赤面疱瘡を克服した11代将軍・徳川家斉が世を去りました。
次に訪れた12代将軍・徳川家慶の時代はどうなるのか?
残念ながら、高嶋政伸さん演じるこの人物は、祖父・徳川治済(はるさだ)の呪われた血を彷彿とさせる、新たなモンスターでした。
将軍家斉の栄光
実際の江戸幕府では、11代から12代へどう移り変わったのか。
史実と共に考えてみましょう。
11代将軍の徳川家斉というと、今では“オットセイ将軍”の印象が強く、政治も何もせず、遊び呆けていたバカ殿の印象があります。
男女逆転SF『大奥』では、赤面疱瘡の克服という劇中での功績により、その印象が弱められているようにも思える。
作劇上の都合だけでもなく、実際のイメージにも関わってきます。
当時の人々にとって、家斉時代はそれなりに世の中が安定していました。あのころはよかったなァ。そうぼやく時の「あの頃」とは家斉時代でした。
そのせいもあってか、彼の治世は安定した良いものとして考えられていたのです。
一方、12代の徳川家慶が就任すると、人々は「あの公方になって以来、ろくなことがねえ」と嘆き、家慶本人も無気力になるばかりでした。
併せて当時の有力人物も見ておきましょう。
・水野忠邦
贅沢を禁じる細々とした政策が江戸っ子に嫌われた。
この作品では「男のせいで世の中が正しくなくなった!」という言動でその保守性と反動ぶりが示されています。
・遠山景元(左衛門尉/金四郎)
幕府のお達しにより引き締めねばならぬところを、うまく手加減。
政治家としての姿勢が愛され“遠山の金さん”として名を残すことになりました。刺青伝説でもおなじみですね。
奉行としての活躍は色々な要素が混ざっているようで、刺青伝説には「庶民の気持ちがわかる!」という願望が込められている。
当時の刺青は、イケてるお兄ちゃんたちのファッションアイテムです。
技術があがり、華麗な絵が描ける。ファッション性と痛みに耐えるタフさのアピールとしても使える。
そんなわけで、火消し、鳶職、侠客の定番となりました。現代では反社会勢力との結びつきが強調されますが、本来はファッションアイテムなんですね。
といっても、お行儀正しい武家は当時も禁止。
そこを破った金さんは庶民の気持ちがわかる、となる。実際の生没年からはやや後ろにずれてはおりますが、時代劇へのオマージュですので許容範囲でしょう。
原作では描かれておりましたが、蘭学者にとっても辛い時代が訪れています。
幕府は蘭学規制を行い、海外情報へのアクセスを遮断。獄死者も出ていました。
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民衆の意識も変わっています。
一揆が起こる。風刺画が出回る。江戸時代の民衆は政治を考えていなかったわけでもなく、蜂起する手段を練っていた。識字率もあがり、学問も身につけていた。
そんな時代に、幕閣は地球の裏側でフランス革命が起きたことを知ります。
農民一揆で公方と御台が首を切られてしまったとは! これはまずい! こんな手段を日本の民衆が覚えたらまずい! そういう理由から遮断したのですが……限界はあります。
ナポレオン讃美の漢詩を頼山陽が作る。民衆向けのナポレオン伝記も出回る。
かくして吉田松陰や西郷隆盛まで、ナポレオンを知る。そんな時代です。
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陰間の集まる芳町へ
さて、そんな時代に阿部正弘はどう生きていくのか。
反動的な水野忠邦は、今では珍しくなった女の幕閣誕生に喜び、接近します。
曖昧な笑みを浮かべる阿部。
忠邦は嫌われ者ですので、あまり近寄りたくない。とはいえ阿部はコミュニケーション能力が高くとても優しい性格ですので、やんわりとごまかします。
そんな彼女を遊びに誘うのが、遠山左衛門尉。要するに“遠山の金さん”。遊び慣れている彼が連れて行ったのは、妖しい芳町でした。
陰間が客を取る色街です。
吉原が女専門になったので、男専用となった場所。ホストクラブが軒を連ねているわけですね。
遊び人とはいえ、こんなところにホイホイと上司を連れて来ちゃっていいんですか?
ここで当時の幕閣の性的規範でも。
そんなにゆるゆるでもなく、妾を囲っていればスキャンダルネタになります。それこそ風刺画で格好のネタにされますね。
遠山景元にせよ、刺青を気にして隠していたとされるからこそ、伝説が生まれています。
そんなわけで、阿部は大っぴらに遊べないってば!
遠山は慣れた様子で陰間とどこぞへ消えてゆきます。当時の感覚では「遊びを極めるなら、美女でなく美男もいくぜ!」となるので、馴染みもいるのでしょう。
でも阿部は初めてで、こんなの慣れてないんですよ!
阿部が困り果てて帰ろうとすると、盗人を追いかける男がやってきました。
怯えつつも、行手を阻もうとする阿部。突き飛ばされて転びながら、義侠心で盗人の足を引っ掛けます。
男は盗人をしめつけ匕首を落とさせ、それから阿部を助けます。ここでの男の美男ぶりよ。
夜の闇の中に、月のように浮かぶ白い顔。絵に描いたような眉に目鼻立ち。江戸後期からの美男そのものではないですか!

月岡芳年『月百姿』/wikipediaより引用
男は礼を言い、取り戻せた書籍をチラッと示します。
そのお礼とは何か?
花魁姿の瀧山
阿部が一室で飲んでいると、先程の美男が花魁姿で姿を見せます。
彼は陰間でした。
煌びやかな姿に阿部はうっとりします。なぜ吉原の花魁のような格好をしているのか?と尋ねます。

月岡芳年『風俗三十二相』/wikipediaより引用
そもそも、この格好を始めたのは陰間だったとのこと。当時はまだ真面目に種を求めてやって来る、女の客を怖がらせないように着飾ったのだとか。
SFとして面白い設定ですし、阿部正弘はそんな往時のおぼこな女客みたいだから、花魁の格好をしてきたという気遣いともとれる。
歴史的に見てもなかなか興味深い。というのも、本来男性が身につけていたものが女性のものとなる現象はあります。
海外ならばハイヒールの靴。和装ならば羽織と袴がそうです。服装の男女差というのは、実はそこまで厳密でもないのですね。
阿部は無邪気なので、男に身の上話を聞きます。
彼が難しい書籍を読んでいたことも見抜いている。なんでも年季開けしたら学問をしたいのだとか。
原作ではこのあたりが生々しく描かれていましたが、陰間の旬は短い。彼もそこを見越しているわけですね。
学者になりたいのか?と驚く阿部。
「ここを出たら、今度こそ己の翼で飛びたいってね」
陰間が言うと真実味があります。これまでは客のお情けに縋って生きてきた。
それでは、いくら売れっ子になろうと、自分の翼で飛んでいない。所詮は鳥籠の中で囀っているだけですから。
己のやりたいことをやって、己の向かいたいほうへ向かっていく――そんな憧れを語る彼。
阿部は戸惑います。
彼女は兄の隠居のおかげで飛ぶ機会を得た。確かに気苦労は多いけれども、兄の隠居を喜んだ。これで世に出られる! そう本音を漏らしたのでした。
籠の中も、外もわかる。それが彼女です。
だからこそ、己の翼で飛んでいるのに、ため息なぞついていられない……とは思いつつ色々と大変なのですね。
ストレス発散をすればいいと、色仕掛けに動くところが陰間の悲しさ。
阿部は驚き断ります。客筋がいいから病気はないとズバリ言うあたりが、どっぷり商売に浸かってしまっている。
阿部は語り合うことで慰められたと笑いつつ断ります。柔軟でいい人だなぁ。
ここで互いにやっと名乗り合います。
伊勢守と瀧山。
瀧山の手をとり、楽しかったとお礼を言い、去って行く阿部でした。
忠義こそ、阿部家の誇り
阿部家には、ご先祖様と徳川家康に関わる逸話が伝えられています。
かつて松平竹千代が今川家に行くとき、阿部正勝は主君と同じ駕籠に乗り同道しました。何かあったら身代わりになるという決意を込めてのことでした。
原作では今川義元に能楽を所望された際、主人に代わって舞った話も紹介されています。
ドラマでは、君臣が同じ駕籠に乗り、道を行くという点を重視しているのでしょう。
先の展開を予見させる逸話です。
その忠義の逸話を思い出し、兜の緒を締め直す阿部は、あらためて己の道を邁進すると決めるのでした。
あの穏やかな顔とは違う、キリッとした目つき。なんて素晴らしい忠臣ぶりでしょうか。
阿部正弘はかくして老中にまで上り詰めるのです。
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活躍の噂は瀧山の耳にも入りますが、「色街でまことの名前を言うマヌケもいないか」と思い直しています。
遠山景元も本名を名乗っていますけどね。
阿部正弘は祥子改め、将軍世子・家定となった相手に挨拶へゆきます。
すると家定が、正勝の逸話を持ち出す。聡明で気遣いができる、愛希れいかさんの可憐な美しさよ。
阿部が感激すると、家定は当たり前のことだとサラリ。ますます感激してしまう阿部は、危難の時は身代わりになるとまで言います。
しかし冷笑する家定。
身代わりとは大変だ。ならば、呼べばすぐに参じよと釘を刺しています。
そして本当に何度も呼ばれることになります。
あわてて廊下を歩く阿部の姿。家定がささっと歩いてくる脚の運び。
和装ともなればかなり大変ですが、楽にこなしています。所作が実に美しいなぁ~!
そして用事とは、饅頭作りでした。
お菓子作りが趣味というのは史実の家定に基づいた設定ですが、将軍になるような人物がなぜお菓子など作れるのか?という疑問もありましょう。
父・家慶からの逃亡でした。
そのため阿部は以降も呼ばれに呼ばれ、家定とお菓子作りに励みます。
善哉に、きんつばに、煮豆に、ふかし芋。
芋を食べたあとはくさい仲にもなったそうですよ。
家定を苦しめる、翼を折る家慶
幕閣の同僚たちは不思議がっています。
なぜ阿部正弘ばかりが家定に呼ばれるのか?
そんなぼやきを老中首座の堀田正睦が受け止めつつ「失脚された水野忠邦のような野心家ではない」と庇います。
高木渉さんが、つくづくいいキャスティングですね。
明治以降に悪く言われたバイアスがかかっていて、幕閣は無能揃いと思われがちですが、老中になるくらいの人物は藩主時代に実績をあげています。
善政を敷いていて、領民のためになることはしている。ある程度、品行方正でもありました。
あまりに悪辣で奔放だと、その時点で老中にはなれません。
堀田もその一人で、優秀で人柄もよろしい。しかも開明的です。だからこそ、阿部を「小娘め」などと思わず受け止めているんですね。
さて、阿部は「遠い、遠い!」と慌てて呼び出されてゆきます。
と、歌橋がしばし待たれるようにと言います。
室内から漏れ聞こえてくるのは、房事の音。「お楽しみか……」と驚く阿部。
歌橋が、別室に控えていた阿部を家定の元へと連れてゆきます。その途中に見えたのは、部屋を出て何処かへ去っていく家慶の後ろ姿でした。
ようやく家定と顔を合わせると、彼女は阿部を罵り、叫びます。
「今日はもうよい! ノロマッ、帰れ!」
ちょっと鈍感なようにも見える阿部ですが、家定の異変に気づき、探りを入れます。
と、おぞましい真相を知ってしまいました。
身代わりはできぬ、あまりにおぞましい災難――父の毒牙にかかる主君を救うにはどうすべきか?
阿部は決意を固めます。
鳥籠から上様を解き放つには
阿部は西の丸に、家定用の奥を作ると言い出します。
治済退治の言い訳でも出てきた奥作りが、今度は正面から切り出されました。
正室の任親が亡くなって以来、側室もいないから――阿部はそう切り出しますが、幕閣としては奥のことは領分ではないと消極的。
阿部はこのままでよいのか、このおかしさを放置するのかと声を上げます。
これは男女逆転したSF幕末の話だけとも思えません。
被害者である家定が混乱し、被害を言い出せないこと。
役所に持ち込んでも、「これは我々の仕事ではない」と尻込みされること。
そこを変えるには、勇気ある人物が声をあげること。
現代の若年困窮女性支援事業にも通じるものがあります。
背後にある性的搾取や虐待から目を逸らさず、これでよいのかと訴えかける阿部正弘は素晴らしい。瀧内公美さんの演技力と誠意が説得力を持たせています。
虐待親の家慶はこの動きを知り、当然のことながら激怒。
子ができぬなら一橋から養子を取ればいいし、家定は虚弱で子ができぬとまで言い出します。治済に負けず劣らずの外道ですね。
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阿部はできる老中です。
家慶が邪魔をするならば、さらにその上を持ち出せばよろしい。というわけで、家斉未亡人であり、家慶の義母にあたる広大院に相談。
呪われた親子関係をよく知る彼女は、即座に顔をこわばらせます。
阿部は、家定正室・任親にも、家慶が毒を盛っていた噂があると告げます。
かつての宿敵と同じ手段を思い出したのか、広大院は怒り、困惑しつつも、立ち上がる気力が入り混じった動揺を見せています。
「なんということじゃ……治済公の呪われた血がかように受け継がれておったとは……」
化物退治出陣に決意を固める広大院です。
一方で阿部は、兄・正寧に奥にあがる武家はいないか?と尋ねていました。
化物退治の勇者・広大院
広大院は家慶のもとへ乗り込み、家定に「側室を持たせよ」と迫ります。
蓮佛美沙子さんと高嶋政伸さんが、本物の親子に見えるからすごい演技力だ。さしもの家慶も、気の弱い息子になっている。
兄が頼りにならぬ阿部は、堀田に奥の男の条件を挙げています。
勇ましく、知恵も働き、女に優しい……そして阿部は、ふと思い出す。適合する人がいた!
堀田の前で腹痛を装いながら、即座に目的の場所に向かいます。
もう猶予は許されない!
広大院まで持ち出したことに激怒した家慶は、家定に怒りをぶつけています。そして実の娘を脅しつけた後、こう言う家慶が生々しくて正視できないほど気持ち悪い。
「いい子じゃ、いい子じゃ……」
早く家定を助けてくれ、阿部正弘よ、急げ!
阿部は芳町へ向かい、瀧山を見受けし、千代田の奥に招きたいと訴えます。
あまりのことに周囲も困惑。瀧山も驚いています。動揺しつつも、身の上ゆえに難しいと断ってしまう瀧山です。
阿部は、カステラを作る家定のもとへやってきました。
「呼んでいない」とそっけない家定ですが、呼ばれていないからこそ来たと阿部が微笑みます。
家定は、広大院に掛け合った阿部のことをわかっていました。そして無茶はするなと釘を刺す。
月に四度あった嫌なことが二度になったと、相変わらずそっけなく語る家定。
「私はそれで十分じゃ」
そう言われたところで、阿部は納得できません。自宅に戻ると、焼き上がったカステラを前に、己の不甲斐なさを嘆いています。
すると半鐘が……。
城で火事が起こりました。あわてて馬で城へ駆けつける阿部。そこには堀田もいました。
こういう火災時は、火事装束を身につけ城に向かわねばなりません。
『忠臣蔵』衣装のモデルでもあり、とても素敵なもの。こうして見られるのは眼福です。やはり時代劇はこうでないとなぁ。

『忠臣蔵十一段目夜討之図』(絵・歌川国芳)/wikipediaより引用
火事はさほど大規模ではなく、大奥の御膳所で出火とのこと。
出火原因は、家慶が夜中に天ぷらが食べたくなり、職人を叩き起こして揚げさせての不始末でした。
広大院が責め立て、家慶はしょんぼり。
こんなことは表沙汰にもできないし、大奥にも住めぬ……となれば西の丸に移るしかないと宣言します。
こうして広大院は、家定の番犬になりました。
あまりに都合が良い展開に阿部がいささか困惑していると、天からの大御所様の仕置きだとしれっと広大院が言います。続けて、この隙に家定の奥を用意せよ、と。
阿部は再び瀧山のもとへ向かいます。
今度は遠山も連れてきて、あの桜吹雪の刺青を披露させます。若い頃、無頼のものと交わった名残の桜吹雪。そう語る遠山の金さんです。
シーズン1の大岡忠相と小川笙船、そしてこの遠山金四郎。本作には時代劇への愛が溢れていますね。
遠山の姿を見た瀧山は、幕府にもこんな方がいるのかと安心しつつ、己の身の上を語ります。
母は男女のもつれから上役を指し殺した鉄砲方だった。それゆえ瀧山は苦界に落ちた。
儒教が浸透した江戸後期、上役を刺したとなれば重大な罪です。しかし、それは親のしたこと。子に罪はないと阿部は諭します。
そして、何か言ってくる者がいれば正面切って戦うとも誓う。
戦うといったときのキリッとした顔、それから笑う時の優しさ。素敵な人です。
彼女を信じられると理解したのか、瀧山は阿部に忠誠を誓い、身請けを承諾するのでした。
上様を守る砦としての「奥」
こうして自分のために生まれた奥に、足を踏み入れる家定。
頭を下げる瀧山に、側室は望んでいないし、体も弱いと目を泳がせます。
しかし、それは表向きのことでした。実はこの奥こそが家定を守るための砦だと瀧山は告げます。阿部正弘一人だけでは守りきれぬかもしれないけれども、砦があれば大丈夫。
阿部正弘の忠義に、感極まった様子の家定が、しずしずと奥を歩いてゆく。
その様子を見届けた広大院は、この歳の暮れに亡くなったのでした。
さて、瀧山と家定の関係は?
「柿山!」
家定は名前を間違える。甘いものを持ってこいと言われたのに、瀧山は握り飯を持ってきました。
と、そこへ家慶が来て、人払いせよと告げる。そっと家慶が入ってきても、その場から瀧山は去ろうとしません。
家定が、瀧山は分身であると告げます。総取締の分際で許さん!と家慶が斬りかかろうとすると、瀧山は立ち上がりつつ脅すように言います。
「殿中で抜かれるのでありますか?」
その迫力に慄きながらも、家慶が再びプレッシャーをかけてくると、瀧山は動じることなく「我が主人は家定である」とキッパリ告げる。
忠義が極まった江戸時代なら、もう反論はできません。
この重要なシーンは、台詞回しも所作も鉄壁じゃないと不格好になってしまう。それが見事に綺麗にまとまっています。
家定はさらにおもしろそうに言います。もう人払いをしたということは、目撃者はいない。残った者がどうとでも取り繕える。
家慶が死んだとしても、家定と滝山が口裏を合わせたらそれまでのこと。窮地を逆手に取りましたね!
悔しそうに捨て台詞を吐きながら去っていくしかない家慶。家定はそんな父に対して、もはや怯えることはなく対峙しています。
それでも力を抜いて脇息にもたれると、疲労困憊の様子。瀧山が気を遣い、たっぷりと砂糖を入れた葛湯を持ってくると言います。
「優しいではないか、瀧山」
思わず名前をちゃんと呼んでしまう家定。それに気づく瀧山。それを「竹山」と言い返す家定でした。
しかし、事態は思わぬ方へ。
家慶は腐れ外道と呼ぶに相応しい、しつこい男でした。なんと実の娘である家定に毒を盛るのです。
一命をとりとめながら、またも虚弱となってしまう家定でした。
黒船来航
“思いもよらぬ味方”がやってきたのは嘉永6年(1853年)――黒船来航です。
異国の船だ!
と人々は驚きながらも、それを報じる瓦版は売られているし、パニックになっているのか余裕があるのか、なんだか不思議な庶民たち。
史実でも同様の現象が起きていて、黒船見物客向けの店まで並んでいます。
とどめを刺されたのは、家慶でした。異国船騒ぎの中、ショック死してしまうのです。高嶋政伸さんの死に姿の凄まじいことよ……。
ちなみに史実の家慶は、混乱する幕政に苛まされただけでなく、夏の暑さもあって、熱中症やら何やらで急死したとか。
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12代将軍・徳川家慶の知られざる生涯~無気力政治が後の幕府崩壊に繋がった?
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かくして、混迷の幕府運営は、家定とその幕僚たちに委ねられました。
異国船の出現に対する諸大名の反応は?
というと「開国せずに打ち払え」と口先で言うばかり。沿海部でなければ異国船の脅威もなく、意味もわからないまま適当に主張しているだけです。
そもそも史実の幕府も無策ではありませんでした。
最も危険視していたツートップは不凍港狙いのロシアと、阿片戦争を起こしたイギリス。
露英の二国に対する警戒を務めていたところ、第三の勢力であるアメリカが来てしまったのです。
家定は無責任な諸大名に呆れつつ、それならばいっそ政治の重責を担わせようと言い出します。
これには阿部も同意。幕閣だけでなく大勢の知恵を集めることで国難に立ち向かうべきだと告げるのでした。
こうした政治判断は、これまで阿部正弘だけのものとされてきました。本作では、家定と二人あってのものだと示されています。
作品の描写としてだけではなく、史実でもそうだったのではないかという示唆も感じます。いわゆる立憲君主制の政治形態であり、西洋列強も取り入れていたものです。
阿部正弘が広く意見を募ったことは、そんな先進性のある政策でした。
集まった意見は延べ800通にも及び、阿部はある意見に目がとまります。
「なんせ向こうは、大筒を積んだ黒船だぜ。こちとらが押っ取り刀で斬り込もうたって、近づく前にドカンとお陀仏だ。
となりゃ、まず開国。
んで、異国と交易してもうけた金で船や武器を買うなり、作るなりして、五分に渡り合える力をつける。ってなぁ話を書いたんだけど、まぁ、どうせ読みもしねぇ!」
髪結床でべらんめぇ口調の男が語っています。
口を「へっ」と歪め、よく日焼けした、この勝という男。千代田から迎えが来たと聞いて飛び上がります。
名は勝義邦――海舟という号で名を馳せる前の、まだ若き旗本です。演じるのは味方良介さん。短い出番ながらも鮮烈な姿でした。
そうそう、勝海舟ね!
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幕末に登場する幕臣の中では、人気最大級の大物だけに、映像作品ではベテランが配役されがちです。
しかし、彼はまだ若い貧乏旗本から異例の抜擢をされていた。
べらんめぇ口調の江戸っ子。日焼けしていて精力的。
そうであれば、大物よりもチャキチャキした若者の方が実像に近いはず。まさにそのイメージにピッタリの勝で、思わず感激してしまいました。
現代人は髪結床に行かないですし、べらんめぇ口調で立板に水で話し続けるってかなり大変だと思うのですが、それを的確に表現されてて「こういうのが見たかったんだな」と唸らされました。
家定は、広大院の位牌に、阿部正弘との政治改革の成果を語りかけるのでした。
むくつけき薩摩隼人は…
広大院のご遺志として、家定にある話が持ち込まれました。
なんでも薩摩からの御台所輿入れが、広大院の意向でもあるとか。
実際にそうであったか、政治利用かはさておき、阿部と家定には、薩摩の狙いはお見通しです。
薩摩藩と水戸藩は最近接近している。
島津の御台所を通し家定を籠絡し、次の世継ぎを水戸藩の推す一橋慶喜にしたいのだと。
家慶も、跡継ぎならば一橋から迎え入れればよいと語っていて、そういう構想はあったんですね。
阿部はそれを見越しつつ「味方が増えるならば悪くはない」と考えています。
史実準拠の阿部正弘の欠点かもしれません。
阿部は誰の意見でも聞いてしまう。相手が害悪な人間であっても取り込んでしまうのですね。
そしてこの会話には、幕末史理解を促進するような重大ポイントも見受けられました。
なぜ、慶喜が将軍として押されたか?
これは慶喜が成人していて聡明だからとされてきます……が、話半分に受け取っておいたほうが良さそうです。
慶喜を猛烈プッシュしていた松平春嶽ですら、後になって「あれは慶喜の父・徳川斉昭の熱苦しい親バカにやられただけ」と振り返っています。
兄・島津斉彬に続いて慶喜を推した島津久光も、結局、慶喜に激怒していました。
しかし、さほどに問題のある慶喜がなぜ候補にされたのか?
当然ながら思惑があります。
水戸藩は斉昭の問題ある性格ゆえに、御三家なのに幕政から遠ざけられていた。それを打破するため自分と共に幕政に食い込む諸大名が欲しかった。
要するに、水戸藩が先頭に立った一橋慶喜を推すことで、外様藩は幕政に深く食い込むができるという、そんな思惑があったんですね。
そんな政治的思惑ゆえに嫁いでくる島津からの御台。
家定は受け入れることとしました。薩摩隼人一人ぐらいたぶらかしてやる。
「そなたのために将軍になった! そなたを自在に空を飛ぶためにここに座っておるのだ、私は」
家定にそう返され、感極まってしまう阿部正弘。
この君臣は比翼の鳥として、天翔る夢を見ているのでした。
瀧山は大奥に、むくつけき薩摩隼人を迎えるようにと檄を飛ばしています。
家光以来の上様を守るべき砦としての誇りを語り、背負ったお万好みの流水紋を見せる瀧山。
「我らが大奥だ!」
そう宣言した大奥に、薩摩切子とともに御台は入ります。
そこにいたのは、むくつけき薩摩隼人どころか、お万の方によく似た涼やかな美貌を見せる御台でした。
「胤篤である。よろしう頼む」
幕末の政局が慌ただしく動いてゆきます。
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阿部正弘が近代日本のグランドデザインを作った
男女逆転したSFとはいえ、このドラマは幕末史理解に大いに役立ちます。
阿部正弘の政策は秀逸で、明治以降の近代日本のグランドデザインとされています。
そんな阿部が納得した勝の意見を聞いて「全くその通りだな」と視聴者でも思いますよね。
ところがどういうわけか、当時拍手喝采を浴びた意見が徳川斉昭のこれだからどうしようもない。
「異国船に乗り込んで、異人どもを斬り殺せばよいのでござる!」
そんなもん近づいただけでお陀仏じゃねえか!
勝にしてみりゃそうなりますが、正論が通りにくくなるほど斉昭の身分とパワーはすごかった。
予告の時点でやる気のない慶喜は、そういう無茶苦茶な人物の息子です。
このまま阿部のグランドデザインを通せばよかったのに、阿部の急死もあってそうはならない。
阿部の多くの人を政治参画させようとした路線は「言路洞開」(げんろとうかい)と言います。
幕末の持つ、極彩色の感情を
斉昭がのさばる状況に業を煮やした人物が来週出てきますので、少々予習でも。
「甘っちょろいことをしていると、徳川斉昭みたいなヘイトスピーチで人気取りするどうしようもないレイシストが政治参加して、人気取りで無茶苦茶やるからダメなんだよ!」
井伊直弼です。
実際、水戸藩筆頭の一橋派のせいで幕政が掻き回されたので、これも仕方ないところではありましたが。
その結果、安政の大獄が起き、井伊直弼は桜田門外の変で殺されてしまいます。
するとこう目覚めてしまう連中が出てきた。
「テロリズムで世界は変わるんだ!」
尊王攘夷を掲げたヘイトクライムが横行し、言路洞開路線はテロリズムに押しやられて日本人同士が傷つけあい、政治は崩壊。
そこにイギリスが付け込んできて、自らの帝国に都合のいい政権=明治政府を打ち立てる。
『大奥』は美しい。比翼の翼で飛ぶ君臣の姿は実に美しい。どうしてこの鳥が飛べなかったのか? 鳥のめざした新たな時代はもっと素晴らしかったのではないか?
黒船来航の時点でそれが非常に悔しくなってきます。
この悔しさこそが、本作の真価かもしれません。
幕末史を振り返っていると、明治維新以外のやり方もあったのではないか?とか、幕府は言うほど悪くないのでは?とか、京都でテロをする様を青春日記じみた語り口をするのは、現代にまで悪影響を及ぼしているのではないか?とか色々と考えてしまいます。
幕末史をスカッと爽快に味わうということは、その時点でもう何かを見失っている。本作は、そんなもやもやした気持ちを、美しい鳥の翼に乗せて見せるところが極めて素晴らしい。
今ちょうど、サントリー美術館で「激動の時代 幕末明治の絵師たち」が開催されています。
幕末の絵は、極められた極彩色の美しさ、西洋絵画の影響、新時代への息吹、そして無念や涙、失われてゆく何かへの哀切があります。
そんな絵を見た時のような、色とりどりの感情が湧き上がってくるのです。

河鍋暁斎『閻魔と地獄太夫図』/wikipediaより引用
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【参考・TOP画像】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link)








