後鳥羽院が硯に向かって何かを記し「こんなものか」と満足げな表情を浮かべています。
なんでも火事で燃えた内裏殿を建て直すとのことで図面を引いている。
背後には藤原兼子と慈円の姿もありました。
内裏に覗き穴をつけ「外を見てやる」とニタリと笑う後鳥羽院。
慈円が「覗けるということは覗かれること」だと返すと、兼子がこう続きました。
「実朝は内裏の修理を引き受けるだろうか?」
引き受けると後鳥羽院は確信。同時に、坂東武者には重い負担になるだろうと悪だくみをする顔でほほえみます。
それを北条義時がどう乗り切るか?
最近調子に乗っているからお灸を据えてやろうという算段のようです。
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土木工事を課して勢力を削ぐ――このやり方は、後に色んな場面で引き継がれましたね。
『麒麟がくる』では、御所の修理に大名がどれだけ金を出したか、斎藤道三が語っていました。そこであの今川義元よりも多額の金を出していた織田信秀が、今後のびると道三は見立てていたのです。
江戸時代を迎えては、今度は「城の工事」が各地の藩主に課されましたね。
それ以外にも参勤交代や江戸屋敷の整備、官位の売買など。
大名は何かと金のかかる生活に追い込まれてゆきました。
御家人の不満が義盛に集ってゆく
義時は事実上の指導者として将軍実朝を圧倒する。
その決意の固さは怯えの裏返しなのか、義時――。
長澤まさみさんがそう語る中、穏やかな日々に終わりを告げた鎌倉の物語が始まります。
御家人たちの不満に耳を傾けるのは、見事なひげをたくわえた和田義盛。
なぜ、ほったらかしにしていた建物を直さねばならんのか? 上皇様が命じたとはいえ、他にもやることはある!
今にも爆発しそうな御家人たちが並んでいます。
一人離れたところに座っていた八田知家が、彼らから意見を求められると、立ち上がりながら断言しました。
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「命じられた仕事はこなす。俺はそういう男だ……ただし、相手が坂東に限る」
これには御家人たちも同意しかないようで、
「そうだ、坂東に限る!」
「坂東しかやらんぞ!」
「俺たちは坂東武者だ!」
荒々しく結束して不穏な空気が漂います。
確かに後鳥羽院は巧みだ。義時の足の裏を炙るようなことを始めました。
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その義時は、弟の北条時房から「内裏の件で御家人が不満を募らせている」という報告を受けています。
言わせておけばいい。
とはいえ、義盛の館で好き勝手に盛り上がっているとなると、不満分子の旗頭になる危険性があることは義時も承知しているようで、ため息が出てしまう。
そんなとき一つの事件が起こりました。
泉親衡の乱
事件とは?
いわゆる【泉親衡の乱】のことでした。
信濃小県の武士が仲間を集め、御所を襲って北条義時を殺そうと企んだのです。
三善康信からそう聞かされても、さほど動揺していない義時。
二階堂行政が、関連した者の名前を把握しており、大江広元がどうするか?と促します。
とりあえず全て捕らえて、厳罰に処す――義時がそう決断しますが、ひとつ困ったことがありました。
事件関係者の中に、和田義盛の身内の名前があったのです。
子息が二人、甥が一人。
和田義盛の子・和田義直が謝っています。
義盛はそもそも「泉なんとか」が誰かすらわかっていない。
どうやら甥の和田胤長が所領に戻る途中、声をかけられたとのことで、「いかに北条が汚い手を使ってきたか」と聞かされるうちに、気がついたら仲間に加わっていたそうです。
和田義重は平太(胤長)に誘われて聞きに行っただけだと弁解しますが……なんだか胡散臭い話ですね。
「泉なんとか」とは何者なのか?
いずれにせよ身内がトラブルに巻き込まれ、黙っちゃいられないのが和田義盛。
あとは任せろ、義盛が頭を下げりゃあ、大抵のことはなんとかなる! と言い切ります。
それにしても事件の大元である「泉なんとか」が問題でしょう。大江広元も気になっているようで、義時にこう告げています。
「乱の中心にいた泉親衡を調べても、霞のように消えてしまった。西からの雅なにおいがします」
上皇の企みか? しかし、上皇は鎌倉殿のことを気に入っている。
嫌っているとすれば……
「私か」
思わず義時が苦笑します。
上皇が嫌っているのは、実際に政を動かしている北条。その事実を御家人に浴びせ、揺さぶりをかけることで勢力を排除しようとしているのではないか?というのが広元の見立てでした。
坂東の北条と、京都の上皇がぶつかりあう。華夷闘乱の運命が確実に近づいてきていますね。
泉親衡とは結局誰だったのか?
突然現れ、御家人たちを唆し、フッと消えた――まるで霞のような男のために動乱が巻き起こるのですが、なんとその正体は源仲章でした。これはあくまでドラマ上の設定ですので、そこはご注意ください。
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本作はつくづく「兵形象水(兵の形は水に象る)」だと思えます。
『孫子』「虚実篇」由来で「軍隊に定まった形はなく、敵の情勢や戦い方に合わせて対応すれば勝利を得られる」という意味ですね。
逆に、たとえ根拠が弱くてもいざ心が取り込まれて乗っかってしまうと、どんどんそっちの方向へ流されてしまう。
では、その流れを生み出すものは何なのか――人の心とは、実に恐ろしいものです。
息子は無罪 甥っ子は処罰
義盛が、俺の顔に免じて許してくれと頼み込んでいます。
本気じゃない、つい調子に乗っちまった、戦を起こす気なんてない、俺が言うんだから間違いねぇ!
そう言った矢先から、正反対でのことを並べる。
「俺は皆に頼まれて来てるんだ。いい返事がねえんだったら、こっちにも覚悟がある!」
もはや脅迫です。
理屈も何もない。義盛は北条時政と同程度の段階で止まってしまった。
人間としては嫌いではないけれど、幕府の侍所の頂点にいると考えるとこれはどうなのか?
義時の気持ちもわかります。せめて武装解除とか、人質を差し出すとか、何らかの保証を持ってくるのが筋でしょう。
義盛はなおも続けます。
「相撲で決めようじゃねえか!」
相撲が駄目ならば戦しかねえ。戦か相撲か。結局、腕力じゃないですか。
いきりたってもらっては困る、まとまる話もまとまらぬ――義時がそういなすと、義盛は二度とこういうことなんかならぬよう、眉毛を剃らせようかと提案します。
俺も両方剃るとかなんとか……思わず義時も吹き出してしまいます。和田殿の顔を見ていると、真面目に話しているのが馬鹿馬鹿しくなると。
「よく言われる」と義盛自身がそう返すんだから、もうどうにもなりません。
二人の間へ入るように時房が処罰の内容を読み上げました.
四郎義直と五郎義重はお咎めなしですが……。
「この男だけはそうはいかぬ。和田平太胤長……」
義盛の甥に対しては厳しい処断がくだされることとなりました。騒動のキッカケを作った人物ですので仕方のない話でしょう。
義盛は、なおも“かわいい甥っ子”を庇おうとしますが、相応の罰を受けてもらうと義時が突き放す。
「小四郎、つれないこと言うなよ!」
そう懇願しても、命を取らぬだけよしとしようと時房も繰り返すだけ。
確かに義盛は愛嬌たっぷりですが、もう少し深く真面目に事態の重さを考察すべきでしょう。それこそ眉剃りでなく、剃髪して出家しては? 岡崎美実という前例もあります。
自分の価値を本当に知っているのならば、そうして嘆願することもできたはず。
それが相撲だの眉剃りだのでは、まるで成長していない。ふざけているのか?
思わず義時の気持ちになってイライラしてしまいそうです。
98人の和田義盛
そのころ和田邸では、巴御前が義盛の子の多さに驚いておりました。
「義母上!」
叫ぶ大勢の義盛の子たち。明日、この大勢で御所へ出向いて、平太を許すよう訴えるのだそうです。
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これだけの髭面が押し寄せれば小四郎もわかってくれると言う義盛ですが、何の根拠もないところが痛々しい。
確かに、相手が時政ならばグッとくるかもしれない。
実朝だったら許す。
しかし相手は、義時です。むしろ威圧と取られかねない。
と、そこへ暗い顔の朝比奈義秀がやってきました。どうにもうかくいかねえ、とか、せめて一目だけでも娘に合わせてやろうと、和田胤長を案じています。
「煩わしい……実に」
やはりため息をついてしまう義時。
大江広元は、上総広常を思い出すと声をかけました。
「同じことを考えていた」
和田は今や御家人の最長老であり、最も頼りになるものが最も恐ろしいと義時が続けます。
となると……よい機会かもしれない。義時と広元の意見が一致します。
確かに上総介広常と状況は似ています。
広常も義盛も、圧倒的な軍事力を保有するだけでなく、人望とカリスマも備わっている。
それらをいかにして消すか……ということですが、かつて義時は眼の前で広常が殺されたとき、大いに動揺し、苦悩していた。
それがです。今やあっさり始末する側に回っています。
時房が慌てて義時のもとへ。
なんでも無数の和田義盛が集まっているとか。
赦免を求め、実に98人もの和田一族が御所へ来たのです。
政所で皆が話し合います。
和田義盛の甥・和田胤長はすでに陸奥へ流罪と決まっている。
ここで和田一族の訴えを聞き入れ、許したら、今後、同様の事態が頻発する可能性があり、とても対応できない。
息子は許したのに何が不満なのか!と二階堂行政が憤っていますが、確かにその通りで、もはや義盛の話の通じなさは煩わしいとしか言いようがないのです。
「慌てるな、考えがある」
義時はそう返しますが、いったいどんな策が……。
”無数の義盛“の前に、縛られた和田胤長が引き立てられてきました。
義時の策とは挑発。あまりに酷いと言えばそうでしょう。
「平太! 平太!」
鎌倉殿に会いたいという訴えを時房が遮り、平太と呼ぶ声が虚しく響く。
和田一族が不憫でならない。感情面から考えればそうなりますが、そもそも訴え方がおかしいのも事実。もしもこんな要望が通ったら秩序も何もなくなってしまうでしょう。
義盛、頼みの綱である鎌倉殿はどう対応するのか?
のえ(伊賀の方)はりく(牧の方)のようだ
源実朝は、千世と共に大根の葉の処理をしていました。
政子と実衣が同席していて、大根汁作りの下拵えをしている様子。
歯を使って処理する実衣に向かって、人の口に入るものだと政子が嗜めると、どうせ煮るのだからと開き直っています。
一方、意外と手慣れている実朝を政子が誉めると、昔、爺様こと北条時政に教えてもらったとのこと。
実衣が、実朝と千世を見てお似合いだとしみじみ語り、尼御台も孫の顔を見たいだろうと重ねて促します。
見たくないといえば嘘になるけれども、仕方ない。
政子がそう返事をすると、思わず千世が、私のせいで申し訳ないと謝ってしまう。
この後、政子と実衣だけになって話し合います。
産めなかったら仕方ないと伝えても、ならば後継はどうするのか?と実衣が迫る。
政子は「養子を取ればよいだけだ」とキッパリ。
その場には、義時の後妻・のえ(伊賀の方)もいて、二人は彼女の手つきを見ています。
まったく大根葉の処置ができていない。都育ちなのに……と呆れると、育ちがよいと細かいことに気が利かないとのえが返します。
確かに、そういう可能性は否めませんが、彼女も義時の妻として一定の年数が経過しています。それなのにできないとは……。
鎌倉殿はどうして側室を持たれないのか?と、のえが探りを入れます。
律儀だから上皇様に申し訳ないと思っているのだろうと答える政子。
源氏の嫡流は女好きのはずなのに、父親とは正反対。極端で間がないと実衣が嘆いています。彼女の夫・阿野全成も女性問題はありませんでしたね。
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そもそも鎌倉殿は源氏の血筋でないと駄目なのか?
いつしか話はそっちの方向へ傾き、のえが小四郎殿にも立派な息子が何人もいると言い始めます。「よしなさい」とたしなめられても、北条がなるべきだと引かない。
政子と実衣は、あのお騒がせな義母・りくを思い出すのでした。
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のえの野心はもう察知されていますね。
家事をろくにしていないことを指摘され、マウンティングの道具に転化しましたが、どうにも危うい。
木簡好きの次男坊はどこ行っちまった
甥の平太が縛られたまま、目の前に引き立てられた。
あまりにも屈辱的な仕打ちに対し、和田義盛が誰かに愚痴っています。
小四郎が思いつきそうなことだと相槌を打つのは三浦義村。
「変わっちまったよなぁ。蔵の中で黙って木簡をいじってたあの次男坊はどこにいっちまったんだ」
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確かに義時は変わりました。
が、歳を重ねても何ら変わらず、幼稚なことばかりしている義盛にも問題はあるでしょう。
不満たらたらの義盛に対し、義村が力になってやってもいいと持ちかけます。いっそのこと北条を倒して、俺たちの鎌倉を作るとまで言い出す。
和田が鎌倉殿で三浦が執権。
そう言うと義盛も笑い出しますが、どうやら義村は“結構”本気らしい。
和田義盛が立ち上がれば多くの者がついてくる。御所に攻め入って鎌倉殿を救い、義時の首を取る。
北条だけが得をする世の中を、俺たちが変えるんだ!――そう気炎をあげるものの、どうにも聞き覚えがある。
序盤で平家に対し、北条宗時はじめとする坂東武者がそう息巻いてましたね。
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やはり義盛は進歩がありません。
と、そこへ巴が来て、何か囁きます。
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慌てて出ていく義盛。
和田胤長の病弱な娘が布団に横たわり、苦悶の表情を浮かべています。父に再会できぬまま、彼女は息を引き取ってしまいました。
「この小さな悲劇が、義盛の背中を押した」
そう語られるのですが……いけません。人の上に立つ者が、そういう些事(と、敢えてここでは言います)で動いてはならない。
泰時の主張も正しい
北条泰時が、父に、なぜそこまで追い詰めるのかと食ってかかっています。
何も間違っていないと開き直る義時。
泰時はこのままでは戦になると嘆き、ハッと気付きます。
「読めました! 読めました! 父上はそのおつもりだったんですね」
義時は北条体制を磐石にするため、和田に死んでもらう狙いを告げます。
泰時が「和田殿が何をしたというのか!」と一歩も引きませんが、父は将来を見据えて決断している。
自分が生きている間はいい。けれど10年、20年後……必ず和田一門が立ちはだかる。
だから今のうちに手を打っておくと淡々と語ります。
「私のため……」
「そうだ」
「馬鹿げています!」
泰時はそう言い切り、誰もが平和で暮らせる安寧な世にすると言います。
口で言うのはたやすい。義時が現実を見ろとでも促すと、それでも
「父上は間違っている!」
と泰時は一向に譲歩が出来ず、義時から泰謹慎を申し付けられるのでした。
さて、どちらが正しいのでしょうか。
幼い我が子を見て悩んでいた姿を思い出せます。上総広常が死んだ後、「ぶえいぶえい!」と泣く息子を見て愕然としていた。
泰時の主張も、一見、理想主義者のたわごとのようで実は正しい。さすが堯舜(古代中国の聖王)のようだと言われただけのことはあります。
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泰時には具体性があり、ただ単に、ええかっこしいをして平和への願いを叫ぶ、そういう空虚な大河ヒーローとは違います。
そして、この葛藤、悩みの一つ一つが彼の思考を深め、後に【御成敗式目】を定めるようになった。
法律さえあれば、防げる悲劇もある――そういう泰時像をきっちり演じる坂口健太郎さんが今週も素晴らしい。誠意そのものです。
かといって、父の北条義時が全て間違っているとも思えません。
彼の与えられた天命は、血を流し、世を切り拓いていくものなのでしょう。
感情は捨て置き勝利にベットする義村
三浦胤義は、兄の義村に理解できないと語りかけます。一体どちらの味方なのか?と。
義村は小四郎に決まっているとあっさり返す。
しかし胤義は、そう見せかけて和田につくのではないかと疑っています。
「大人になったな」
おそらくや義村の本心でしょう。畠山重忠と戦う前に「黙っていろ」と一喝した時よりは成長していると認めた。
三浦胤義が、そんな兄上を好きになれないと言っても、そうやって俺は生きてきたと義村は少しも悪びれない。
上総、梶原、比企、畠山、幾人も滅んできた。三浦はまだ生き残っている。
「つまりはそういうことだ」
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しかし……そうして生きることの意味も考えてしまいます。
義村は感情的になったら破滅するとして、心を閉ざしているように思える。
カッとなったら足をすくわれる。何をされようと冷たく突き放し、勝つのはどちらか見極めるしかない。
そういう計算高いところが胤義は嫌なのだろうし、義村はそんな反発にはもう慣れきっていて、意見をぶつけられるのも鬱陶しいのではないでしょうか。
冷たい!とか、わけがわからない!とか、ただ単に「嫌だから」という感情をぶつけてきて、状況を俯瞰してどちらが有利不利なのか考えている義村を理解すらしようとしない。
なぜ、そんな連中と付き合わねばならんのか、人生とはそんなものか、と、達観しそうな義村は孤独かもしれません。
感情の赴くままに生きるなんて彼にはできないのでしょう。
そんな義村とは全く別に、和田との争いを止めたい北条泰時。
伯母である北条政子に訴えています。
このままでは和田殿は兵を挙げてしまう。そして父はそれを機に滅ぼすつもりだ。
戒めることができるのは尼御台だけしかいない。そう頼っていると、
「謹慎しろと命じたはずだ」
と義時がやってきて、泰時は退出するしかありません。そんな義時の前に政子が立ち塞がります。
和田は武勇に長けている一方、利に聡いわけではない。この先、北条の敵になることはないだろう。
和田を庇うのですが、あの男はそうでなくても周囲には担ぎ上げる人物がいる。そしてまた宗時の言葉を言い訳として持ち出します。
北条が坂東武者の頂点に立つことが目的だ、と。
さらに、姉上は政治に関わらないで欲しいと続けると、政子もキッパリと「どの口がそんなことを言うのか!」と反論します。
そもそも政に関われと言ったのは義時です。支えると言ったのだから、義時も勝手なことをするな!
「姉上に叱られたのはいつ以来でしょう」
義時が弟の顔に戻ると、政子もつい謝ってしまいます。そして義時は承知しました。尼御台の仰せだからこれ以上和田をけしかけないと。
「もう誰も死なせたくはないの」
「それは私も同じです」
姉と弟として語り合う二人。大根を処理するときの政子と実衣もそうでしたが、たまに伊豆の豪族である北条が顔を出します。
しかし……。
義村と対峙の政子 一歩ずつ距離を詰め
政子との対峙を終えた義時が、大江広元のもとへ向かいます。
そして、尼御台にはいずれわかってもらう、和田を焚きつける手を思いついたと言い放つ。
政子も、そんな義時の考えを察知していたのでしょう。
彼女は彼女で義村を呼び出し、小四郎が和田を滅ぼすつもりだと訴えます。
義村は政子に理解を示しつつ、対処は難しいと答えますが、政子も簡単には引きません。
「どちらに味方するつもりか?」
そう義村に尋ね、小四郎とは固い絆で結ばれている、といった返事を引き出しますが、政子もそう単純ではありません。
「弟と違って私はすぐに人を信じないの」
本音はどこにあるのか。少しずつ義村との距離を詰めようとする政子です。
義時と義村のことを「刎頸の友」と紹介する記述を見かけたりしますが、そんな麗しい仲でもないでしょう。そして政子もそう感じているのでしょう。
もう一度、どちらに味方するか、と踏み込んでいくと、義村もしれっと言い返します。
「そう言われて向こうにつくと答える馬鹿はいない」
政子は、三浦が味方にならなければ和田が孤立するとテキパキと計算しています。そうなれば戦を回避できる。ゆえに義村にもそんな対応を求めるのですが……。
「見返りは?」
「あなたを宿老にします」
そんな独断で決められるのか。小四郎の許しはいらないのか。そう問われた政子も強気です。
「私は尼御台ですよ」
「謹んでお受けいたします」
ようやく話はまとまりました。
義村は、前回悔しがっていた様を思い出すと、自分をなるべく高く売りつけたい、値札をつけたい欲求が理解できます。価値があると示したい。
その機会を掴んで安売りしない気概が満ちていた。これぞ山本耕史さんだ。
そして政子。
「私は尼御台ですよ」と言われ、思わずウンウンと頷きたくなる、そんな迫力を出し切った。小池栄子さんが鳳凰のようだ。
政子には野心も権力欲もない。ただただ器が大きすぎて相手がひれ伏してしまう。
そういう聡明さや気量、人徳がある人物、そんな尼御台がここにいます。
思えば政子はずっと魅力的でした。
品を作って頼朝を誘惑するところ。征夷大将軍とはしゃぐところ。黒髪を伸ばし着飾った姿は美しかった。
しかし今回の、墨染の衣に尼削ぎで頭巾を被った姿はそういうことを飛び越えて尊い。小池栄子さんは最高です。
僭越ながらこのシーンを総括させていただくと、室内のスタジオ撮影の会話だけで火花を散らせ、見る側に満足感を与える――非常に良い場面だったのではないでしょうか。
費用対効果もあり、大河はもっとこういう場面づくしでもいい。この技法を突き詰めて欲しい。
そのためには脚本と、演者と、演出の実力が必要ですが、今回は全部揃っていた!
実朝と千世が歩き巫女のもとへ
北条邸では泰時が謹慎になったと寝転んでいます。
すると朝時が戻ってきていました。なんでも初がこっそり呼び戻したとか。
初は彼女なりにきな臭さを察知し、呼び戻していたようです。本作は女性の知性が出ています。
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矢部禅尼(北条泰時の妻)の不思議な魅力|三浦が滅亡するも多くの孫が執権に
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父に女絡みで追放されても力になると朝時が笑顔を浮かべると、寝転んだままの泰時が父の育児の苦悩に思いを馳せます。
泰時は謹慎。
朝時は鎌倉追放。
戦になるのか?と朝時が尋ねると、泰時はまだわからぬと返すのでした。
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義時の二男・北条朝時は史実でもダメ人間?ラブレター事件を振り返る
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源実朝が千世を連れて永福寺にいます。
二人きりで花を愛でることができないと詫びる実朝。
歩き巫女のもとへ向かいます。
側に仕えていた阿野時元が「鎌倉殿に気安く触るな!」と横槍をいれたことで、正体が判明してしまいます。
それでも歩き巫女は予言をする。
実朝と千世は互いを敬っているけれども、さみしい。幸せ3と寂しさ7。それでも寂しさ10よりはよい。
そして夢を語る巫女。
戦が始まり、鎌倉は火の海となり、死ぬ、みんな死ぬ。由比ヶ浜には髭面の首が並ぶ。
不吉な予言が語られるところへ、平盛綱が入ってきて、御所に戻るよう伝えてきます。
そのころ義時の挑発が炸裂します。
和田胤長の館が没収されました。こういうときは同族に渡されるはずが、義時のものになった。
実朝も耐えきれず義時を糾問します。
そんなことをすれば義盛が怒る!と詰問すると、義時はそれが狙いだと返します。
なぜか?
戦には大義名分が必要である。謀反を起こせば鎮圧できる。
そう迫ると実朝は「ならぬ」と返すばかり。
義時は聞き流すようにして、実朝には「出歩かず、いつものように御所でゆっくりしていろ」と一方的に言い放ち、あとは私が対処すると伝えるのでした。
義時は何に怯えているのか
和田が挙兵する。きな臭い噂はいよいよ抜き差しならぬものとなり、鎌倉の御家人も武装を始めます。
それでも実朝はなんとかして止めたい。
そう実朝に訴えられた政子は「あの手しかない」と言い出します。
北条家に伝わる一戦一敗の秘策――と、それは女装でした。女性用の衣服に身をまとった和田義盛が御所へ。
いきりたつ義盛に対し、実朝は「死なせたくない」と訴えます。
「死なない」と義盛が返すと、実朝は歩き巫女がそう言ったと伝えるのですが……あのばあさん、近頃は誰にでも死ぬと言っているようです。
それでも実朝は折れません。
義盛の手を取り、いつまでもそばにいて欲しいと伝え、小四郎も鎌倉を思ってのことであり今度は二度と行きすぎた真似はしないよう釘を刺します。
「ウリン!」
「またうまい鹿汁を食べさせてくれ」
そう言われ、号泣する義盛です。
和田義盛こそ鎌倉一の忠臣である。それは一番わかっている。実朝の力強い言葉に義盛もついに折れました。
こうなればいざ当人同士の和解へ。
実朝を中心に、義時と義盛が並び、三人揃っての交渉が始まります。
実朝が、北条と和田あってこその鎌倉だと義時に伝え、今回は私に免じて許してほしいと懇願する。
義時も、和田殿は歴戦の強者、これ以上のことはないと納得していますし、ここはそう答えるしかないでしょう。
実朝は、義盛に御家人を束ねて欲しいと続け、せっかく久々に会えたのだから双六でもしようと誘います。
しかし、政子はまだ安心しきっていません。
義時がまだ和田を滅ぼしたいことを彼女はわかっています。
「鎌倉のためだ」という弟に対し、「鎌倉のためは聞き飽きた!」と怒りを隠さない政子。
「戦をせずに治めろ」と願いを伝えると、義時は「甘い」と答えます。
そんな弟の心を見抜いたのでしょう。政子は「何を怯えているのか?」と訴えます。
そんなことしなくとも皆をまとめていけるはずだ、と……。
政子との話が終わり、義時がやってくるのを廊下で待っていた義盛。
考えてみれば皆死んじまったと話しかけます。
残っているのは俺と平六くらい。
時の流れを感じると返す義時に「ようやく俺らは理想の鎌倉殿を手に入れたんじゃねえか?」と義盛が語りかけます。
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義時が同意すると、義盛は「ウリンが待っている」と去っていくのでした。
義村の起請文
そのころ和田邸では武装した連中で溢れていました。
あまりに遅い帰りに、父・義盛に何かあったのではないか?とざわめいています。なんせ比企能員という前例もありますからね。
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こうなれば、もはや戦しかない!
そんな風に和田軍が盛り上がる中、義村は失敗すると言い切ります。そして義盛に手を貸すなと周囲にも告げているのですが……。
義村の真意を知らない義盛の子供たちは、父を救うため攻め入る話をしています。
まずは手はず通り、大江広元の館を襲うとか。
「共に北条を倒すぞ!」
テンションは上がる一方です。
そのころ北条時房は、戦を回避できて良かったと兄に話しかけています。
和田を滅ぼすチャンスだったのに……と義時が悔しがっていると、思ってもいないくせにと言い返し、こんな言葉をつなぐ。
「和田殿が好きなくせに」
「おい!」
「和田殿が嫌いな方なんていませんよ」
鋭い時房、彼は本当に鋭い。
義盛のように愛嬌満点なタイプは好かれるし、時政にも愛嬌があった。そして時房にもありますが、それがない奴もいるわけで……。
ともあれ御所の守りを解くようにする一方、義時は、トウに和田の様子を探らせ、義村の兵を引き上げるよう命じます。
しかし、すでに計画には異変が生じていました。
義村は、巴から起請文を書くよう迫られ、断れない状況に。焼いた灰を入れた盃を飲み干すと、「もう寝返ることはできない」と、あの八田知家も告げます。さあどうなる?
義時はそのころ双六をしているのでした。
MVP:和田義盛
誰もが好き。
でも、これじゃ困る。
横田栄司さんがそれを同時に体現していて素晴らしいとしか言いようがありません。
確かに義盛はいいやつ、愛嬌があってかわいい。
でも、万事それでいいのか?というと、実際は問題行動ばかりで統治側から見たら迷惑なことこの上ない。
反省するならもっと別のやり方があるのに、一族引き連れて直訴というのもあまりにも原始的でしょう。
滅ぼしたくない、滅びるなんておかしい!
そう叫びたくなる一方で、これは仕方ないと思えた――そんな両面をきっちり出し切ったと思えます。
今年の大河は地域を振興させている
こんなニュースがありました。
◆<鎌倉殿の13人>「木曽義仲挙兵武者行列」に青木崇高、木村昴、町田悠宇ら参戦 前回の10倍の人出 口上に観衆鳥肌(→link)
青木崇高さんの木曽義仲。
額に矢を受けて死ぬというショッキングな最期でしたが、おおらかで素朴なキャラクターの義仲は非常に魅力的でした。
コロナ禍の影響があったとはいえ、前回比で10倍もの参加者を集めたのは素晴らしいですね。
近所であれば行きたかった……。
総評
最初見た時は、義時がムカつくとしか思えなかった。
それが見返すと、義時の気持ちがものすごくわかる。
初期の鎌倉政権はまだまだ教養が途上で、非常に危うく脆い。
華流ドラマ『軍事連盟』で、司馬懿が諸葛亮から、こんな風に言われる場面がありました。
飛鳥尽きて良弓蔵れ、狡兎死して走狗烹らる。『史記』
【意訳】飛ぶ鳥がいなくなればよい弓はしまわれ、素早い兎がいなくなれば猟犬は煮込まれる。
狩猟や戦場で必要とされていた有能な武器や武将は、活躍の場がなくなれば不要になる。
功臣こそむしろ危うい。
そこで司馬懿はハタと悟りました。自分もいずれそうなるのではないか?と。
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和田義盛はそれを悟り、自らの行き方、立場を変えることができなかった。
なまじ実朝と仲良しということもありますが、そんな器用にはできない姿を生々しく迫る技量が最大限に発揮されていました。
と同時に、人間は変わってよいと思えた。
義盛の言葉を聞けば、変わるのは悪いことのように思えるけれども、時代や社会情勢が動けば、義時のように変わるのもありなわけでして。義時の気持ちを理解したいとも思えます。
すごいドラマだ。
大河と「多様性の尊重」
前回の実朝に関する同性愛の描き方が賞賛される一方で、こういった反応もありました。
◆当時、同性愛は普通にあった
確かにその通りです。
そういった日本史の知識も大事だと思いますが、注目すべきはドラマとしての描き方ではないでしょうか。
なぜならば、あったものがなかったことにされてきたからです。
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◆消されてきた同性愛
北条宗時を講演した片岡愛之助さんは、『染模様恩愛御書』という歌舞伎に出演したことがあります。
これがなかなか話題作で、漫画化もされていました。
江戸時代から人気のある題材「細川血達磨」をモチーフとした本作。
この題材は衆道の愛が中心にあるのですが、異性愛カップルものに改変されました。
◆染五郎、愛之助『染模様恩愛御書』への想い(→link)
このように、古典からすら同性愛は消され、大河ドラマでも同性愛傾向のあった人物からその点が消されることが往々にしてあった。
日本史知識ではなく「現代人がどう同性愛と向き合うか」という問題でしょう。
◆腐女子サービスのはずがない
中にはこんな意見も。
「腐女子はそれとなく関係性を見出すのが好きだから、公式はやめて欲しいw そういうのは二次創作でやるからw」
こうした意見は、数年前、少なくとも十年前ならば問題にならなかったとは思います。
『西郷どん』の場合、BL二次創作を促進するような番宣を公式がしていました。
西郷隆盛が男にも女にもモテモテ!
そんなよくわからないフレーズも公式が出しておりましたので。
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こういうことを「腐媚び」と呼ぶそうです。
しかし、時代は変わりました。
そもそも大河での同性愛描写は腐女子を自称する皆様が楽しむためのコンテンツではないでしょう。
ブロマンスやBLが売りのドラマは他にいくらでもあります。
ここはひとつ『山河令』はいかがでしょう。あの実朝描写は、子ができない理由として同性愛説があることを踏まえたものです。
◆同性愛は、もう笑いものにするコンテンツでもない
時代は変わった。それは2012年『平清盛』との比較でわかります。
『草燃える』やこの作品での藤原頼長を挙げ、同性愛描写なんて昔からあったとする意見もありました。
同性愛を扱ったかどうかではなく、描き方とその受け止め方が変わった――そこが大事ではありませんか。
『平清盛』の感想や反応記事を読んでいると、結構な割合で同性愛をネタにして笑いを取りに行くものが見掛けられます。
一例を挙げますと……。
◆藤原頼長 - ニコ百(→link)
男色の逸話から、ネット上では「ホモ長」「ホモ左府」などと呼ばれてアッー!の印象が強い人物であるが、側室もおり子供もきちんと設けている。また北の方・徳大寺幸子とは夫婦仲は良好であったという(ただし子供には恵まれなかった)。
◆藤原頼長 とは【ピクシブ百科事典】 (→link)
衆道好きの頼長
この御仁いわゆるガチホモ。しかしどちらかと言えばオネエ寄り。ただ妻もいるので厳密に言えばバイ、バイセクシャルというところか・・・。
当時の朝廷や公家階級では衆道や稚児灌頂がはやっており、藤原頼長もその趣向を持っていた様である。
また藤原頼長は早い話高い位階をもつオヤジ公家への稚児や小姓の美少年に枕営業させている所があったようだ(もちろん自分で味をたしかめてなどである)。またそのようなことと引き換えに重要な政局の情報を得たりしていた。
差別用語も含まれておりますが、敢えてそのまま引用しました。
この時代は、同性愛で笑いを取りに行くネタが鉄板。
実際どういうブームが起きていたのか?
というと、2000年代、違法アップロードされた同性愛ポルノビデオや漫画がインターネットミームとなり、流行していたのです。
それを用いながら大河ドラマの感想を交わすことが、ネット強者のユーモア溢れる振る舞いでした。
改めて考えてみると、著作権違反と同性愛差別を共有し笑いにするという、あまりに酷い話です。
オンラインやんちゃ自慢の類に思えます。
そんな癖はもう必要ない。私はそう思います。
前回の実朝描写に関する意見交換でも、差別用語を用いながらのものがしばしば見られました。
そういうことはもう終わりにしてよいはず。
見る側の意識も変えることが大切ではないでしょうか。
◆多様性尊重の時代へ
今回の実朝描写が秀逸だったのは、あくまで「多様性の尊重として丁寧に描かれたからではないか?」と思います。
イロモノ扱いでもない。
サービスでもない。
ただ、人が人を愛することを丁寧に描いた。
だからこそ斬新なのです。
そしてこれは『アンという名の少女』といったドラマでも、先住民描写、フランス系カナダ人描写など、随所に見て取れます。
実際には存在したにも関わらず、いなかったことにされた存在をもう一度見つめ直す。
従軍した女性。
女性権力者。
肌の色が黒い貴族。
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そういった多様性に富む人々を再発見することが、歴史ものでの最新トレンドです。
作る側がそこに追いつこうとしているのであれば、見る側の私達もそうしたい。
2024年大河『光る君へ』では、女性同士の絆がどう描かれるのか?楽しみにしています。
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大河と「ポリコレ」
大河ドラマで多様性の尊重――というテーマに触れると、悲しいかな、こんな意見が返ってくることがあります。
「大河にポリコレを持ち込むなw」
そもそもポリコレとは何なのか?
英語だと”political correctness”だから、政治が絡んでいる必要があると思うわけですね。
となると、近年大河では2015年、2018年、2019年、2021年……と「全部お前が嫌いな大河だろ」と言われそうですが、まさにその通りで政治的な胡散臭さも嫌いな理由のひとつに入ります。
直近2021年に注目しますと、あの作品では、関東大震災後、渋沢栄一が
「社会主義者に命を狙われている」
と心配するセリフがありました。
震災後のデマの類であり、それに動じない渋沢は偉大だとでも言いたかったのか?
文面通り素直に読めば、こうなりますね。
「震災後、社会主義者は渋沢栄一を殺そうとしていた! 社会主義者は悪党だな!」
実際の震災後は『風よあらしよ』で描かれたように、伊藤野枝ら思想家が冤罪逮捕され、拷問の末に惨殺されました。思想家はむしろ被害者の側です。
一方、渋沢は大震災は驕った民衆への天罰だという持論を展開していたのでした。
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本当は怖い渋沢栄一 テロに傾倒し 友を見捨て 労働者に厳しく 論語解釈も怪しい
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なのになぜ、そんなデタラメな描き方が大河で放映されたのか?
そこを考えてみるのもpoliticalでしょう。
そもそも「ポリティカルコレクトネス」とは胡散臭い言葉です。
最終的には、抵抗勢力や少数派の口塞ぎになっていることも多い。
そういうニュアンスがあるから、個人的にはこの言葉を使う時点であまり信頼できないと感じるのですが、便宜上、私もここで使っています。
「ポリコレに屈した結果w」と草を生やしながら盛り上がるのではなく、多様性への配慮とか、Critical Race Theoryとか、もっと別の理論で話したほうがよい。私はそう思います。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト



























