徳川家の御用商人で、大河ドラマ『どうする家康』では中村勘九郎さんが演じた茶屋四郎次郎。
「茶屋」とはいかにも「お茶」と関係するような風情を感じさせましたよね。
元々この家は中島氏という名字でしたが、将軍・足利義輝が先代の屋敷でしょっちゅうお茶を飲んだことから「茶屋」になったという由来があったりします。
そこで考えたいことがあります。
「お茶」と「商売=お金」の関係です。
日本のお茶は禅の印象もあってか、ともすればその味にも似た清廉潔白なイメージがありますが、現実には「銭あり! 美女あり! バクチあり!」という欲望たぎった一面もあったりします。
最も有名な例ですと、織田信長などが収集した高価すぎる茶器がその一つ。
他にも、豪華な賞品を賭けて茶の産地を当てる“闘茶”が大流行して幕府に咎められたり、政治問題に発展するなどのケースもあったのです。
日本人の生活に欠かせない茶は一体どんな存在だったのか?

茶屋の原型となる「一服一銭」を描いた『七十一番職人歌合』/wikipediaより引用
茶の裏歴史を振り返ってみましょう。
「劉備は母に茶を贈ったのか」問題
茶については、そもそも伝来した中国に関連して面白い話があります。
三国志の英雄・劉備です。
1939年から1943年まで連載された吉川英治の小説『三国志』は当時の日本で大ベストセラーとなりましたが、その中身は『三国志演義』の翻訳にとどまらない大胆なアレンジがありました。
それが冒頭のシーンです。
本場の『三国志演義』では、劉備と関羽と張飛の三人が義兄弟の契りを結ぶ「桃園の誓い」から始まるのですが、吉川版では
「劉備が母のためにお茶を買う場面」
が挿入されているのです。

横山光輝『三国志』1巻(→amazon)
完全に吉川発の創作であり、通常の『三国志演義』日本語訳にそんな場面はないため、事情を知らない読者からは通常版に対して「茶のシーンを飛ばすな!」とクレームが入ったなんて話もあるほど。
お茶を買うシーンは横山光輝の漫画版にもあり、その影響力の大きさから、中国ではこの時代から全土でお茶が飲まれていたと思われがちです。
しかし、これが難しい問題。
実際に飲まれていたという記録はなく、当時、喫茶の習慣はないとは断言できない――限りなく黒に近いグレーゾーンだったりします。
仮に、呉の周瑜が愛妻・小喬の淹れるお茶で一息つくのであれば問題はないですし、あるいは蜀入りを果たした劉備が、茶を飲みながら諸葛亮と語り合うのも問題ありません。
いったい何が言いたいのか?というと“気候”です。
チャノキは温暖な気候でのみ生育ができ、現在の四川省辺りにあった蜀は中国最古のチャノキ飲用が認められます。
呉も同様。
青年時代の劉備がいた北方では、茶を飲む習慣がなかったと考えた方が妥当というわけですね。
運河と共に中国全土へ広まる
『三国志』の世界は司馬懿による西晋の成立で終わり、すぐさま南北朝時代の乱世に戻ります。
鮮卑族のような北方出身の王朝では乳製品を飲み、南方では茶を飲む――そんな南北差が飲料においても確立されていました。
それが隋と唐によって全土統一が進み、運河が建設されるようになると、仏教や道教の普及と共に茶は広まってゆきます。
カフェイン入りでスッキリする飲料は、仏僧や道士の修行と相性がよかったのですね。
そこへ日本から遣隋使や遣唐使が派遣されてくる。

遣唐使船/wikipediaより引用
となれば当時の日本人が興味を持たないわけがなく、815年には僧・永忠が梵釈寺にて嵯峨天皇に献上し、これが日本最古の茶の記録とされます。
彼らから見た茶とは、上流階級が修行に励んだり、社交で楽しむオシャレな飲み物でした。
最先端の唐物(からもの・中国渡来のもの)という扱いです。
しかし当時の茶は輸入品にとどまって栽培までは行われず、遣唐使の廃止と共に廃れてゆきます。
2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』には、そんな日本の茶文化を示すよい場面がありました。
北条政子と妹の阿波局(実衣)、北条義時の妻・伊賀の方(のえ)の三人が集うシーンです。
三人は宋から輸入した茶碗を手にして、茶を飲み、高坏には索餅(さくべい)が盛られていました。
索餅は中国語名で「麻花(マーホア)」と言い、日本では奈良時代に伝わりながら時代の変遷と共に姿を消した菓子。
それを三人が手にするという、何気ない場面のようで、源実朝が【日宋貿易】を目指す伏線にも思えたものです。
鎌倉時代は、一度途絶えた日本の茶文化が息を吹き返し、その後、定着へと向かう時代です。
宋でその素晴らしさを実感した栄西は、

栄西/wikipediaより引用
源実朝に勧めるだけでなく、自著『喫茶養生記』を執筆し、各地へ茶の栽培を伝えました。
栄西は、まず脊振山で茶の栽培を開始。
いつしか茶葉を輸入する必要がなくなると、日本各地へ爆発的に広がってゆくのです。
美女と茶――そのあやしい関係
茶は誰が飲むものなのか?
前述の通り、中国では僧侶や道士が修行のお供にしていました。
しかし時代が下り、物流が活発になると、庶民の自宅でも茶店でも、広く愛される飲料となってゆきます。
中国では、現代に至るまで「茶は庶民も気楽に飲めるもの!」という考え方があり、その価格があまりに高騰すると社会問題とみなされるほど。
北宋の開封、南宋の杭州といった都市部には、茶店も並びました。
人々がくつろぎ、語り合いながら茶を飲む……だけでなく、なまめかしい美女が給仕をする店もあったほど。
美女が音楽を演奏して、おいしいお茶を飲める。なんて理想的な店なんだろう!
そうデレデレしていると、とんでもないボッタクリ価格をつきつけられるなど、茶の普及と共に怪しい店も営業していたとか。
美女と茶の関係は、日本でも都市の発展により出現しています。
茶店の前で制服を着て、可愛らしいお姉さんが人を呼び込む♪

江戸時代、茶店のアイドルとして話題になった笠森お仙/wikipediaより引用
こうした「茶汲み女」には別の顔もあり、これみよがしに美女が客引きをして、二階に案内されると“裏オプション”が提示される――そんな業態も生まれたのです。
どこの国も発想は似てくるものですね。
ギャンブルと茶――闘茶から婆娑羅茶へ
10世紀から13世紀にかけて、中国の宋代では「闘茶」というゲームも行われました。
茶の品質や製造過程はどんなものか?
味を競い合い、互いに語り合う――文人たちの高尚な趣味でしたが、それが日本に来るとどう変化するのか?
再び『鎌倉殿の13人』に注目です。
八嶋智人さんが演じた甲斐源氏の棟梁・武田信義には、一条忠頼という子がいました。彼は鎌倉に呼び出され、宴会に招かれたところで、坂東武者に囲まれ殺害されています。
当時の鎌倉では宴席での流血がしばしばありました。
計画的謀殺のときもあれば、些細なことで喧嘩になって殺し合いに発展してしまう。それが血の気の多い坂東武者でした。

『前九年合戦絵巻』鎮守府将軍の源頼義と息子・源義家の前に御膳が/国立国会図書館蔵
そんな鎌倉武士が茶を飲む。
そこへ「闘茶」が持ち込まれる。
何やら物騒な雰囲気が漂ってきますが、日本式闘茶には、シンプルなルールがありました。
京都郊外の栂尾(とがのお)で生産された「栂尾茶」を本茶とし、それ以外は非茶とする。
さあどれが本茶か当ててみよ!
というゲームで、当初は宴会のフィナーレを彩るものでした。
それが次第に大掛かりなものになってゆき、二種類を飲み分けていたはずが、いつしか百種類以上に増えるなんてことも。
さらには勝者には景品も出されるようになり、こうなると酒でもないのに飲みすぎてフラフラ。
景品の価値も爆上がりだ!
闘茶で高級商品を得るぞ!
しかも、彼らは武士ですのでトラブルには危険がつきまとい、ついにはこんな風に言われ始めました。
「これはもう闘茶じゃねえ! 婆娑羅茶だな!!」
今日ではゲームのタイトルにもなった「婆娑羅」とは、梵語の「金剛石(ダイヤモンド)」を意味します。
それがどういうわけか、
ダイヤモンドのように硬く、輝き、閉塞した世の中をぶっつぶす!
という、凄まじい意味合いに変化していった。
闘茶が婆娑羅茶になるという時点で、物々しさ満点ですが、景品もどんどん豪華になってゆき、もはや立派なバクチに発展――こうなると、さすがに幕府も見逃せなくなりました。
結果、豪華景品を競う闘茶は、公序良俗を乱すものとして禁止。
一体どんだけ派手にやらかしていたのか?という話です。

本来の茶はリラックスするためにあり、中国の闘茶もそこまで派手ではありません。
文人趣味であり、あくまで優雅な知的遊戯です。
それを婆娑羅にまでしてしまうところに、日本の武士文化の一端が見えますね。そもそも彼らはパリピ気質なんですな。
ちなみに現在も闘茶が再現されることがありますが、当然、純粋なゲームであり、ギャンブル要素はありません。
仏教と茶~日中で広がる文化
『鎌倉殿の13人』から少し時計の針を進めまして、戦国時代が舞台の『麒麟がくる』では、庶民向けの茶の行商人が出てきました。
庶民が気楽に茶を飲む。
そんな習慣が明智 光秀の生きていた頃には成立していたことがわかる描写であり、一方で、この作品には茶道も出てきています。
松永 久秀、筒井 順慶らと共に、かしこまった茶席に光秀が参加する場面がありました。

2020年3月に高槻市の市立しろあと歴史館が発表した松永久秀の肖像画/wikipediaより引用
茶は、庶民向けの飲料と、洗練された文化に分かれて発展していったのです。
茶と禅――歴史を辿ると、この組み合わせは納得ができます。
中国では僧侶と道士が、修行のお供として飲むものであり、その効能は、消化を助け、眠気覚ましになり、性欲を抑制するということが挙げられていました。
まさに修行にうってつけで、栄西が茶を勧めた理由もわかります。
東洋における茶の文化は日本と中国において広まり、意外にも韓国ではそうではありません。
韓国の伝統茶は、茶葉を煎じるものではない「茶外茶」が主流です。
柚子のジャムを溶かしたような柚子茶(ユジャチャ)、赤い色が鮮やかなテチュチャ(なつめ茶)、とうもろこしのヒゲで作ったコーン茶などなど、茶葉を用いないが茶とされるもので、他にも様々な種類があります。
なぜ韓国では茶が隆盛しなかったのか?
というと、政治や気候といった要素だけでなく、仏教がそこまで普及しなかったことも要因とされます。
仏教と茶は密接した関係があるのですね。
ただし、発祥の地であるインドでの栽培は、19世紀にイギリス人が始めたとされています。
交易と茶――茶はカネになる
仏教と共にあったかと思えば、婆娑羅などの博打やお色気サービスの入口にもされた茶。
『麒麟がくる』に登場した豪商の今井宗久は、商人としての顔を持ち合わせていました。

今井宗久/wikipediaより引用
優雅な手つきで茶を淹れる一方、合戦で使われる鉄砲を売り捌く。
ドラマで目利きを自認していた松永久秀は「自分が認めた茶道具は高く売れるのだ」と自信を持って語っていました。
茶道は日本人の精神的素養という、麗しい名目だけで発展したわけではありません。
カネになったから次々に拡散していった本質は避けて通れない。
例えば、千利休はじめ当時の茶人は堺にいましたし、この巨大な貿易港は大金が渦巻く街でした。
日本では戦国時代。中国では明代。ときは日中の利益が合致した時代です。
明代にはアメリカ大陸と日本から銀が流れ込み、貨幣として流通するようになりましたが中国の産出量では賄いきれず、明の商人たちは銀産出国の日本に熱い目線を送りました。
明からの品々にプレミアをつけ、高値で売りさばいたのです。
そうした品の中に茶道具も含まれていて、明ではいまひとつ需要がない、難あり茶碗でもとにかく売れた。それだけではなく絵画や書も。
日本の幕府も、明の朝廷も、交易に制限をかけようにも止められず、かくして巨利を求めた多国籍密貿易武相集団【倭寇】が暗躍し始めます。

倭寇が邸宅を襲う様子/wikipediaより引用
茶室にうやうやしく飾られる作品は、金のにおいがしました。
茶碗にせよ、掛け軸にせよ、現在国宝に指定されるほどのものでも同様の扱い。
ステータスシンボルが飾られた空間で飲む茶は、当時のセレブの嗜みであり、かつて博打と化した闘茶(婆娑羅茶)は形を変えて残っていたのです。
世界の歴史に深く関わる茶
巨利が動き、権力とも結びつく。
だからこそ、錚々たる戦国大名も茶室に足を運ぶ。
そうした行動が目に余ったのか。
千利休は豊臣秀吉によって切腹に追い詰められ、日本の茶道も今ではストイックかつ上品なものとして知られますが、それはあくまで表の顔。

長谷川等伯が描いた千利休像/wikipediaより引用
歴史を辿ってゆくと、パリピ気質な武士たちが豪華賞品を賭けて禁止されるわ、不当とも思えるほど高値を付けた茶道具が売買されるわ、生々しい姿が見えてきます。
大河ドラマでもその片鱗を隠さないようになってきました。
これは何も日本だけのことでもありません。
かつてヨーロッパでは、プラントハンターという職業が躍進しました。
世界各地を航海して、金になる植物を持ち帰る、冒険心に満ちた人々のことです。
チャールズ2世の王妃であるキャサリン・オブ・ブラガンザは、祖国ポルトガルから茶を飲む習慣を持ち込みました。
その結果、紅茶に魅了されたイギリスでは、プラントハンターがチャノキを求めて中国大陸へ向かい、英国の歴史に深く関わってきます。
例えば、紅茶に加える砂糖は、黒人奴隷の搾取で成り立っていて、ウィリアム・ウィルバーフォースは砂糖ボイコット運動を展開、奴隷廃止につなげてゆきました。
他にも、アメリカ独立戦争の契機となった【ボストン茶会事件】や中国苦難の歴史の契機となった【アヘン戦争】など。
世界史における重大事件の背景にも茶貿易が顔を出す。
そこには綺麗なだけじゃない歴史もある――そんなことを考えながら一杯の茶を嗜むのも、時にはよいかもしれません。
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【参考文献】
ソ・ウンミ『緑茶耽美 日・中・韓茶文化の美 (クオン人文・社会シリーズ)』(→amazon)
小島毅編『義経から一豊へ: 大河ドラマを海域にひらく』(→amazon)
小島毅『義経の東アジア』(→amazon)
小島毅『中国の歴史7 中国思想と宗教の奔流』(→amazon)
岸本美緒『中国の歴史』(→amazon)
他





