性の人物をほぼオリジナルキャラクターのように動かします。

官渡の戦いも舞台裏から描き、赤壁の戦いに至っては、豪快にすっ飛ばします。

合戦以上に描くものがあると示す。それは人の心、心理状態ではないか? そんな問いかけがある。

今後最先端となる歴史劇であり、かつこれを見れば『麒麟がくる』はじめ大河理解も深まるはずです!


あわせて読みたい関連記事

正親町天皇
正親町天皇の生涯|過酷な戦国時代で信長や秀吉とはどんな関係を築いた?

続きを見る

明智光秀の肖像画
史実の明智光秀はドラマのような生涯を駆け抜けたのか?本能寺までの足跡を辿る

続きを見る

織田信長
織田信長の生涯|生誕から本能寺まで戦い続けた49年の史実を振り返る

続きを見る

『長篠合戦図屏風』に描かれた佐久間信盛
佐久間信盛の生涯|なぜ織田家の重臣は信長に追放されたのか?退き佐久間の末路

続きを見る

柴田勝家の肖像画
柴田勝家はなぜ秀吉に敗れたのか「鬼柴田」と恐れられた織田家宿老の生涯

続きを見る

【参考】
麒麟がくる/公式サイト

TOPページへ


 



リンクフリー 本サイトはリンク報告不要で大歓迎です。
記事やイラストの無断転載は固くお断りいたします。
引用・転載をご希望の際は お問い合わせ よりご一報ください。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-麒麟がくる感想あらすじ

右クリックのご使用はできません
目次