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【鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第40回「罠と罠」】
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MVP:和田義盛
誰もが好き。
でも、これじゃ困る。
横田栄司さんがそれを同時に体現していて素晴らしいとしか言いようがありません。
確かに義盛はいいやつ、愛嬌があってかわいい。
でも、万事それでいいのか?というと、実際は問題行動ばかりで統治側から見たら迷惑なことこの上ない。
反省するならもっと別のやり方があるのに、一族引き連れて直訴というのもあまりにも原始的でしょう。
滅ぼしたくない、滅びるなんておかしい!
そう叫びたくなる一方で、これは仕方ないと思えた――そんな両面をきっちり出し切ったと思えます。
今年の大河は地域を振興させている
こんなニュースがありました。
青木崇高さんの木曽義仲。
額に矢を受けて死ぬというショッキングな最期でしたが、おおらかで素朴なキャラクターの義仲は非常に魅力的でした。
コロナ禍の影響があったとはいえ、前回比で10倍もの参加者を集めたのは素晴らしいですね。
近所であれば行きたかった……。
総評
最初見た時は、義時がムカつくとしか思えなかった。
それが見返すと、義時の気持ちがものすごくわかる。
初期の鎌倉政権はまだまだ教養が途上で、非常に危うく脆い。
華流ドラマ『軍事連盟』で、司馬懿が諸葛亮から、こんな風に言われる場面がありました。
飛鳥尽きて良弓蔵れ、狡兎死して走狗烹らる。『史記』
【意訳】飛ぶ鳥がいなくなればよい弓はしまわれ、素早い兎がいなくなれば猟犬は煮込まれる。
狩猟や戦場で必要とされていた有能な武器や武将は、活躍の場がなくなれば不要になる。
功臣こそむしろ危うい。
そこで司馬懿はハタと悟りました。自分もいずれそうなるのではないか?と。
三国志長編ドラマの傑作『三国志〜司馬懿 軍師連盟〜』は鎌倉殿ファンにもオススメ
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和田義盛はそれを悟り、自らの行き方、立場を変えることができなかった。
なまじ実朝と仲良しということもありますが、そんな器用にはできない姿を生々しく迫る技量が最大限に発揮されていました。
と同時に、人間は変わってよいと思えた。
義盛の言葉を聞けば、変わるのは悪いことのように思えるけれども、時代や社会情勢が動けば、義時のように変わるのもありなわけでして。義時の気持ちを理解したいとも思えます。
すごいドラマだ。
大河と「多様性の尊重」
前回の実朝に関する同性愛の描き方が賞賛される一方で、こういった反応もありました。
◆当時、同性愛は普通にあった
確かにその通りです。
そういった日本史の知識も大事だと思いますが、注目すべきはドラマとしての描き方ではないでしょうか。
なぜならば、あったものがなかったことにされてきたからです。
日本が「男色・衆道に寛容だった」という説は本当か?平安~江戸時代を振り返る
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◆消されてきた同性愛
北条宗時を講演した片岡愛之助さんは、『染模様恩愛御書』という歌舞伎に出演したことがあります。
これがなかなか話題作で、漫画化もされていました。
江戸時代から人気のある題材「細川血達磨」をモチーフとした本作。
この題材は衆道の愛が中心にあるのですが、異性愛カップルものに改変されました。
◆染五郎、愛之助『染模様恩愛御書』への想い(→link)
このように、古典からすら同性愛は消され、大河ドラマでも同性愛傾向のあった人物からその点が消されることが往々にしてあった。
日本史知識ではなく「現代人がどう同性愛と向き合うか」という問題でしょう。
◆腐女子サービスのはずがない
中にはこんな意見も。
「腐女子はそれとなく関係性を見出すのが好きだから、公式はやめて欲しいw そういうのは二次創作でやるからw」
こうした意見は、数年前、少なくとも十年前ならば問題にならなかったとは思います。
『西郷どん』の場合、BL二次創作を促進するような番宣を公式がしていました。
西郷隆盛が男にも女にもモテモテ!
そんなよくわからないフレーズも公式が出しておりましたので。
薩摩趣味(薩摩の男色)を大河ドラマ『西郷どん』で描くことはできるのか?
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こういうことを「腐媚び」と呼ぶそうです。
しかし、時代は変わりました。
そもそも大河での同性愛描写は腐女子を自称する皆様が楽しむためのコンテンツではないでしょう。
ブロマンスやBLが売りのドラマは他にいくらでもあります。
ここはひとつ『山河令』はいかがでしょう。あの実朝描写は、子ができない理由として同性愛説があることを踏まえたものです。
◆同性愛は、もう笑いものにするコンテンツでもない
時代は変わった。それは2012年『平清盛』との比較でわかります。
『草燃える』やこの作品での藤原頼長を挙げ、同性愛描写なんて昔からあったとする意見もありました。
同性愛を扱ったかどうかではなく、描き方とその受け止め方が変わった――そこが大事ではありませんか。
『平清盛』の感想や反応記事を読んでいると、結構な割合で同性愛をネタにして笑いを取りに行くものが見掛けられます。
一例を挙げますと……。
◆藤原頼長 - ニコ百(→link)
男色の逸話から、ネット上では「ホモ長」「ホモ左府」などと呼ばれてアッー!の印象が強い人物であるが、側室もおり子供もきちんと設けている。また北の方・徳大寺幸子とは夫婦仲は良好であったという(ただし子供には恵まれなかった)。
◆藤原頼長 とは【ピクシブ百科事典】 (→link)
衆道好きの頼長
この御仁いわゆるガチホモ。しかしどちらかと言えばオネエ寄り。ただ妻もいるので厳密に言えばバイ、バイセクシャルというところか・・・。
当時の朝廷や公家階級では衆道や稚児灌頂がはやっており、藤原頼長もその趣向を持っていた様である。
また藤原頼長は早い話高い位階をもつオヤジ公家への稚児や小姓の美少年に枕営業させている所があったようだ(もちろん自分で味をたしかめてなどである)。またそのようなことと引き換えに重要な政局の情報を得たりしていた。
差別用語も含まれておりますが、敢えてそのまま引用しました。
この時代は、同性愛で笑いを取りに行くネタが鉄板。
実際どういうブームが起きていたのか?
というと、2000年代、違法アップロードされた同性愛ポルノビデオや漫画がインターネットミームとなり、流行していたのです。
それを用いながら大河ドラマの感想を交わすことが、ネット強者のユーモア溢れる振る舞いでした。
改めて考えてみると、著作権違反と同性愛差別を共有し笑いにするという、あまりに酷い話です。
オンラインやんちゃ自慢の類に思えます。
そんな癖はもう必要ない。私はそう思います。
前回の実朝描写に関する意見交換でも、差別用語を用いながらのものがしばしば見られました。
そういうことはもう終わりにしてよいはず。
見る側の意識も変えることが大切ではないでしょうか。
◆多様性尊重の時代へ
今回の実朝描写が秀逸だったのは、あくまで「多様性の尊重として丁寧に描かれたからではないか?」と思います。
イロモノ扱いでもない。
サービスでもない。
ただ、人が人を愛することを丁寧に描いた。
だからこそ斬新なのです。
そしてこれは『アンという名の少女』といったドラマでも、先住民描写、フランス系カナダ人描写など、随所に見て取れます。
実際には存在したにも関わらず、いなかったことにされた存在をもう一度見つめ直す。
従軍した女性。
女性権力者。
肌の色が黒い貴族。
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そういった多様性に富む人々を再発見することが、歴史ものでの最新トレンドです。
作る側がそこに追いつこうとしているのであれば、見る側の私達もそうしたい。
2024年大河『光る君へ』では、女性同士の絆がどう描かれるのか?楽しみにしています。
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大河と「ポリコレ」
大河ドラマで多様性の尊重――というテーマに触れると、悲しいかな、こんな意見が返ってくることがあります。
「大河にポリコレを持ち込むなw」
そもそもポリコレとは何なのか?
英語だと”political correctness”だから、政治が絡んでいる必要があると思うわけですね。
となると、近年大河では2015年、2018年、2019年、2021年……と「全部お前が嫌いな大河だろ」と言われそうですが、まさにその通りで政治的な胡散臭さも嫌いな理由のひとつに入ります。
直近2021年に注目しますと、あの作品では、関東大震災後、渋沢栄一が
「社会主義者に命を狙われている」
と心配するセリフがありました。
震災後のデマの類であり、それに動じない渋沢は偉大だとでも言いたかったのか?
文面通り素直に読めば、こうなりますね。
「震災後、社会主義者は渋沢栄一を殺そうとしていた! 社会主義者は悪党だな!」
実際の震災後は『風よあらしよ』で描かれたように、伊藤野枝ら思想家が冤罪逮捕され、拷問の末に惨殺されました。思想家はむしろ被害者の側です。
一方、渋沢は大震災は驕った民衆への天罰だという持論を展開していたのでした。
本当は怖い渋沢栄一 テロに傾倒し 友を見捨て 労働者に厳しく 論語解釈も怪しい
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なのになぜ、そんなデタラメな描き方が大河で放映されたのか?
そこを考えてみるのもpoliticalでしょう。
そもそも「ポリティカルコレクトネス」とは胡散臭い言葉です。
最終的には、抵抗勢力や少数派の口塞ぎになっていることも多い。
そういうニュアンスがあるから、個人的にはこの言葉を使う時点であまり信頼できないと感じるのですが、便宜上、私もここで使っています。
「ポリコレに屈した結果w」と草を生やしながら盛り上がるのではなく、多様性への配慮とか、Critical Race Theoryとか、もっと別の理論で話したほうがよい。私はそう思います。
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※著者の関連noteはこちらから!(→link)
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文:武者震之助(note)
絵:小久ヒロ
【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト