乱世に偉大なる指導者現る。その名は瀬名である――。
松平信康「慈愛の国実現に向けて、努力されてきた瀬名様に敬意を表します!」
於大「慈愛の国のために、胸の弾む謀をなされている瀬名様に感謝します。彼女は素晴らしい女性です!」
今川氏真「慈愛の国実現に向けて、乱世だろうと環境を整えてくださる瀬名様の力強い信念と謀に心より敬意を表すとともに、関係各位のご尽力にも敬意を表し、戦のない世実現のご成功を祈念致します!」
糸「国防力や外交力よりも重要なのが人間関係。慈愛の国をなす方法として、人間関係、すなわち、人間による平和の力が重要です。それを私達がより強調しなければなりません!」
徳川家康「瀬名様は家庭生活の重要性を着実に強調し、謀を通じて慈愛の国を図る必要があると明らかにしました! わたくしも皆様より一足早くお先にマザーセナに、この花束をプレゼントさせていただきました! さあ皆様も盛大な拍手を!」
そんなノリで盛り上がっていた築山カルトの皆様。
大サタン・武田勝頼のせいで台無しとなり、各メディアではいつもの決まり文句が踊る。
ネット号泣!
悲痛な展開に、今週もネットは涙を流すそうです、ウオオオオオオン! バスタオルを用意しなきゃ♪
どうする「ネット号泣」
人が死んだら悲しい――そう言いたいのでしょうか。
念願の紐なしバンジージャンプをしたら、妻が墜落死しました。
それが妻の夢だったので許可しました。うわーん!
って、そんな話に感動がありますか?
優しい妻は、ヒグマちゃんにご飯をあげようとしたんですぅ! それで死んじゃった! そんな状況を悲しむだけでよいのかどうか、疑問に思いませんか?
「奪い合うのではなく与え合う」
なんて美辞麗句を並べたかと思えば、徳川と武田を皮切りに、北条も上杉も伊達までも手を組んで信長に対抗するって……命を賭けてまで取り組む浅はかさに愕然としてきます。
『信長の野望』をプレイしている小学生のほうがはるかに大人でしょう。
ともかく瀬名の築山カルトは勝頼のせいで信長にバレ、LEDウォールの前で家康は釈明する羽目に陥りました。
相変わらずのオープンテラストークで緊張感は皆無。LEDウォールならば予算削減に都合がよいのでしょうか。
雨に濡れることで悲壮感を出したいようですが、だから屋内に入ればいいじゃない。
雨ざらしのところで釈明する意味がサッパリわかりません。『鎌倉殿の13人』の全成とは状況が違うんですよ。
そして、あの妙に明るくて何のテーマ性もないオープニングテーマが流れます。
ちなみに朝ドラ『らんまん』では、先週の最終回は重要人物が亡くなる回であり、前半部終了という意味もあってか、オープニングテーマが最後に流されました。
一方、本作では、瀬名の退場回でも能天気な音楽を初っ端に流して、楽しみにしている方の気持ちすら削いでしまいませんかね。
失って初めてわかるオープニングの重要性です。
今回は、あのしょうもない「神の君!」ナレーションが消滅していたのは良かったですね。もう二度と復活しなくてよい。
それにしても、ありとあらゆる意味で「良識」の重要性を再認識させる作品です。
悪ノリでイキっていいのは学生時代まで。いや、高校生だろうと回転寿司屋ではしゃいで動画投稿したら炎上する時代です。
なのに今年はNHKが、日曜の夜8時に、高校生メンタルで作った悪ふざけ動画をたっぷり40分以上流すのですから辛い。
あらすじ:おじさん構文バージョン
ウワァァアン!( ;∀;)
脳筋武田勝頼のバカー!チクられたせいでおまえのせいで、瀬名チャン、ジャンヌ・ダルクモードが終わりだよ!( ;∀;)
このままでは、信長と戦になるから、瀬名チャンは、自分一人で責任を負ってしまうんだよ(T_T)
でも、家康チャンは、それができなくて、愛するラブリー瀬名チャンと、信康を、逃がそうと、するんだ!オイラもそうする( ;∀;)
瀬名チャンは、自分一人が、悪いというために、五徳チャンに、お手紙作戦を依頼したよϵ( 'Θ' )϶
せっかくの、美人さんだし、悪くなくてヨカッタケド、信康も逃げずに犠牲になっちゃう:(;゙゚'ω゚'):
これで、泣かない奴って、よほど、保守的で、頭の固いクズだよな!orz
どうするホームドラマのウケ狙い
このドラマの嘘臭さは、家族像が昭和あたりで止まっているところが大きい。
あんな顔をつきあわせて雑に作戦を語って、何ができるというのでしょうか。
戦国時代とは到底思えません。
ではなぜこんな時代考証的に陳腐な場面を入れるのか?というと、こういう反応を引き出し、ネットニュースにするためでしょう。
◆ 大河「家康」ついに妻子処断の悲劇 湖畔で抱き合う徳川夫妻 直前予告がヤバい「予告で泣いた」「ついにこの日が」「見たくない」(→link)
こんなんアレやん……『Vやねん!』とか冠した阪神優勝直前号程度の信頼感やろ。
つまり「何がヤバいねん!」やわ。
どうする隠蔽工作
松平信康と瀬名を救うため身代わりを用意して、搬送の途中で入れ替える。
この作戦ひとつ取ってみてもなかなかの難行に思えますが、具体的な工作内容がわからない。
ボソボソとした口調の半蔵と、やる気のない断片的な映像で処理され、一体何をどう計画したのでしょう?
信長に疑われている状況で、万が一そんな工作がバレたら、それこそ御家の一大事。
にもかかわらず、まったく雑な展開でいきなり進んでいく。
瀬名の見せ場と言いますが、何もかもがざっくばらんな上に、役者さんが揃いも揃って棒読みなので話が入ってきません。
役者さんも困っているのではないでしょうか?
役者さんたちは『台本にこう書いてあるから覚えて読み上げるけど、正直、意味がわからない……』と戸惑っていそうで辛いものがある。
皆さん、台本を読んだ時点でストーリーに入り込めているんですかね。
ドラマを面白いと思えて全身全霊で演じられているのか。
実際、そうした状況を不安視する報道も出ています。
◆どうした松潤!夜の街での目撃情報が多発中…背景にあるNHK大河の重圧(→link)
どうする衣装
瀬名のピンク着物は誰の趣味なのか。
朝ドラ『らんまん』は、明治の流行を取り入れています。主人公の姉である綾は、だんだんと大人びた着物になり、長い黒羽織を着るようになりました。
この長い羽織は明治初期の流行で、シックで素晴らしい。
ところが大河はそういう当時の慣習やら成熟を無視して、カワイイと思うピンクをいつまでも着せていると感じます。
おっさんがかわいいと思うピンクって、ネットスラングでは「ダサピンク現象」と呼ぶ。それがまさか大河ドラマでとは……。
しかも瀬名が花を摘む場面を無駄に入れてくるあたり、陳腐すぎて顔を背けたくなるほどです。
◆「ダサピンク現象」から考える、女性が“本当に求めている”モノ(→link)
こちらは2015年のニュースです。つまり8年も経過していて、まだ堂々とやっている。
信長の衣装も「陳腐で古臭い、赤と黒を多用したギンギラバージョン」になりましたね。しかも今回の衣装はシルエットがなんかグンニャリしていて、気が滅入ってしまう。
『麒麟がくる』が蘭奢待、『鎌倉殿の13人』が唐渡りの伽羅あたりだとすれば、今年はしつこすぎる香りの柔軟剤のよう。
使っている本人は「いい香りw」と思っているのかもしれないけれど、鼻をつまみたくなります。
どうするヘアメイク
女大鼠や千代の陳腐さも相変わらずで、そんな個性の付け方せんでもよいでしょうよ。こちらも恥ずかしくなって、何かを掻きむしりたくなる。
女大鼠は動くだけで目に髪の毛がかかる。これのどこがプロの忍者なのか。まったく実用性がない。
千代のヘアバンドも全く役に立っていません。
ああいうものは髪の毛が落ちないようにする役目があるはずなのに、千代は頭を傾けると髪の毛が落ちてきて実用的ではない。
瀬名が情けをかける身代わり女も「はい、哀れに見えるように汚しました!」感が凄い。
そもそも、自国の民を平気で身代わりに使おうとした家康やその一派の倫理観はどうなっているんでしょうか。やたらと平和は大事!命は大事!というような主張をする割に、妻子さえ助かれば誰が死んでも構わないと?
どうするスモーク
『平清盛』が「汚い」と言われた要因に、スモークを焚きすぎた件があります。
今回も瀬名が最期を迎える場面が、スモークや効果が無茶苦茶で、ただわかりづらいだけ。
何か見られて困るものでもあるのか?と思うほどです。
どうする見ているだけで疲れる画面
演じる方々がどれだけ真剣でも、画面が汚すぎて意味がわかりません。
安っぽいカレンダーの絵みたいな背景。場面ごとに建物の高さが変わっていますよね。
好きなアイスクリームフレーバーがテーマのような、くだらない衣装。
わけのわからない、癖の強い照明効果。
棒読み。
圧倒的な棒読み。
黙って背景にいる役者は、ただの地蔵状態。
まっとうなドラマは、セリフがなくても表情でちゃんと演技をするものでしょう。現場はどういう状況なのでしょう。
そうかと思えば、いきなりスイッチが入ったように「殿ぉ!」と騒ぎ出す。
本当にわけがわからない。
どうする自害
腹を刺し、重傷を負ったあとでも、信康は元気そうだったなぁ……。
血の気も失せないし、滑舌パキパキ。目に強い光があって、全然まだ死なない感が凄い。
そりゃあ、周りもきちんと介錯しませんよね。だって、元気いっぱいだもの。
ピロピロしたBGMをかぶせるのもやめて欲しい。
こんな時まで半蔵の「俺は忍びじゃないんだもん!」アピールを入れられるのもうっとうしい。
ネタの使い回し度合いが濃厚すぎるのです。
その信康の自害をさらっと報告する井伊万千代は、どういう感覚の持ち主なのでしょう。言い方ってものがあるでしょうよ。
ぬぼーっとした愛。
突如わざとらしくバタっと倒れる家康。
誰が一番陳腐に演じ切れるか選手権でも見せられているようです。
これほどひどい死の場面になるとはさすがに思いませんで。
お口直しをご希望の方はBBC版『関ヶ原』でもご覧ください。
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英国人から見た家康と関ヶ原の戦い!BBC版『ウォリアーズ』は一見の価値あり
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どうする時系列と移動
瀬名が死のうとする。信康が死ぬ。家康が止めにくる。
どういうこと?
あの湖のほとりに、瀬名はずっと座っていた?
本作は、妙な回想を入れたり、あっちこっちへ場面が飛ぶため、時系列がサッパリわからない方は少なくないはず。
今回は特に酷かった気がします。
地図でも具体的な時間経過でも明示してわかりやすくすればいいのに、ほとんど無いため、各人物の動きが掴めません。
そもそも今年の脚本って、距離感が現代人ですよね。
東京23区内でドラマを作っているような移動を繰り返す。
ドラマの作り方が、根本的に時代劇に向いていないのではありませんか。あんなに動き回ったら、家康のザルのような策なんて筒抜けですよ。
どうする為政者の志
家康はあの顔で「国より妻を守る!」と言い出しました。
為政者の資質が皆無。こんなチンピラが江戸幕府を開いたって? どういうジャパニーズジョークなのさ、ハハハハ!
家康は日本史上の人物でも、世界史の人物伝にも出てくる重要人物。
近世の江戸時代を築いた人物だからです。
それをこんなミニマム恋愛脳バカにするとは、一体何が目的なのでしょう。
『麒麟がくる』の場合、心優しいはずの明智光秀が、ずっと乱世を生きることに悩んでいました。自分の心の安寧と、泰平の世を天秤にかけて悩んでいた。
『鎌倉殿の13人』は、米の収穫高を木簡で数えることが好きだった北条義時が、時代の流れに巻き込まれ、修羅道を突っ走ってゆきました。
そういう何かを為すための気構えが全くない!
それが今年の家康です。
瀬名と信康を守る作戦で、名もなき犠牲者はかなり出ているでしょう。
そういう人物を弔うことはあるのでしょうか?
本作は、目の前で何かあるとギャーギャー大騒ぎするのに、その後の追悼をまともにする場面がありません。
自分の半径1メートルの外で死んでいく、名もなき人々は虫けらのように扱う。
こんな特権意識を丸出しにされて、何に感動しろというのでしょう。
やはり『麒麟がくる』の光秀は偉かった。たった一人の少女を救うために、彼は燃え盛る家に飛び込みました。
あれを「いい子ちゃんのカッコつけだしw」と冷笑するセンスが今年の帰結ですかね。
本質的には心優しい光秀が手を血に染めることそのものの悲劇が、作品の根底にずっとあったんですよね。
今年は、何もない。あるのは目先のウケ狙いだけ。
どうする説得力
瀬名の長いセリフは不気味。あやしげなカルトにハマったセレブ専業主婦のようです。
そしてここにきて、二人だけで暮らそうとか回想するのは何なんですかね。
実際のところ、家康は他の女に手を出しまくっています。側室の面接でセクシーな女性が来たらニヤニヤして腑抜けになっていたゲス男ですよ。
二人きりで暮らせるわけないでしょうよ。
感動を演出しようとして行き当たりばったりのセリフを並べるから、あまりにも説得力がありません。
兎が狼より強いって繰り返すのも『そういう教えのカルトなんですねぇ……』って思えてきます。
兎の木像に手をかざすと願いが叶うんですね。あれは一体500万円から?
どうする自害と浅すぎる湖
家康が子どものうようにベチョベチョと泣く姿をみて、何を思えというのでしょう。
自害するにしたって、夫の見ている前で、モロに見せつけるようにする必要はありませんよね。
見えないところで自害すればいい。
しかも介錯するために腹部を刺す女大鼠は、これでよく忍者が務まるものだとしか思えません。刺すにせよ腹部は死ぬまでに時間がかかって余計に苦しみますし、内臓が流れるからやめましょう。
瀬名が頸動脈を切っているのだから、そこをさらに深く切ればよいのです。
なお、日本における女性の自害は、喉か、胸を突くことが定番です。
中国だと頸動脈切りが定番ですが、あれは長剣を使うことが多い。女性の懐剣ならば、刃に伏せるよう、深く突くようにしましょう。
なぜ女大鼠が、内臓をぶちまける、嫌がらせにしかならないような介錯をしたのか?
もしかして半蔵とペアにするためですかね。そんなことでペアにしてどうするのか。
ブギャーと叫ぶ家康を見せつけられて、我々にも涙を強要しているのでしょうか。
そして湖の底が浅すぎる。船も何かおかしい。
現実世界そのものに興味関心がないようで、常にデッサンが狂ったアニメの失敗回みたいな映像効果になっています。
実写なのに作画崩壊アニメを彷彿とさせるって、すごいことだと思います。二度と見たくはありませんが。
しかもこの場面は、浜松城と佐鳴湖の方向からして、船で来るのはおかしいと突っ込まれていました。
◆「浜松城は逆方向ですやん」築山殿最期のシーンに“おかしな場面” ツッコミ相次ぐ【どうする家康・ネタバレ注意】(→link)
実際に地図で確認すると、
確かに、瀬名が佐鳴湖の東岸にいるとしたら、家康が船で向かう理由が見えないんですよね。
船でしか到達できないような場所だったんでしょうか……。
なんせ「あり得ない方向に虹が出ている」とも指摘されるようなドラマですので、方位とかどう設定しているのか。
どうする責任
ここまで大規模な謀をして、家康がお墨付きを与えたのに、瀬名と信康の首で済む――この時点でありえません。
土台が崩れた場所にどんな家を建てようと、崩れるだけ。このドラマは土台すらできていない。
幕末史の例を見てみましょう。
生麦事件でイギリス人が殺傷されたことで、相手が報復することになります。
イギリス側としては殺傷した犯人の引き渡しを求めたものの、薩摩藩側は藩主の身が危ういと焦った。背後にはそういう食い違いがあるとされます。
配下のやらかしたことでも、上に立つものの責任が問われる。そういう価値観があればこそ、誤解が生じたと言えます。
幕末の戦争は、将軍や藩主の首は保たれております。責任の所在のありようが変わっていったのでしょう。
とはいえ、徳川慶喜の助命にはイギリスの思惑も絡んでおりますし、藩主は助かっても家老級の人物が切腹させられています。
要するに、この状況で【家康が助かることはありえない】と考える方が自然です。いやぁ、信長は優しいなぁ。
本気で家康が瀬名を救いたかったら、陰謀を察知した時点でリスクをふまえ、止めるべきでした。
それをあんな雑な状態で放置した挙句、死に追いやる。『そのつもりはなかった』なんて言い訳は通用しません。
無能はときに最悪の結果を生む。この家康はまさにそうでした。
どうする視聴者の年齢層操作
『どうする家康』は「シン・大河」だのなんだのぶちあげ、若者向けとされています。
そんなことにエビデンスはなく、ふわっとした宣伝戦略でそうなっているだけ。
一方、それを否定するエビデンスはありました。
◆【どうする家康】瀬名の描く理想国、多くの布石打った脚本が前代未聞の展開に(→link)
注目は「ウルトラC」なんて言葉を使った以下の部分です。
■ 固定概念から完全にフリーダムな物語へ
こうして悲劇の舞台が全部整った、まさに「地獄回」。それを嘆くと同時に、なぜ徳川と武田の戦は思った以上に長期化したのか、なぜ穴山信君は勝頼を裏切って徳川方に付いたのか、そしてなぜ家康は200年以上も戦争のない平和国家の基礎を作れたのか・・・という史実の疑問への思わぬ回答や布石を、これでもかと詰め込みながらも「あー、そういうことか!」と納得させるという、ウルトラCの脚本にうなる人も多かった。
ウルトラCとは、1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピックで生まれた言葉です。ほぼ60年前ですね。
果たしてそんな古い言葉が、本物の若者の心に響くものなのか?
『いだてん』もそうでしたが、若者向けだの斬新だの、必要以上に強調する大河はむしろ胡散臭い。1964年東京オリンピックにノスタルジーを感じる層は、もう若くはありません。
では、どうしてそうなるのか?
大河と朝ドラは、40代から50代に忖度すると好評になる。
『舞いあがれ』が典型例で、「大学はサークル活動のために行くの! 講義中は居眠りでしょw」というヒロインの価値観は、劇中のヒロイン設定より十年以上ずれていました。
それでも今のSNSヘビーユーザーであり、メディアの上層部にいる層は、
「うんうん、大学生ってそういうものだよねw」
と自分を基準にして判断し、肯定する。
むしろ自分の大学時代がだらけきっていたことをNHKに肯定されたようで嬉しくなっちゃうのでしょう。
◆『どうする家康』 なぜ瀬名は「策謀家」として殺されねばならないのか その真の意味(→link)
まるで、蘇秦か張儀か鬼谷子か……って、失礼なのでやめていただけませんか。
中国の英雄にあまりに失礼です。
瀬名が近いのはむしろ三国志作品で序盤の張角あたりでしょうよ。
いや、張角だってもっと立派ですが、フィクションだとカルト教祖扱いにされるという意味です。
千代のバンダナを黄色くすれば、まさしく黄巾党ですね。
◆【甘口辛口】「どうする家康」は現代を色濃く反映させた戦国ファンタジー 〝闇落ち〟するであろう家康がどう豹変するか楽しみだ(→link)
「闇堕ち」とか、ネットスラングの類を使えば若者アピールできるという発想でしょうか。
豹変といえば、月代になることぐらいでは?
◆「どうする家康」17年前からのロングパス伏線…瀬名「命を懸ける時」ネット悲痛「遺言という名の呪い」(→link)
NHKとジャニーズ忖度に余念がない大手スポーツ紙は、本当に毎回懲りずにしつこいですが、またもや「伏線」ですわ。
『カムカムエヴリバディ』以来ネットニュースが大好きな「伏線」に、「ネット悲痛」と入れて若者アピールにぬかりはありません。
今、ドラマ報道の頂点にいる層を狙えばいい。
そういう中身にしながら「若者狙いのせいでそうなっている」と誘導して、駄作の責任回避をしているようにしか見えません。
「いやあ、オイラみたいなおじさんとしてはちょっと軽いカナ、って思っちゃうケド。今の若い子はこういうのが好きだからね( ^∀^) オイラには若い子の好みもわかるんだ」
そんなわけあるか!
どうする「役者のイメージ重視」
「でもさ〜、ほら、役者のイメージってあるでしょw あの役者さんを悪役にできないからああなっているのw」
こんな擁護もあるようですが、俳優という職業をどう思っているのか。
イギリスの俳優が一度は演じて欲しい役は、シェイクスピアの『リチャード三世』タイトルロールです。
最低最悪の悪役として有名なのです。
しかし、そんな悪役だからこそ、演じることで新境地に挑みたい。
韓国の場合、実力派俳優は憎々しいほどの悪役や、どうしようもない役を演じることがステータスシンボルになっています。
にもかかわらず、陳腐な擁護をしている時点で、役者という職業への敬意は感じられませんし、それが日本の芸能界のお約束だとすれば、危機的だと思います。
私が最も気になるのは、今川氏真役と武田勝頼役が十分悪党として描かれているという点です。
演じる方はまだ若く、時代劇との相性もよく、実力もある。
将来大河の看板を背負って立つ有望な役者だと思います。
そういう二人、これから伸びゆく逸材に泥を塗りたくっておきながら、どうして「役者のイメージが大事!」と言えるのか。私には理解できません。
どうする「陰謀論」
所詮はドラマなんだから、傑作と褒める人がいても、駄作と貶す人がいてもいい。こんな意見もありますよね。
しかし、私はそうは思えません。
ドラマの感想をSNSに書く
↓
RTといいねがつく、フォロワーも増える!
↓
目立つために過激な投稿や、トリビア、芸能通らしいこと言うようになる
↓
肥大化する自我
これの何が悪いか?って、自分の頭で考えることを放棄して、まずはネットウケばかり気にするようになります。
「インフルエンサー」の語ったことは、事実として間違っていても拡散してゆくもの。
そのインフルエンサーがどうにもおかしくなっていくというのは、水源に毒を撒くようなものでしょう。
さらには、目の前にいる大事な誰かより、ネットの反応を重視するようになります。
私の友人は、ドラマのネット評に浸かりすぎた結果、だんだんと精神が悪化してゆきました。あれほどファン心理を熱く語る割には、私が好きなドラマを悪様に罵倒しだしました。
しかも実は一度も見ていない。
会社で同僚が悪口を言っていることを聞き、真実だと思いこみ「こんな非常識な作品は叩かれて当然でしょw」と得意げに語っていました。
訂正するのも面倒なので、放置していたら悪化するばかり。
その人が信奉するインフルエンサーが、ヘイトを繰り返す陰謀論者となってしまったため、その人も朝から晩まで罵倒と陰謀論を呟く人になっていました。
ドラマを褒めるにせよ、貶すにせよ、ヘイトや陰謀論という毒が混ざると危険です。
「お前が言うんじゃねえよ!」
はい、そんな声が聞こえた気がします。
それはそうですね。なるべくエビデンスを得つつ、慎重にいきたいと思います……が、同時に大事なのが自分の頭で考えることでしょう。
私の言うことにガンガン脳内で反論してください。そうすればインフルエンサーやクソレビュアーに影響されることもありません。
思考を鍛えていきましょう。
どうするファンダム
今年の大河は、非常に危険な水域に入り込みつつある。
ファンダムが例年よりもはるかに荒れています。
大河は当然好みがあって、否定も肯定もありえる中、今年はファンがアンチを罵倒し、相手もそれに応答し、バトル状態になっています。ファンダムが乱世状態だと、瀬名の理想論がますます虚しい。
個々人をどうこうする意図はない。むしろ、水源に毒を注ぎ込んでいる何かがあるように思える。
孫子曰く、「上兵は謀を伐つ」。最善の策は謀略を見抜くことだという。
なぜファンダムが荒れるのか? 個人単位でなく、どうした意見が危険なのか、考えてみましょう。
こちらのメディアは、識者が上品に褒め称えるスタイルが持ち味でした。
しかし、
おそらく古参の大河ドラマファンが『どうする家康』に抱いているのも、そういった違和感だろう。
ただ、さすがにタイムスリップや転生設定があるわけではないし、大河ドラマでは史実から離れた設定がNGかと言えば、そんなこともない。
こういう挑発的な論調になっており、
古参の大河ドラマファン=頭の固いジジババが悪い
という誘導が見られます。
もちろん達者な筆で毒は相当薄めてありますが、私は眉間に皺がよりました。
ここの段落まで読み進めたら、もう決定的です。
そういった大掛かりな詐欺的行動というのは、古沢の代表作である『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)でおなじみ。架空の空港を作ったり、映画の企画をでっちあげロケ撮影までしたりと、同作で展開した数々のフェイクを思い出した。歴史的には「ありえない!」かもしれないが、古沢作品としては「あるある」。服部半蔵(山田孝之)が率いる忍びたちが城壁の下で死んだふりをし、夜、ゾンビのように起き上がる回にも笑った。むしろフェイクなくしては古沢作品ではない。
著者にとっては笑えた、つまり笑いが理解できた。わからないヤツが悪いとでも言いたげです。
「大掛かりな詐欺行動」なんて、古参の大河ファン、歴史ファンからすれば、むしろ自家薬籠中のものではありませんか。むしろ基本でしょうよ。
それなのに「民放でこんなにウケた古沢神すらわからない、頭の固いクソレビュアー乙ww」というスタンスでしょうか。
そんな騙し合いなんて、それこそ『孫子』を読んでいればわかる。それを踏まえた上で、「こんな雑な策で騙せるわけがない!」とこちらはシラけているわけです。
先日、痛ましい事故がありました。
◆潜水艇の残骸引き揚げ、遺体の一部も発見か 米沿岸警備隊が発表(→link)
紛れもなく悲劇で辛い事故でしたが、一方で、あまりにも無謀な彼らの行動に、驚きませんでしたか?
瀬名の「大掛かりな詐欺行動」もそう。杜撰で愚かな策でしかないから、批判されているのです。
にもかかわらず、なぜ今年の大河を受け付けない、古参のファンが駄目人間であるかのように誘導されなければならないのか。
今回の記事だけではなく、当初からずっとそうした引っ掛かりはありました。
『平清盛』以来、本作のトップにいる磯氏は「古参の大河ファン」が嫌いなようにすら思えます。
そんな連中を一泡吹かせる革新的な大河を作るのだ!というシナリオに固執している。
そのことが水源に流れ込む毒となっている気がしてなりません。
蛇足――足のある蛇なんて求めていない
楚の国でのこと。
酒があるものの、人数分はない。
そこで話し合い、蛇の絵を最初に描き上げたものが飲むことになりました。
みんな地面に描き始めます。
一番最初に描き終えた男は、杯を手にして調子にのります。
「まだ描いてんのw ウケるwww 俺なんて蛇に足まで描けちゃうしw」
すると、二番目に描き終えた男が杯を奪い取りました。
「蛇に足はない。つまりお前のソレは、蛇に似た生き物なのな。はい、俺が酒をいただくぞ」
これが『戦国策』に由来する、蛇足の語源です。
水源に流された毒は、今やファンダムに根付いていて、さらにおかしなことになっています。
「この素晴らしい深掘りをみて! クソレビュアーみたいなアンチも、きっとこれを読めば変わると思う!」
そうわざわざアンチのハッシュタグを使って、拡散する人がいるわけです。
陰謀論や無茶苦茶なシナリオにハマりがちな人って、友達がいないとか、隠キャだからとか、そういうことでもありません。
自分が不当な攻撃を受けているという思いこみ。
自分は他の人よりも優れているという思い込み。
これが合致し、それを訂正しない仲間同士で囲いを作れば、あとはどこまでも堕ちてゆきます。
蛇足でたとえるならばこうだ。
「でも蛇に足があったらかっこいいと思いませんか? それなのに酒を奪われた私は不幸! みんなもそう思うでしょう? 私こそ一番優れているのに……」
そうネチネチ言われたところで「蛇に足はないからね」と返すしかない。そういうわけのわからない状況が生まれています。
そういう不健全なループが大河ドラマ周辺に漂っていて困ったものですが、D(どうする)アノン現象なんて起きたら、どうしたものかと。
『どうする家康』は、シナリオの作り方が陰謀論者じみていることも問題です。
「見えざるピンクのユニコーン」というのが、陰謀論者の陥りがちな思考回路。そういう組み立て方をしている。
エビデンスなしに思いこみだけで点を打ち、テキトーに組み合わせて
「ね? 瀬名チャンはピンクのユニコーンだったんだよw」
と無邪気にはしゃぐようなことをしています。
しかも、なまじ大河ゆえに、そんなピンクのユニコーンを振りかざし、口うるさい隠キャ歴史ファンを殴ることだってできちゃう♪
ネットで拾える逸話だの、SNSや掲示板で見かけた話だの、確たる証拠や理念がなければ「点」としてすら数えない。
点と数えてもあくまで点は点であり、理論の線には引っ張り込まない。
そういう思考回路が大事なはずなのに、できないことにすら気づかない人は、そのまま突き進んでしまう。
そういう人の背中を押す雰囲気が、今年の大河はあまりに濃厚でおそろしいのです。
『どうする家康』を褒めるついでに、『鎌倉殿の13人』配信停止を喜ぶ投稿までされていたことには、驚きました。
ヒロインは、なぜ殺されるのか
もう一つ、反論したいことがあります。
「作り手はフェミニストだろ? そのせいで今年の大河はダメなんだ!」
こんな意見がありますが、それはどうなのか。
田嶋陽子氏の本に『ヒロインは、なぜ殺されるのか』があります。
アメコミ由来の「冷蔵庫の女」という概念もあります。
要するに、プロットの都合上、ヒロインが死んで、そのことでヒーローが奮起するというパターンです。
このドラマの作り手は、家康という題材をみたとき、天下統一や江戸幕府を開いたといった話はすっとばし、こう思ったのでしょう。
「ヤッベwwこれだとヒロイン殺せるじゃんwww美男美女キャスティングにして盛り上げられるしwww」
ヒロイン殺しという要素に、浮かれちゃったとしか思えないんですよね。
現代劇より簡単に女を殺せる! ヤッベ、楽しい!
こんな思考回路に陥ったと。
田鶴だの、阿月だの、今まで描かれてきた女性にしても、自己実現と命を引き換えにして散ってゆきます。
死んでくれると実に都合がいい。
死ぬところで「ロス」だの「号泣」だのネット評価を作れますし。美女をとっかえひっかえ出せる。
歳をとって“賞味期限”が切れた女なんて邪魔なだけだから、殺してでも入れ替えていくのがいいに決まっているんですよ。と、ミソジニストの考え方ならそうなる。
『麒麟がくる』でやたらと“ファンタジー”と叩かれた駒を思い出してください。
初登場時は主人公に恋する少女だったのに、BBAになっても死なない、そのくせ足利義昭の愛人になりやがった、という批判がされた。
実際は愛人などになっていませんが、いつまでもしつこく単純な事実誤認をする人からするとそうなるらしい。
しかも駒は頭が切れる。
女なんてエロか家事育児しか価値がないし、バカしかいないのに、“ファンタジー”すぎるよな!
……と、こういうミソジニーを炸裂させた界隈からすれば、今年のヒロインを殺して入れ替えるシステムは画期的でしょうね。古典的なのですが。
どうするミソジニー
これを踏まえまして、本作の危険性をもうひとつ。それはミソジニー、女性嫌悪です。
ミソジニーゆえに誤ったニュースが、ここ数日だけでもこれだけ出てきます。
◆「日本、仕切り役に男性を送る」 G7女性活躍相会合で米タイム誌(→link)
◆呂布カルマ「男子生徒はのぞけるならばのぞく。当たり前だろ」ツイが話題 修学旅行で盗撮高校生処分に(→link)
◆「週刊現代」人事混乱に「偉くなりたかったら、女になった方がいい」発言 講談社No.3常務が辞任した(→link)
『どうする家康』製作者もこう思っていそうに思えます。
「男であるオイラが妄想した最高のヒロインを描いちゃうぞwww 画期的でしょwww 女性が輝く大河へwwww」
瀬名の描き方なんて、まさしく「日本、仕切り役に男性を送る」そのものでしたね。
瀬名にどんな気持ちがあったか。どんな優れた女性だったか。
問題はそこではありません。
・女性の意見を、なぜ当時の日本は無視したのか?
・常に無視されてきたのか? それとも通した事例はあるのか?
・事例があるにもかかわらず、後世なかったことにされたのか?
ジェンダー観点で歴史を再検証するには、こうしたプロセスが必要です。
実際、エビデンスにより覆したニュースもありました。
◆ 「男性は狩猟、女性が採集」という長年の定説が誤っていたことが大規模分析で判明(→link)
『鎌倉殿の13人』ではエビデンスを用いてそこを丁寧に描いたのに、本作は手続すら踏んでいない。
こういう間違った女性の持ち上げ方は、かえって女性に不利益をもたらしかねません。
差別の構造を解明しない限り、「お前がダメなのは女だからじゃない。能力不足だw」と、むしろ逃げるルートを整備しかねません。
寿桂尼すら出さないドラマで、女性の活躍だの最高のヒロインだの、笑止千万でしかありませんので。
大河とその周辺に圧倒的に不足しているのは「フェミニズム批評」に思えます。
私も勉強中で、北村紗衣氏の著作を読んで精進していますが、この大河や日本史周辺のミソジニーは、危機的な状況を引き起こしています。
『アカデミズムとジェンダー: 歴史学の現状と課題』という一冊があります。
これによれば、歴史学への興味関心は男女間で大きな差がないとのこと。
ところが大学進学を考える女子学生が、 SNSでの女性叩きやミソジニーじみた投稿を見ることで嫌気がさし、進路として日本史を選ばなくなる可能性があることがわかります。
大河周りは、視聴者の年齢層が高いこともあってか、ミソジニーが蔓延しています。
今年だってすぐ「こんな少女漫画みたいなものはない!」と、悪いことを女のせいにする。むしろ出来の悪い少年漫画じみたファンタジーまみれでしょうよ。
一方で、「『江(シエという表記を使う人も多い)』や『花燃ゆ』よりはマシだ! あれを見たことがないのだろう!」というわけのわからない、ミソジニー混じりの擁護もなされます。
こういう方に「『どうする家康』って、スイーツ大河ですね」というと怒るでしょうね。
私としては、この2作よりも本作は出来が悪い。大河ドラマは女性主演、女性脚本家だとより叩かれやすくなる、そんなミソジニーがあるのだと納得させられるばかりです。
NHKは大勢の人がいて、男女比ならば男性比率が高いでしょう。それでも駄作大河は女のせいにする。煮詰めたようなミソジニーではありませんか。
そこで、私なりの解毒剤を用意しました。
こちらのアルテイシア氏の記事をお借りします。
◆モブおじさんとの対話(4)迷惑おじさんになってませんか?|アルテイシアの熟女入門|アルテイシア(→link)
これを踏まえつつ、大河ファンダムの「迷惑おじさん」じみた空気に火計を仕掛けましょう!
・マンスプレイニング(mansplaining)
男性が上から目線で説明や説教をすることを指します
「『どうする家康』って史実を全然なぞってなくない?」
「そういうことを言いますけどね。たとえば近年の説では……(と、延々と知識蘊蓄を流してくる)」
・マンタラプト(manterrupt)
男性が女性の話を遮る行為
これはドラマ内でやらかしていて、男の人物はよく女の言うことを遮りますね。
『レジェンド&バタフライ』もひどかった。これがカッコいいと思っているなら、こうです。
「わー、マンタラプトをかっこいいと思っているって、ドラマを描いているうちに価値観まで安土桃山時代になっちゃったの?」
・ ヒピート(hepeat)
女性が意見を言っても無視されるのに、同じ意見を男性が言ったら「いいね!」と称賛される現象は、ヒピート(hepeat)と呼ばれています。
『どうする家康』の瀬名の場合、むしろ逆転しているようにも思えますね。
男が語ったら「妄想」と一蹴されるけど、女の瀬名チャンならば違う……こういう安直な発想が嫌だ。
今年の脚本をもしも女性が描いていたら、袋叩きだったでしょうね。男性だから通じる強みはあります。
今年の瀬名は男性が描いたからこそ許される、そんな像そのものに思えます。
・トーンポリシング(tone policing)
批判者相手に対して、その「内容」ではなく「話し方や態度」を批判して、論点ずらしをする。
「瀬名が死んだんだ、批評はやめて悲しんで泣け! それができない奴はひとでなしだ!」
「アンチは態度が悪くて最悪です! もっと素直に感動すればいいのに!」
「クソレビュアーは言っていることは正しくても、ともかくむかつくし、俺の心を傷つけたから悪い!」
はいはい、いつものアレですね。
・ワタバウティズム(Whataboutism)
甲の問題について話してるのに「だったら乙はどうなんだ?」と論点をずらしをする。
「『どうする家康』の衣装はひどいなあ」
「『麒麟がくる』もひどかったと思いますwww」
「『どうする家康』のえびすくいはいらない」
「『鎌倉殿の13人』でも全成が風を呼んでいたのにwww」
擁護記事でも多いです。
過去の作品にもそういうことはあったという誘導。その出来が悪くつまらないから、批判しているわけです。
・シーライオニング(Sealioning)
しつこく質問を繰り返すことで、相手を疲れさせ、黙らせ「論破!」とドヤ顔をするやり方です。
「大河ドラマって、いわゆるドラマですよね?」
「大河ドラマのルールって何? 厳密な時代考証って必要ですか?」
「大河ドラマって、歴史に忠実でなければならないと、誰が決めたんですか?」
このシーライオニングって、結局は相手を武士だと思っていないからできるやり口だと思います。
武士は侮辱されたら、斬る――それでこそ花は桜木、人は武士。こしゃくなシーライオニングなぞ、斬れば決着がつく。そうする他あるまいて。
★
それにしても、私は心が栄養不足です。大河ドラマで武士道の補給ができず、深刻な武士道不足に悩まされています。
なまじ題材が武士でない年ならまだしも、今年は存在そのものが武士を出す出す詐欺であり……。
もしかして、このドラマそのものが「大掛かりな詐欺行動」であるとか?
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文:武者震之助(note)
【参考】
どうする家康/公式サイト







