光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第18回「岐路」

2024/05/06

長徳元年(995年)、筑前守と大宰少弐の任期を終えて、藤原宣孝が戻りました。

お土産は「変わった味のする唐の酒」とのこと。

宋代に造られ始めたという「白酒」です。まだ本場でも珍しい品をよくぞ手に入れました。

 


魅惑の宋とビジネスチャンス

2023年に放送されたドラマ『パリピ孔明』で、オーナー小林が「昔の酒は弱い」と孔明に問いかけていました。

孔明が生きた三国時代は醸造酒でも、宋代になると蒸留酒である白酒ができてくる。日本で焼酎ができるのはまだまだ先のこととなります。

白酒は慣れないと香りがキツいようにも思えますが、その奥深さを理解して味わえるようになればよいもの。

よろしければ皆さんも一度お試しになってみてはいかがでしょう?

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蒸留酒の話からは、宋の技術力の高さも伝わってきます。

宣孝は、戦人が好むというこの強い酒を、まひろにも勧めてきました。

飲み干して「カッ!とする」と度数の高さを表現するまひろ。確かに戦の前に己を鼓舞するにはよいと語ります。

宣孝はしみじみとこう言います。

まひろは打てば響くいい女になった。歳を重ねて色香を増した。

なんなんでしょう、この、宣孝の圧倒的なスケベ感は!

女性を酔いつぶして不届な行為をはたらくものは論外としまして。同意のうえで酒を少し飲ませ、頬に血の気がのぼる様を楽しむのは、粋な男という感があります。

宣孝が、親切なおじさんから、色気あるおじさまにランクアップを遂げた瞬間でしょう。

まひろは「お戯れを」とあしらいつつ、宋のことを聞き出そうとします。

博多の津には商人だけでなく役人、薬師(医者)も来ているとか。

さらに宣孝は【科挙】のことも説明します。

合格すれば身分が低くとも政治に関わることができるシステムであり、実は日本でも一時導入されていましたが、廃れてしまいました。

まひろはこの話に驚いています。

知識としてはあってもおかしくないとは思いますが、実践されている様を聞くとなると色々と違うのでしょうか。

科挙は時代ごとに異なります。

唐代は、科挙はあっても、まだ貴族制度が残っていました。

明代以降はテクニック重視となり、多様性が失われ、弊害も大きいとされます。

その点、宋代はバランスがよく、この時代は官僚のレベルが高いとされます。宋代政治は日本でもお手本とされたものです。

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まひろは、そんな身分に縛られない宋に憧れ、行ってみたいとうっとり。

宣孝は唐の薬を取り出します。切り傷に驚くほど効くとかで、藤原実資が見たら欲しがりそうな逸品ですね。

この薬を売り捌くことで、宣孝はボロ儲けをしました。

地方赴任は金儲けのチャンス。財も蓄えたから、妻を増やす気にもなってきたのでしょうか。

さらには唐ものの紅まで、まひろのために買ってきました。

早速つけさせてみる宣孝。

「よいではないか! 思い描いた通りじゃ!」

満足げな宣孝は、本当に良い意味でいやらしくなりましたね。

為時は色気から話を逸らしたいのかどうか、太宰府の魚の話をします。

嬉しそうな宣孝は、イカ、エビ、タイがうまいと返しつつ、生物は持って帰れぬと言うしかない。

まひろは太宰府から宋の距離を聞きます。

船で十日、宋の都(開封)まで陸路で二ヶ月。

まひろが行く気になるからやめてくれと為時が言うと、ならばわしが一緒に行く、商いもできると微笑む宣孝。

為時は「その気になったら困る」と返すしかありません。

このシーンからは、宣孝とまひろの距離が縮まるだけでなく、別の影も見えてきます。

かつて直秀と旅立つことを夢見たまひろ――今度は宋へ旅立つことを、別の誰かと考えてしまうのではないでしょうか。

楽しみになってきましたね。

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次の関白は誰だ?

仕事をする公卿たちが出てきます。

藤原道綱が、先の関白である道隆の死から十日が経過したと言うと、中宮は「兄の伊周を関白にせよ」とせがんでいるのではないかと見通しを語る平惟仲。

藤原実資が憎々しげに吐き捨てます。

「出過ぎものの中宮が!」

伊周は若すぎるばかりか、帝も若い。

その懸念を道綱が口にすると、実資も「たまにはよいことを言う」と同意しています。

さらに、道兼は帝の叔父で、伊周は従兄弟であるから、道兼が関白になるべき順番だろうと続くと、実資も「好きではない、全く好きではないが」と付け加えながら、「関白は道兼がなるべきだ!」と熱く主張します。

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継承順位について兄弟と父子を絡めると混乱するのは世の常。伊周と道長のように、甥と叔父が対立しかねません。

この対立パターンは例えば『鎌倉殿の13人』にもありました。

和田義盛の父・杉本義宗は、三浦義明の嫡男でした。

本来は彼が三浦を継ぐはずでしたが、その前に亡くなってしまい、弟の三浦義澄が当主となります。

平安貴族でなく坂東武者同士の対立が血生臭い惨劇となることは、ドラマで描かれた通り。

こういうことを繰り返していたら同族同士が潰し合い、危険である――と、人類は認識するようになります。

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時代がくだると兄の血統を重視し、叔父は当主を継承しないことが成立してゆきます。

日本では戦国時代にはそうなっていて、例えば大河ドラマですと『麒麟がくる』の明智光秀(甥)と明智光安(叔父)がそうでしたし、『どうする家康』の本多忠勝(甥)と本多忠真(叔父)も同様の血縁関係でした。

どちらも叔父が甥を守り抜き、当主としています。

 

伊周には人望がない

帝は「右大臣道兼を関白にする」と伊周に告げました。

思わず愕然としてしまう伊周。

帝としても、右大臣をさしおいて内大臣を関白にすれば公卿の不満が一気に高まると懸念しているようえす。公卿に割れて欲しくないと、伊周に帝が謝ります。

伊周も受け入れるしかなく、悔しそうな表情を浮かべ、帝の隣で定子が虚な顔をしている。

妹と二人きりになった伊周は豹変しました。

これでは亡き父上が納得しない!と吐き捨て、おまえは何のために入内したのか!と毒付くのです。

定子が「このところ帝は夜もおやすみになっていない」と取り繕うとしても「迷うからだ、私を選んでいればよいのだ」と相変わらずの口調で吐き捨てています。

伊周を関白にすることを帝は不安がっている、もっと人望を得るように――定子がそうやんわり助言しても、

「人望?」

とトボけているのか本気なのか、苛立たしげに伊周が部屋を出てゆきます。

廊下ですれ違った清少納言が、頭を下げて伊周を見送り、定子のもとへ。

顔を合わせると、弱音を吐かれます。

「私はどうしたらよいのでしょう? 帝も、兄上も、私にとってはどちらも大切なお方なのに……」

「少し横におなりくださいませ」

そっと声をかける清少納言。このドラマは『枕草子』に書かれなかった姿がこうして描かれてゆきます。

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流星の関白・藤原道兼

藤原道隆の死から17日後、藤原道兼が関白となりました。

道兼にとっての恩人は道長。

藤原公任の屋敷で荒れていたとき、救ってくれたと言われた道長は「そのようなこともありました」としれっと返す。

そして道長を右大臣にします。

道長は救い小屋を公の仕事にして欲しいと訴える。

「もちろんだ」

「兄上なら、よき政ができましょう」

そう語り合う兄と弟には、かつてない団結力を感じます。

道兼は、もう父の兼家に恨みはない。ただ、あの世の父を驚かせるような政がしたいのだと。

以前、その兼家は藤原寧子(藤原道綱母)との会話で「地位が人を作る」と語っていました。

今の道兼は、関白にふさわしい人徳を身につけているように見え、伊周にはそれがない。

具体的な政策としては、諸国租税を減免し、新規の荘園を停止するようです。これには道長も、敬意をこめたまなざしで兄を見て「兄上なら必ずや」と返すのでした。

そして道兼は、関白就任の慶賀奏上のため清涼殿へ向かいます。

しかし、そのとき、ふっと力が抜けたように倒れ込んでしまう。

音が消えて無くなり、静寂の中、道長が道兼を抱き抱える姿が見えます。露骨に喜びを見せる伊周の顔も映る。そういうところが人望のなさに繋がるのですが、本人も気付いていないのでしょう。

道長は、道兼のもとへ薬師を連れてゆきます。祈祷でなく薬師というところがありがたい。

しかし道兼は「疫病だから近づくな」と拒絶する。悲田院で見た者と同じ症状のようです。

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それでも「ご無礼を」と侘びながら、兄のもとへ近づく道長。

道兼は弟を遠ざけたい。道長が倒れたら家が終わってしまう。二度とくるなというけれど、まひろを看病した道長は疫病でも治る者はいると強引です。

「出ていけ、早く! 俺を苦しめるな、行け!」

そう道長を強引に追い払うと、道兼は手を合わせ、読経を始めます。そして自虐的に笑います。

「俺は浄土に行こうとしておるのか? 無様な、こんな悪人が……」

思わず道長は引き返し、兄を抱きしめる。

愛を求めて得られなかった道兼は、弟のぬくもりと共に人生を終えました。

関白の慶賀奏上から七日。

享年35でした。

 

次の関白をまた決めねば

疫病が猛威をふるい、道兼が死んでからわずかひと月の間に、道長、伊周を除く大納言以上の公卿は死に絶えた――衝撃のナレーションが語られます。

中関白家でも、このことを話しています。

藤原隆家が「七日関白とは情けない」とあざ笑うと、伊周は「よくぞ死んでくれた」と容赦がない。母の貴子ですら、たしなめることはなく、父上がお守りくださったのだと言います。

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伊周は自信たっぷりです。私が関白になれば家の隆興は間違いない。跡を継ぐ息子も、入内させる娘もいると語っている。

道長は、兄の死に呆然とし、倫子はそっと見守っています。

敵(かたき)とはいえ、これで良かったとは思えぬと語るのは藤原為時。

「さぞや無念であったろう」

と続けると、まひろが黙って立ち上がり、母の形見である琵琶を弾きます。

あのお方の罪も無念も全て天に昇って消えますように――そう願いつつ、琵琶を奏でるまひろ。

この父娘は、儒教教典も読みこなし、「人望」に繋がる徳を身につけています。

藤原詮子が、道長と倫子を呼び出しています。

遅いと言われ、内裏での仕事が長引いていたと詫びる道長に対し、詮子はこう切り出します。

「わかっていると思うけど、次はお前よ」

「私には務まらないと言うな」と先回りされて釘を刺されてしまった道長は、それでも「関白になりたいと思わない」と返します。

苛立ち、道長が断ったら伊周になってしまうと嘆く詮子。

「それでよい」と道長が返答すると、倫子も今のままで十分だと続けます。

イライラが沸点を超えてしまったのでしょう。詮子は「黙っていろ!」と声を荒らげ、倫子は謝るしかありません。

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道長はそれでも倫子の言う通りであり、今の帝は若く聡明であるから大丈夫だとして関白を辞退します。

一方、藤原伊周は屋敷で宴会を開いていました。

有力貴族を集めて自身の味方に固めよう、という魂胆でしょう。

伊周は、藤原実資がいないことを確認しながら「私の話など聞きたくないだろう」と語り、大勢の客を前にして「皆の意見を取り入れながら帝との橋渡しができる」と自信たっぷりに宣言しています。

しかし、受け止める公卿側はどうにも熱意には欠けている様子。

藤原実資は、伊周の関白就任が確実になった、よろしくない流れだとつぶやいています。

藤原斉信は、藤原公任藤原行成を前にして、伊周で決まりだなと結論。

道長が関白になったほうがいいとはいえ、果たして本人にそんな気持ちはあるかどうか、公任は疑問を抱いています。

熱意をこめてやたらと道長推しを宣言するのが行成でした。

 

道長は不人気なのか?

まひろのもとに清少納言がやってきます。

彼女はお菓子を持参。中宮様からたまわったからとお裾分けしてきます。

口に運んで満面の笑みで喜ぶまひろの表情から、そのお菓子がどれだけ珍しくて貴重か伝わってきます。

清少納言は関白がどうなるかという話題にうんざりして、まひろのもとへ来たのだとか。

道隆の子である伊周だろうと父が申している。まひろがそう言うと、清少納言もそうだとは思いつつ、道長かもしれないとも語ります。

「道長」という言葉を聞き、思わず動揺するまひろ。その一瞬の動きを察知して、「道長様を知っているの?」と尋ねる清少納言。

そういえば漢詩の会で会ったっけと清少納言は納得しました。

まひろはよく存じ上げないといいつつ、「道長の政治はどうか?」と聞き返します。

清少納言によると、細かいことに厳しくてうるさいらしく、例えば定子が螺鈿細工の厨子棚が欲しいと言ったところ、そんな贅沢は許さないと却下されたのだとか。

思わず笑い出すまひろ。清少納言に「おかしいの?」と聞かれて、慌てて「あ、いえ」と誤魔化しています。まひろは無表情か、思ったことが無意識のうちに顔に出るか、極端ですからね。

このシーンは、なかなか難解なやり取りと言えるのではないでしょうか。

道長の書いた日記はじめ、当時の記録を見ると、道長は「細かいことに厳しい」どころか、よくいえば鷹揚、悪く言えば大雑把な性格です。

螺鈿細工の厨子棚はかなりの高級品。家具ならばそこまで装飾過多でなくてもよいと道長は考えたのでしょう。

つまり、定子や清少納言周辺は、金銭感覚が相当おかしくなっているとも思える。

道長はごく常識的な範囲で咎めたのに「こんなことすら許さないなんて!」となるのだとすれば、おかしいのは定子周辺なのです。

それにまひろならば『韓非子』を出典とする「箕子(きし)の憂い」だと思えたかもしれません。

暴君とされる殷の紂王が、あるとき象牙の箸を自慢しました。

箕子はこのとき、象牙の箸を自慢するのならば、そのうち箸にあわせて、食器まで玉器にするかもしれないと懸念します。どんどん贅沢になって歯止めが効かなくなるだろうと。

この予測は果たして当たりました。

たかが贅沢な調度品ひとつにしても、嫌な兆候があるもの。それを見抜き、事前に止めた道長様はえらい!

そんなことを思ううちに、まひろはにやけてしまったのかもしれません。

清少納言はなおも、公卿でも女官の間でも人気がない、偉くなる気もない、権勢欲もない、ありえないと言います。

あの人、人気がないんだ――まひろは心の中でそう思います。

ただし、これは清少納言側のバイアスがかかった意見でしょう。

まひろからすれば、道長の節約思考はむしろプラスなのです。

 

詮子の政治介入

久々に藤原惟規が登場。

まひろを見つけると、「男もいないくせに物思いに耽っている」とからかいます。

父の藤原為時も喜び、いとは「試験を済まされたのか」と聞いている。惟規は、今度こそ!と言い続け、毎回失敗しているようです。

再会を喜ぶまひろが、宣孝にもらった唐の酒で宴にしようと言い出します。

最近は『白氏文集』の新楽府が話題だと語る惟規。

白居易か?と為時が返すと、なんでも政治を糺す内容であるところが人気の秘密だとか。

興味津々になったまひろが、どういう内容なのか?と問うけれど、惟規は読んでいないからわからないとか。そんなことで文章生になれるのかと為時も呆れています。

為時の書庫にも無いようで、まひろは惟規に入手を頼みます。

これ以上、姉上に賢くなられてもなぁ、とぼやく惟規。

このあたりはまひろの知識欲があらわれていますね。

かつて道長には陶淵明『帰去来辞』を書き送りました。政治批判、正しい世を望む気持ちがこめられた詩です。

白居易はこうした先行作品を参照しつつ、自らの作品に反映させる。

まひろが欲している白居易の新楽府は、そうした作品なのでしょう。

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止めようとする源俊賢を払い除け、「どけ、どけ!」と振り切って進む藤原詮子

帝が露頂姿で現れました。いくら相手が母親とはいえ、かなりはしたない姿といえます。

次の関白を誰にするのか?

詮子が問いかけると、伊周にする、明日には公にすると返す帝。

詮子は「おそれながら」と前置きしつつ、その意見に大反対します。

前関白の道隆は帝が若いとやりたい放題で、公卿たちは不満だった。伊周も道隆と同じやり口で仕切って、お上をまともに支えないだろう。

それでも伊周を信じている帝は、詮子の意見を否定します。

「中宮にお上は騙されている!」

ひときわ強い口調で諭す詮子に、ムッとしながら帝が「どういうことか」と聞き返すと、詮子が続けます。

道兼を関白にして定子を失望させてしまったから、次は定子の兄を関白にするのだろう?

帝は定子を愛でているが、そのことで政治は変わらない。

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ここで彼らの価値観として、先にでた白居易の影響があると考えましょう。白居易の代表作『長恨歌』背後にある世界観です。

あの詩はロマンチックで平安貴族はことのほか愛でていました。それこそ、本作の清少納言なら「ね、愛は素敵よ」とでも済ませてしまいそうなところです。

しかし、帝は警告として読み込んでいてもおかしくない。

なぜあの詩に描かれている楊貴妃は死んだ? 政治は乱れた?

帝王の愛は時に重く、政治に反映させると危険である。

詮子は悪いことは言わないから道長にすべきだと訴えます。

姉として共に育ってきた。母として帝を育てた。だからこそわかる。道長は野心がなく、人に優しく、俺が俺がと前に出ない。お上にとってよい関白になると説得するのです。

それでも帝は伊周に決めているという。

詮子は断固として譲らない。母をとるか、妃をとるかと詰めながら、さらには父・円融帝の無念まで訴えてきます。

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関白に思うようにされて政治ができなかった父のようになるのか? 父の無念を晴らすためにも専横的でない関白がよいのではないか?

ならば道長に決めて欲しいとしつこく訴えるものの、帝は「伊周にする」として譲りません。

しかし……。

翌日、帝は伊周でなく、道長に内覧宣旨を下しました。

荒れ狂った様子で定子のもとへ伊周がやってきて、「どけ、どけ!」と女官を追い払います。清少納言が伊周を見る目も、怒りに満ちた厳しいものとなってきました。

定子はお静かにして欲しいと言うものの、伊周は荒れ狂っている。

「帝のご寵愛は偽りであったのだな!」

「そうやもしれませぬ」

そう返す定子に、年下の帝などどのようにでもできるという顔をしていたではないか!と詰め寄る伊周。

定子は冷静に、関白ではなく内覧宣旨にとどめたのは帝の私への気遣いだと反論します。

伊周は内覧宣旨を取り上げられたうえに内大臣のままであり、そんな心遣いは意味がない!とさらに投げやりになります。

「こうなったらもう、中宮様のお役目は皇子を産むだけだ! 皇子を産め、皇子を、皇子を産め! 早く皇子を産めー! 素腹の中宮などと言われておるのを知っておるか? 悔しかったら皇子を産んでみろ。皇子を産め、早く皇子を、皇子を産め!」

亡き道隆そっくりの口調で妹に迫る伊周。これでは詮子の言う通りに思えてきます。

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帝は、夜になると、定子に「嫌いにならないでくれ」と訴えます。嫌いになどなれないと返す定子。

「そなたがいなければ生きられぬ。許してくれ。そばにいてくれ」

そう定子を抱き寄せる帝。なんて悲しい愛なのでしょうか。

『貞観政要』を愛読する帝は、楊貴妃への愛で国と傾けた玄宗よりも、貞観の治を体現した太宗を目指したいのでしょう。

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さわとの別れ

さわがまひろのもとを訪れ、「これでお別れだ」と告げています。

肥前守を拝命した父と一緒に行かねばならないのだとか。せっかくまひろ様と仲直りできたのに……と嘆いています。

父上が国司になるのはめでたいとまひろが言っても、肥前は遠い国であり、もう会えないかもしれないとさわは残念がっています。

国司の任期は四年だから、そんなことはない。

まひろがそう励ましていると、惟規がひょこっとやってきて、何を泣いているのかと尋ねてきます。

さわが肥前に行くと聞き、俺に当分会えないから悲しんでいるのかと言い出す惟規。

さわはあっさりと、昔は慕っていたけど今はもうやめた、よき思い出だとあっけらかんと返します。

「は?」

思わずキョトンとする惟規。

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人の心はうつろうものだとあっさり言ってのけるまひろ。お別れは寂しいと惜しむさわに対しては、また会えると励ますのでした。

このドラマは意識的に男女間と同性間の関係性を、偏見なく再構築しているように思えます。

女同士はドロドロだとか、薄っぺらいとか、そういう偏見込みで描くフィクションはまだまだ多いものです。

それは結局、書き手に男性が多いとか。そういう偏見に迎合するのが賢いと錯覚するとか。そういう古臭い感性でしょう。

紫式部は同性との友情に篤いことがわかります。

彼女が主人公ならば女同士のシスターフッド礼賛はむしろ偏見をとりのぞき、あるべき姿を見せるだけなのだといえます。

 

去り行くまひろ

一月後、藤原道長が右大臣となりました。

伊周の内大臣を超え、公卿の頂についたことになります。

藤原穆子が、女院様(詮子)の提案を受け入れて道長を倫子の夫としたことは大当たりだったと娘の倫子に語っています。

あえて関白を指名しないのは、それぞれに気遣った結果であろうと二人は考えていました。

そのうえで内覧と右大臣がセットなのだから、これで政治トップに立ったも同然と穆子は喜んでいる。

倫子は、道長が上に立つことが苦手だと心配しつつも、父上(源雅信)もあの世から喜んでいるだろうと微笑んでいます。

そして、それでもまだ「不承知、不承知」と言うかもと笑い合う母と娘でした。

今回の人事に驚いたのは、源明子の邸でも同様でした。

兄の源俊賢が興奮しながら、明子に話しかけています。

これでもう実質トップなのに、関白にならないからむしろ自由度が高い。これからは道長推しだ!と宣言する兄に、明子は情けないと呆れ気味です。

妹に、道長に自分を売り込め、褒めておけと言う俊賢。

褒めるところがないと返す明子。

道長は、まひろとの約束を果たせる位置に立ちました。

かつて彼女は訴えました。直秀のような理不尽な死に方をする人のいない政をして欲しい。その姿を死ぬまで見続ける。

何かに呼ばれたように、二人が愛を交わした廃屋に向かう道長。

そこには月光を浴びたまひろがいました。

昔の己に会いにきたのね。でも、今語る言葉は何もない――そう思い去ってゆくまひろでした。

 

MVP:藤原道兼

初回のちやは惨殺のインパクトが強烈だった藤原道兼

道長に対しても常に暴力的でした。

それがこんなにも清らかになって、彼が関白となる姿をもっと見ていたかったと思わせるとは、すごいことでしょう。

花山院でもそうでしたが、当時の政治停滞をふまえ、具体性のある改革案をさわりだけでも見せてくるのが巧みだと思えます。

大河でも、綺麗事ばかり言って具体的な政治姿勢が見えない人物はいるものです。

もう「言われんでもわかっているぞ」と返されそうですが、『青天を衝け』での渋沢栄一の経済政策。

そして『どうする家康』における家康の政治。

どこが優れているのか説明がないに等しかった。

イケメンが綺麗事を並べればいいわけじゃない。

その点、道兼は、道長の救い小屋について賛同するだけでなく、税の減免や荘園制度の改革などについて触れていました。

聡明な人だった。惜しまれる人だ。そう思えてきます。

政治家としてだけでなく、人間としての温かさもありました。

落ちぶれた自分を見捨てない道長がもう愛おしくて大事で仕方ない。

共に政治に取り組むと語ったときも、病をうつすまいと遠ざけるときも、愛が溢れていて切ない。

義理堅い人なんだと思えました。

玉置玲央さんはNHK大河ドラマで毎回当たりを引いていると思えて、実に素晴らしいと思います。

彼の力量があってこそできた道兼です。

彼の魅力を引き出すためにこの脚本や演出を作り上げたチーム全体の大勝利でしょう。

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佞言は忠に似たり

先週に続いて、朝ドラ『虎に翼』関連ニュースです。

◆【テレビ用語の基礎知識】主人公は現代からタイムスリップ?「虎に翼」に違和感 政治的な意図やメッセージ、社会に訴えるためのドラマ使用いかがなものか(→link

この記事は『虎に翼』のヒロインの口癖を借りて「はて?」としか言いようのないものです。

要するに「ドラマに政治を持ち込むな」ということですが、これは朝ドラではなく、今年と来年の大河から「何を言っているの?」となる話でしょう。

まひろは白居易の新楽府に興味津々です。

その理由は政治批判をしているから。むしろ政治理念を込めてこそ、漢詩はよりよいものになるとされてきます。

「漢詩は単純に文字の素晴らしさを味わうためのものなので、楽しませるためだけに作った方がよいと思います」

漢詩鑑賞の上で、そんな風に語ろうものなら「へっ」と鼻で笑われます。

このドラマにおける清少納言と紫式部の描き方にも、エンタメに政治を持ち込むことの対比があらわれているように思えます。

清少納言は、定子周辺の政治抗争を『枕草子』には反映させなかったとされています。

一方、『源氏物語』には当時の政治や価値観への批判も滲んでいるとされます。

そういう苦い要素を入れた方が文学として味がでると誘導しているように本作は思える。

『虎に翼』ほどわかりやすくストレートではないけれども、『光る君へ』もなかなかフェミニズム要素や家父長制批判、政治への洞察があるドラマといえます。

それでも『虎に翼』ほど激烈な叩き記事が出ないのは、今年の大河は白居易などを出してきて、読み解きが面倒だからでしょうか。

おじさま向けメディアの皆さん、そんな体たらくでいいんですかね。

フェミニズムを叩いてPVを稼げるならば、大河に絡めたほうが数字を狙えるはずですよ。

ついでに指摘しておきますと、こういう「エンタメに政治を持ち込むな」という考え方は、来年の『べらぼう』も楽しめなくなります。

江戸後期のクリエイターは「いかにオシャレに政治批判できるか?」という点が重要です。

政治を皮肉っておちょくると江戸っ子が買い漁る。

田沼意次時代はそれが自由にできたものの、松平定信以降は厳しくなる――そこをどう掻い潜るか? それが来年大河の戦いといえます。

その様子を見て視聴者が「今にも通じるなあ」と称賛したら、またこういう記事を出すのでしょうか。

「大河に政治を持ち込むのはどうかと思います。エンタメであるからには、純粋に楽しめるものにしてください」

あまりにも時代錯誤です。大河ドラマにはとっくに政治が持ち込まれています。

新札アピール大河の『青天を衝け』は、海外の大河ファンから「こんな露骨なプロパガンダを作っていいのか?」と心配された題材でした。労働運動を敵視して潰す渋沢を大河で礼賛するのはどうか?というワケです。

あるいは、スポーツに興味関心がないクドカンさんに、強引に政治イベントオリンピック礼賛『いだてん』を書かせたのも一体なんだったのか。

大坂の陣四百周年の年に無理やりねじこまれたような『花燃ゆ』。『真田丸』は大坂の陣401年目放映という、どこか間抜けなタイミングです。そのあとは明治維新150周年にあわせた『西郷どん』。

平成の薩長同盟とでも言いたいこの両作品は『八重の桜』の足元にも及ばず、会津に負けるために作ったのかと思えるほどでした。

むろん目的はその反対で、 会津大河を上書きしてやると息巻いた謎の力でもあったのでしょう。その時点でどうして指摘できなかったのでしょうか?

『虎に翼』と、それを叩く雑な記事のせいで、テレビ業界とそれを取り巻く環境の時代錯誤が露わになってきています。朝ドラだけではなく大河にまで波及すべき流れですね。

そろそろ認識すべきでしょう。

なぜ韓国ドラマがこうも受けているのか?

というと韓国のエンタメは政治批判が当たり前の要素とされているからであり、鈴木亮平さんはこう語ったとされます。

◆鈴木亮平「韓国に20年くらい差をあけられた」の衝撃 関係者が明かした、日本のドラマ現場の惨状とカネの問題(→link

世相を批判したドラマ『エルピス』で好演した彼らしい発言といえます。

どうして韓国に大きく差をつけられたのか?

その原因を真面目に探る局面に来ているでしょう。

これはコインの裏表でもあり、韓国ドラマの裏には、雑でくだらないプロパガンダに堕した大河ドラマや、企業や芸能界PR枠のような朝ドラが見えてきます。

ここ十年だけでもNHK大阪制作朝ドラは、執拗なまでに京阪神大企業と芸能界賛美をテーマにしております。受信料の意義を理解しているのでしょうか。

◆【全文公開】二宮和也、『光る君へ』で「大河ドラマ初出演」の内幕 NHKに告げた「嵐だけは辞めない」(→link

それをどこまで業界が認識できているのかというと、この上にあげた記事を見ると暗い気持ちにならざるを得ません。

真実かどうかはさておき、この記事は前提がおかしい。

『光る君へ』は視聴率が低迷していて、そこに嵐の二宮さんを起用することで起死回生を狙うという、実在も定かではないNHK関係者の声が出ています。

今年の視聴率低迷は題材からしてNHKは覚悟の上でしょう。

2023年、鉄板の題材である徳川家康を主役とし、嵐の一員が主演であった大河ドラマは歴代ワースト2を記録しました。忘れたとは思えません。

ジャニーズが大河において起爆剤にならないことを一年かけて証明したとも言えるでしょう。

一度失敗した手段に二度頼るほど、NHK大河チームは無能でないと思いたい。

問題はこういう明らかにおかしい記事を、PV稼ぎのために書き回してしまう業界そのものにあると思う次第です。

「佞言は忠に似たり」と言います。

へつらいの言葉は、熱烈な忠誠心じみた響きを持つ。

ファン心理にこびへつらってアクセス稼ぎを狙うような記事は、邪悪なものだと私は思います。

💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅


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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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