麒麟がくる感想あらすじ

麒麟がくる第14回 感想あらすじ視聴率「聖徳寺の会見」

2020/04/20

斎藤利政(斎藤道三)は、娘婿である織田信長と、聖徳寺で会見することとなります。

光秀が肩を叩くと、そこにいたのはいつも通りの格好をした信長でした。利政の目は、奇妙な婿の姿に釘付けとなるのです。

「寺へ行くぞ。あの男の正体が見えぬ。奇妙な婿殿じゃ、急げ」

信長の花押が麒麟であることも踏まえてみる。しかも、五行の黄麟。まさに麒麟が姿を見せたような、本作の極みのような場面ではあります。

その麒麟をどうして光秀は討ち果たすのか――。

さて、ここで考えたいこと。

利政は鉄砲を所持する兵数をどうしてわかったのか?

かつて彼は、我が子である高政は珊瑚玉の数すら当てられませんでした。

利政が賢くて、高政が愚かなのか? そういう単純なまとめ方をすればよいというものでもない。

利政は距離を置き、俯瞰するように物事を分析できる。それができるかできないのか、ここはなかなか重要ではあります。

※編集部注:ちなみに『信長公記』では「朱槍五百本、弓・鉄砲五百挺」とあり、鉄砲自体の正確な数は記されておりません

斎藤道三(左)と織田信長の肖像画
道三と信長の初顔合わせ その時うつけは?|信長公記第13話

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相手を待たせイラつかせる 遅刻戦法も策の一つ

さて、会見の場である聖徳寺では。利政が苛立っております。

「う〜む。遅い! 信長は着いたと申したな。何をぐずぐずしておる。さては臆したか」

利政はイライラすると、手を動かしてしまう。自分の膝をばちばち扇で叩いています。

信長も興奮して手を自分の体に叩きつけていました。この舅と婿は似ているのかもしれません。ついでに言うと、信秀と信長、利政と高政は、タイプが実はかなり違います。

織田上総介がこちらへ着いたと言われ、信長が着替えて入ってきて頭を下げます。

着替えに手間取りお待たせした――そう断るわけですが、この時点で心理戦において信長が一枚上手となっております。蝮はストレスを感じるので、待たされた時点で不利になりました。

創作による誇張もある話と前置きしますが……。

宮本武蔵と佐々木小次郎の対決でも、武蔵が遅刻戦法を使いました。剣術の腕前だけではなくて、心理的に動揺させることも、立派な策なのです。

信長の戦術は使えます。髪の毛を青く染めたり、変な格好をして誰かと会見に臨めば、そこに集中力が分散して、相手は罠に引っかかりやすくなる。

嫌な話ですが、覚えておくとよいかもしれません。

利政が斎藤山城守として名乗りつつ、着替えにいつも時間がかかるのか?と聞くと、信長はサラリと「斯様に立派な装束は慣れていない」と返答する。利政は「着慣れぬ装束は身につかぬもの」と言い切ります。

が、なんか引っかかる。

利政は怖いと思われている。けれども、信長が変な服装だろうと、遅刻しようと、いきなり怒鳴り散らしたりはしない。

それに信長は、素直にいろいろ言うのです。この色は父上好みの色ゆえ、これにせよと。

「まことにお好みの色でございますか?」

 


山城守に討ち取られるのではないか

先週の感想で、帰蝶が筋書きを書いたことへ否定的なものもありました。信長が「マザコンすぎる」という意見も見られました。

マザーコンプレックスって、母親へのものですよね。帰蝶は信長の母親ではありませんし、帰蝶が行動できたのは信長の許可があればこそ。家の中に閉じ込めていたら、ああはならない。

信長はマザコンでも女房の尻に敷かれているわけでもなく、男女問わず適材適所をしただけのこと。そこに文句をつけるのだとすれば、時代の流れについていけない可能性がある。

このご時世、ドイツ、台湾、ニュージーランドといった女性リーダー国家の対応を見ながら「女ごときが! 馬鹿馬鹿しい!」と発信する人がいたら、どう思うか?という話ですね。適材適所ができないと、危機管理能力が低くなるおそれもありましょう。

そういう詮索はさておき、帰蝶の策に乗ると実際おもしろいんですよ。帰蝶が信長に対して正直なのかも判断できる。

彼女をカードとして挟むことで、ゲームが複雑になるし、腹の探り合いができてよい。

信長は釘を刺す。帰蝶は喜び、困り果てていると。理由を聞かれ、山城守に討ち取られるのではないかと困っていたと信長は言うわけです。

これには光秀もひやひやしています。

利政は、信長の鉄砲があれだけあり、討ち取れないと答える。

あれはただの寄せ集めだと微笑む信長。その上で、自分のことを役に立たない、帰蝶の言いなり、帰蝶の掌で踊る尾張一のたわけ者だと堂々と言い切ります。

信長はプライドをキッパリと捨て去ることができるし、自分がうつけだと認めることができる。こういうことができるからこそ、彼は強いのですね。

 

織田家は成り上がりもの

利政がそれを聞いて笑うと、家臣もつられて笑い飛ばします。どこかぎこちないけれど。

そのうえで、この大事な席に家老の林佐渡守秀貞すらいないと指摘する。

林秀貞のイメージ画像
なぜ織田家の筆頭家老・林秀貞は信長に追放されたのか “消息不明”な最期

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と、信長はこれもあっさり認め、父以来の古い重臣すら参っていないと言い切ります。

そのうえで、家臣二名を呼び出します。

佐々成政と前田利家です。

佐々成政の肖像画
佐々成政の生涯|信長の側近から大名へ 最期は秀吉に敗れた反骨の戦国武将

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前田利家の肖像画
前田利家の生涯|槍の又左と呼ばれ加賀百万石の礎を築いた豊臣五大老

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彼らは土豪の三男、四男。家を継げぬはぐれ者。されど戦となれば、無類の働きを見せる、一騎当千の強者であると紹介するのです。

信長は遊んでいるようで、スカウトをしていたということも考えられると。

「食いはぐれ者は、失うものがござりませぬ。戦うて、家を作り、国を作り、新しき世を作る。その気概だけで戦いまする」

信長は、父・信秀の言葉を伝えます。

織田家は、さしたる家柄ではない。血筋もない。越前の神主だったか。斯波家の家来か。尾張へ出てきてのし上がった。成り上がりものじゃと。

万(よろず)、己で新たに作るしかない。それをやった男が美濃の国にもいる。そういう男は手強いぞ。

家柄も血筋もない。鉄砲は百姓でも撃てる。その鉄砲は金で買える。これからは戦も世の中も、どんどん変わりましょう、我らも変わらねば――。

 


信長殿は見事なたわけじゃ

これは大事なことでもあるし、当時は世界的にも信長タイプがもてはやされた時代ともいえる。

シェイクスピアの創作込みではありますが、イングランドのヘンリー5世は、若い頃は騎士のフォルスタッフと遊び呆ける「うつけ」でした。

彼は戦上手。
百年戦争前半戦で奇跡的な大勝利をおさめたのですが、その原動力が長弓兵です。

騎士や貴族と違い、誰でも扱いが楽な長弓を装備したイングランド軍に、騎士の誇りを掲げたフランス軍は負けっぱなしであったのです。この状況は、オルレアン出身の農民の娘ジャンヌ・ダルクが出てくるまで続きました。

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世界のどこにも、新時代を築きたいものはいる。厄介なのは、それが少数派であるということです。

で、シェイクスピアが描いたヘンリー5世のセリフとしてこういうものがある。

平時は謙虚と冷静さこそが紳士の嗜みだけれど、乱世ならば虎のように振る舞うべし――。

危機的な状況下では、理想とされる人物像も異なるということです。

利政は納得します。

「帰蝶はわしを見て育った。わしと同じと思うておるのであろうな、信長殿を。信長殿はたわけじゃが、見事なたわけじゃ」

「それは褒め言葉でございますか?」

「褒め言葉かどうか、帰って誰ぞにお聞きなされ」

舅と婿は一致しています。家臣たちも安堵する、見事な会見でした。

この二人は話が早くていいなあ。通じやすくていいなあ。わかりやすくていいなあ。

個人的な見解だと前置きしますが、蝮も魔王も、私はそこまで怖くない。対処を覚えさえすれば、話が通りやすくていいと思うのです。

こういう二人に憧れながら、現実は酷い対応をする上司タイプもいるから世の中は怖い。

履歴書を学歴フィルタかけたり。SNSのプロフでマウント取ったり。ダークスーツを着ていない人を面接で落としたり。部下の提案を中身も見ず「生意気だ」と蹴ったり。特定の国や集団のことを吟味せず罵倒したり。

上っ面だけで判断することは、この二人の正反対のことをしているということです。

例えば私みたいなクソレビュアーですら、出演者や脚本家などの過去の実績から、加点減点しないことに気を払います。中身で判断することが大事だからですね。過去じゃなくて、今このときが大事で、見る側もアップデートしなければならないことに追われています。

 

牧「帰蝶は良いところへ嫁に行った」

さて、明智荘に戻り、光秀は食事をとっています。

あの口の悪い殿がそこまで言うとは。しかも、信長が帰るところを門で見送った。帰蝶は良いところへ嫁に行ったと語っていたとか。牧もほっとしています。

なんでも、藤田伝吾は仲違いして、戦になるのではないかと支度までしていたとか。煕子も一日中胸騒ぎがしていたそうです。

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焼きあがったばかりの魚を持ってきます。清流の国・美濃といえば淡水魚ですね。

戦になれば帰蝶様も離縁。そうなればまたこの館に来て、大変なことになると牧と煕子は語り合うわけですが。

二人はわかっています。

帰蝶様が光秀を好きだったことを。妻木でも、帰蝶は光秀に嫁に行くのではないかと噂していたとか。光秀は魚に小骨が多いと言い出し、ごまかそうとするわけです。

煕子は嫉妬するわけでもない。そういう展開は古いです。こうした場面も、よい息抜きではあります。

そのころ、駿河では。

どうやら駿河一の大商人から100貫せしめる東庵の計画は頓挫したようです。スギナを煎じて飲んで治ってしまったとか。

駒は50貫くらい寄越せばいい、どこが駿河一かとと文句タラタラではあります。契約を確認すべきでしたね。

とはいえ、旨味はちゃんとある。

大商人の妻の治療:20貫

今川家の家老:10貫

この調子ならば、あと一ヶ月で100貫稼げるとか。

些細な描写のようで、経済は尾張ほどではないという可能性はあります。信長は鉄砲は金で買えると言い切っていた。金と発想のある信長がこれから伸びるとわかる。そんな描写です。

 

薬屋にいたのはなぜか菊丸

ここで東庵は、駒に薬を買ってきたのかと聞いている。忘れていたと知り、早く買えと促します。

とはいえ、本人が慌てて行けばちょっと嬉しそう。

お金も目的とはいえ、駒の気分転換も大事だったのでしょう。

駒は薬屋へ向かいまして。

・地骨皮(じこっぴ)

・竜胆(りゅうたん)

・車前子(しゃぜんし)

これらを注文。細かいセリフがいいですね。漢方知識を入れないとならないわけで、面倒だとは思うんですよ。

するとそこには菊丸がました。駒が名前を呼ぶと、相手は薬の名前を繰り返してごまかそうとします。

そしてあわてて駒を連れ出し、春次と名乗っていると言います。再会がうれしそうではあります。

菊丸は、味噌は売れないし、駒から教わった薬草のことが面白かったし、こういうところで働くのもよいとは言っています。

これは因果関係が逆なんですよね。

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駒に教わる以前に、彼は薬草が生えている場所を把握していた。

薬学知識はあるのです。忍者だからさ。

 

光秀は四書五経 道三は孫子 秀吉は……

通りに出る二人。

暴力を振るう男たちの姿が目に飛び込んできます。

喧嘩というよりも一方的な制裁――蹴られ、殴られているのは、藤吉郎でした。

原因は所場代でした。よそ者が勝手に商売をするんじゃねえ、お前の草履は鼻緒が切れるんだよ、だとさ。

駒と菊丸が助けると、藤吉郎は駒に「昨年関所で会った」と思い出しています。そして字が読めるようになったと言い『徒然草』第92段を暗唱するのです。かなりの記憶力ではある。

駒はじっとしているように言い、薬をつけています。駒に気がある菊丸が嫉妬してつつくところが面白い。

藤吉郎は、字を読んで出世して、この仇をうつと言い切っています。どこに行ってもいるああいう連中。ああいうやつは許さん、いつかきっと懲らしめると。

地盤を頼りにしている連中への憎悪とも言えるのですが……。

明智光秀は儒教の『四書五経』、漢籍。

斎藤道三は『孫子』、漢籍。

そして秀吉は『徒然草』、日本の書物。

秀吉の教養のなさというのは、ネックとなって出てきます。

例えば連歌。

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あれは古典の知識を駆使しなければいけないから、インプットがないとアウトプットができない。

秀吉にとっては圧倒的に不利です。社交の場であるにせよ、いっそ全員ゼロからスタートできた新機軸の「茶道」の方が秀吉向きともいえる。

現代人からすれば茶道は伝統ですが、当時は新しい。

深読みといえばそうなるのですが、中国大陸や朝鮮半島への知識や敬愛不足が、あの朝鮮出兵へつながる伏線かもしれない。

 

秀吉と家康の決定的な違い

引用した箇所も気になるところ。

『徒然草』第92段

師の言はく、「初心(しょしん)の人、二つの矢を持つことなかれ。後(のち)の矢をたのみて、初めの矢に等閑(なほざり)の心あり。毎度(まいど)ただ得失(とくしつ)なく、この一矢(ひとや)に定(さだ)むべしと思へ」といふ。わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。

これは彼の気質を示していることは考えられる。創作というのは、意図的にセリフを使うものです。

秀吉は、武士として生まれていないからには、教養の基礎が足りない。その面から言えば「初心の人」。ゆえに二つの矢であるプランBがないまま突っ走るタイプということかもしれない。

彼の政権が短命であることも示唆しているのかもしれない。

一つの矢である秀頼だけを大事にし、二つの矢である秀次に対して酷い処断をしたことが、豊臣政権の短命化につながったとは考えられるわけです。

一方で、徳川家康。データを蓄積し、プランBどころかプランC、それどもろかプランHくらいまでは用意する。徳川幕府があれだけ長続きできたのも、家康の血を引く男子が多かったことも一因としてあります。

4/11に放送された『柳生一族の陰謀』では、徳川秀忠の男子である徳川家光と徳川忠長が二人とも死亡する設定でした。

無茶しやがって――それはその通りなのですが、彼らには親類が大勢いるから、徳川政権はごまかしきれますよね。

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秀吉のような、現在ならば広告代理店勤務が似合いそうな人物は、勢いで突破し明るい時代のスタートを切るまではできる。

しかし継続には、別のタイプが向いている。暗くて地味であんまり友達にしたくない、データ分析大好き。プランをたくさん用意している家康。そういうテレワークの申し子である家康タイプが向いていると。

日本史的にみて、秀吉が必要以上に礼賛される流れは少々危険です、不吉なのです。

彼の朝鮮出兵が、日本の朝鮮半島支配の先駆けだと評価していた時代がありまして。その流れは、昭和20年に敗戦という形で終わっているのです。

 

「織田を潰しておかねばならぬ」

さて、東庵はお仕事中。

患者は太原雪斎、今川義元の側近です。

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東庵に対し織田信秀と懇意であったことを聞いています。

あれはわしと同じで、戦に明け暮れておった。体はボロボロであっただろう。そう語りかけてくるのです。

彼は知りたい。この体がどれほど持つか。余命を気にしています。

「占いは致しませぬゆえ」と東庵が答えるものの、そんなものは言い訳だとわかるはず。

彼は信秀の短命を察知しました。

雪斎は、京都で修行中、博打好きの変わった名医がいるとして、東庵を知っていたそうです。

一方の東庵も、戦好きの奇妙なお坊様として、雪斎を認識していた。そのうえで「お互い奇妙なもの同士、たすけあおうではないか」と言い合うのです。

助け合う中身とは、雪斎の寿命を二年保証し、織田信長打倒まで持たせること。

「うつけ者と噂されたが、美濃の蝮が娘を与えた……あれを滅ぼしておかねば、駿河の者は枕を高うして眠れぬ」

織田を潰す。そのことを我が使命だと考えている。そんな雪斎です。

「まことに奇妙なお坊様ですな……」

東庵はそう言いつつ、診察をしています。

さて、この奇妙なお坊様ですが。

日本史には戦う僧侶がいる! それはその通りです。ただ、これは日本史だけのことでもありません。

フランスのリシュリュー枢機卿は『三銃士』で悪役とされてはいます。

ただ史実では極めて有能であり、従軍も果たしておりました。ラ・ロシェル包囲戦でのリシュリューの絵は、とても格好いいものがありまして。

宗教的イデオロギーか? それとも政治権力か? いやいや、経済力? 文化? ソフトパワー?

時代の流れの転換点が、まさしくこのあたりなのです。

宗教がそんなに心清らかなものではないと学ぶのであれば、くどいようですが『MAGI』もおすすめです。

 

信長からの援軍要請に対し斎藤家では一悶着

天文22年(1553年)、知多半島の緒川城に今川軍が迫りました。

周囲は降伏し、緒川城のみが取り残されている状況。緒川城を攻めるための拠点が「村木砦」です。

信長は、緒川城救出のために出陣しようとする。

しかし、今川に通じる清洲城の織田彦五郎から背中を突かれかねない、苦しい状況でした。

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そこで信長から援軍を求められた斎藤利政は、彦五郎を牽制し、織田家を救おうと決めたのです。

こう利政に相談されて、明智光安も納得してはいます。その理由は、のちほど。光安は彦五郎を牽制し、光秀は信長が攻める村木砦を見て来るように言われました。

そこへ高政が稲葉良通稲葉一鉄)と共にドスドス踏み込んでくる。

うつけ者の信長を助け、今川と戦うつもりか! 彼らの敵とみなされては危険だと訴えます。

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国衆代表者のような稲葉良通に、利政は嫌味を言います。

「ならば己の館にでも戻って、昼寝でもしておれ」

おいおい、利政さぁ……。

家臣のことを馬鹿にしていて「こいつと話すと時間の無駄」と割り切っているんでしょうけれども、その見下す感が顔や態度に出るのはよくありませんよ。彼らみたいなタイプは話が通じない相手に冷たいんだよな。

 

そなたも稲葉もひれ伏す時が来るぞ

我が子には、一応それなりに考えて言う利政。

「信長をうつけと申したが、その目で見て申しているのか?」

「噂では……」

「わしは見た。話した。口惜しいが、信長を甘く見ると、そなたも稲葉も……信長にひれ伏す時が来るぞ。今はまだ若い。しかし、信長は若さの裏に、したたかで、無垢で、底知れぬ野心が見える。まるで昔のわしを見るような……」

「さほどに信長を気に入られましたか」

「ああ……気に入った」

傷ついている高政の前で、利政はにっこりと蝮スマイルを見せます。

先週の帰蝶のことを、蝮の血だという感想は多い。確かに父親に似たのだとは思う。けれども、高政は皮肉にも蝮の血が出てはいないと。

信長は血筋じゃないと言い切った。帰蝶を考えるにせよ、蝮の血云々は一旦忘れた方がよいかもしれない。

大事なのは、考え方ではありませんか。

蝮だのコブラだのブラックマンバだの『キル・ビル』で間に合ってます。

 

タランティーノの話はそれまでだ。高政は光秀に意見を求めます。

信長が今川に勝てればよい。けれども負けたら、援軍を送ったこちらが今川とぶつかることになる――。

「拙速と思わぬか?」

ここで光安が、那古野城には帰蝶様がおられるから見殺しにできないと言うと、高政が「光安殿には聞いていない」と却下し、光秀に聞いて来るのです。

 

拙速とは

きました、拙速ですね。『孫子』「作戦篇」です。

『孫子』「作戦篇」

故兵聞拙速、未睹巧之久也

故に兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを睹(み)ざる也

戦争を雑に素早く切り上げた話は聞いているが、善戦したからこそ長引いたという話は聞いたことがない。

誤解されがちなのですが「やっつけでもやってみろ」ということではありません。長期戦になる時点で失敗しているということです。

戦争は勝っても負けても、人命、資源、金銭に大きな被害が出る。勝ち戦は負け戦よりもよいだけ。戦争をした時点で駄目であるということです。

その典型例が、ナポレオンでしょう。

ナポレオンは戦争に強かった。ものすごく強かった。

しかし、戦い続けた結果、フランスは男性の人口が激減し、外人部隊を導入することとなるほど。

ナポレオン時代のあとフランスは連敗し続け、「チーズ食って降伏する猿ども」というひどい侮蔑までされるようになりました。

ナポレオン時代のダメージは極めて大きいのです。

そういう『孫子』出典はさておき……と言いたいようで、親子の違いは出ていると思います。

拙速の父。巧久の子。対照的といえばそうです。

どちらの言い分もあるとは思う。

拙速の父・利政

・ここで信長を見捨てたら、帰蝶の命も危険だ。それだけではなく、同盟相手として価値がないと周囲から見なされ、孤立しかねない。

・織田が倒れたら、今川の脅威はむしろこちらに向かって来るのではないか?

巧遅の子・高政

・信長の力はまだわからない。うつけという噂が正しければどうするのか?

・今川を刺激するのはかえって危険だ。

 

父子の対立に引っ張られる光秀

光秀は、唾を飲み込んだうえで「援軍は拙速だ」と高政に同意します。

彼なりに状況を分析しました。

清洲の彦五郎と戦うとなれば、守護の斯波もいるから面倒なことになるのです。

もう利政は耐えきれない。

「尾張の守護など何の力もない。彦五郎など、三日で潰せる。敵は今川。その今川に、信長が立ち向かおうとしている。放っておけるか。わしはやる! わしは誰が何と言おうと援軍を出す! みなさっさと帰れ、光安!」

こうして利政は去っていきます。

高政と稲葉良通、そして光秀が残されました。

「土岐様が追い払われ、美濃には守護がいなくなった。誰がこの国を守る? 一度会うただけの海のものとも山のものともわからぬものに兵を出す。これがこの国のあるじだ。この国は潰れるぞ」

ここで稲葉は決起を促す。

高政が家督を継ぎ、政治をせねばならないと訴えるのです。殿では国衆がおさまらないと。高政はここで、こう確認します。

「わしが家督を継げば、国衆はついて来るか?」

稲葉は請け負います。

そのうえで急ぎ国衆を集め、家督を譲れと殿に迫るしかないと言うのです。

「十兵衛はどう思う? 幼い時から互いを見てきた仲じゃ、十兵衛の気持ちを知りたい」

「いずれ、おぬしが継ぐものと思うていた。稲葉殿の仰せの通りかもしれぬ」

そう答えるしかない。

けれどもこれも辛い話です。叔父の光安は利政に忠誠を誓っています。

叔父をとるか?
親友をとるか?

引き裂かれる光秀です。

 

勝利しても味方の犠牲はつきもの

天文23年(1554年)、村木砦の戦いです。

このとき信長は初めて鉄砲を実践で用いました。

「構えー! 放てー!」

光秀はそんな戦いぶりを興奮しながら見守っています。

鉄砲を使い用意周到に攻め、砦を陥落させました。まだまだ鉄砲は新兵器です。砦の構造が鉄砲による射撃を想定していない構造であった可能性は高い。

とはいえ、勝利をおさめても味方の犠牲はつきもの。

「お前もか。お前もか……」

信長は討ち死を遂げた者にそう声を掛けています。この戦で、多くの側近を失ったのです。

織田信長のイメージイラスト
村木砦の戦い 信長が泣いた|信長公記第14話

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それでも味方の緒川城の防衛に成功しました。

「エイエイ!」

「オー!」

勝鬨をあげる信長たち。染谷将太さんは発声が極めて素晴らしくて、場面によって異なるところも素晴らしい。この声を聞いてもまだ、彼が適役でないと言えるのでしょうか?

本作の出演者は声がよい人が多いと思います。

いくらイケメンだのなんだの言われようが、滑舌がもつれて発音が無茶苦茶な、ヒロイン夫を演じる俳優も数年前にいたものです。どこがイケメンなのか理解できなかったものですが、顔そのものではなく、声に難ありだと今は理解できています。

近年、発声がおかしい大河が多かった。全員が絶叫するような演出は、嫌がらせなのか? 理解はできてきた。なぜプロットホールが多い駄作ほど、大仰でメリハリのない発声をさせるのか? 仕組みを知れば簡単なことではあった。ずっと絶叫されていると、観る側の集中力が落ちる。ゆえに、プロットホールを見逃してしまう。

無意識下でパフォーマンスが落ちていると、そのことに本人すら無自覚だから、そこに気づけないんですね。

やたらと誰も彼もが顔芸をしているとか。叫ぶとか。しょうもないギャグが異常なまでに多いとか。脚本や感想の語彙力が落ちているとか。そういうドラマには、罠が仕掛けてあることも往々にしてあるんですね。

 

母を訪れる高政

深芳野は貝桶から貝を出して、酒を飲みつつ歌い、笑っています。

いちりょー にりょー 並べよー 並べよ この宿踊りを……

そこで高政は、干し柿を手にして母の元に来ます。

これも美濃の経済力ではあり、京都の松永久秀のように水飴は用意できない。尾張では帰蝶が団子を食べられるのに、美濃ではそうはできないのです。

戦国時代には、いろいろな変革ありました。甘味の到来もそう。三英傑はじめ、戦国大名は甘いお菓子を振る舞うことで、その経済力をアピールしました。

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糖分の歴史というのはなかなか興味深いものがある。

当時は世界的にも砂糖は財力の象徴でした。

エリザベス1世はストレスのためか、砂糖を大量摂取して虫歯だらけだったそうです。大航海時代以降、アメリカ大陸で黒人奴隷を使って砂糖を得ることが、財力の象徴となってゆくのです。

薩摩藩は黒糖で儲けを出していた。

そのへんを一昨年はごくあっさりと描いていたものですが、かつて糖分の背景には全く甘くない歴史があったことは重要です。いや、今もかな。チョコレートが本当に適切な労働の結晶なのか、考えた方がよいでしょう。

ベルギーチョコレートにしたって、コンゴ自由国という地獄の歴史あっての名産品ですからね。ちょっとしたものでも、本作はいろんな要素を入れて来るから見逃せない。

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清流の側で息絶えていた深芳野

しかし、その深芳野の姿がありません。

侍女たちが高政に「主人がいない」と訴えます。探しているのに見つからないのだそうです。

二時ほど前はお酒を召し上がっていていつも通りだったのに、姿が見えない。皆で捜索します。

「お方様ー、お方様ー!」

呼びかけに答えはありません。

深芳野は、河原で物言わぬ屍となり、横たわっているのでした。

清流の国らしさを出してきたと言いますか。岐阜県は見事な川が実に多いものです。美濃でなければ、別の死因かもしれないとは思う。ああ、辛い。でも、どういう死に方にせよ、何が彼女を殺したのかはわかる。

このあと、利政は遺体と対面します。

「目を開けよ……わしを……見よ、わしを」

微笑むような寵姫の遺体と向き合う利政。

そんな父を高政は責め立てます。

「母上はずっとお一人でございました。ずっと父上をお待ちしておりました。この部屋で来る日も来る日も……父上は母上を飼い殺しにされたのだ。守護様からいただいた、慰みものとして」

「それはちがう! わしは心の底から深芳野を大事に思うて、慈しんできたのじゃ」

「では何故母上の望みを絶たれた!」

「望み?」

利政は我が子から訴えられます。

深芳野はことあるごとに、血を分けた高政が守護代に就くことを望んでいたのだと。それなのに、小見の方の子たちを大事にして、それに継がせることをほのめかせた。そう迫ります。

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利政が狼狽を見せています。深芳野にそなたに継がせると申したはずだと返すのです。

「聞いてはおりませぬ!」

「申したぞ。わしはそう申したであろう。わしはそなたを悲しませるようなことを、何一つ、言わなかったはずじゃ……のう、深芳野……」

「では今、母上の御霊にお誓いなされ。母上の喪があけぬうちに望みを叶えると。お誓いなされ、私に家督を継がせると! お誓いなされ、この哀れな母上に、せめてもの償いと思し召し、私を守護代に……」

「よかろう、家督をそなたに……」

利政はそう誓うのでした。

 

MVP:斎藤利政

今週は、彼が冴えているようで壁にぶつかったところだとは思えました。

信長とは話が弾むし、好意を表明できる。

それなのに、我が子・高政とは意志の疎通ができない。

愛していた深芳野ともそう。

稲葉良通ら国衆とは絶望的だ。

これはあくまで私個人の見解ですが、この蝮にせよ、信長にせよ、別に狂っているとは思いません。

むしろ、ああいう人物を簡単に狂気だのサイコパスだの言い切れる方が偏見を抱いている気がするのです。

彼らは話が通じやすくていいじゃないですか。データと根拠を示せば、それで納得するからラク。

ワインの中身とラベル――どっちに金を払うのかって話です。

あほくさ、中身に決まっていると言いたいところではありますが、そのへんを疑問に思い実験した研究者もいます。

無茶苦茶高いビンテージだろうが、そうでもない安ワインだろうが、ラベルを見せないで味を評価させると、そこまで変わりがない。素人に試しても資格持ちのワイン通に試しても、そんな違いは出なかった。

ボジョレーヌーボーの選評が毎年褒めているとネタにされますが、それもこうした実験結果をふまえるとわかりますね。

そこまで味に違いなんてないわけです。

高いワインに払う金は「自分はこの味がわかるワイン通」という満足感のために使っているということ。

ボジョレーヌーボーは、お祭り騒ぎへの投資です。

利政にせよ、信長にせよ。やっていることは単純で、ワインボトルのラベルをひっぺがして、中身がうまいかどうか確認しているだけってことです。

しかし、これが意外と難しいらしい。

ワインが目の前に置かれたとき、いきなりラベルを剥がして自分がうまいかどうか確認すると「狂気」と思われるんですね……。

でも、だからこそ、こんなときだからこそ、やってみる価値はあるんじゃないですか。

やりすぎて失敗する危険性も、利政や信長は体現していくわけですが。

 

総評

こんなご時世でドラマを見ている場合か?

そういう意見はあると思う。けれども、皮肉にも、本作は危機管理能力をあげる効果があるので、見なくちゃいけないとは思える。

今日のハイライトは斎藤利政と織田信長の会見だとは思う。

けれども、見終わって「すっきり♪最高!」と思いつつ、苦い何かが湧き上がってきてもやもやしました。

あァ?
朝礼で織田信長のことを取り上げていたくせに、面接でグレースーツ着ていないと落とすじゃないか!

そういうもんですね、はい。

今回のあの会見は、先入観の打破がいかに大事か。そこが肝だとは思う。

染谷さんで大正解だとは思った。彼は先入観をバリバリと踏みつぶせるから。すごいものを見ているという意識は必要だと思いますよ。染谷信長は、歴史に名を残す像になる。

長谷川博己さんの光秀もそうです。ハセヒロさんは傍に喰われているようで、存在感を見せていて、難しい役柄なのにすごくうまくこなしていると思えますもんね。

正直、謝りたい気持ちが湧いて来る。

日本の時代劇は終わったと思えていた。けれども『柳生一族の陰謀』とこの作品で脈拍を確認できました。

伝統を引き継ぎ、新たな世界的な要素に踏み込んできたとは思えます。

でも、考えていることはありまして。

このドラマは好きだし、もちろん最後まで見たい。

とはいえ、それは作り手の安全確保があってこそのことではあります。

ドラマに関わったことで、被害を被るようなことがあれば、そんなものは嫌です。

「私が好きなドラマだから作り続けて!」

だの。

「私の好きなドラマだから、地元が大赤字になろうが最低でも最高!」

だの。

そういう剣闘士に親指を下に向けて喜んでいたローマ市民じみた精神性には、近づきたくもない。『駿河城御前試合』の徳川忠長じゃないんだから、御免蒙ります。

主演男優の結婚がこれで遅れただの。呪いだの。そういうしょうもない話題には乗っからない。

ただ、言いたいことがあるとすれば、長谷川博己さんが主演であることが、本作の幸運の一つだとは思えます。

彼は慎重で、知的で、思考力がある。主演を務めていて、どうすべきか把握した上で現場を見通す。そういう力量があると思えるのです。

勝ち戦で武功をあげることは、実はそこまで際立ったことでもありません。

引き際、撤退戦をうまく仕上げてこそ、名将といえる。

このドラマの質を一定で保つことができれば、長谷川さんは大河の歴史に残り、かつ日本の歴史にも名を残す名優として記憶されることでしょう。そうなることを、祈り見守ることしかできない。

何があろうと、本作を作り続けろとは言わない。何年かかってもいい。

最後まで見たい気持ちはあるし、それが無理ならノベライズ発信でも、当初の筋書きどおりに完結して欲しいとは思います。

どういうかたちであれ、新解釈の戦国史を見たいとは思う。

来年の大河を中断してでも、今年は完遂していただきたい。

願いはそれだけです。


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【参考】
麒麟がくる/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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