今から約500年前の1531年、イングランドで【救貧法】というものができました。
日本ならば戦国時代のド真ん中に、遠きヨーロッパではリッチメンたちが貧しき人々に手をさしのべるなんてさすが英国紳士……ではありません。
最初に考えたヘンリー8世とその家臣たちの理屈はこうです。
貧乏人が貧しいのは、怠惰ゆえの自己責任だ!
病気や貧しい者でなければ自力で働いて何とかしろ!
過度な自己責任社会の、現代アメリカよりも激しい考え方ですね。
しかし、この理屈は一体何をもとに成立したのか?
それは、厳しい職業訓練、そして強制労働でした。
職場の改善を言い出すような、経営サイドにとって不埒な者がいれば、罰を与えるのです。
働いて糧を得る、真面目な労働者こそ報われるべき――とのお題目を掲げれば美談のように思えますが、これはおそろしい「しばき上げ」の理屈であり、伝統的な慈善事業とは異なるものでした。
「救貧院に行くくらいなら死んだほうがマシ」
英国人が怯えるこの状況は長い間続いたのですが、では、そんなイギリスにおいて、当時どんな職業があったのか。
本稿ではイギリスが「日の沈まぬ帝国」と称された時代の“職”を取り上げてみたいと思います。
海軍水兵:大英帝国を守る盾は血と汗で作られる
きつさ:★★★★★
汚さ:★★★★☆
危険度:★★★★★
イギリスの発展は、強力なイギリス海軍(ロイヤルネイヴィー)が支えてきました。
エリザベス1世の時代は海賊がスペインの財宝を掠め取り、ナポレオン戦争の時代にはフランス海軍を叩きのめして国土を守り、制海権を獲得。
圧倒的な強さを誇る海軍はまさに国を守る盾だったのです。

トラファルガーの海戦/Wikipediaより引用
そんな海軍で働く人々が、それに見合うだけの待遇を得ていたかというと、そんなことはありません。
木造戦艦に乗り込んだ乗務員たちは、長いこと陸地を踏むことすらできず、劣悪な食事しか与えられませんでした。
虫の湧く堅い乾パン、水でもどした豆、塩漬けの肉、ビール、ラム酒。
ビタミン不足の乗組員たちは、壊血病に悩まされ続けます。
18世紀末になってライムの摂取が義務化されると壊血病患者は減ったものの、チフス、マラリア、コレラの患者は相変わらず多く、実に海軍での死亡者の半数は病死が占めていたぐらいです。
任務もまた過酷です。
高いマストにのぼって帆を張り、敵の戦艦と戦い、仕事で重大なミスをすれば容赦ない鞭打ち刑が待ち受けているのです。
そして、ひとたび敵と戦闘になれば、狭い船内に逃げ場はありません。砲弾の衝撃、飛び散る木片、大砲の発射音に耐えながら戦い続けねばならないのです。
病死、戦死、溺死、戦艦に乗り込むものにはありとあらゆる危険な死が待ち受けていました。
仕官ならば、敵艦を倒した際には栄光と報奨金に恵まれます。
しかし水兵ともなるとその分け前は僅かなものです。
運良く生き延びて引退の日を迎えたとしても、手足を失い、木片を体の中に埋め込んだまま、痛みに耐えて貧しい暮らしを送ることになる者もいます。
この時代は壊疽をおそれて、切断しなくてもよいような負傷まで手足を切断してしまいました。
しかも麻酔なんてありません。歯を食いしばって止血帯をして、のこぎりでギコギコと切るわけです。
まるでウォーキング・デッドですが、そうして切断された手足をバケツに入れた様子を「鶏の手羽みたいだな、ハハハ」と笑い飛ばしたりして……ああ、恐ろしい職場です。
このように海軍の水兵は悲惨な境遇ですので、志願者は多くありませんでした。
そのため海軍では軽犯罪者を投獄がわりに水兵にするとか、「強制徴募」というおそろしい手段を用いました。
沿岸部にいた不運な男たちを海軍の士官や水兵たちが無理矢理捕まえて、そのまま水兵にするという乱暴極まりない手です。
イギリスの栄光は、こうした恐怖の労働環境に支えられていたのです。
海軍少年水兵火薬運搬係(パウダーモンキー):年齢制限6歳以下!
きつさ:★★★★★
汚さ:★★★★☆
危険度:★★★★★
敢えて大人と子供を分けたのは、イギリスのブラック労働につきものの「児童労働」という問題があるからです。
子供が働くなんて可哀相……ではなく「体が小さい子供だからこそできる仕事」があるという考え方です。
6歳以下のみがそう呼ばれた「パウダーモンキー」は、まさにこの代表例。
彼らの仕事は、戦闘中の戦艦で、火薬包を火薬庫から大砲まで運ぶことでした。
子供でもできる簡単な仕事とはいえ、火薬を抱えているわけですから、何かミスをしたらズドン。戦闘中ですから砲弾や吹き飛ばされた木片も容赦なく吹っ飛んできます。
仕事内容以外、条件的には大人と変わりません。
ちなみにこの仕事は戦艦の乗り込んでいた女性たちが行うこともありました。
戦艦内には女性はいないはずですが、洗濯係や娼婦がこっそりと乗船している場合があったそうです。
驚くべきことに、イギリスでは孤児やストリートチルドレンを水兵にすることが慈善事業として行われていました。
こんな危険な仕事に子供を送り込んで何が事前事業だ、この偽善者め、と言いたくなりますが、彼らは本気でした。
身よりのない子供たちは浮浪者になるか、ギャングになるか、もっと危険な仕事をやらせられるかもしれません。
そうなるよりは食事と寝場所がある海軍はまだマシだと彼らは考えたわけです。
煙突掃除人:詰まって死ぬ、転落して死ぬ、呼吸器やられて死ぬ
きつさ:★★★★★
汚さ:★★★★★
危険度:★★★★★
暖炉というのは心も体も温まるものですよね。
ただ、それには煙突を掃除しなければいけないわけです。
煙突は狭い。ゆえに、体が小さい子供がうってつけ。身よりのない孤児やストリートチルドレンが清掃業者に拾われて、この仕事に就かせられます。
体が成長したら煙突に入りにくくなりますから、こうした子供たちは最低限の食事だけを与えられて、やせこけていました。

内径約28センチメートルの煙突2つの断面図(約10歳の煙突掃除人)/wikipediaより引用
煙突に挟まって死ぬ。
煙突内を転落して死ぬ。
運良く事故にあわなくても煤を吸い込みすぎて呼吸器系をやられて死ぬ。
まず長生きはできない職業でした。
海軍少年水兵の方が煙突掃除の少年よりはマシ――当時の人がそう考えた理由もわかる気がします。
この状況を見て、イギリス人が心を痛めなかったわけではありません。
善意から煙突ではなく戦艦に子供を送り込む運動をした人もいますし(おいっ!)、批判的な文章を発表した人もいました。
ヴィクトリア朝初期の1840年には21歳以下の煙突掃除人が禁止されました。
マッチ工:毒煙を浴び続けるイギリス版「女工哀史」
きつさ:★★★★★
汚さ:★★★☆☆
危険度:★★★★★
昔のマッチは有害物質の「黄リン」を用いることがありました。
黄リンマッチは発火点が低いため容易に点火できるメリットがあるものの、そのため事故が発生しやすく危険だったのです。
ゆえに他国では禁止されながら、イギリスでは商業の発展を損なうおそれがあるとして、しばらくの間、認可されていました。
黄リンを燃やすと有害な煙が発生します。
マッチで煙草に火をつけるくらいならば問題はないかもしれませんが、長時間黄リンが燃える煙にあたり続けるマッチ工にとっては別です。
煙にあたり続けると中毒症状を起こし、下あごの骨が壊死。
週に5日、最低でも10時間、最大14時間、安い給料で工場労働者は酷使され、毒煙を浴び続けました。しかも遅刻ならまだしも、私語が発覚するだけで罰金を取られます。
こうしたマッチ工の多くは若い女性を雇っていました。
彼女らはつらい職場でもそれなりにおしゃれを楽しみ、カラフルな服装で働いていました。
そんな彼女らが、労働の副作用として下あごの骨を壊死させていたのかと思うとぞっとせずにはいられません。
では、最後に「救貧院」も見ておきましょう。
救貧院での強制労働:監獄とどちらが酷いのか
きつさ:★★★★★
汚さ:★★★★★
危険度:★★★☆☆
前述の通り、イギリスの歴史には【救貧法】が存在しました。
そして1834年、救貧法が改正され、救貧院が出来ます。
これを作るとき為政者はこう考えました。
「救貧院を快適にしたら、怠惰な連中が押し寄せてしまう。なるべく酷い環境にしよう!」
この理念通り、救貧院は最低最悪の境遇でした。
不潔で、不衛生で、働いても最低賃金以下に設定された肉体労働ばかり。
「救貧院」といっても救うというよりは、「貧しい人は怠惰なのだから、罰を与えるべきだ」という発想の施設だったのです。
福祉というよりも刑務所に近い発想ですね。ですから、境遇も近くなるわけです。
「救貧院に入るくらいなら死んだ方がマシ!」と当時の人は恐れ、ゴミ拾いやドブさらいのような仕事についたりしました。
人を酷使するのが英国人ならば、告発するのも英国人
ここまで読んで「劣悪な労働環境を放置し、しかも子供まで酷使するなんてイギリス人は酷い!」と思った方も多いことでしょう。
しかし、利益を追及して人を酷使するのがイギリス人であるならば、それを告発し改善しようとするのもまた、イギリス人です。
ディケンズに代表される作家たちが、貧民街の過酷な労働と生活を描き、社会にこれでよいのかと問いかけました。
1862年から翌年にかけて連載されたチャールズ・キングレーの風刺小説『水の子どもたち』には、煙突掃除の少年が味わう苦悩が描かれ、この小説を読んだ読者たちは残酷な境遇に関心を寄せるようになりました。
社会はもはや「見て見ぬ振り」ができず、少年に煙突掃除をさせることに対して罰金が課されるようになりました。
マッチ工場では社会派ジャーナリストに指導された女工たちがストライキを起こし境遇改善を実現。
救世軍は人体に害が少ない赤リンを使い、賃金も他の工場より二倍支払うマッチ工場を運営するようになります。
このように、自分の筆の力や才能を用いて立ち上がるのもイギリス人らしさかもしれません。

1834年改正の新救貧法による懲治院の実態を批判するパンフレット/wikipediaより引用
食事がまずいとか、紅茶ばかり飲んでいるとか、そういうところだけがイギリス人らしさではありません。
世界中で大ヒットしたシリーズ『ハリー・ポッター』に登場するハーマイオニーは、しもべ妖精の労働環境に義憤を感じて「屋敷しもべ妖精福祉振興協会(S・P・E・W)」なんて団体を立ち上げます。
児童文学の世界でいきなりこの子は何をやっているんだ、と面食らった読者もいることでしょう。あれは実にイギリス人らしい態度ともいえます。
そんな彼女を茶化すロンもまたある意味イギリス人らしい態度ですが、そのハーマイオニーを当たり役とした女優のエマ・ワトソンも社会活動に目覚めて活躍しています。
これもまた自分の才知で社会をよりよくしたいという、これまたイギリス人らしい行動です。
世界史を学ぶと、必ず嫌いになると一部では言われ、二枚舌外交だの中東の混乱を作った元凶だの言われがちなイギリス。
労働環境も劣悪なものがたくさんありました。
大英帝国発展の影で、植民地のみならず国民をも使い捨てにしてきました。
しかしそれだけがイギリスではありません。
ブラックな労働問題に立ち上がり、才知で世界をよりよくしたいと思う人々もいるということを覚えておいてもよいと思います。
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【参考】
トニー・ロビンソン/日暮雅通/林啓恵『図説「最悪」の仕事の歴史』(→amazon)






