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【意次と定信の対立をほくそ笑む一橋治済】
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意次、定信の進退までも手玉に取る
天明6年(1786年)、10代将軍・徳川家治が病に倒れました。
家基の母であるお知保は「家基の死には意次が関与している!」と猜疑心を募らせています。
すでに政治的敵対者も多かった意次は、家治の後ろ盾なくしては持ちません。
その意次にとどめを刺すような処置を積極的に行なった一人が治済であり、彼は田沼派一掃のために大鉈を振るいます。
治済の子を将軍としたことは、田沼意次にとって安泰を保証するどころか、とどめを刺す相手に力をつけさせたようなものだったのです。
しかし、田沼意次のあと、老中となった松平定信も長くは持ちません。
その一因として挙げられるのが治済の不興。
天明8年(1788年)、将軍の父である己を「大御所」待遇とするよう治済が求めると、これに反対したのが定信でした。それが原因の一つとなり、後に失脚へ追い込まれてしまうのです。
一橋治済は、寛政11年(1799年)に家督を六男・斉敦へ譲り、隠居しました。
すると文政元年(1818年)、病に倒れます。
日頃から鶏卵や魚を食し、冬でも薄着、身体頑健であったのに頭痛が止まらない。
薬効なく、加持祈祷に頼ると、なんと死霊の祟りだというではありませんか。
これに悩んだのか、治済は出家剃髪し、穆翁と号します。
このあとも位人臣を極め、文政3年3年(1820年)、従一位。文政8年(1825年)に准大臣にのぼり、文政10年(1827年)、77歳で大往生を遂げたのでした。
御三家も、御三卿も、治済の血統となる
治済の子である家斉は、徳川将軍のうちでも際立った子沢山で知られます。
一説には55人いたとされ、【御三家】と【御三卿】にはこの家斉の子が次々と養子に入ります。二代目以降、空白であった田安家にも治済の血が家斉を通して入るのです。
治済は「天下の楽に先んじて楽しむ」人とされています。
これは先憂後楽(せんゆうこうらく)――君子たるものは先んじて憂い、後になってから楽しむべきだ――という朱子学の理想とは反対。
要は、刹那的で享楽的な人物と目されていたのでしょう。
治済の意向は、将軍家の慣例をも変えてしまいました。
徳川将軍家の正室は京都の公卿から迎えることが通例でした。
それが己に味方する外様大名として、家斉の妻には薩摩藩・島津家から広大院を迎えさせたのです。
近衛家の養子を経て、彼女は将軍家の御台所の座におさまった。これは時代がくだってから前例として持ち出され、同じく島津家から天璋院が13代将軍・徳川家定の正室として嫁ぐことの正統化として持ち出されます。
このことは幕府への外様大名家の政治介入を招くことにつながるのでした。
★
大河ドラマ『べらぼう』における治済の初登場シーンは、かなり考え抜かれていたといえます。
豊千代生誕の宴にて、傀儡師として人形を操っていたのは一橋治済と田沼意次。
家基の急死後、様々な政治工作を行い、後嗣を決める様が傀儡師のように世間の目には映ることでしょう。
生真面目な田安賢丸(松平定信)に対し、「子作り以外やることはない」とあっけらかんと語る治済。
【御三卿】の役割を反映した意見といえばそうです。
あの宴のときのように、飄々としたまま、治済は己の意に背くものを蹴落とし続けるのでしょう。
そんな治済が病に倒れ、出家した際、目にした怨霊とは「徳川家基のものであった」とまことしやかに伝えられています。
息子の家斉は、家基の墓参を欠かさなかったとも……。
果たしてどこまでが治済の陰謀なのか?
確たることは学術的には断言できなくとも、そこはフィクションです。
『べらぼう』の世界では、治済は暗躍し続け、意次と定信を地獄に突き落とすのでしょう。
『鎌倉殿の13人』での源仲章に続く、生田斗真さんの憎々しげな演技に期待したいところです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
藤田覚『田沼意次』(→amazon)
「歴史読本」編集部『よくわかる徳川将軍家』(→amazon)
『徳川家歴史大事典』(→amazon)
他