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織田家 豊臣家 週刊武春

清洲会議のキーパーソンはお市の方!? つまり勝者は豊臣秀吉ではなく柴田勝家だったのか?

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本能寺の変のあと、各地で立ちすくむ織田信長の家臣たち。
その中でひとり豊臣秀吉だけが速攻で近畿に戻り、山崎の戦い(天王山の戦い)で明智光秀を撃破。これにて秀吉の天下へ大前進! やったやった――と考えられがちだが、話はそう単純でもない。
実は、織田家を掌握するためには、一戦勝っただけで物足りない、という見方もある。
どういうことか?

 

下克上の世に3才児が絶対的なシンボルとは成り得ない

信長と嫡男の信忠が死んでしまい、形式上の織田家を継ぐのは、信忠の子で、まだ3才だった三法師(後に織田秀信)だった。ほかにも信長の息子たちには次男の信雄と三男の信孝がいたが、信長はすでに信忠に家督を譲っていたのだ。
もちろん引退を考えていたのではなく、さらなる高みを目指すために、織田家という単なる大名の地位をあえて捨てたというのが真相である。その結果、本能寺の変の時点で、織田家の当主は信忠であり、信忠の息子が継承順位1位になっていた。
が、下克上の世に3才児が絶対的なシンボルとは成り得ないことは誰も知っていた。それより、信長の圧倒的カリスマを引き継げる者は、誰か?
それは信長の妹、お市の方である。
浅井長政に嫁ぎ3人の美人姉妹の母となった、超絶美人ママ。
戦国時代においては、外交交渉で力を持っていたのは、女性たちだったことが最近の研究でわかってきている。
数々の戦乱をくぐり抜け教養も高かったと言われるこのカリスマママと、そのセットで付いてくる娘の美人3姉妹。彼女らを味方につけることが、重要なのは誰もが分かっていた。

 

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お市も押さえた勝家の完全勝利だった

織田家の主導権をだれが握るか――。これを話し合うために開かれたのが尾張の清洲城での「清洲会議」である。
秀吉のほか、織田軍筆頭の柴田勝家、そして丹羽長秀や池田恒興らの重臣が集まり協議したものだ。

通説では、次男の信雄と三男の信孝の異母兄弟(同い年)の争いに、秀吉が第三案として三法師を主張したと言われているが、それはウソ。実際は先に書いたように、筋から言えば三法師が第一候補だったが、幼すぎるので、本来は本家から外れていた兄弟が急浮上したというのが真相だ。

この時点で秀吉のライバルは柴田勝家である。勝家は、山崎の戦いにも参戦した信孝を推したが、秀吉の筋論に丹羽や池田も同調したために渋々従った。
ところが、ここで忘れているのが、お市の処遇である。きちんとした史料で、勝家とお市の再婚が清洲会議の前に決まったのか、後に決まったのかははっきりしないが、勝家としては、お市との再婚への確約があったからこそ、秀吉に一つ譲歩したのだろう。
女好き、しかも自分より偉い武家の女がとりわけ大好物な秀吉にとってはお市の方こそが本当に欲しい報酬であったに違いない。それを勝家にしてやられたのだから、男としての悔しさだけでなく、織田家の利権を引き継ぐ上でも不利な立場に立たされた。

それを念頭に置いて、清洲会議で決まった国割りを見てみると、秀吉が完全なる勝者と思われている会議の見方もガラリと変わってくる。
秀吉は、播磨国の一部や北近江をもともと持っていたところに加えて、新領では播磨国、山城国、河内国および丹波国の一部と大幅増となった。
一方の勝家は、もともとの越前に、秀吉が持っていた北近江を加えただけ。ところが、城という経済的にも軍事的にも重要な拠点では、秀吉は姫路城と長浜城の二つのうち、長浜城を没収。しかも姫路は立地的に中央から外れている。
勝家は、北の庄城(福井)に加えて、秀吉の本拠の長浜城をゲットしている。この差はでかい。

名をとって実をとったのは、この時点ではなんと勝家だったのだ。秀吉は光秀に続いて、あわやの「三日天下」となりかねないギリギリの状況だったのである。

文/川和二十六 イラスト/くらたにゆきこ

三法師(信長の孫)こと織田秀信は、清須会議の後どう過ごしたか?




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