東三条殿へ盗みに入り、捕らわれてしまった直秀。
藤原道長はわかっていたような顔をしています。
直秀も「潮時だった」と悔しそうに語るのでした。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
直秀はなおも強気で「若君」と道長に語りかけている武士を挑発します。
「若君がそんなに大事か?」
右大臣に仕える身でヘコヘコいている。悔しくねえのかと問いかけるのです。
往年の少女漫画のような雰囲気もあるというこの作品。
直秀は、池田理代子先生の『ベルサイユのばら』および『栄光のナポレオン エロイカ』に登場するアラン・ド・ソワソンを彷彿とさせます。
ひねくれてやんちゃなようで、胸の奥には身分制度に対する怒りが激っています。
まひろならば「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」(『史記』より/小鳥には雄大な鳥の気概はわからない・小人物には英雄の大志は理解できないという意味)と理解しようとしたかもしれません。
道長は戸惑いつつ、人を殺めていないからには命まで取らずともよいと警備の武士団をなだめます。
それでも感謝するどころか「凛々しいことだな、若君!」と憎まれ口を叩く直秀。
かくして一味は検非違使に引き渡されると、道長はその後、父の枕元でじっと考え込むのでした。
倫子の恋心
左大臣家の姫君サロンでは、猫の小麻呂とともに姫君たちが語り合っています。
呑気な彼女らは、道長が盗賊を捕らえたとはしゃいでいます。
なんでも彼の評判は急上昇中なのだとか。
源倫子もうっとりしながら、その一味は土御門(左大臣邸)に入った者と同じか?と尋ねています。
さすがにそこまでは不明であり、倫子が恋する乙女らしく色々と発想が飛んでいるのでしょう。
私の家に入り込んだ連中を捕まえたってコト? 仇討ち? キャー! と、なってもおかしくないかなと。
まひろだけひきつった顔をしております。
倫子の母・藤原穆子が赤染衛門を廊下で呼び止め、倫子は右大臣家の三郎君をどう思っているのかと聞いています。
赤染衛門がわからないと答えると拗ねる穆子。
「衛門はうちの人にはそういうことを話すのに、私の問いには答えないのね」
困惑する赤染衛門。
その反応から湿っぽいことはないと穆子は悟ったのでしょうか。相手を解放するのでした。
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検非違使 散楽一座を捕える
まひろは乙丸とともに散楽を探しています。
辻にいなければいるはずの場所にもいない。もう直秀は都を出てしまったのか。旅に出てしまったのかとまひろは考えています。
するとそこへ検非違使の連中がドカドカと入ってきて、まひろも盗賊の仲間と判断して連れ去ろうとします。
慌てる乙丸と「散楽が何をしたのか!」と抗議するまひろに対し、検非違使も「黙れ、この盗賊めが!」という剣幕で返してきます。
東三条で何をしたのか、獄でたっぷりと詮議してやる!と凄んでいるのです。
では検非違使とは何なのか?
今でいうところの警察権力に相当する役職であり、重要な職務でした。
時代がくだり、源義経が朝廷から検非違使に任じられています。武士にそういう大盤振る舞いをするから、墓穴をほったのでは?と思えてくる話ですね。
今年の大河ドラマは合戦や戦闘に馴染みのない時代と言われますが、実のところ平安末期の源平合戦から鎌倉幕府初期へ繋がる要素もあり、非常に興味深いものがあります。
『鎌倉殿の13人』と比較しながら見ると、より楽しめるでしょう。
すると藤原道長が獄へやって来ました。
「処分が知りたい」として、東三条では何も盗んでいないし誰かを傷つけてもいないから、早めに縄を解いてもらいたいと告げます。
「何故そのようなお情けを?」
「頼む」
頭を丁寧に下げる道長。それでも相手は「腕の一つもへし折って、二度と罪を犯さないようにするのが仕事だ」とそっけない。
そこで道長はそっと賄賂を渡すと、相手はすぐさま「承知いたしました」と受け取りました。
甘い、法の適用がズブズブやないか! 一体どうなっているのよ!
これまた『鎌倉殿の13人』を思い出すと良いかもしれません。
最終盤では【御成敗式目】を練る北条泰時が輝いて見えたものです。
貴族も法の適用が曖昧で、ましてや坂東武者はまさしく無法。
うまく振る舞えばその立場を享受できるのに、自ら「それではダメだ!」と改革を推し進めた北条泰時は本当に偉い人物だったんですね。
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もう一点、道長もどうにも甘いところがあります。
『鎌倉殿の13人』での坂東武者は互いが背かぬよう証文を書いて飲んでいました。それでも破るとなると吐き出す様が出て来ていました。
倫理崩壊しているような彼らだって証文は怖い。
ましてや京都人にはもっと効くことでしょうから、そういう脅しも必要だったのではないでしょうか。
もう“三郎”とは呼べない
そこへ、まひろが引っ立てられてきました。
道長がハッとして、知り合いだから預かると言い、盗賊ですよと反論されると、威厳を持ってこう言います。
「控えよ」
まひろは獄中の直秀を見てハッとしながらも、道長の馬に乗せられてその場を去り、百舌彦と乙丸が慌てて背後からついてきます。
もしもこのタイミングでまひろが来なかったら、道長ももっと慎重になれたのかもしれません。
二人だけになると、まひろは道長に問いかけます。
なぜ直秀を検非違使に引き渡したのか。直秀は都を出ていくつもりだった。山を越えて海の見える遠い国へ行くつもりだった。
なのに、どうして?
そう問われて道長は「東三条には武者がいる」と答えます。彼らの前で盗賊を許してしまっては示しがつかない。何をするのかわからない。
道長の意識は真っ当だったのではないでしょうか。
武者を甘く見ると、どうなってしまう?という苦渋の展開を『鎌倉殿の13人』の慈円などは目の当たりにして嘆いています。道長は、武者が暴力装置であると理解できていいるのでしょう。
まひろが、信用のできない男たちを右大臣家は雇っているのか?と問いかけると、道長はうんざりりしたように言います。
「信用できるものは誰もおらん。親兄弟とて同じだ。まひろのことは信頼している。直秀も」
「盗賊だと、わかっても?」
そう問われると、道長は“直秀が通す筋”を理解します。
彼らが狙うのは貴族だというところに一貫性がある。
その点、信頼できるとはいえ、まひろが直秀の処置を心配していると、間もなく放免されると道長が見通しを語ります。それは右大臣家の三郎君が命じたから?
すると道長は、命じたのではなく、心づけを渡したと打ち明ける。
さらには直秀は借りなど作りたくないだろうと続けると、まひろは知ればきっとありがたがると返します。
結果を知ることはないと言いつつ、獄を出れば遠い国へ流されるはずだと道長。直秀の望む通り、海の見える国だとよいが……。
「そうね、海の見える国」
海を知らぬ二人。潮の音が聞こえてくるようです。
そしてまひろはようやく「道長様」と助けてくれた礼を告げます。
「三郎でよい」
「長様としか呼べない。三郎君ならよいかも」
「三郎でよい」
「無理、やっぱり無理よ」
直秀のことを話している。潮の音が聞こえる。そしてまひろと道長の距離は、広がっていくような不思議な場面です。
波が寄せては離れていくような……水鳥の姿も映ります。
もしもこの二人が水鳥ならば、思ったまま身を寄せ合えばよい。
しかし人はそうはできない、甘いようでどこか苦い二人。
「姫様そろそろ戻らねば、お父上が……」
乙丸がそう告げ、送っていくと言う道長に対し、まひろは「ご無用です」とそっけない。
土御門の近くに自宅がある。あのお屋敷の方に見られたら色々と言われたら断る。
「何を言われるというのだ」
そう困惑する道長に対し、やはり距離を空けてきている。まひろは、倫子の道長への恋心を知っているのです。
帰り道、道長は大勢の人が座り込んでいるところを見かけます。
百舌彦が調べると、なんでも散楽一座の釈放を願っているとのこと。盗んだ品による施しを受けていた者たちが、無事を祈っていました。
惟規、勉学に励む?
まひろは帰宅して驚いています。
あの弟が書を読んでる!
「俺だって字くらい読めるんだよ」と返す藤原惟規。
とはいえ、ごろ寝しながら、だらしない読み方ですね。
当時の所作は厳密ではなく、時代がくだると書見台も出てきます。
むろん、意識の高い藤原公任あたりであれば、もっとちゃんとした姿勢で読んでいると推察できます。
勉強嫌いを公言する惟規はこんなものなのでしょう。
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それでも、惟規が大学に入ると感心しているまひろ。
寄宿学校のような【大学寮】です。しんみりするなんて姉上らしくもないと惟規は笑っています。
父の藤原為時は高倉の女のところに出かけたと、いとが告げてきて、反応に困る姉と弟。
ここでは、いとにも注目したいところ。
彼女は使用人というだけでもなく、ちやはの死後、実質的に為時の妻のような役割を果たしていたと推察できます。
ゆえに内心は複雑なのでしょう。
花山天皇の人生とは何か
藤原為時が花山天皇に漢籍を指導しています。
書き下しではなく、中国語の発音そのままで読んでいる。
といっても、現代語かつ、拼音(ピンイン)をカタカナで書いたようなたどただしい読み方ですが、一方の花山天皇はかったるそう。
そこへ藤原道兼が、恭しく青磁の碗に入れた薬湯を差し出してきました。
こんなものを飲んでもよくなるとは思えないとこぼしつつ、道兼が言うなら飲むと口をつける花山天皇。
「不味くて涙が出るわ。忯子を思って涙し、薬湯で涙し、朕の人生とは何であろうか」
そうこぼす花山天皇ですが……実は、日本一贅沢な暮らしをしている天皇の姿がうかがえます。
・青磁
北宋から輸入した最高級の青磁です。
このドラマでは右大臣家や皇族周辺にはこれみよがしに北宋の磁器が置かれています。
どれもこれも庶民は目にすることのない超高級品であり、中国の磁器は日本史上、長らく【威信財】とされてきました。
明治維新で金に困った大名家はこうしたものを大量に市場へ流出させ、近代以降は骨董商や富豪がそれを買い集めた。
中国の美術品は、西洋だと略奪品も含まれており、扱いが難しいものがあります。
しかし日本の【威信財】は正当な取引で得たものですから、各地の博物館で、そんな歴史に思いを馳せながら見るのも趣があることでしょう。
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・薬湯
お正月に飲む「お屠蘇」は不老不死の薬と信じられてきました。
ただのハーブドリンクなのに大仰だな!と言いたくなるかもしれませんが、当時の医療を踏まえればそれも納得できます。
当代随一の権力者である藤原兼家の病気治療ですら、あんな祈祷頼りです。
ストレスを発散してくれるハーブドリンクだけでも、当時は最高級品でした。庶民は存在すら知らぬまま亡くなっていたのです。
この時代と比較すると『麒麟がくる』の東庵と駒は、かなり真っ当な東洋医学を身につけていることがわかります。
日本史において独自の医学が大きく飛躍するのは、戦国時代も後半になってからのこと。
花山天皇の場合、薬湯の処方をしたのは、唐人医(中国人医者)の技術を知る最高の医者であるとも推察できます。
調合の時点で大変贅沢なのでした。
実資は今日も日記に愚痴を書く
花山天皇の側近である藤原義懐と藤原惟成が登場。
蔵人頭の藤原実資に向かって「天皇におなごを見繕え」と要求してきました。
すでに寵姫はいるものの、もっともっと注ぎ込んで、皇子をあげねばならない。このままでは政もダメになってしまうと凄いことを言い出しました。
帝の心に沿う女がいないのは、蔵人頭の怠慢ときた。帝がいつまでも忯子様を思ってメソメソしているのはまずいから、新しいおなごをあてがえというわけで、当然、実資は怒ります。
「私ほど勤勉な者に向かって無礼な!」
帝に失礼だ!というのではなく、怠慢とされたことにカーッときているようです。
義懐は苛立ちながら、わしらでなんとかすると立ち去り、「全く手のかかる帝だ」と捨て台詞を吐くのでした。
それにしても実資も、複雑な心境でしょうね。
美女を見繕うなんて女衒じゃあるまいし、やってられんわ!
そうやって苛立つロバート秋山さんの演技がいつも素晴らしい。
彼が怒るおかげで、かえって歴史の持つバカバカしさが露になったようにも思えます。
歴史上には「俺に好きな女の子見繕って」と言い出す奴もいれば、あてがう女を探し回った側近もいます。
たとえば平岡円四郎が、徳川慶喜の女を斡旋していたなんて、そんな情報は知らなくてもいいですよね。
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そんなことをじっくり長々とやることではない。側室だのお手付きだの、そういうことに一週使うような大河ドラマは不要であると、私は主張したい。
そして君主制ですね。
血統で選ぶとなると、人間相手にブリーダーのような発想をする羽目になります。もうこの時代、それは辞めたいという気持ちが当然のことながら出てきて、強くなっています。
イギリスのハリー王子は、自伝のタイトルが『スペア』です。どうせ俺は兄のスペアだという嘆きはあまりに生々しくて、世界に衝撃を与えました。
『光る君へ』の面白いところは、千年以上前の話なのに、今にも通じる問題提起をしっかりできるところだと思います。
実資は帰宅後も苛立ちがおさまらず、桐子相手にくどくどとこぼしています。
「わしを公卿にしておけばこのようなことはなかった……何もかもわしを公卿にしなかったのが悪い」
「はいはい」と受け流す桐子。
何故公卿になれんのだ! 今の帝はどこに目がついているのだ! 先の帝はよかった、ああ〜、先の帝が懐かしい!
とにかく、しつこい実資に対して桐子は、懐かしんだところでもう戻らないと冷たい。
実資だって、それはわかっています。わかっているならもう言わない、とたしなめる桐子。
日記に書けばいい、日記、日記、日記! と煽ってきます。
「日記には書かぬ! 恥ずかしくて書かぬ」
でた!
書かぬとか言っているくせに『小右記』に残っているパターンだ。これがあと何度見られるのか。癖になります。中毒性があります。
すべては兼家と晴明の策だった
藤原詮子が父・藤原兼家の手を取り、ぬくもりを確かめています。
もしものことがあっても、東宮には後ろ盾があると告げて、さらにこう続けます。
「どうぞご安心ください、心を置きなく旅立たれませ」
「そうはゆかぬぞ」
目をカッと見開く兼家。
「キャーーーーーーーーーーーー!」
悲鳴が響き渡る……って、そりゃそうなりますわな。
そして道隆、道兼、詮子、道長を前にして、兼家の暴露タイムが始まります。
代理の殿上間で倒れたところまでは本当だった。その後、家で回復したが、しなかったことにしたのだと。
理由は、我が一族の命運を担う大事な話だと前置きし、身を正してよく聞けと告げます。
トリックを仕組んだのは、安倍晴明の祈祷のタイミングでした。
目覚めたことを告げようとする晴明を止め、兼家は東宮即位を見られるのかと問いかけます。
安倍晴明が全力で祈祷していると返されるものの、それだけでは足りません。
帝には譲位してもらわねばならない。そして東宮が即位しなければならないのに、帝は思いのほかしぶとい。そう訴える兼家。
すると晴明はこう言います。
「策はございます」
「なんと!」
「私の秘策、お買いになりますか?」
「買おう」
「されば……」
かくして商談成立となりましたが、実際の安倍晴明を考えれば納得のいく流れです。陰陽師は官位が低く、おとなしくしていたらそんなにお金持ちになれない。
占いをして、依頼者の気にいるように返せば、ありがたい結果だとお礼をもらえる。
占いというのは、相手の望む通りに結果を出すことが大事なのです。
これまた『鎌倉殿の13人』と比較してみましょう。
精神が弱った源頼朝に対し、不吉な色を告げてしまった阿野全成は晴明に劣ります。バカ真面目に答えを出すのではなく、ラッキーカラーでも告げて、心を元気にさせた方がよかったのかもしれません。
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ともかく、こうして心理操作の達人と、目的のためならば手段を選ばぬ権力者は手を組みました。
安倍晴明が心理を操る諸葛孔明だとすれば、兼家は仮病で相手を油断させる司馬仲達を連想させます。
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兼家は眠ったふりをする。そのうえで、兼家には藤原忯子の怨霊が取り憑いたことにして、噂を流す。
晴明は直接帝に報告する。それを道兼がスパイとなって探る。
これから先、内裏でさまざまなことが起きる。兼家が正気を取り戻し、忯子が内裏に向かったことにする。成仏を求めていると晴明が帝に告げる。
そして成仏させるにはどうするか?
力の全てを賭け、帝を玉座より引き摺り下ろす!と宣言する兼家です。
詮子に対しては、左大臣の源などなんの力もない、味方せねば東宮は即位できないとさらに脅しをかけています。
安倍晴明と藤原兼家、なんて嫌なコンビなのでしょう。
花山天皇の心を掴んだ道兼
父と晴明の謀を聞いた藤原道隆は見事さに打ち震えたそうです。命を賭けても父を支えると決めたとか。
その一方で、弟の藤原道兼に「なぜスパイになっているのか」と問いかけると、道兼は勝ち誇ったように、道隆よりも道長よりも使い物になったとドヤ顔です。
蔵人頭なのに、右大臣の息子というだけで遠ざけられていた。けれどもある日、腕の傷をご覧になった帝が自分を信用したのだと。
傷を見て驚く道隆。
己でつけたと語る道兼。
正気を取り戻した父につけられたと語るためにそうしだのだと。
花山天皇は、すっかり道兼に共感していました。
二人は心に穴が空いていた。
花山天皇は藤原義懐からおなごをあてがわれる。子作りせよとせっつかれる。けれども帝の心にはまだ忯子しかいない。
道兼はそんな心の穴を埋めるように、酷いことだと同情を見せつつ、人の心を無視してあてがう義懐らの姿勢に憤る。
この瞬間、花山天皇の中に何かが芽生えたのでしょう。道兼は帝の忯子への思いを理解します。義懐とは正反対です。
道兼の心にも穴が空いています。
父に認められぬ悔しさがあり、そこを埋めるためならば何でもしてしまう。
兄や弟が父の枕元にいたころ、大役を果たそうとしていたと語る道兼には、自信があるように思えます。
それにしても、道兼は帝の前で上半身を脱いでいるところがなんとも言えません。
耽美です。
東洋の伝統として、同性同士だろうと、異性相手であろうと、とてもロマンチックな目線を送り、記録するということがあります。
藤原道長がまひろを思いつつ詠んだ白居易の詩にせよ、同性の友人である元慎を思い浮かべながら詠んだ作品です。
東洋以外の研究者は「これはもう、この二人は恋人だったのではないか?」としばしば論争を起こすものの、決着しないとか。
藤原道長と紫式部も、結局、関係は決着しないとされています。
日本は伝統的に同性愛への忌避はない。『源氏物語』でも光源氏は空蝉と接近するために、その弟と性的関係を持っているともされます。
院政期は、有力貴族が公然と同性愛ネットワークを持つようになっていた。
藤原実資は「こんな恥ずかしいことは日記に書かん!」と熱く主張していますが、院政期ともなると、藤原頼長『台記』にはカレピとの行為感想を赤裸々に書くようになってしまいます。
道兼があえて脱いでいることは、何かを誘導しているとみなしてもおかしくはありません。そこは自由にできると。
そしてここでちょっと持ち出したいのが、今週はお休みの藤原斉信ですね。
中国の皇帝で寵姫にメロメロとなり、その死後やる気を失った代表格といえば、唐玄宗、そして前漢武帝です。
武帝は李夫人を失うと「魂だけでも戻ってきてよ〜」と嘆くほど。
この李夫人の兄である李延年は、チンピラのようなたいしたことがない男だったにも関わらず、武帝に取り入り大出世を遂げています。
李延年のように斉信も、もっと頑張って、帝に「ね、私って妹そっくりでしょ?」とでも迫ればよかったんじゃないですかね。アピール不足だったのでは?
斉信には道兼みたいに脱ぐほどのガッツはなかったということなのでしょう。
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そして彼らが鳥辺野に向かうと
散楽兼盗賊一味は、獄中でのんびりしています。
「せいぜい鞭打ち30回か」と見積もっていて、出たら女に会いに行くと軽口を叩くばかりか、笑い合い、歌いながら踊るほど。
そのころ道長は、検非違使庁に弟が勤めている者から、一味の出立時刻を聞きます。
なんでも明日の卯の刻だとかで、百舌彦も乙丸に伝え、まひろと一緒に見送りに出向くことにします。
しかし、いざ道長が獄に行くと、一行はもういない。すでに出発したというが何処へ?
「鳥辺野……」
そう言われ愕然とする道長。鳥辺野は屍を捨てる場所なのです。
まひろと馬に乗り、鳥辺野へ急ぐと、カラスがたくさんいます。
何かに群がっている……と、そこには屍がありました。
散楽一座です。
「愚かな……」
そう呟きながら遺骸を改める道長。
直秀は、手のひらに土を握りしめて死んでいました。
精一杯の抵抗をした証でしょう。その土を払い、扇をそっと握らせる道長。カラスを追い払いながら、手を合わせます。
「すまない」
土を掘り進めながら、道長は呟きます。
「すまない。皆を殺したのは……俺なんだ。余計なことをした! すまない……すまない、すまない、すまなかった! すまなかった!」
叫ぶ道長。正確な理由は不明なれど、彼が賄賂を渡したせいで、直秀たちは殺されてしまったのでしょう。ただのケチな盗人ならば、放免で済んだかもしれない。
彼に抱きつくまひろ。
二人は泣いて、手を合わせ、埋め、弔いました。
とぼとぼと馬の上でゆられてゆくまひろ。その前を歩く道長。魂が抜けてしまいそうな、呆然とした顔がそこにはあります。
わざとらしい号泣ではなく、本当に何かのスイッチが切れたような顔です。
それでも、二人が歩く鳥辺野の森はあまりに美しい。光と影が織りなす景色を背景に、人は進むしかありません。
晴明、帝をそそのかす
内裏では奇怪な出来事が続発しています。
犬の死体が見つかる。
廊下が濡れている。
弘徽殿で白い影が見える。
忯子様の怨霊だと皆が囁き始めます。
花山天皇は右大臣が死ななかったことをしぶといと悔しがり、虫唾がはしると呟いている。
と、安倍晴明が帝に報告します。
右大臣が死ななかった結果、成仏できない忯子の怨霊が内裏に飛んできたのだと。
忯子を憐れみ、どうしても成仏させてやりたいと言い出す花山天皇に対し、そんなことは帝にしかできないと言い出す晴明。
なんでもすると乗り気なところで、躊躇するように「んー」と引き延ばす晴明です。
もったいぶるなと苛立つと、こうきました。
「ならば、お上が出家あそばされるしかございません」
なんなんだよ!
ちょっと真顔でそう突っ込みたくなりました。いや、話がおかしいとか、考証ミスとかではなく、当時の思想というか宗教のごった煮感がすごい。
怨霊云々は、シャーマニズムも強い【神道】でしょう。
で、成仏させるというのは【仏教】。
これを主張しているのは【陰陽道】をおさめた陰陽師。
何が何やらわからない、本当にわけがわからない。
そもそも、同時に複数を信じてはいけないという考え方が、東洋にはないといえばそうなります。
世を正すことはできるのか
藤原為時の家では、藤原惟規が大学入学を前にして挨拶。
父の顔を潰さぬよう努めると決意を告げます。
乳母のいとは泣いています。今生の別れではないし、休みの日は帰ってくるとまひろが告げても彼女の涙は止まらない。赤子のころから片時も離れたことがないそうです。
一念通天(いちねんつうてん)
『周易参同契』より
ひたむきに一つのことを思いつつければ、天に通じるということ。
率先垂範(そっせんすいはん)
『史記』、『宋書』より
人の先頭に立ち、模範を示すこと。
温故知新(おんこちしん)
『論語』より
過去に学んだことをもう一度復習して、新たな意味を見出すこと。
独学孤陋(どくがくころう)
『礼記』より
人と接することなく学んでいると、意見が偏ってしまう。現代ならばエコーチェンバーか。
さて、惟規は理解できたのか?
というと、一つだけわかったそうで、為時は情けないと嘆くしかない。今日から本気出すと返す惟規。典型的なダメな言い訳ですね。
それでも為時は励まします。
「しっかり学んで、見違えるように成長せよ」
「はい! 行ってまいります」
と、晴れやかに出立するも、為時は心配で仕方ないようです。まひろがなんとかなると励ますと、お決まりのことを言い出します。
「おまえが男であったらと今も思うた」
まひろも同意します。この頃そう思うようになったと。男であったら勉学に励み、大学で学び、内裏に上がり、世を正す。そう決意を語るのです。
「ほう……」
そう感心する父に、まひろは返します。
「言いすぎました」
そう笑うまひろでした。
MVP:まひろと道長
今週のMVPは直秀――と言いたいところですが、今回の彼は自分の意思でしたことはあまりない。
彼は身分制の矛盾を突きつけた回が、問題提起としてあった。
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『光る君へ』感想あらすじレビュー第5回「告白」
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そして終わりを迎えました。
みなさん悲しくてたまらないと思いますが、この退場によって彼は完璧な像になったと思います。
歴史の教科書に、直秀みたいな人物は出てきません。彼らは歴史の狭間に落ちて散って消えて、どこに骨があるかすらわかりません。
では無駄に生きていたのか?というと、そんなはずはない。
彼らの生きた時間を思い、涙を流すことで、弔うことができます。歴史を学ぶ意義が芽生えます。
【正史】に対する【稗史】は重要です。
日本ではフィクションでも【正史】が強くなり、【稗史】が弱いということは指摘されています。
大河ドラマにせよ、かつて架空主人公の作品もありましたが、いつしか消え、稗史目線のために出した人物は「オリキャラ」「邪魔だ」と罵倒されてしまうこともある。
『麒麟がくる』の駒、東庵、伊呂波太夫が罵倒されているファンダムを見て、私はそういう稗史軽視に危惧を覚えていました。
あの作品はなんとなく気に触る要素があるけれども、そこを指摘できないモヤモヤ感が、稗史目線人物にぶつけられていたとは推察できるのですが。
ともあれ今年は『鎌倉殿の13人』の善児とトウに続き、そうした懸念を払拭しそうで安堵しています。
稗史の人物は、正史側の鏡を果たすこともある。
直秀という鏡に映ったまひろと道長は、純粋なようで、何か亀裂が入るような不吉さも感じさせます。
まひろは、道長との恋はもう決着がつきつつある。源倫子と結ばれるという路線だと納得させつつあった。
道長はまひろほど大人になれない。ふわふわした恋に包まれている。
それもそろそろ時間切れだったところで、直秀が屍となってしまった。
道長は己の迂闊さを悔やみ、泣く。けれども彼は、同じような甘っちょろい過ちはしないという方向へ向かうようにも思えます。
一方でまひろは、直秀から鴻鵠の志を受け取ってしまったように思えます。
世を変える――そう思ったからこそ、女であるという壁に激突します。大学に行けないじゃないか……と。
隣に並んで座っているけれど、見ている方向は違う。そんな状況がますます決定的になったように思えます。
そしてここで大きな謎かけがされます。
『麒麟がくる』の明智光秀と織田信長も、志が違って本能寺という結末に向かってしまった。
『鎌倉殿の13人』だって、あんなに仲が良かった北条義時と北条政子が、最終回でむごい決裂を迎えてしまう。
今年はこうした関係性をさらに突き詰めてきます。
まひろの「世を正す」思いはどこを見ればわかるのか?
まひろと道長は、どう決裂し、対峙するのか?
盛り上がってきました。
戦があるかないか、それはどうでもよいのです。人が人として生きる上での心の動き。これをきちんと描けば盛り上がります。
直秀ロスは理解できるが……それどころじゃないかもしれない
ただし、いつまで直秀ロスでいられるかどうか――それが本作の恐ろしいところです。
平安時代なので、今後、割とあっさりとロスを連発しそうな疫病の発生もあります。
それだけでなく、新たな人物を補給することが確定しています。
藤原為時がたどたどしい中国語を話す一方、越前には中国語の発音がバッチリできる朱仁聡と周明が漂着。
朱仁聡を演じる浩歌さんは中国語がペラペラです。
そして周明は、松下洸平さんです。
このドラマのスタッフは、彼がブレイクした『スカーレット』から続投している人が多いとのこと。
となれば、相当火力が高い周明になることでしょう。期待しましょう!
そして最後にお礼です。
私も漢籍関係で間違ったことを書き、ご指摘を受け修正しました。
全くもって情けないと思うとともに、独学孤陋とはこのことかと痛感しています。
マウントを取ったり勝ち誇るのではなく、様々な意見を聞いて学ばねばならない。
今年の大河ドラマはそう感じさせるので、秀逸だと思います。
実資のようにクワッと目を見開いて主張したいのですが、学びがない大河ドラマはやはり間違っていると思います。
💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅
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【参考】
光る君へ/公式サイト














